環境保全と真の豊かさの実現に向けて公共事業の適正化を求める決議

公共事業は、環境保全を図りつつ、真に豊かな国民生活の実現を目的とし、その策定・実施手続は、公開と参加の原則のもとに行われなければならない。


しかるに、巨額の投資が続けられてきたわが国の公共事業は、全国各地で深刻な環境破壊を引き起こし、必要性や投資効果に疑問があるにもかかわらず、見直されることなく継続されている事業なども数多く存在している。公共事業は、今、そのあり方が厳しく問われている。


公共事業をめぐって深刻な問題が生じている原因としては、大規模公共事業に土木建設業者が過度に依存している現状、過大な補助金・財政投融資を投入している行財政の構造、政・官・財の癒着構造などが指摘されている。


法制度面でも、公共事業の決定手続には、民主性と透明性の欠如、科学的な環境影響評価手続や事業評価手続の不徹底、さらに市民の争訟手続の欠如など重大な欠陥がある。従って、公共事業については、環境保全の優先性を前提として、政策決定から実施決定に至る各段階において、情報公開の徹底を図るとともに、民主性、透明性、合理性、公正を確保するための総合的な法制度の整備が必要である。


よって、われわれは、国及び地方公共団体に対し、以下の施策の実施及び法制度の創設並びに関連法規の改正を求めるものである。


  1. 国及び都道府県(政令指定都市を含む。以下同じ。)は、既存の公共事業を 見直すために、独立・中立の「公共事業再評価委員会(仮称)」を設置し、市民参加のもとに、事業の中止を含む抜本的な再検討を実施すること。
  2. 国及び都道府県は、新規の公共事業の適正化のために、次の内容を盛り込んだ「公共事業改革法・条例(仮称)」の制定及び関連法規の改正に着手すること。
    1. 公共事業にかかる基本計画、財政計画を議会の議決事項とすること。
    2. 上記審議にあたっては、議会内に設置された専門家で構成する「公共事業基本計画検討委員会(仮称)」による科学的な検討を受けるものとすること。
    3. 行政による個別公共事業の実施決定手続として、市民参加と争訟手続を保障した計画確定手続を定めること。
    4. 上記計画確定手続においては、独立・中立の「公共事業評価委員会(仮称)」による、事業の必要性、費用対効果、財政計画などについての科学的な検討を受けるものとすること。
    5. 基本計画や個別公共事業は、上記手続に基づいて5年ごとに見直すものとすること。
  3. 「環境影響評価法・条例」を改正して、市民参加の機会を拡大するとともに、独立・中立の「環境影響評価委員会(仮称)」による審査制度を導入すること。

以上のとおり決議する。


1998年(平成10年)9月18日
日本弁護士連合会


提案理由

1.はじめに

はじめに 公共財の整備(公共事業)は、国民生活の向上や産業の振興のために必要・不可欠なものである。道路や鉄道、空港などの整備は、移動の自由を拡大し、国民生活や産業を活性化させ、上下水道、都市公園、住宅などの整備は、市民生活に最低限の生活環境や快適さを提供し、河川の改修なども防災面で不可欠な社会インフラの整備である。福祉国家の実現という視点から見れば、公共事業は、所得や地域間の格差を是正する機能も持ってきた。

しかしながら、近時、公共事業は、干拓や埋め立て、ダム建設などによる自然破壊や幹線道路建設による道路公害を発生させるとともに、巨額な財政赤字の原因となり、政・官・財の癒着というゆゆしき問題も引き起している。今や、公共事業は、環境保全と真の豊かさの実現に向けて、そのあり方の抜本的な検討が求められている。


2.わが国の公共事業の特徴と問題点

一般に公共事業とは、社会資本形成のなかで、国の直轄事業、国からの補助金で地方公共団体が行う補助事業、地方公共団体が行う単独事業、公団や特殊法人・第3セクターなどが行う事業を総称するものと言われている。


(1) 特徴

わが国の公共事業の第一の特徴は、何と言っても投資額が極めて巨額であることである。投資総額は、現在では国、地方自治体を合わせて年間50兆円(用地代を含む。)にも上っている。医療、福祉などの社会保障費が年間20兆円であることから見ても、公共投資が極めて巨大であることがわかる。とりわけ、わが国の公共投資は、経済不況時に景気対策として増大してきたことが特徴である。建設投資の中に占める公共投資の割合は、バブル経済崩壊後急激に増加した。対GDP(国内総生産)比の国際比較で見ても、欧米諸国の2倍~4倍にも上っており、わが国の公共投資の巨大さは際だっている。


