子供の権利条約に関する決議

本文

1989年11月20日の国連総会で採択されすでに発効した子どもの権利条約は、子どもを権利行使の主体と認め子どもの社会参加を重視していることがきわめて重要な特徴である。


この条約はおとなが子どもに対して最善の利益を与えるという発想ではなく、何が最善の利益であるのかについて子どもの意見を重視し、対話を通じて子どもの権利を具体化し、子どもの主体的な権利行使をおとなが積極的に援助し、子どもの社会参加を確立していくことをめざしている。


これはおとなと子どもの社会関係における子どもの新しい人権保障のあり方であるが、これを実践することは容易な課題ではない。


そこでわれわれは、とくに10代の子どもたちに対し、子どもの権利条約の内容を広く知らせ、権利の実現のために積極的に意見を表明することを呼びかけ、親・教師など各界各層の人々やマスコミと協力し、全力を挙げてこの子どもの人権救済と権利の制度的保障の確立に取り組む決意である。


同時に政府が「子どもの権利条約推進本部」(仮称)を発足させ、条約の早期・完全批准による国内法制の整備・運用の見直しと子どもの権利確立のための具体的行動計画を策定し、また国や地方公共団体が「子どもの権利オンブズマン」(仮称)を設置するなどして、子どもの権利の確立とその侵害の監視・救済に積極的に取り組むことを求めるものである。


以上のとおり決議する。


1991年(平成3年)11月15日
日本弁護士連合会


理由

1. 子どもの権利宣言が採択されてから30年目にあたる1989年11月20日、国連総会は10年の歳月を費やして作成作業を進めてきた子どもの権利条約を全会一致で採択したが、その後批准が相次ぎ1990年9月2日に発効するに至った。


また1991年2月27日にはすでに批准した75ヶ国のうち32ヶ国が候補者を推薦して「子どもの権利委員会」の委員選挙が実施され、西ヨーロッパ(2)、東ヨーロッパ(1)、アフリカ(3)、中南米(3)、アジア(1)から10名の委員が選出され、条約において約束された権利と義務の実現を審査するための具体的な活動を開始した。


この条約は「子どもの世紀」として絶えず子どもの権利の保障を具体化させ、すでに80以上の条約を採択してきた20世紀の最後をしめくくるのにふさわしく、世界のすべての子どもに共通するニーズに応えるために子どもの権利の全分野にわたってその具体的な保障を確立した画期的なものである。


その第1の特徴は、子どもの生活全般にわたる具体的な権利保障を確立しただけでなく、子どもが保護の客体だけにとどまらず権利行使の主体であることを認め、子どもの社会参加を重視していることである。


その第2の特徴は、子どもの養育及び発達に対する第1次的な責任は親にあることを確認し、国家はそれに積極的な援助を与えるとしていることである。


2. これまで「子どもの最善の利益」はおとなが判断して子どもに与えるという発想が強く、子どもを権利行使の主体として尊重しその意見を受け入れることは、「未熟な要求」に迎合することになりかえって子どもの成長のためにならないという考え方が支配的であった。そのためしばしば「子どものため」というおとなの善意が、子どもへの不当な介入・干渉となって、子どもの自主性を否定しそれが逆に子どもの不信と反発を招き、子どもの成長をそこない追いつめ沈黙させる結果となっている。


この条約がそのことの反省に立って子どもの意見表明権を確立し、子どもの権利行使を認め、親や国などの援助はあくまで子どもの権利実現のためであることを明記し、何が子どもにとって最善の利益であるかについては子どもの意見を尊重し、対話を通じて子どもの権利を具体化していくとしたことはきわめて重要である。


とりわけ子どもの権利条約が10代の子どもはまさしくすでに市民としての権利を行使する主体であるという認識にもとづき、子どもに対して表現・情報・思想・良心・宗教・結社・集会の自由その他の市民的権利を具体的に保障し、子どもの社会参加を重視したことは画期的なことである。


子どもの権利条約を受けて国連で採択された「少年非行の防止のための国連ガイドライン」(リヤドガイドライン)は青少年を「完全かつ対等のパートナー」と明記し、この子どもの権利条約の理念を明確にしている。  きわめて異例のことであるが、子どもの権利条約がおとなだけでなく、子どもに対する条約の広報を政府に義務づけているのは、おとなが子どもに対して何かをしてあげるという発想ではなく、子ども自身が主体的に権利を行使することを前提に、子どもに対してまずこの条約の内容を知らせることが先決だと考えているからである。


確かに子どもが社会参加し権利行使していくためには、おとなの理解と援助が不可欠であり、親・教師などのバックアップが必要である。そのため条約は子どもの権利行使に対する親の指示・助言の権利と義務を確認しているが、それが過保護や過干渉にならないためには、権利行使の主体である子どもの意見ができるだけ尊重されなければならず、そこに子どもの意見表明権が明記された最大の意義がある。


