選択的夫婦別氏制導入及び離婚給付制度見直しに関する決議

日本国憲法は、性による差別を禁止し、家族法を個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定すべきことを規定した。この憲法により、戦前の民法婚姻規定は大改正され、女性の法的地位は飛躍的に向上した。 しかし、近年まで、「男は仕事、女は家庭」の性別役割分担が一般家庭のあり方とされてきており、婚姻後職業を持たない女性も多く、職業があっても平均賃金が男性の約5割にすぎないなど、女性の経済的地位は低い。また婚姻にあたって、夫の氏を称する夫婦が圧倒的に多いことに象徴されるとおり、婚姻においても、男女の実質的平等が達成されているとはいい難い。


離婚にあたっても、わが国の離婚給付の水準は低く、子どもの養育費の履行状況も芳しくない。このため、離婚後の女性の経済的自立は困難であり、母子家庭の生活水準は低い。


1985年にわが国も批准した女子差別撤廃条約は、性別役割分担を解消しなければ、完全な男女平等は達成できないと明言し、婚姻及び家族関係における差別撤廃のため、婚姻及び婚姻の解消の際の男女の同一の権利と責任、子に関する事項についての親としての同一の権利と責任、さらに姓(氏)及び職業選択を含めて、夫及び妻に同一の個人的権利を保障することを締約国に求めている。


諸外国をみても、先進国で夫婦同氏を強制している国はなく、離婚給付、養育費もさまざまな履行確保の手段が講じられている。


わが国でも、女性の社会進出が進むにつれ、夫婦別氏を望む声が高まっている。また、未成熟な子どもをかかえての離婚が増加している今日、子どもの権利を保障する観点からも離婚給付、養育費の充実・確保を図ることが急務である。


よって、民法婚姻規定は、以下のとおり改正されるべきである。


  1. 選択的夫婦別氏制を導入すること。
  2. 離婚給付制度について、財産分与の基準として原則2分の1の割合を明記し、財産分与の基礎となる財産の範囲を拡大し、離婚後補償などの規定を新設するとともに、養育費について、給与天引制度などの履行確保の手段を講じること。

以上のとおり決議する。


1993年(平成5年)10月29日
日本弁護士連合会


提案理由

1. はじめに

日本国憲法は、性による差別を禁止(14条)し、個人の尊厳(13条)と両性の本質的平等(24条)をうたい、これに伴って、わが民法の婚姻及び離婚規定、その他家族に関する法律は、戦後大改正をされた。


しかし、近年まで、「男は仕事、女は家庭」の固定的な性別役割分担が一般の家庭のあり方とされてきており、婚姻、離婚及び家族関係でも、男女の不平等は根強く存在している。性別役割分担のもとで、たとえば1日の家事関連労働時間は、男性が24分に対し女性は3時間52分というように、妻の家事・育児・老人介護等の負担は大きい。 女性の職場進出はめざましいが、その賃金は、男性に比較して依然として低く、約5割にすぎない(「毎月勤労統計調査」によると、1991年の女子常用労働者の一人平均月間給与総額は、男子の50.7%である。)。さらに、女性雇用者全体の29.3%を占めるパートタイム労働者の賃金水準は、平均賃金水準の38.0%と極めて低い。


女性の賃金が低い背景には、固定的な性別役割分担により、女性は、結婚、出産、育児により雇用を一旦中断し、子育てが一段落した時期に再就職するという就労形態があることが指摘できる。


このような女性の一般的な経済的地位の低さが、家庭内にも反映し、婚姻中の家庭生活においても実質的平等が達成されているとは言い難い現状がある。


また、離婚にあたっても、わが国の離婚給付の水準は低い。さらに、離婚した夫婦の6割強には、未成年の子どもがおり、その子どもの約8割は母が親権者となっているが、父からの養育費の支払いは8割方あてにならないという実態である。子どもを持った女性の就職の門は狭いうえに、前述のように低賃金のため、母子世帯の年間収入は、約200万円と極めて低い。婚姻の解消に際して、男女はいまだ平等とは言えない状況である。


