被疑者の弁護活動強化のための宣言

本文

われわれは、1989年の人権擁護大会で、憂慮すべき状況にある刑事手続を抜本的に改革するために全力をあげて取り組むとの「刑事訴訟法40周年宣言」を採択し、今日、この課題を司法改革運動の重要な一環として位置づけている。


 われわれは、この宣言をうけて、刑事弁護センターの設置、当番弁護士制度の導入など、少年事件を含む刑事手続の改革・改善をめざしてきたが、この活動をさらに充実・発展させ、2000年までに刑事手続を抜本的に改革することを目標として設定し、その実現のために全力を尽くす。


 そのために、刑事手続全体のあり方を左右する被疑者段階の弁護活動を徹底的に充実・強化することが刑事手続全体の改革・改善を促進する鍵であると位置づけ、まず当面、以下の被疑者段階の弁護活動上の課題に国民の理解と支持を得ながら重点的に取り組む。


  1. 被疑者が早期にかつ容易に弁護士に相談・依頼ができるように、被疑者の弁護人依頼権の周知徹底と被疑者「国・公」選弁護人制度の実現をめざす。
  2. 被疑者に自白を強要する代用監獄の廃止をめざすとともに、その間においても勾留場所に関する準抗告などを活用して、その事実上の機能停止をめざす。
  3. 拘束されている被疑者が弁護人と速やかに、必要・十分な相談ができる接見交通権の確立をめざす。
  4. 黙秘権、取調拒否権等を徹底的に活用して、弁護人の取調立会権を確立し、自白獲得目的の取調の禁止をめざす。
  5. 逮捕・勾留・保釈の裁判の形骸化を是正し、不当な身柄拘束を廃絶することをめざす。

以上のとおり宣言する。


1991年(平成3年)11月15日
日本弁護士連合会


理由

1. われわれは、1989年、松江市で行われた第32回人権擁護大会において、憂慮すべき状況にある刑事手続(少年事件を含む)を抜本的に見直し、あるべき刑事手続の実現に向けて全力をあげて取り組むとの「刑事訴訟法40周年宣言」を採択した。その後、当連合会は1990年及びその翌年の各定期総会において、司法改革に関する宣言を行い、今日、刑事手続の改革を司法改革運動の重要な一環として位置づけている。


2. 前記松江宣言をうけて、当連合会は、1990年4月1日、刑事弁護センターを設置し、各単位会でも、刑事弁護センターないし刑事弁護委員会を設置し、7月1日現在その数は24会に及び、14会が準備中である。


また、昨年9月には大分県弁護士会で弁護人推薦制(PANEL制)の当番弁護士制度、同年12月には福岡県弁護士会で当番制(ROTA制)の当番弁護士制度が発足したが、その後各地の単位会でも同種の制度が発足し、本年6月末現在、実施中が22会、準備中が9会、(但し、1会は両者いずれかを準備中のため重複している)である。さらに、本年7月13日に行われた国選弁護シンポジウムでは、当番弁護士制度の発展を基本に据えた被疑者「国・公」選弁護人制度の具体案の検討がなされるに至った。


3. 第32回人権擁護大会の第1分科会基調報告書は、「直ちに刑事手続の改善に取り組み、制度的な問題については、今後10年以内に改革を実現する気迫で取り組もうではないか。」(204頁)と運用の改善及び制度の改革を今世紀に実現するよう強調している。改革の適切なプログラムを提示し、われわれが国民とともに必ず実現するという熱意を持って行動すればこの課題を実現することは不可能ではない。


4. わが国の刑事手続の現状の特徴的問題点は捜査段階における勾留を利用した自白の獲得、そして公判段階における自白の偏重にある。勾留が自白獲得目的のために利用できなくなれば、必然的に、自白調書偏重の公判手続は変更せざるを得なくなる。従って、被疑者の身柄拘束とこれを利用した取調の改善と改革は、必然的に刑事手続全体の改善と改革に迫っていくことになる。


