警察活動と市民の人権に関する宣言

今日、警察の活動は、極めて広範な領域に拡がっており、民事介入暴力の被害防止などの取り組み、各種許認可権限の実質的行使のほか、少年の非行防止、高齢者対策、風俗環境の浄化などにも及んでいる。


本年6月の警察法改正により、市民生活の安全と平穏の確保などを任務とする生活安全局が警察庁に新設され、警察の活動範囲は、さらに一層拡大することになった。


警察が、強制権限を有する組織であることに照らすと、このような活動の拡大は、市民の人権と対抗する局面を増大させることになる。


警察が大きく変貌しようとする現在、警察が市民の求めに適切に対応しているのか、そもそも警察の機能は市民生活のどこまで及ぶべきかなどについて、広く市民的論議をすることが強く求められている。


しかしながら、警察は、その組織や活動の実態を市民に見えにくくしており、また、公安委員会が形骸化し、市民が直接、警察活動を監視する制度も存在していない。


警察が、真に市民のための存在であるためには、市民による監視システムが必要であり、その具体化を検討すべきである。


われわれは、警察予算の使途、警察組織、警察官教育などの情報公開を求め、公安委員会のあり方の抜本的改革や市民による監視システムの創設など、民主的コントロールの充実により、適正な警察活動の確立を要求し、基本的人権の擁護と社会正義の実現をめざし、さらに活動を発展させていくことを決意する。


以上のとおり宣言する。


1994年(平成6年)10月21日
日本弁護士連合会


提案理由

1.戦後警察の変遷

(1) 日本国憲法の制定を受け、1947(昭和22)年の旧警察法は、行政警察を解体して司法警察を基本とするとともに、自治体警察を創設した。


しかし、冷戦による占領政策の転換の中で、1954(昭和29)年現行警察法制定により、自治体警察の解体と警察の中央集権化がはかられ、それに伴い旧警察法は廃止された。


(2) その後、警察は、遂次、各種許認可権限を拡大するなど、行政警察権限を拡大してきた。近年では、風俗営業法の全面改正(風営適正化法の制定)、暴力団対策法、麻薬二法などの新規立法あるいは各都道府県レベルにおける青少年保護育成条例、拡声機規制条例、屋外広告物条例、美観条例等の制定もしくは改正と、各種の立法形式を通じた警察の規制権限拡大の動きが顕著である。今日警察は、約26万人の警察職員と年間約3兆4000億円の予算を擁する巨大な組織となっている。


2.警察活動の現状

(1) 日本は、欧米諸国と比較しても凶悪犯罪の発生率も少なく、相対的に「安全」な国であり、警察は市民生活の安全と利便に寄与していると評価する声もある。


最近では、警察の民事介入暴力の被害者救済活動などの取組みも進んでいる。その反面、市民からの告訴・告発への対応が消極的であるとの声も聞かれる。


(2) いま警察の活動は、極めて広範に及んでいる。一例として、防犯警察の分野を取り上げただけでも、以下のとおり極めて多様である。


  1. 地域警察を「地域住民が安心でき、安全で快適な住環境(アメニティー)づくりの一翼を担う」ものとし、そのための各種の防犯活動(巡回連絡、パトロールなど)や総合相談室を設けての困りごと相談の実施。
  2. 「長寿パイロット地区」を指定しての高齢者対策
  3. 児童・生徒・勤労少年の犯罪・非行防止・健全育成のための 「学校警察連絡協議会」、「職場警察連絡協議会」の全国的設置、警察官・少年補導員などによる街頭補導、有害図書の規制、保護者への指導・援助、ボランティア活動の支援
  4. 風俗営業の健全化、風俗環境の浄化
  5. 消費者被害防止のための「悪質商法110番」などの消費者相談窓口の設置、広報・啓発活動の推進
  6. 警備業務の健全育成
  7. 質屋・古物商との防犯連絡会の設置・連携
  8. 探偵社・興信所等の調査業に対する取締り
  9. 交通取締りと指導
  10. 民事介入暴力被害者の救済、暴力団の取締り

