河川行政の転換を求める決議

かつて河川は、さまざまな生物が住む豊かな自然環境を形成し、われわれに飲み水や灌漑用水を供給するとともに、水遊びややすらぎの場を提供するなど多彩な価値をもち、流域に特色ある文化を育んできた。


ところが、近年、三面コンクリート張り等の工事が施された結果、多くの河川は、単なる水路と化し、他方では、ダムにより流れを分断されて川に水がなくなるなど、河川本来の機能を失っている。


これは、国の主導による河川行政が、河川を治水の対象として制御し、あるいは水資源として利用し尽くすために、画一的な河川事業を行ってきたことによる。また、河川法をはじめとする河川関係の法律が、河川の多面的な価値の保全や水需要の抑制を含めた総合的な政策をとろうとする観点を欠いていること、住民や市町村が政策決定に参加できる仕組みがないこと、あるべき環境アセスメント制度が確立されていないことが、こうした河川行政を許す原因となっている。


現在、全国各地でダム・堰の建設等をめぐり、住民との紛争が多発している。これに対し、建設省では、多自然型川づくりの導入や円卓会議の実施、ダム等事業審議委員会の設置など、河川環境保全に配慮し、住民との話合いの場を持つ動きが見られるが、いまだ不十分である。


今こそ、河川行政のあり方を転換するときである。われわれは、「清流」という言葉に象徴される河川の豊かな環境を守り、また、失われた清流をとり戻すため、国に対し、次のことを行政施策として実施するとともに、法制度として確立することを求める。


  1. 河川管理の目的を、治水、利水だけでなく、河川の生態系と森林を含む流域環境を保全し、歴史的・文化的特色を生かした地域的特性をもつ川づくりに転換するとともに、水需要の抑制を含む総合的な水行政を推進すること。
  2. 流域の市町村と住民が主体的に河川行政に参画できるように、協議機関などを設けるとともに、水資源開発基本計画等の各種基本計画の策定から事業実施に至るあらゆる段階の意思決定に際し、すべての情報を公開し、住民が参加できる制度を設けること。
  3. 計画段階からのアセスメントや第三者機関による審査など総合的な環境アセスメントを実施すること。
  4. 既に決定された計画や事業についても第三者機関による審査手続きを設けて、中止や変更の要否を審査し、かつ、審査結果に対する争訟手続きを認めること。

以上のとおり決議する。


1995年(平成7年)10月20日
日本弁護士連合会


提案理由

1. 河川は、水源地から河口に至る間にさまざまな水環境を抱いている。そこでは、多様な生物が、それぞれの条件に適応した生態系を形成して生息している。もとより、河川は飲料水源として重要であり、第37回人権擁護大会において、清浄な飲料水を享受するため、水源地域の立地規制や生活排水対策の実施などを求める決議をした。また、河川は、灌漑用水、工業用水、水運、水力発電、漁業等さまざまな かたちで人間に利用されているが、河川の価値は水資源としての価値にとどまらない。水遊びを通じて子どもたちが自然とふれあい育つ場や世代を通じての安らぎの場を与え、多様な地域文化を育んできた。人間が、生活を維持するためにも、精神生活を豊かにする上でも、河川は重要な役割を果たしてきたのである。


2. ところが、わが国では、流れをスムーズにするために、両岸と川底をコンクリートで固める三面コンクリート張り方式や、河道をできるだけ直線的にするためのショートカットの工法などの採用により、できるだけ早く、水を海へ流すための、いわば河川を水路化する工事が全国で行われてきた。また、多数のダムや堰の建設により、流れは分断され、水のない河川や溜池の連続のような河川が各地で出現している。これと同時に進行した森林の破壊が、河川の荒廃に拍車をかけ、両者あいまって、河川の豊かな環境と文化を破壊してきた。