2. 国際的な流れと民法の見直し

ところで、1979年に国連で採択され、1985年に日本政府も批准した「女子差別撤廃条約」では、固定的な性別役割分担を変えることが、男女の完全な平等の達成に必要であり、子どもの養育は男女共同の責任であるとともに、社会の責任であることなどがうたわれている。そして、婚姻及び家族関係における差別撤廃のために、婚姻中及び婚姻の解消の際の男女の同一の権利と責任、子に関する事項についての親としての同一の権利と責任、さらに姓(氏)及び職業選択を含めて、夫及び妻に同一の個人的権利を保障することが締約国に求められている。


わが国でも、男女差別をなくすため、女性たちの運動も大きく広がってきており、固定的な性別役割分担も変わりつつある。そして、婚姻、離婚及び家族生活においても、実質的平等を求める声が強くなってきている。夫婦別氏を可能とする制度を求める声もその一つである。 憲法の男女平等の規定や上記条約の規定を踏まえ、実質的な男女平等を実現するために、改めて民法の規定は見直されなければならない時期にきていると言える。


1991年5月、婦人問題企画推進本部は、「西暦2000年に向けての新国内行動計画(一次改定)」を発表し、男女平等の見地からの婚姻及び離婚に関する法制の見直しを課題として提起している。


また、現在法務大臣の諮問機関である法制審議会民法部会身分法小委員会は、「婚姻及び離婚制度の見直し」を審議している。


当連合会は、昨年12月に、前記小委員会の中間報告書の発表に伴い法務省から意見照会を受けたのに対し、本年6月25日、理事会の承認を得て意見回答をなしているが、とりわけ夫婦別氏制導入と離婚給付の見直しのための民法の改正は、早期に実現されなければならない。


3. 選択的夫婦別氏制の導入について

(1) 民法750条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」と規定しているが、1991年の調査では、改氏をしたのは97.7%が妻即ち女性である。このため同氏強制による不利益は、ほとんどの場合女性が受けることとなる。そのため女性の権利意識の高まりと女性の社会進出が相まって、近年夫婦別氏を可能とする制度を求める声が、年々高まってきている。


1990年9月に実施された総理府の世論調査によれば、選択的夫婦別氏に賛成する者の割合は全体で29.8%であるが、東京都の女性では49.は、賛成が58.1%に及んでいる。さらに、法務省の中間報告に対する33単位弁護士会の意見書のうち、圧倒的多数はこれに賛成の立場である。


(2) 同氏強制は、憲法13条、14条、24条、女子差別撤廃条約16条1項(g)の規定、国際人権(自由権)規約23条4項の各規定に抵触する疑いがあり、その他社会生活上の問題点をも生じさせている。


  1. 氏名は、個の表象であり、個人の人格の重要な一部であって、憲法13条で保障する人格権の一内容を構成する(最高裁判所1988年2月16日判決参照)。従って、「氏名をその意に反して奪われない権利」、「その意に反して氏名を変更することを強制されない権利」も人格権たる氏名権の内容として、憲法13条に保障された権利であると言える。よって、民法750条は、氏の変更を望まない夫婦に対し、いずれか一方の意に反して氏の変更を強制することになるので、氏名権を侵害するものである。
  2. 夫婦同氏強制制度は、形式的には両性平等であるが、改氏の実態よりみて、憲法14条、24条で保障する実質的両性の平等に反するものである。
  3. 女子差別撤廃条約16条1項は、夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む)を保障している。また、国際人権(自由権)規約23条につき、1990年7月24日に採択された同委員会の一般意見では、「各々の配偶者が各自の原家族名(姓)を使用する権利(使用し続ける権利)を保留する権利、又は平等な立場で新しい家族名(姓)を両配偶者が共同で選択するという権利が各国政府により保障されるべきものである」と述べられている。現行民法750条は、これらの条約に違反する。 その他の問題点として、改氏した者に自己喪失感、不平等感、 屈辱感を与える場合がある。
    また、夫の氏を称すると、「夫の家に入った」と観念されるのが一般的で、「家」意識の温存につながっていること、改氏を余儀なくされた者は個人としての信用、実績を断絶される支障が生じることなどが挙げられる。