第二の特徴は、下水道や都市公園、住宅などの生活基盤整備に比較して、幹線道路や港湾、空港などの産業基盤整備が重点的に進められてきたことである。そのために、高速道路や幹線道路などの整備は、すでに欧米諸国とほぼ同水準に到達しているが、下水道や都市公園、住宅などの生活基盤整備は、大きく立ち後れている状態である。ちなみに、下水道普及率は、欧米諸国では概ね90%以上であるが、わが国ではやっと50%を超えたところであり、現在の下水道の投資額と整備のやり方では、90%以上の普及率を達成するには数十年を要することになると言われている。こうしたことから、長年に亙って巨額の投資が行われてきたにもかかわらず、国民が豊かさを実感するものとなっていない。


第三の特徴は、福祉や教育などの歳出と異なり、公共投資は、財政法によって建設国債の発行が容認されてきたため、多くの公共事業が借金によって行われてきたことである。とりわけ、バブル経済の崩壊後、借金による公共事業は増大し、建設国債は、1990年には年間6兆円の発行であったが、バブル経済崩壊後の1995年には16兆円にも上っている。このことは、地方自治体においても同様であり、地方債による公共事業は、バブル経済崩壊後地方自治体単独で行う公共事業の約40%にも上っている。


(2) 問題点

このような特徴をもって進められてきたわが国の公共事業は、今、様々な深刻な問題を惹起している。


第一に指摘しなければならないのは、大規模公共事業による自然破壊と公害の発生である。わが国では、大型プロジェクト優先の公共事業が進められてきたため、必然的に大規模な自然破壊や公害の発生など、極めて深刻な環境破壊が引き起こされた。また、長年に亙って大規模な公共事業が続けられてきたため、公共事業はだんだんいままで手がつけられてこなかった山間部や海浜部に入り込み、一層の自然破壊を引き起している。こうした大規模公共事業による環境破壊の典型が、長崎県の諌早湾などの干拓工事である。諫早湾の干潟は、ムツゴロウなどの底生生物の宝庫であるとともに、渡り鳥の貴重な飛来地であり、それ故、幾千年もの間、住民に豊かな自然の恵みを与え続けてきた。諫早湾の干拓は、この貴重な自然環境を根底から破壊することとなり、その問題性を鋭く国民に提起することになった。ちなみに、干拓、埋立や港湾整備などによって、わが国の自然海浜は急速に減少し、ここ30年間で干潟の約40%も失われてしまった。これら以外にも、ダム、空港、道路、工場用地造成、農道、大規模林道など、公共事業による環境破壊の例は、全国至るところに存在している。いまや、公共事業は、環境保全の最大の脅威となっているのである。


第二には、財政赤字の問題である。現在国から地方自治体まで深刻な財政赤字に直面しているが、その最大の原因となっているのが、不況対策、景気対策として行われてきた公共投資である。建設国債の発行残高は、すでに170兆円を大きく超え、国の借金(長期債務)総額の50%にも及んでいる。


第三には、公共事業による膨大なムダの発生である。その典型が今回重点的に調査を行った北海道の苫小牧東部開発である。苫東開発には、港湾整備や道路整備、用地造成などに3、600億円以上の資金が投入されながら、工業用地5、680haの内約15%しか売却が行われず、造成された用地のほとんどが利用のメドもないまま原野として放置されている。そして、こうした例は、利用されることのない農道空港や釣堀としてしか利用されていない港湾設備など、全国至るところに存在している。


3.公共事業をめぐる諸問題の原因

公共事業をめぐって深刻な問題が生じている原因としては、開発優先政策のもとで、多数の土木建設業者が大型プロジェクトをはじめとする公共事業に過度に依存している現状、過大な補助金や財政投融資が投入されている行財政の構造、さらには政・官・財の癒着構造などが指摘され、今、その改革が進められようとしている。


同時に、公共事業の策定・実施過程を法制度面から見ると、公共事業の目的・要件が不明確であり、また、その手続には、民主性、透明性の欠如、科学的な環境影響評価手続や事業評価手続の不徹底、さらには市民の争訟手続の欠如など重大な欠陥がある。


(1) 民主性、透明性の欠如

何よりも、公共事業の決定過程における民主性、透明性の欠如は重大である。公共事業の多くは、全国総合開発計画や各分野の長期整備計画などに基づいて行われているが、こうした基本計画は、行政内部の判断だけで決定され、基本計画の中からどれを優先するかについても、議会の議決手続さえ必要とされていない。ましてや、市民には何らの参加手続も保障されず、基本計画の内容や財政計画、環境への影響に関わる情報公開もなされていない。このことは、個別事業計画の実施決定手続においても同様であり、住民意見を反映させる手続は存在せず、個別事業の内容などの情報公開は不十分である。