3. こうした河川行政の背景には、次のような問題がある。


  1. 河川をめぐる法体系が河川法、水資源開発促進法、電源開発基本法など、目的ごとに分割されており、河川のもつ多面的な価値を全体として保全する視点はない。また、過大な水需要予測に基づいて、ダム・堰の建設を推進するだけで、節水や水の再利用対策を怠り、水不足の著しい地域に周辺地域から融通できる態勢を整えるべきであるのに、各法律は、水需要を満たすための河川事業を展開するためのものであり、水需要抑制を含めた総合的政策という観点を欠いている。
  2. 河川事業については、河川法の工事実施基本計画、水資源開発促進法の水資源開発基本計画、電源開発促進法の電源開発基本計画などの基本計画の策定に始まり、個々の事業についての事業計画、事業実施、という手続きを経るが、そのどの段階においても、流域の住民や地方自治体が主体的に政策決定に参加できる仕組みになっていない。地方自治体の中でも、都道府県の知事は、一級河川の指定や管理につき意見を述べることができ(河川法第4条)、二級河川については指定、管理の権限を有している(同法第5条)が、地域住民により近い自治体である市町村の長は、河川管理者と協議して工事等ができるとの限定された権限しかない(河川法第16条の2)。
  3. 住民に対しては、河川行政に関する情報を広く公開する制度がなく、住民の多様な意見を政策決定に反映させる仕組みもない。事業の実施段階で、住民に協力を求めるための説明はされても、住民の意向により事業を変更したり、中止することはないのが実情であった。
  4. 日弁連は、従前、計画アセスメントの実施、代替案の検討の義務づけ、実効性ある住民参加と情報公開の手続き、独立の第三者機関による審査、モニタリング手続き等を含む環境アセスメントの法制化を求めてきた(環境保全政策法試案 要綱・1975年12月、環境基本法要綱・1993年1月)が、閣議決定を経た要綱により行われている現行の環境アセスメント手続きは、諸外国でいうところの環境アセスメント手続きとほど遠い内容のものであり、河川環境の破壊の歯止めとはなりえない。

4. 全国各地で、ダムや堰の建設などによる生活基盤の喪失や環境破壊を訴える紛争は絶えない。日弁連が最近調査を行ったものから挙げるだけでも、必要性に疑問が提起されるとともに生態系への深刻な影響が指摘されている長良川河口堰の問題、治水対策としての必要性・合理性が議論される一方、自然環境や農漁業への影響が憂慮されている北海道の千歳川放水路問題、ダム建設による環境破壊と地域住民の生活に対する悪影響のおそれから反対運動が展開されている熊本県の川辺川ダム、同様の理由で長年にわたって村を挙げて反対が表明されているにもかかわらずダム建設計画が進められようとしている徳島県木頭村の細川内ダムのケース、自然と調和した既存の堰を撤去し、大規模な横断堰を設けることが問題とされている吉野川第十堰の問題などがある。


5. これに対し、河川行政の中心的役割を果たしている建設省も、「多自然型川づくり」を導入し、1994年(平成6年)1月の環境政策大綱では、「環境を建設行政において内部目的化する」ことを宣言した。1995年(平成7年)3月の河川審議会答申では、「生物の多様な生息・生育環境の確保」、「健全な水循環系の確保」、「河川と地域の関係の再構築」を基本方針として掲げている。また、長良川河口堰問題について、いわゆる円卓会議を実施するなど住民との話合いに応ずる姿勢をとりはじめている。さらに、平成7年6月、すでに決定ずみの全国の11の事業を見直すための「ダム等事業審議委員会」を設置することを公表した。


しかし、建設省が姿勢を変えはじめたとは言っても、法制度的な裏付けはなく、情報は独占したままである点で根本的な変化とは言えない。住民の声を取り入れて、計画の基本的な部分を変更したり、中止することが今後ありうるかは明らかではないが、河川行政が大きな転機にさしかかっていることは何人も否定できない。


6. アメリカ合衆国では、「もはやダム建設の時代は終わった」と言われるに至っている。この結論が導かれたのは、徹底した情報公開により、環境保全のためのコストも含めたダム建設の得失について議論が国民の中で尽くされ、その結果、ダム建設は社会に受け入れられなくなったからだという。