(3) 婚姻の成立要件として、夫婦の一方が氏を捨て去ることを強制するのは、世界的にみても稀な制度である。


イギリス、アメリカ、オーストラリアは、夫婦の氏について原則自由としている。スウェーデンは、別氏、同氏、結合氏のいずれも選択できる。ドイツでは、近頃、婚姻の際夫婦の氏を届けない夫婦は別氏を称することができるようになった。


(4)  選択的夫婦別氏を認める法改正をした場合の子の氏、戸籍などをどのように解決すべきか議論の存するところであるが、当連合会の前記意見書は、子の氏はその出生の際、父母の協議により、父または母の氏を称することとし、その協議が整わないときは家庭裁判所の審判によることとした。また子相互(兄弟姉妹)間で氏が異なることは認めることとし、経過規定として、現在同氏の夫婦につき、一定の期間内に限り別氏への変更を認めることとした。


戸籍のあり方については、夫婦別氏制を導入する場合は、現行戸籍編製は変更せざるを得なくなるので、これを契機に戸籍制度をどのようにすべきか検討する必要がある。


「入籍する」、「戸籍が汚れる」などの言葉にみられるように、いまだに戸籍は廃止されたはずの家制度の残しとして、家意識の温床となっている。従って、戸籍制度の検討にあたっては、個人の尊厳と両性の平等の観点から検討すべきであり、個人籍を含めて充分検討されるべきである。


以上の理由から、選択的夫婦別氏制を導入するための法改正がされるべきである。


4. 離婚給付制度等の見直しについて

前述したように、現在離婚給付や養育費の水準は低く、支払い状況も芳しくない。


従って、まず離婚給付・養育費の水準を引き上げ、履行を確実なものとする法改正が急務であると言える。


(1) 財産分与については、現在裁判所の裁量に委ねられているが、 原則として2分の1という分与基準を明記すべきである。


夫婦が共同生活をしているときに蓄積された財産は、実質的には夫婦生活共同体の財産だとみることができ、夫婦はそれぞれこの財産に対して2分の1の持分を有すると推定されるので、これを2分の1ずつ分割することが公平であるからである。


また、寄与度の正確な認定のためには、婚姻生活の些事や秘事を探求しなければならず、これを避けるためにも、一律割合での分割が妥当であろう。


ドイツにおいては、夫婦共同生活における貢献は同等であるとして2分の1が原則となっている。


その他の欧米諸国においても、2分の1の割合で分配する国が多い。


わが国の判例は、最近次第に寄与分2分の1の定着化傾向がみられ、特に共稼型・家事協力型については、原則2分の1とする例が多い。しかし、家事専業型においては、必ずしも2分の1の水準に達していないので、民法上基準を明記する意義がある。


よって、民法768条に、原則2分の1の割合を規定しつつ、各事件の個別的事情によっては、公平の見地から、異なる割合にすることもできるような規定にするのが妥当であろう。


(2) 財産分与の基礎となる財産の範囲として、年金、退職金のような離婚時に確実に予測できるような将来財産についても、婚姻期間に応じて割合的に評価できるよう含めるべきである。一方配偶者の特有財産の維持・増加につき、他方配偶者が貢献している場合には、この寄与分も含むよう明文の規定をおくべきである。


将来受給する退職金、年金等をどのように清算すべきかについて検討しなければならないが、民法だけで解決するのは困難なので、年金法等の改正が必要となろう。


ドイツでは、夫婦の剰余(婚姻中の純財産の増加分)の差の2分の1が、剰余の少ない配偶者に与えられるほか、婚姻中に取得された年金・恩給等の価値も平等に分配される。そのために年金権の調整制度が法制化されている。