さらに、毎年公共事業に多額の税金が投入されているにもかかわらず、予算審議の対象となる予算書には、個々の公共事業にどれだけの予算が配分されたか(いわゆる「箇所づけ」)という具体的な金額は記載されておらず、財政面からも個別公共事業の妥当性の審議はできにくい形になっている。


こうした公共事業にかかる決定手続の民主性、透明性の欠如は、国民主権、財政民主主義の原則からみて、極めて重大な問題である。


(2) 事業の科学的な評価システムの不徹底

個別公共事業の実施決定にあたっては、合理性を確保するために、事業の必要性、費用対効果、財政計画、技術的可能性などを科学的に調査、予測、評価することが不可欠である。ところが、現状は、こうした項目に関して十分な科学的な調査、予測、評価が行われず、むしろ地域振興や地域活性化などを名目にして、安易に事業決定が行われてきたのが実態である。


(3) 環境保全システムの不徹底

環境保全に関しても、環境基本法の制定に続いて、1997年、国においては環境影響評価法が制定され、各地方公共団体においても、環境影響評価条例が順次制定されてきている。周知のとおり、過去の閣議決定や要綱による環境影響評価手続においては、住民参加手続は極めて不十分であった。今回の環境影響評価法(条例)では、対象行為の拡大、スコーピング手続の導入、評価結果の許認可への反映など改善が図られたものの、政策や基本計画を対象にした環境影響評価手続は先送りにされ、住民参加手続も不十分なままとなっている。また、専門家などの独立・中立の第三者機関による環境面からの審査手続も未確立である。


(4) 市民の争訟手続の欠如

さらに、本来ならば、行政の最終チェック機関であるべき司法も、開発・事業法における環境配慮規定の不備や行政に追随した司法消極主義によって、公共事業に対する十分なチェック機能を果たしてこなかった。


こうしたなかで、公共事業は、いまや国民の期待とはかけ離れた存在となりつつある。21世紀に向けて、公共事業のあり方を抜本的に検討することは、環境保全の徹底、真に豊かな国民生活の実現はもとより、国民主権の要請からも重大な課題となっている。


4.公共事業の適正化に向けて

1992年6月に開催された「環境と開発に関する国連会議」は、「人類は、自然と調和しつつ、健康で生産的な生活を営む権利を有する」こと、開発と環境との関係においては、「環境保護は、開発過程の不可分の一部をなし、それから分離しては考えられない」こと、すなわち環境保全なくしては、永続可能な発展は不可能であること、また、環境保全のためには、「それぞれのレベルで、関心のあるすべての市民が参加することにより最も適切に扱われる」ことを確認し(環境と開発に関するリオ宣言)、これを受けて制定された環境基本法も、同様の原則を確認している。


従って、公共事業を含むあらゆる開発事業は、環境保全を図りつつ、真に国民生活に豊かさをもたらすことを目的とし、その策定・実施手続は、公開と参加の原則のもとに行われなければならない。そして、この目的を実現するためには、環境保全の最優先を前提として、政策決定から実施決定に至る各段階おいて、情報公開の徹底を図るとともに、民主性、透明性、合理性、公正を確保するための目的・要件と手続を定めた総合的な法制度の整備が必要である。


当連合会は、1973年2月に「地域開発の策定に関し住民等の参加を確保する法律案要綱」を提言したのをはじめとして、その後も一貫して、公共事業を含むあらゆる開発に関する意思決定手続に、情報公開と住民参加手続を保障する法制度の整備を提言してきた。


現在、建設省や地方自治体などでも、長期間に亙って事業執行されていない公共事業を対象にした「時のアセスメント」や事業の評価システムの見直しなどが進められているが、いずれも住民参加、情報公開、独立・中立な第三者機関による科学的な評価システムなどが不十分で、公共事業のあり方を抜本的に適正化するものとはなっていない。


そこで、われわれは、現在の公共事業の欠陥を克服し、適正化するために、国及び地方公共団体に対し、以下のような施策の実施と法制度の創設並びに関連法規の改正を求めるものである。


(1)

国及び都道府県(政令指定都市を含む。以下同じ。)に、既存の公共事業を 見直すために、独立・中立の「公共事業再評価委員会(仮称)」を設置し、市 民参加のもとに事業の中止を含む抜本的な再検討を実施すること。


