多重債務者の救済制度の整備・拡充を求める決議

今日、国民の消費生活は、クレジット・カード、消費者ローンなどの消費者信用に依存することが多くなってきている。特に、近年の消費者信用の多様化、複雑化、与信残高の急増には、目を見張るものがある。その中で、消費者信用業者により無選別・過剰与信が行われ、多重債務者・支払不能者が急増し、社会問題化している。


他方、多重債務者にとって身近で適切な相談窓口が乏しく、また、司法的救済としての破産・免責手続は、多くの問題をかかえている。


われわれは、返済能力を失った多重債務者の救済に取り組むべき責務が重大であることを自覚し、ここに多重債務者の司法的救済制度の整備・拡充のため、次のとおり提言するものである。


  1. 消費者破産の実情に合わせて、迅速な再出発に役立つものとするため、破産申立に伴う取立の停止制度、自由財産の範囲拡大、破産免責手続の一本化など、現行破産法の一部改正を早急に実現すること。
  2. 定期収入のある多重債務者が、支払可能な範囲で一定期間支払うことにより、その余の債務を免責される新たな消費者債務調整のための法制度を早急に創設すること。

以上のとおり決議する。


1994年(平成6年)10月21日
日本弁護士連合会


提案理由

1. 今日、国民の消費生活は、クレジット・カードや消費者ローンなどの消費者信用に依存することが多くなっている。特に、最近の消費者信用の多様化、複雑化、与信残高の急増には、目を見張るものがある。たとえば、1992年末の消費者信用残高は、国の一般会計予算にほぼ匹敵するほどの額である70兆8000億円余となっており、10年前と比較して約3倍であり、新規信用供与額も、10年前の約2.3倍である約68兆円にのぼっている。国民の消費生活は、消費者信用に依存することが多くなっている。


2. その中で、多重債務者・支払不能者が急増している。司法統計年報によると、1992年中に全国の簡易裁判所に申し立てられた支払命令事件数は、約58万件であるが、この数字は支払遅滞者の一部であり、全国銀行協会個人信用情報センターには、登録情報総件数5001万件(1994年3月末)のうち、1.5%にあたる74万7000件が、支払いを3ケ月以上遅滞したり、取引停止処分を受けた事故情報として登録されている。個人信用情報センターは、上記全銀協を含めて全国に4つ存在しており、各センター間で同一債務者が重複して登録されていることを考慮しても、上記全銀協の事故情報件数(74万7000件)の2倍程度は支払困難者が存在するとみるのが相当である。多重債務者数は、100万人を超えるであろうとも言われている。


消費者破産は、1992年、1993年ともに約4万3000件に達しているが、上記多重債務者数に比べると、消費者破産手続による救済を受けているのは、ごく一部にしかすぎないと思われる。


3. 今日の多重債務者の増加は、主として消費者信用業者の過剰、無選別融資に起因するものである。消費者信用業者は、過剰な広告宣伝を日常的に行っており、これによって消費者信用の危険性や不利益性を知らされないまま、無批判に利用を拡大して多重債務に陥る者が一定数生まれるのは必然である。また、一度返済を遅滞した債務者は、多数の債権者からの請求にさらされ、身近に適切な相談窓口や救済手続が十分与えられないまま、返済のために新たな借入を繰り返すことになり、ついには返済不能に陥るという図式が存する。


わが国の消費者信用業界は、この30年間、ひたすら拡大、膨脹の一途をたどってきた。ところが、信用供与の決済システムに必要な安全性の確保や、高金利・高手数料の規制・過剰融資を防止する業界規制や消費者保護の法規制は、依然として未整備、不十分のままに放置されている。


以上の点を見れば、今日の多重債務者の発生は、まさに消費者被害というべき側面がある。


当連合会は、今日まで、消費者信用制度の健全化のため、消費者保護の立場から数々の提言を行い、弁護士会にクレ・サラ被害者救済センターを設置し、多重債務者の救済につとめてきたが、今日の消費者信用の急増によって生じている問題は、深刻かつ重大である。


われわれは、過剰与信を規制する法的、行政的な制度の確立や高金利の規制の実現、さらには、弁護士会と行政や民間団体等による消費者教育の徹底に努めると同時に、多重債務者の救済、再出発のための司法救済制度の整備、拡充を求める必要がある。


4. 多重債務者の法的救済制度としては、任意整理・調停と破産が活用されている。しかし、現在の破産手続の運用状況には、いくつか問題が指摘されている。例えば、(1)急激に増加した自己破産申立に裁判所の人的・物的体制が対応しきれずに手続が遅延していること。(2)事業者破産を前提とした現行法は、無資産者・消費者破産には適切に対応しきれないこと。(3)特に、裁判官、裁判所ごとに免責手続の運用が区々になり、実務の混乱が生じている。


当連合会は、1988(昭和63)年に、以上の議論を踏まえて、現行破産法の一部を改正して、(1)破産申立により債権者の取立を自動停止させる、(2)債務者のより早い再出発のため自由財産の範囲を拡大する、(3)破産・免責手続を一本化する、(4)解釈が区々に分かれる免責規定を明確化する等を内容とする改正案を提案したが、未だ実現に至っていない。これらについて関係機関は、早急に法改正に取り組むべきである。


5. 同時に、多重債務者の中には、「できれば破産は避けたいが、全額はとうてい払えない」という債務者、また破産するほどに完全な支払不能状態に至っていない債務者も多数存在するが、現行破産法を前記のとおり改正しても、こうした要求に応える法制度とはならない。現在の職場や生活をできるだけ維持しつつ、経済的更生を図りたいと考える債務者のための新しい更生手続が要請される。


例えば、米国連邦破産法13章手続は、(1)多重債務を抱えつつも安定した収入がある個人について、(2)債務の減免猶予を内容とする弁済計画を立案させ、(3)計画案が法の要件を満たすときには裁判所がこれを認可し、(4)債務者が積み立てた資金をこの計画に基づいて管財人が配当する、(5)債務者は、資産を一定の範囲で保有しつつ、将来の収入から弁済を行う再建手続である。ちなみに、米国における1993年度の約85万件の非事業者破産申立のうち、約3割がこの13章手続によるものであり、破産は避けたいという債務者の要請に応える制度となっている。


わが国においても、前記米国連邦破産法13章手続にならった手続、即ち定期収入ある支払不能または支払困難な多重債務者が、支払可能な範囲で一定期間内(3年から5年間)支払うという弁済計画を裁判所が認可し、計画通りに履行されれば、その余の債務が免責され、経済的に再出発できるという新たな消費者債務調整のための法制度(債務者調整法)を新設することが期待されるのである


よって、本決議の採択を求めるものである。