加えて、道路交通法や風営適正化法関係などの警察所轄事務に関し、数多くの公益法人を設立して、警察業務を補充させている。これ以外にも、「警察関係民間団体」結成の指導とそれへの警察事務の委託をしている。


(3) また、風営適正化法、道路交通法、公安条例などが定めている公安委員会の各種許認可権限の行使の実態をみると、公安委員会自体が独自の事務局を持たず、同委員会の庶務は、警察において処理するとされており(警察法13条、44条)、かつ、公安委員は常勤でないから、同委員会の職務は、実質上警察が行っているといってよい。すなわち、上記の各種許認可権限は、実質的には、警察が行使しているのである。


(4) 本年6月の警察法の大幅な改正により、警察庁は内部部局を改編して、警務局を廃止し生活安全局を新設した。生活安全局は、これまでの刑事局の所掌事務のうち保安部の犯罪の予防・保安・警らに関する事務を引き継ぐとともに、その第一任務を、「犯罪、事故その他の事案に係る市民生活の安全と平穏に関すること」としている。


今回の改正の理由として、警察は、内外の社会経済の状況を反映し、多種・多様な犯罪が発生する要因があり、地域社会の変化や家族の機能低下などによる犯罪の予防・検挙・抑制が十分に効果を上げることが困難な中で、平穏で安全な生活を求める国民の要求にきめ細かく対処することが求められているとし、全国約6、500の交番ないし約8、700の駐在所を地域の生活安全センターと位置付け、市民生活の全般を対象にして日常的に警察活動を展開するとしている。


(5) このような活動を展開する論拠として、警察は、まず警察法2条をあげる。すなわち、同条は、警察の任務の範囲を画するものではなく、こと「公共の安全と秩序の維持」に関する事項は、警察の任務から明らかに排除されない限り警察活動の対象となる、としている。そこでのキーワードは、「市民の要求」と「犯罪の予防」である。


最近では、さらに進んで、警察法1条にいう「個人の権利と自由を保護し、公共の安全と秩序を維持するため」という文言を根拠にして、「犯罪の予防」にとらわれずに、個人の権利と自由を保護するためのより積極的な教育・福祉的な行政活動も警察は行うことができると主張しているのである。


3.警察活動の拡大に関する市民的論議の必要性

(1) 今注目しなければならないのは、警察法改正で新設された生活安全局の第一の所掌事務の対象が、極めて広範囲で無限定であり、その手法も警察が必要と判断すれば、その判断どおり実行に移される可能性があることである。加えて、同改正により、広域捜査の必要を理由に、都道府県警察の警察官による他の都道府県警察の警察官に対する指揮権が新たに認められたことである。この結果、中央・地方警察が、一層系統的に市民生活に関与し、市民生活のすみずみが日常不断に監視される危険性が生まれている。


(2) また、防犯・保安警察の拡大により、本来の一般行政がゆがめられ縮小されるという側面も重大である。行政サービスを直接的な強制力を持つ権力機関に求めることは問題があるうえ、権力的な取締りや管理に依存することによって、市民社会の自治的機能の発展が阻害されるという点も看過できない。


他方、警察が関与することにより、効果的に目的を達成する分野があることも否定できないとの意見もある。


(3) 警察が、その活動を拡大させ、大きく変貌しようとするこの時に当たって、警察の機能が市民生活のどこまで及ぶべきか、市民自らが行うべき課題ないし警察以外の一般行政機関がなすべき課題を安易に警察に依存してはいないか、警察が本来担うべき捜査は十全になされているのか、などという根本問題について、広く市民的論議をまき起こすことが強く求められている。


4.警察組織・制度の問題点

(1) 捜査においては、自白獲得を至上目的とする旧態依然の取調手法で長時間に亙る精神的・肉体的な強制を加えるなどの苛酷な取調が後を絶たず、時には偽造調書まで作られ、その他、逮捕、任意同行、捜索、差押、写真撮影、身体検査の際の違法行為、接見妨害、留置場における暴行、盗聴など、数多くの人権侵害事例があることは周知のとおりである。