(3) 財産分与の履行確保のための措置も必要である。


アメリカでは、判決の言渡によって債務者である相手方の財産に先取特権を設定して、履行強制をはかることができる。さらに、裁判所は、離婚訴訟での被告の支払いを確保するために、裁量で、相当な担保や保証金をたてさせることもでき、その者が担保を提供せず、支払いもしないときは、その者の動産不動産の賃料、収益を仮差押し、強制管理に付すこともできる。また、裁判所が債務者の雇主に対して、扶養料等の金銭を賃金や所得から差し引いて渡すよう命じる、賃金もしくは所得の天引き命令の制度を置く州も多い。そして、それでも、支払い命令に従わない当事者には、裁判所侮辱により、罰金または拘留という厳しい制裁を加えることもできる。


イギリスでは、給与所得者に対し、給与から直接天引きして、雇主より裁判所に直接送金する手続や支払わない者に対し、裁判所侮辱罪で拘留するなどの手続が定められている。


フランスでは、定期金の不履行の場合、家族遺棄罪で刑事責任を問う手続、家族給付支払い機関による立替払と債務者への取立の制度が定められている。


このように各国とも財産分与の履行の確保を重視しており、わが国でも以上の制度を参考に履行確保の手続の新設が真剣に論議されるべきである。


(4) 上記のような清算的財産分与によっても、離婚後一方配偶者が困窮するおそれがあるので、以下の理由により一定期間補充的に離婚後補償を認める規定を新設すべきである。


婚姻により職業を持たなくなった妻は、種々の職業上のハンディを負うことになる。たとえば、再就職することが困難であること、再就職できてもパートの仕事がほとんどであり、労働条件は劣悪であること、退職せず就業し続けていたら得られたであろう収入やキャリアの逸失等の職業上ハンディである。これらのハンディは、夫が、夫婦の協力義務の分担として、妻に家政管理を任せたことによって生じたものであり、妻が家政管理を担当したからこそ、夫は職業生活に専念することができたのであるから、妻にこれらの職業上ハンディが生じることは、夫の側にもその責任があるといえる。


したがって、離婚に際して、妻が離婚後、職業上のハンディを回復し、自活する能力が獲得できるまで、夫がその生活を補償することが夫婦間の経済的不公平の是正につながり、衡平の見地からいって妥当といえる。


西欧諸国においても離婚後の扶養ないしは補償制度が確立している。


フランスでは同意離婚、有責離婚の場合に離婚後の補償給付が認められ、共同生活破綻離婚の場合には、婚姻中の扶助義務は離婚によっても消滅しないとされている。


ドイツでも、共通子の監護・教育、老齢、疾病等のために、あるいは適切な所得活動を得ることができないとか、適切な所得活動からの収入が十分でない場合など、離婚した夫婦の一方が扶養を必要としている場合には離婚後扶養が認められている。


(5) 離婚の際の財産の清算が公正に行われるために、財産、経済状態の情報開示制度を確立し、開示義務に従わない相手方には、民事上の制裁(不利益)が課される制度等も検討すべきである。


(6) 子どもの養育費の支払いにつき、前述したとおり、現行履行状況がかんばしくないので、履行を確保する制度をもうけることも離婚給付の改善に劣らず重要である。


当連合会は、1992年2月に、「離婚後の養育費支払い確保に関する意見書」を公表しているが、そこで提案した「養育費支払命令制度」「給与天引制度」「養育費立替払制度」などの諸制度を新設し、養育費の支払いを確保する必要がある。


以上のとおり、離婚給付の充実、履行の確保及び養育費の支払い確保が、離婚における実質的な男女平等の実現にとって重要であることから、そのための法改正がなされるべきである。


以上の理由により、本決議を提案するものである。