選択的夫婦別姓制導入並びに非嫡出子差別撤廃の民法改正に関する決議

日本国憲法は、個人の尊厳と法の下の平等を基本とし、家族法を個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定しなければならない、と謳っている。


ところが、現行民法は、婚姻にあたり夫婦同姓を強制し、夫婦の姓を平等に尊重することができない制度となっている。その結果、夫の姓を称する夫婦が圧倒的に多く、妻の姓は、夫と同等に尊重されているとはいえない。


法制審議会は、1991年1月以来、民法改正について審議を重ね、1996年2月、選択的夫婦別姓制導入と非嫡出子の相続分差別を撤廃する等を内容とする「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申した。しかし、この答申に基づく民法改正案は、いまだ国会に上程されていない。


氏名は、個の表象であって、人格の重要な一部である。価値観・生き方の多様化している今日、別姓を望む夫婦にまで同姓を強制する理由はなく、別姓を選択できる制度を導入して、個人の尊厳と両性の平等を保障すべきである。


近年、改姓によって受ける不利益や不都合を避けるために、婚姻後も旧姓を「通称」として使用する人も増えている。しかし、運転免許証、パスポート、印鑑登録証明書など戸籍名しか使用できない場合も多く、通称使用では解決できない。


諸外国をみても、夫婦別姓を選択できる国が大多数であり、夫婦同姓を強制している国は、わが国の他は極めて少数である。わが国も批准している女子差別撤廃条約は、姓及び職業選択を含めて、夫及び妻に同一の個人的権利を保障することを締約国に求めており、この観点からも、選択的夫婦別姓制導入の早期実現が望まれる。


次に、民法は、非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1と定めている。しかし、子には、両親が婚姻しているかどうかについて、何の責任もない。のみならず、親にとっても、子に対する責任は、嫡出か否かで差はない。


わが国が批准している国際人権(自由権)規約と子どもの権利条約も、出生等による差別を禁止している。そして、国際人権(自由権)規約委員会は、1993年に日本政府に対して、非嫡出子の相続分差別をなくすよう法改正を勧告しており、この観点からも、早急に非嫡出子の相続分差別を撤廃すべきである。


わが国も、憲法と諸条約を踏まえ、選択的夫婦別姓制の導入と非嫡出子の相続分差別を撤廃することにより、成熟した社会をめざす必要がある。


よって、当連合会は、政府に対し、すみやかに上記民法改正案を国会に上程し、選択的夫婦別姓制の導入と非嫡出子の相続分差別の撤廃を実現することを強く求める。


以上のとおり決議する。


1996年(平成8年)10月25日
日本弁護士連合会


提案理由

1.はじめに

日本国憲法は、個人の尊厳(13条)と法の下の平等(14条)を基本とし、さらに、家族法を個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定しなければならない(24条)旨、重ねて謳っている。


2.選択的夫婦別姓制の導入について

ところが、民法750条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」と規定し、夫婦同姓を強制している。


夫婦同姓の強制は、憲法13条、14条、24条に抵触する疑いがあり、その他社会生活上の問題をも生じさせている。


(1) 氏名は、個の表象であり、個人の人格の重要な一部であって、憲法13条で保障する 人格権の一内容を構成する(最高裁判所昭和63年2月16日判決参照)。したがって、「その意に反して氏名を変更することを強制されない権利」も、人格権たる氏名権の内容として、憲法13条に保障された権利であるといえる。


民法750条の夫婦同姓強制は、婚姻に際して、姓を変更したくない者に対しても、その変更を強制しており、氏名権を侵害している。


また、人は氏名を使って社会、経済生活を営んでいるのであるから、継続して使われた氏名は、社会的、経済的関係において、法的に保護されて当然である。「永年使用した」姓は、戸籍法107条の姓(氏)の変更審判においても、法的保護に値するものと評価されている。民法767条2項(婚氏続称)、同816条2項(縁氏続称)も、永年使用した姓を保護するために創設された規定である。


