憲法施行50年記念・人権擁護大会宣言

開催日
平成 9年10月23日 1997年10月23日
開催地
下関市
表題
憲法施行50年記念・人権擁護大会宣言「国民主権の確立と平和のうちに安全に生きる権利の実現を求める宣言」
内容
憲法施行50年記念・人権擁護大会宣言 国民主権の確立と平和のうちに安全に生きる権利の実現を求める宣言

日本国憲法は、先の戦争の惨禍を教訓として、国民主権、恒久平和、基本的人権の尊重などを基本原理と定め、国民の国民による国民のための政治により、個人が人間として尊重され、平和のうちに安全に生きる権利を保障している。


この半世紀、国民は、憲法の基本原理の実現のために不断の努力を続け、国際的な理解と協力を得て、少なからぬ成果をあげてきた。


しかし、基地被害をはじめとする沖縄問題、HIV薬害、阪神・淡路大震災などに対する施策が端的に示しているように、民意が必ずしも国政に反映されず、憲法の基本原理は未だ十分に実現されるには至っていない。


当連合会は、一人ひとりが人間として尊重され、平和のうちに安全に生きる権利を実現することが、緊急にして最優先課題であることを強く訴える。


今日、一人ひとりが、行政の保有する情報を入手活用し、選挙、国民審査、住民投票、オンブズパースン活動、NPO・NGO活動、住民・市民運動など様々な形態で、主体的に行動し、その意思を国政に反映させることが重要である。


そのためにも、当連合会は、行政による情報の独占、秘匿、操作を排し、その保有する情報を公開し、国民の知る権利を保障する情報公開法を直ちに制定することを求める。


われわれは、憲法施行50年にあたり、多くの人々とともに、国民主権の確立と平和のうちに安全に生きる権利の実現をはじめとする憲法の基本原理の実現と定着のために、全力を尽くすことを宣言する。


1997年(平成9年)10月23日
日本弁護士連合会


提案理由

1.本宣言の意義

当連合会は、本年5月の定期総会において、「憲法50年・国民主権の確立を期する宣言」を行い、国民主権の確立をはじめとする諸課題の達成をめざして、国民とともに力を尽くすとの決意を明らかにした。


本宣言は、前記宣言を踏まえ、国民主権の確立に加えて、平和のうちに安全に生きる権利の実現を提起し、その達成のために全力を尽くすことを宣言するものである。


なお、憲法においては,「国民」は、必ずしも国籍を有するものに限定しておらず、また、「国政」という言葉は、「国政は、国民の厳粛な信託による」というように、立法、行政、司法及び地方自治体の行政の全体を表しているので、本宣言においても同様の趣旨で用いている。


2.憲法の基本原理

日本国憲法は、先の戦争の惨禍を教訓として、国民主権、恒久平和、基本的人権の尊重などを基本原理として宣言し、国民の国民による国民のための政治により、個人が人間として尊重され、平和のうちに安全に生きる権利を保障することを宣言している。


恒久平和の原理は、国家の政策選択の基本的原理であるとともに、「国民一人ひとりが平和のうちに生存し、かつその幸福を追求することができる権利」(札幌地裁昭和48年9月7日・長沼ナイキ基地訴訟第1審判決)として、平和的生存権を保障するものであると理解されている。


そして、国民の平和な生活を侵し、安全を脅かすものは、戦争と軍事力の行使に限られず、環境破壊、災害、公害、事故についても同様である。「国民の生命,健康を保持することは、国政の最大の理念であり国の責務であり」(大阪地裁昭和54年7月31日・大阪スモン訴訟判決)と判示しているように、国民の生命・身体の安全、健康の保持は、国の責務である。そして、ひとたびこれらの危険が発生した場合には、国や地方自治体による、速やかな救助、救援、支援が保障されなければならない。


憲法は、「すべて国民は、個人として尊重される。」(13条)、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」(25条1項)などの保障を規定しているが、今日、これらを総合して、平和のうちに安全に生きる権利を基本的人権として捉えることが重要である。