また、警察と業者や暴力団との癒着、腐敗行為などの不祥事や犯罪も発生している。


(2) しかし、これらの警察の違法行為について、適正な責任追及と防止策が十分には講じられていない。


加えて、警察は、警察官の人権侵害を容易に認めようとはせず、人権侵害に対する批判に謙虚に耳を傾けようとはしない。弁護士会の人権救済の警告書・勧告書を返送し、その内容について、真摯に反省しようとしないのも、その一例である。


(3) 前記のように警察活動が拡大している反面、本来警察を民主的に監督し、警察の非違行為を防止・統制することが期待されている公安委員会制度は、警察官に対する直接の監督権や実質的な人事権が与えられていないなど、事実上形骸化している。また、現状においては、警察の活動や権限行使を市民が直接監視する制度も存在していない。


(4) しかも、警察がその組織活動、運営に関する資料や情報などを極度に秘密にしていて、その実態が市民に明らかにされることがなく、警察自らの自己抑制以外に適正な権限行使の担保が殆どないという状況下では、警察権限の濫用の危険が一層危惧される。


現在制定されている都道府県段階での情報公開条例において、公安委員会を実施機関に含めているところは一つもない。つまり、全国各地において、例外なく、警察活動に関する情報は、その内容如何にかかわらず、一切公開されないという扱いになっている。しかし、外国の立法例をみると、アメリカの連邦情報の自由法やスウェーデンの報道の自由法などでは、警察活動を情報公開の適用除外にしていないことに注目すべきである。


5.警察の改善・改革にむけて

(1) 当連合会は、これまで、1975(昭和50)年3月に発行された「捜査と人権」(日弁連編)や1989(平成元)年9月に開催された第32回人権擁護大会シンポジウム第1分科会基調報告書などにおいて、警察活動に伴う市民の人権侵害を根絶し、市民のための警察を実現するために、警察制度の改善・改革案を提言した。


さらに、1990(平成2)年9月に開かれた第33回人権擁護大会の宣言において、真の情報公開制度と個人情報保護制度の確立は民主主義の存立と基本的人権の尊重のために欠くことができない旨を提言した。


これらの提言は、今日においても妥当するものである。


また、本年7月、当連合会は、情報公開法大綱を決定し、警察情報についても、強く公開を求めている。


(2) 今日の警察の問題性をみるとき、その主たる要因は、警察の活動や運営に関する資料や情報などが極度に秘密にされていて、その実態が市民に明らかにされることがなく、警察の非違行為の防止・統制をするはずの公安委員会などの諸制度が十分に機能していないことなどにあると考えられる。


今日なによりも重要なことは、警察に対する民主的コントロールを保障するために、公安委員会の警察に対する監督権限の強化、公安委員の公選制を含む選任方法の改革などの公安委員会制度の抜本的改革をすすめる必要がある。また、市民が拡大してきた警察活動を効果的に監視する市民参加の警察監査制度、警察官適格審査会、警察オンブズマンなどのシステムを創設する必要があり、その具体化を早急に検討すべきである。


そして、これらの改革を実効あらしめるためにも、警察予算の使途、警察組織、警察官教育の内容などの警察情報の公開が実現されるべきである。市民に開かれた警察の実現をめざすことは、警察制度改革の基本である。


(3) 今改めて考えると、全ての少年を対象とする健全育成活動や高齢者対策、風俗環境の美化などは、本来、教育、福祉、モラルの領域の課題である。そこでの問題解決のためには、市民自らが行動し、一般行政にも適切な措置を求めて行くべきものである。


このような市民の自立および自治の強化を基本にし、一般行政の充実を求めることは、市民社会を真に活力あるものにし、回り道のように見えても、結果的には諸課題に対する最も有効かつ根本的な解決方法なのである。


(4) 弁護士及び弁護士会は、警察活動に伴う市民の人権侵害を救済する活動をこれまで以上に展開するとともに、市民のための警察の実現にむけて、市民とともにさらに尽力することを決意し、本宣言を提案するものである。