刑事手続の抜本的改革を進めるために、まず当面、以下の被疑者段階の弁護活動上の課題に重点的に取り組むことにする。


(1) 被疑者が早期にかつ容易に弁護士に相談・依頼ができるように、被疑者の弁護人依頼権の周知徹底と被疑者「国・公」選弁護人制度の実現をめざす。


われわれは今後とも当番弁護士制度の充実・発展を期して努力していくものであるが、これが効率的に機能するためには、何よりも被疑者に弁護人選任権が告知される際、弁護人選任の意義、方法及び当番弁護士制度の存在とその内容を被疑者に分かりやすく説明されることが必要である。


われわれは日弁連はじめ各地の弁護士会において、広く一般に弁護人選任権が周知徹底されるように広報、宣伝活動を行うと共に、併せて、警察署、検察庁、裁判所等において、被疑者の目につきやすい場所に当番弁護士制度など弁護人選任権に関する弁護士会作成のポスターの掲示、パンフレットの備置、及び、これらの当局においても弁護人選任権の告知を分かりやすく十分理解できる内容で行うように、要請する。


被疑者段階において、国費又は公費で弁護人を付ける被疑者「国・公」選弁護人制度を実現することは、憲法第34条、14条、37条3項に、そしてまた、国際人権法すなわち、「国際人権規約B規約」、「国連被拘禁者人権原則17」、「弁護士の役割に関する基本原則」、「少年司法運営に関する国連最低基準規則」等の要請に応える途でもある。


なお、本宣言において被疑者「国・公」選弁護人制度とし、被疑者国選弁護人制度としなかったのは、現行の国選弁護人制度における選任権者、費用の負担者、運営の中心などの問題点を考慮し、より豊かな構想を実現するため、あえて現行の国選弁護人制度と区別するためにこのような呼称を採用した。


(2) 被疑者に自白を強要する代用監獄の廃止をめざすとともに、その間においても勾留場所に関する準抗告などを活用して、その事実上の機能停止をめざす。


 いわゆる拘禁二法案は、この「代用監獄」の「代用制」を取り払い、警察監獄に格上げするものであり、当連合会は、その成立の阻止を求めて運動してきたが、さらに一歩進めて、本年4月、代用監獄廃止要綱を策定し、公表した。


 この要綱は、2000年までに、代用監獄を廃止し、その間の暫定措置として、死刑・無期など重罪事件、否認、黙秘又は争っている事件、女子及び少年などについては代用監獄収容を禁止し、被勾留者に新たに移監請求権を付与し、さらに、取調と身柄管理の分離・監督の実をはかる諸規定を用意している。


 われわれは、拘禁二法案の廃案、代用監獄の廃止をめざすとともに、代用監獄の廃止に至るまでは、代用監獄への勾留の排除を求めて、勾留場所に関する準抗告の申立、裁判官あるいは検察官に対する移監申立等、さらに、前記代用監獄廃止要綱の提起する諸方策などにつき、憲法、国際人権法等の諸規定を活用して弁護活動を行い、代用監獄の事実上の機能停止をめざす。


(3) 拘束されている被疑者が弁護人と速やかに、必要かつ十分な相談ができる接見交通権の確立をめざす。


当連合会の接見問題に対するこれまでの取り組みにより、接見指定に関して、不十分ながらも一定の前進をみた。しかし、捜査の都合、特に被疑者の取調を理由として接見の時期、時間等の制限は解消していないし、施設の管理運営、主として、執務時間外を理由としての接見の制約も解消していない。弁護人が接見に来ると捜査を中止して接見を優先させる、あるいは夜間でも接見できるという欧米の接見制度と比較するとわが国は極めて不十分、不完全である。


しかも、政府は拘禁二法案において拘置所、警察留置場ともに接見を制限する規定を導入して、権力的に問題を解決しようとしている。


われわれは、あくまでもこのような制限を撤廃させ、自由な接見交通権を確立しなければならない。


そこで、個々の接見の妨害に対しては、接見指定・接見禁止に対する準抗告、接見制限に対する国家賠償等を活用するとともに、拘禁二法案の成立を阻止し、国際水準に合致した監獄法を制定するなど、接見の障害排除のために徹底的に闘う。