わが国でも、河川行政をめぐっては、環境保全のための十分な検討が必要であるし、上流と下流など多様な利害の調整も必要である。また、多額の資金を投ずる公共事業であるだけに、利権がとりざたされがちである。こうした事業の性質からすれば、わが国でも、今や、河川行政において徹底した情報公開と住民参加の手続きを確立する必要がある。河川に関する事業は、行政だけが決めるものである、という従来の発想は転換を求められている。行政と住民とで計画を作り上げていくという考え方が求められている。そうすることによって、はじめて、「清流」という言葉に象徴される河川の良好な環境を守り、また、失われた清流をとり戻し、子孫に引き継ぐことが可能になる。


7. 河川行政のあり方を転換し、河川の環境の保全と住民参加を基調とした河川行政を実現するために、国に対し、次のことを行政施策として実施するとともに、法制度としても確立するよう求める。


(1) 河川管理の理念を、治水、利水だけでなく、河川の歴史的、文化的、地域的特性を生かし、上流の森林域から下流域まで、その自然環境、生態系を保全することを含めたものに転換するべきである。生態系の保全については、事前の環境調査において、希少種のみならず生態系の把握という観点から、十分な調査がされるべきであり、計画に当たっては、工事をしたうえでの環境の復元、創造といった手法に依存することなく、あるがままの自然を残すことを重視すべきである。


また、洪水や渇水対策、あるいは電力供給のためには、河川事業の展開だけでなく、ほかのさまざまな手段による対応が必要であり、浸水に強い土地利用の推進、水需要の抑制と再利用など多角的な観点を取り入れた総合的な政策を策定する必要がある。そのためには、河川関連諸法の目的の規定を改正すべきであるが、現行法のもとでも、できるだけこうした方向をめざすべきである。


(2) 流域の住民と、地方自治体、特に市町村が、河川行政において主体的な役割を果たしうる制度を設けるべきである。現在ある、建設省と流域自治体などで構成する流域協議会を、法律で河川管理についての一定の権限を持つ機関とし、住民参加の手続きを整備することなどが考えられる。


河川に重大な関わりをもっているのは住民であり、河川法の工事実施基本計画における治水目標の設定、水資源開発促進法の水資源開発基本計画による開発水量の決定、電源開発促進法の電源開発基本計画における水力発電の発電量の決定などの基本的な政策決定から事業実施に至る河川行政のあらゆる段階で、実質的に住民が参画できる手続きを保障するべきである。自己の権利、利益に関わる場合に留まらず、環境への影響等についての意見表明も重視されるべきである。


これを実現するには、十分な情報公開が必要である。河川の現状や新規の事業に関する情報を住民に広く日常的に提供する態勢を作り、新規事業をする際には、計画が確定する前に、その計画の必要性、環境への影響、代替案等について広く周知すべきである。その際、詳しい情報を知るための手段が明示されるべきである。そして、請求に応じて、計画の基礎となったデータやそれまでの計画策定経過に関する情報をすべて公開すべきである。


住民の意見は、各種基本計画の策定から事業実施に至る河川行政のあらゆる段階で、重視されなくてはならない。住民参加の機会が奪われた場合や、住民の意見が採用されなかった場合には、第三者機関に異議を申し立てる手続きを設け、この手続きにより、事業実施の中止・変更はもとより、事業の基になった基本的な計画の改定も行いうるものとすべきである。さらに、裁判手続きでも争いうるものとすべきである。


(3) 計画策定段階からの住民参加手続きとは別に、環境アセスメントを実施する必要がある。ここにいう環境アセスメントは、計画アセスメントの実施、代替案の検討の義務づけ、実効性ある住民参加と情報公開の手続き、独立の第三者機関による審査、モニタリング手続き等、日弁連が従来提唱してきた内容のものであるべきである。これを実現するために、早急な立法化が望まれるが、立法化以前においても、できるだけかかる内容の環境アセスメントを実施すべきである。


(4) 一旦決定されたダムなどの計画や事業についても、情勢の変化等により中止や変更が必要になっていないか、申立てにより第三者機関による審査を経るべきである。この審査は、社会・経済的観点からする必要性の再検討とともに、環境への影響についての再検討も含む。また、審査の結果により、事業の修正に留まらず、事業そのものの中止やさらには基本計画の変更をすべきである。第三者機関の結論は、処分性のあるものとし、行政不服審査および訴訟手続きで争いうるものとすべきである。こうした機能を持つ制度を設けるためには、そのための法律の制定が必要である。