したがって、婚姻に際しても、永年使用した姓を法的に保護し、同姓、別姓の選択の自由を認めることは、当然である。


(2) 1994年の厚生省人口動態統計では、改姓をしたのは97.4%が妻、即ち女性である。つまり、同姓強制による不利益は、ほとんどの場合女性が受けることとなる。こ の改姓の実態からみて、夫婦同姓を強制する現在の制度は、憲法14条、24条で保護する実質的両性の平等に反する可能性が高い。のみならず、夫婦同姓の強制は、一組の夫婦ごとにみても、必ず一方が他方の姓に改姓しなければならず、夫婦の姓を同等に尊重することができないのである。


したがって、夫婦の姓を同等に尊重し、両性平等を実現するためには、婚姻前の姓を引き続き称することを望む者に、これを認める選択的夫婦別姓制の導入が必要なのである。


(3) 夫婦同姓強制制度は、改姓を余儀なくされた者に自己喪失感、不平等感、屈辱感など精神的苦痛を与えることも少なくない。


また、夫の姓を称すると「嫁に入った」、妻の姓を称すると「婿に入った」と観念されるのが一般的で、「家」意識の温存につながっていること、改姓を余儀なくされた者は、個人としての信用、実績を断絶される支障が生じること、改姓に伴う繁雑さを甘受せざるを得ないことなど、さまざまな問題がある。これを避けるために、婚姻届出を断念するカップルもあり、婚姻の自由の制約ともなっている。その反面、改姓に伴う不便・不利益等を避けるために、旧姓を通称として使用する人も増えているが、運転免許証、パスポート、印鑑登録証明書など戸籍名しか使用できない場合も多く、通称使用では解決できないのである。


女性が家庭のなかでのみ生きた時代には、改姓による不便・不利益は少なかった。だが、近年女性の職場進出が進み、婚姻前に個人としての信用・実績を身につける場合が多くなった現在、夫婦別姓を選択できる制度を求める声が、年々高まってきている。


1994年9月に実施された朝日新聞社の世論調査によれば、法改正して夫婦別姓を選択できるようにすることに対して、賛成が58%、反対は34%である。当連合会では、法務省の中間報告に対する33単位弁護士会の意見書のうち、圧倒的多数はこれに賛成の立場である。


わが国の伝統は、夫婦別姓であり、夫婦同姓の強制は明治中期に家制度の下で導入されたに過ぎない。夫婦の「姓」のあり方は、夫婦の自己決定を尊重することが個人の尊重にかなうものである。


(4) 婚姻の成立要件として、全面的に夫婦同姓を強制する国は、法務省の調査によれば、日本、インド、タイの3か国であり、極めて少数である。


(5) 国際人権(自由権)規約23条は、婚姻に係る配偶者の権利及び責任の平等を、女子差別撤廃条約16条1項は、夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)をいずれも保障している。1990年7月24日に採択された国際人権(自由権)規約委員会の同条に関する一般意見では、「各々の配偶者が各自の原家族名(姓)を使用する権利(使用し続ける権利)を保留する権利、又は平等な立場で新しい家族名(姓)を両配偶者が共同で選択するという権利が各国政府により保障されるべきものである」と述べられている。


夫婦同姓強制制度は、わが国が批准したこれらの条約に違反する。


(6) 別姓夫婦の子の姓は、出生の際、父母が協議して定めるものとすべきである。


民法改正要綱は、子の姓を統一することとし、婚姻の際に夫または妻の姓を子の姓として定めなければならない、としている。しかし、婚姻後、子を持つか否か、持つとしても何人持つかなどは、それぞれの夫婦のライフスタイルの問題であり、それを予め届けさせるような方法は採用すべきでない。


子の姓は、子の出生時の事情に応じて、父母がその都度協議して自律的に定めるのが、最も合理的である。夫婦の協議が調わない場合または協議をすることができない場合は、家庭裁判所の審判で定めるものとすべきである。