何よりも、現在進められている公共事業の再検討と見直しが緊急に必要である。現在行政によって「時のアセスメント」などの見直し作業が進められようとしているが、着手している事業を対象から除外するなど、見直し対象となる事業の範囲が狭く、住民参加の制度的な保障も不十分であり、環境保全に関する見直しも不徹底である。従って、独立・中立の「公共事業再評価委員会(仮称)」を設置して、市民参加のもとに必要性、費用対効果、財政計画、環境保全など、すべての側面から再評価し、事業の中止を含む見直しを行うべきである。


(2)

国及び都道府県は、新規の公共事業の適正化のために、次の内容を盛り込んだ「公共事業改革法・条例(仮称)」の制定及び関連法規の改正に着手すること。


  1. 公共事業にかかる基本計画、財政計画を議会の議決事項とすること。
    毎年巨額な公共投資が実施されているが、基本計画や財政計画が市民の代表で構成されている議会の議決事項となっていないことは、国民主権、財政民主主義の原則からみても重大な問題である。こうした基本計画、財政計画の決定にあたっては、どのような公共事業を優先するかの選択も含めて、議会の積極的な関与が必要である。
  2. 上記審議にあたっては、議会内に設置された専門家で構成する「公共事業  基本計画検討委員会(仮称)」による科学的な検討を受けるものとすること。
    議会が基本計画、財政計画を審議する場合には、事業による環境影響のみならず、事業の合理性を確保するために、社会的、経済的観点からの科学的な検討が実施される必要がある。議会の審議にあたっては、市民意見の反映と情報公開を保障するとともに、専門委員で構成される「公共事業基本計画検討委員会(仮称)」による科学的な調査、予測、評価に基づく検討報告を受けるべきである。
  3. 行政による個別公共事業の実施決定手続として、市民参加と争訟手続を保  障した計画確定手続を定めること。
    現在、個別事業の実施決定は、行政内部で不透明のまま行われ、公開された市民参加による計画確定手続が存在していない。欧米諸国の諸制度も参考にして、関連情報の公開のもとに、計画案の作成段階から、市民などに対する聴聞、意見提出、決定理由の開示など決定過程の透明性と公正さを確保する手続を盛り込んだ計画確定手続を創設する必要がある。 また、不必要な公共事業や環境破壊をもたらす事業を司法審査の対象とすることも必要である。三権分立の国家機構においては、司法は、本来、行政に対するチェック機能が期待されているが、現状では、開発・事業法における環境配慮規定の不備や、司法消極主義によって原告適格や訴えの利益などが狭く解され、その機能が大幅に制限されている。司法によるチェック機能を強化するために、計画確定手続の中に、市民の異議申立などの争訟手続を規定することが必要である。なお、現在、地方自治法には、住民監査請求制度とこれに引き続く住民訴訟制度が存在しているが、国の制度としては、こうした制度は存在していない。従って、将来的には、公共事業に関わる財政支出の適正さを最終的に保障するために、地方自治法の制度に類したいわゆる「納税者訴訟」制度の検討も必要がある。
  4. 上記計画確定手続においては、独立・中立の「公共事業評価委員会(仮称)」による、事業の必要性、費用対効果、財政計画、技術的可能性などについての科学的な検討を受けるものとすること。
    上記基本計画は、広域的かつ中長期の概括的な計画を策定するものであり、そこにおける様々な科学的な検討も、概括的なものにならざるを得ない。従って、個別公共事業の必要性、費用対効果、財政計画、技術的可能性などを、より具体的になった情報、資料などに基づいて、科学的に調査、予測、評価することが不可欠である。そのためのシステムとして、「公共事業評価委員会(仮称)」システムを構築し、その科学的な検討を受けるべきである。なお、上記委員会は、現在の審議会と異なり、選任においても中立性を確保し、また、調査、予測、評価に必要な人員が確保されるようにすべきである。
  5. 基本計画や個別公共事業は、上記手続に基づいて5年ごとに見直すものとすること。
    社会情勢は変化するものである。計画決定や実施決定がなされた後も、実施されず、または完了していない事業については、5年ごとの見直しが必要である。

(3)

「環境影響評価法・条例」を改正して、市民参加の機会を拡大するとともに、独立・中立の「環境影響評価委員会(仮称)」による審査制度を導入すること。


1997年に制定された環境影響評価法や地方自治体の環境影響評価条例での住民参加手続においては、住民などは、関連する環境情報を事業者に提供するだけの弱い位置付けとなっており、環境影響の調査、予測、評価の手法やその内容などについて、市民意見を反映させるための手続は保障されていない。また、事業者の環境影響評価の結果を、独立・中立の第三者機関によって審査する手続も定められていない。環境保全を徹底するために、これらの事項について環境影響評価法(条例)の改正が必要である。


よって、われわれは、「環境保全と真の豊かさの実現に向けて公共事業の適正化を求める決議」を提案するものである。