(4) 黙秘権、取調拒否権を徹底的に活用して、弁護人の取調立会権を確立し、自白獲得目的の取調の禁止をめざす。


わが国の刑事手続の特徴的な問題点は前述のように勾留を利用して自白獲得の目的で捜査が行われていることである。これは「抑留、拘禁されている状況を捜査に不当に利用してはならない。」(国連被拘禁者人権原則21)に明らかに反する。


弁護人が取調に立会うことは、自白獲得目的のための取調を排除するには極めて有効である。憲法第37条3項は、「被告人の弁護人依頼権」を保障しているが、この英文の草案は、被疑者をも含む広い意味に用いられていたこと、また、弁護人に依頼する権利は、弁護人から援助を受ける内容を含むものであることなどから、弁護人の取調立会権を憲法上の権利として根拠づけることができる。アメリカではミランダ法則により身柄拘束中の被疑者に対する尋問には弁護人の立会権を保障し、立会権を侵害した自白は証拠から排除されることが確立している。しかし、わが国でこれを認めさせることは容易ではない。


だが、被告人には黙秘権がある。そして有力な多数の学説が主張するように、被疑者には取調を受忍する義務もない。そこで、弁護人等の支援の下に、弁護人の立会を認めるまでは、取調を拒否する、あるいは、黙秘権を行使するということを被疑者に実践させることにより、弁護人の取調立会権をかちとることが可能になる。少年事件で警察の取調に弁護人の立会を認めさせた例や、公安労働事件で、出頭拒否や、黙秘権を徹底的に行使することによって、弁護人の立会が認められた例もある。われわれはこれらの先例を教訓として、国民の理解と支持の下に実践する中で取調立会権を確立することをめざす


(5) 逮捕・勾留・保釈の裁判の形骸化を是正し、不当な身柄拘束を廃絶することをめざす。


わが国においては、A. 勾留決定における司法的抑制が形骸化している、B. 勾留理由開示制度が機能せず、C. 起訴前保釈制度がない等により、恣意的なまたは不当な逮捕・勾留が継続されていると指摘されている(第31回日弁連人権擁護大会第1分科会基調報告書35頁)。


このような現状を打破するには、第1に、逮捕・勾留・保釈の各段階で弁護人があらゆる法的手段を駆使して不当な身柄拘束を防止するために闘うことが必要である。第2に、勾留裁判において被疑者・弁護人が関与できるように制度を改革することが必要である。第3に、勾留・保釈却下を濫用させないためには、勾留要件を再検討し、例えば、証拠隠滅は勾留事件から削除すること等の改革が必要である。第4に、起訴前保釈制度を導入し、勾留機関の短期化をめざすことも必要である。われわれは以上の諸方策を実行して、不当な身柄拘束を廃絶することをめざす。


5. われわれは、これらの要請に反して採取された証拠については、公判段階において違法証拠としてその排除に務め、「調書裁判」といわれる実態を打破するなど、現状の改善・改革のために刑事手続全体において努力するものであることはいうまでもない。


また、外国人、少年、障害者などが被疑者・被告人となっている事件においては、その刑事手続上のハンディキャップに心して、弁護活動をなし、かつ改善・改革に取り組む。 われわれは、弁護活動において、世界人権宣言、国際人権規約、その他人権関係条約・国連決議などの国際人権法を活用し、国際学会決議あるいは英米各国の刑事手続の実情等を引用、紹介することにより、わが国の刑事手続を国際水準まで引き上げる努力をする。


6. 以上のとおり、われわれは2000年までにわが国の刑事手続の抜本的改革を実現するために全力を挙げることを確認し、そのために、当面、被疑者段階の弁護活動上の重点的な課題を設定し、日弁連は国民の理解と支持を得ながら全力を挙げてその改善と改革に取り組むとともに、同時に、弁護人は担当している個々の事件においてあらゆる法的手続等を駆使して、あるべき刑事手続の実現に向けて努力する。


よって、本宣言を提案する。