3.わが国の現状

この半世紀、国民は、国民主権、恒久平和、基本的人権の尊重などの憲法の基本原理の実現のために、様々な形態で不断の努力を続け、国際的な理解と協力を得て、民主主義、環境・公害・消費者問題、刑事手続、労働・社会福祉問題など様々な分野において、少なからぬ成果をあげてきた。


しかしながら、わが国の国政は、民意の反映、個人の尊重と基本的人権の擁護、平和のうちに安全に生きる権利の保障に関して、未だ十分にその責務を果たすに至っていない。基地被害をはじめとする沖縄問題、HIV薬害、阪神・淡路大震災に対する施策などが、近時の代表的な例として、その問題点を端的に示している。


(1) 沖縄に対する対応

戦後、政府は、「日本国との平和条約」の締結により、本土の独立と引き換えに、沖縄県民を核基地のなかで、米軍に占領され、国民としての基本的権利をほとんど認められない状態に置いてきた。本土復帰後においても、巨大米軍基地の存在は、米軍兵士による女性に対する暴行・殺害事件等の頻発、基地による水質汚濁、土壌汚染、河川・海域汚染、騒音公害、教育環 境破壊など、深刻な人権侵害、公害等を発生させ、市町村等の振興・開発の阻害、行政事務の過重負担等をもたらしてきた。


沖縄県民は, 1996年9月, 住民投票において, 投票者の89%が、「日米地位協定の見直しと基地の縮小整理」に賛成し、県民の総意を表明した。しかし,国会は、1997年4月,使用期間が満了した基地用地につき、いわゆる「駐留軍用地特別措置法」の改正案を、国会上程後僅か2週間で成立させた。これは、憲法9条、29条、31条に違反する疑いが強く、県民の意思に反するとの強い批判がなされている。


最高裁は, これらに先立つ1996年8月, 沖縄県知事に対する職務執行命令訴訟において, 県民の基地用地返還の総意より、日米安保条約による国の基地提供義務を優先させ,県側を敗訴させた。


また、日米安保条約締結、施政権返還等の一連の経過を通じて、外交、軍事に関する情報は、政府により沖縄県民及び国民に秘匿され続けてきた。


(2) HIV薬害

血友病患者の治療薬の非加熱血液製剤が、HIVに汚染されていたため、約5、000人の血友病患者のうち1、868人が発症し、438人が死亡する(1996年8月現在)という薬害事件が発生した。


厚生省は、加熱製剤の緊急輸入が必要であることを知りながら、その措置を取らず、非加熱製剤の危険性を示す情報と警告を秘匿し、加熱製剤の導入を大幅に遅らせ、加熱製剤が販売されても、非加熱製剤の回収を指示しなかった。さらに、国はHIV薬害訴訟において,医薬品の安全確保義務を個々の国民に対しては負っていないと主張し、その上、被害者が求めていた資料を一貫して秘匿し続け, 被害者などのねばり強い運動に後押しされた厚生大臣の指示によって、漸く厚生省ファイルが公表されるに至った。これが当初から開示されていたならば、被害の発生も拡大せず、訴訟も早期に終結して、速やかな被害者救済が可能であった。


(3) 阪神・淡路大震災などの災害

阪神・淡路大震災では、死者6、300人、負傷者43、000人、家屋全半壊21万棟、火災発生件数531件に達し、関東大震災以来の地震災害となった。現在でも、約3万世帯が劣悪な住環境の仮設住宅で暮らしている。この間に、栄養失調などによる孤独死は、168人に上っている。


災害等により、被災者に個人では自立できない状況が生じたとき、国や地方自治体がその自立を支援することは、個人の尊重と安全に生きる権利の保障に基づく責務であると解される。


阪神・淡路大震災の被災者を中心とする市民グループは、被災者に対し、補償ではなく、被災者の自立を公的に支援することを内容とする「災害被災者等支援法案」を策定し、党派を超えた議員の協力により、先の国会に上程されたが、政府が、「個人補償はしない、被害の回復は 自助努力で」という立場に固執したため、継続審議となり、その成立について目途が立っていない。


大震災などの災害の予知、対策には、種々の困難があるとしても、事前の防災対策、事後の救助・救援対策、被災者の自立のための支援措置などは、国及び地方自治体が緊急になすべき責務である。しかし、これらは必ずしも果たされておらず、個人の尊重と安全に生きる権利の保障は未だ実現していない。