3.非嫡出子の相続分差別について

 

(1) 民法900条4号但書前段は、非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1と規定しているが、これは、憲法13条、14条、24条に違反する。


そもそも、非嫡出子自身には、嫡出でないことについて何の責任もなく、どうすることもできないのである。にもかかわらず、非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とすることは、憲法の保障する法の下の平等(14条)等に違反する。同じ親の子である以上、区別する理由はないのである。


非嫡出子の相続分を嫡出子のそれと同等にすることは、法律婚主義に反し、嫡出子や正妻の権利を損なうことになるとの批判もあるが、配偶者の相続分には何ら影響を及ぼさないのであり、法律婚主義にも抵触するものではない。


また、非嫡出子は、常に法律婚の家族と対立する状況で生まれるわけではない。事実 婚カップルの子、母が子を産んで離婚した後、法律婚によらず子を産む場合など、様々なケースがある。特に、母の相続についてみた場合、相手の男性と婚姻届を出しているか否かによって、子が差別されることになり、不合理は一層大きい。母の相続における非嫡出子差別が、法律婚保護とは何ら関係のないことは、明らかである。


東京高等裁判所は、1993年(平成5年)6月23日、民法900条4号但書前段は、社会的身分による差別を禁止した憲法14条1項に違反し、無効であるとの決定を下した。


その後最高裁判所は、同法を憲法14条1項に違反しない旨判決した。しかし、民法改正による相続分同等化を求める補足意見が付されており、この補足意見と、非嫡出子の相続分差別を憲法違反とする少数意見とを合わせると、多数意見となることに、十分注目する必要がある。


したがって、すみやかに非嫡出子に対する相続分差別廃止の法改正を行うべきである。


(2) わが国は、1979年に国際人権(自由権)規約を、1994年に子どもの権利条約を批准した。いずれの条約も、出生等による差別を禁止している。


国際人権(自由権)規約委員会は、1993年、国際人権(自由権)規約の実施状況に関する第3回日本政府報告書に関して、非嫡出子の相続分差別をなくすよう、日本政 府に法改正を勧告した。


また、わが国が1985年に批准した女子差別撤廃条約は、「児童に関する事項についての親(婚姻しているか否かを問わない。)としての同一の権利及び責任」において、両性の平等を保障し、かつ「あらゆる場合において、児童の利益は至上である」としている(16条1項(d))。


つまり、親が法律婚をしていると否とに関わらず、子どもに対する親としての責任は、父と母との間で同一でなければならないことを保障しているのである。


相続には、扶養の要素も含まれているとされており、特に非嫡出子については、父から十分な扶養を受けていない例が多いことに鑑みると、相続分において嫡出子と非嫡出 子を差別することは同条約に反する。


(3) 諸外国においては、嫡出子と非嫡出子とを平等に取り扱おうとする動きが顕著である。相続分について嫡出子と非嫡出子を同等に取り扱う国は、イギリス、デンマーク、スウェーデン、ポーランド、ハンガリー、ブルガリア、メキシコ、アルゼンチン、オーストラリア、イタリア、オランダ、スイス、ベルギー、スペイン、ギリシャ、中国、韓国等がある。アメリカも大半の州は同等であり、ドイツは、手続き上わずかの差はあるものの、相続分は同等である。


わが国の非嫡出子の相続分差別は、すみやかに撤廃すべきである。


4.結論

法制審議会は、1991年1月以来約5年間、民法改正について審議し、各界の意見 を聴取した上で、1996年2月、選択的夫婦別姓制の導入と非嫡出子の相続分差別の撤廃を内容とする「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申した。


よって、すみやかに民法改正案を国会に上程し、選択的夫婦別姓制の導入と非嫡出子の相続分差別の撤廃を早急に実現すべきである。


以上の理由により、本決議を提案するものである。