4.緊急・最優先課題

個人の尊重と平和のうちに安全に生きる権利は、人間として存在するための根源的な権利であり、国政の最大の理念であり、国の責務であることに想いをいたせば、この権利の保障を実現することは、この50年間において、何よりも優先して実現されなければならない課題であることは明らかである。


ところが、以上の3つの例をはじめとして、個人の尊重を欠き, 平和のうちに安全に生きる権利が侵され、かつ、事後の救助、救援、支援が適切、十分には行われなかった例は、枚挙にいとまがないといっても過言ではない。


個人の尊重と平和のうちに安全に生きる権利の保障は、今日、緊急にして最優先課題であることを強く訴えるものである。


5.民意を国政に反映させよう

憲法は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない。」(12条)として、国民一人ひとりの不断の努力によって、自由及び権利を保持することを求めている。


憲法は、国民が民意を反映する方法として、選挙、国民審査投票、住民投票、請願権の行使などを保障している。近年、沖縄県(米軍基地)、新潟県巻町(原子力発電所)、岐阜県御嵩町(産業廃棄物処理場)において、住民が、住民運動により住民投票条例を制定させ、住民投票により、自らの意思をその地方の行政に反映させようとしている。また、全国市民オンブズマンが、都道府県に対して行った情報公開請求により、から出張などの不正が判明し、各地で官官接待の原則廃止、接待相手や場所の公開を決めるに至るなど、成果が現れはじめている。


国民主権を確立するためには、われわれ一人ひとりが、行政の保有する情報を入手し、選挙、国民審査、住民投票、オンブズパースン活動、NPO・NGO活動、住民・市民運動など様々な形態で、主体的に行動し、その意思を国政に反映させることが重要である。


6.直ちに, 知る権利を保障する情報公開法を

民意を反映させるための様々な行動を行うためにも、行政の保有する情報を公開し、国民の知る権利を保障する情報公開法を直ちに制定することが必要である。


政府の行政改革委員会は、1996年12月、情報公開法要綱案を公表したが、当連合会は、本年1月、「情報公開法要綱案に対する意見書」を公表し、知る権利の保障を明記するべきであること、防衛情報と外交情報の不開示理由を別個に規定し,それを具体的・一義的・限定的規定とすべきであることなどの問題点を提示してきた。政府は, 行政改革委員会の答申を受け, 今年度中には法案の成立を図るとしている。


情報公開法は、国民の情報の開示を求める権利が憲法上の権利として明記されること、公開原則の例外としての適用除外規定は明確で最小限度であること,国民が誰でも簡単・容易に利用できる制度であることが必要である。


政府・国会に対して、行政の保有する情報を公開し、国民の知る権利を明記し、これを保障する情報公開法を直ちに制定することを求める。


7.憲法の基本原理の実現と定着を

近年、国連の平和維持活動(PKO)、避難民・在外邦人救助などの憲法原理に関わる問題が提起され、さらに、憲法改正を現実の政治課題とする動きがある。


このような状況のなかで、当連合会は、全国各地の単位弁護士会と協同して、昨年秋以来、この1年間を「憲法50年記念行事年間」と位置づけ、「国民主権の確立」をメインテーマとして、全国各地において、当連合会、弁護士会連合会, 単位弁護士会により, シンポジウム、講演会など種々の取り組みを行ってきた。また、本年5月の当連合会定期総会において、「憲法50年・国民主権の確立を期する宣言」を行った。


さらに、このたび、山口県下関市において、第40回人権擁護大会を開催し、「あるべき情報公開法を!」(シンポジウム第1分科会)、「平和のうちに安全に生きる権利」(同第2分科会)、「刑事司法と憲法再発見」(同第3分科会)をテーマとしてシンポジウムを行い、これらの課題の検討をさらに深め、その達成の道筋を追求した。


当連合会は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命として、1949年に発足し、以来、その使命達成のための活動に取り組んできたが、憲法施行50年にあたり、多くの人々とともに、国民主権の確立と平和のうちに安全に生きる権利の実現をはじめとする憲法の基本原理の実現と定着のために、全力を尽くす決意であることを、ここに宣言するものである