最近広島県で発生した風の子学園事件は、家庭や学校の教育と福祉のあり方について、おとな社会に深刻な反省を迫るものであった。


3. これに関連して子どもの権利確立のために不可欠な制度として、ノルウェー、ドイツ、イスラエル、カナダ、ベルギーなどすでに多くの国(州)で設置されている「子どもの権利オンブズマン」が注目される。


参政権をもたず、マスコミなど世論に対する影響もほとんど行使することのできない子どもたちの声を代弁し、子どもの権利保障の状況を監視する「子どもの権利オンブズマン」が、国・地方公共団体の制度として必要だという国際的な認識が広がっているからである。


子どもの権利条約43条は条約の実施状況を監視するために、「子どもの権利委員会」を国連に設置することを定めている。


またリヤドガイドラインも、「青少年の地位、権利および利益が擁護され、利用可能なサーヴィスへの適切な紹介がなされることを保障する機関として、オンブズマン事務所あるいは類似の独立機関の設立が考慮されなければならない」(57条)と子どもの権利オンブズマン制度の必要性を強調している。


日本ではこれまで弁護士会などの機関・団体がある程度オンブズマン的機能を果たしてきたが、子どもの権利保障を最優先の課題とするためには、国・地方公共団体に子どもの権利保障の状況を監視し、勧告・提言などの活動を行う独立の行政機関である「子どもの権利オンブズマン」(仮称)を設置するなどして子どもの権利の確立とその侵害の監視・救済に積極的に取り組む必要がある。


4. 日弁連は1978年高松市で開催した人権擁護大会において、「子どもはみな豊かに成長し発達を遂げる権利をもっている」ことを訴え、管理・取り締まりに向かおうとしている国や自治体の施策を中止し、子どもの人権確立のために最善を尽すことを求め、1985年秋田市で開催した人権擁護大会では、「管理主義教育」による深刻な子どもの人権侵害の実態を解明し、緊急に救済の態勢を確立すべきことを提起し、「子どもも憲法で保障される自由や人格権の主体であり、教育を受けよりよき環境を享受し人間としての成長発達を全うする権利を有する存在である」ことを訴え、以後各地で少年司法・学校生活・保育制度・親権の行使などをめぐる現状の改善と改革への努力を続け、少年司法の変質を批判し、親権制度についての提言を行うとともに、弁護士会における救済窓口の設置や扶助的付添人制度の拡充などを通じて、具体的な子どもの人権侵害の救済に務めるなど、さまざまな取り組みを全国的に展開してきたが現状はまだ不十分である。


あらゆる領域に広がっている子どもの権利侵害の現状を正し、この条約の趣旨に従った改革を実現するためには、すべての国民とりわけ親の理解と努力が必要であるが、それ以上に子ども自身がその意見を表明することが重要である。


日弁連は条約採択の直後に会長声明を発するとともに、1990年5月25日定期総会の決議において、政府に対し条約を早期に批准することによって法制を整備し運用を見直すように求めてきたが、政府はまだ条約を批准するための本格的な取り組みを始めていないばかりか、国民の多くもまだ子どもの権利条約の理念を正しく理解しているとはいえない状態にある。


5. 子どもが積極的に権利を行使し意見を表明する。それをおとなが対等なパートナーとして援助し、子どもの社会参加を確立していく。これはおとなと子どもの社会関係に対する新しい子どもの人権保障のあり方であるが、これを実践することは容易な課題ではない。


そこでわれわれは、弁護士会(日弁連)に「子どもの権利委員会」(仮称)を発足させ、「子どものための世界サミット」(1990年)で強調された子ども最優先の原則にもとづき十分な予算を確保して、子どもの人権救済とその制度的保障に努力する親・教師など各界各層の人々やマスコミと協力して、おとなだけでなく子どもに対しても子どもの権利条約の意義をわかり易く訴え、その内容を十分に理解する機会を提供するなかで、全力を挙げて子どもの人権救済と権利の制度的保障の確立に取り組む決意であるが、この際とくに10代の子ども達に対して、子どもの権利条約を具体化するために、積極的に自分自身の意見を表明し権利を行使することを呼びかける。


同時に、政府が男女差別の解消と女性の地位向上に向けて、内閣総理大臣を本部長とする婦人問題企画推進本部を設置して国際婦人年世界会議における決定事項を国内施策に取入れ、その他女性に関する施策の総合的かつ効果的な推進を図るため、国内行動計画を策定した経験にならって、「子どもの権利条約推進本部」(仮称)を発足させ、条約の早期・完全批准と国内法制の整備・運用の見直しによる子どもの権利確立のための具体的行動計画を策定するとともに、国・地方公共団体が子どもの権利の確立とその侵害を監視し、勧告・提言などの活動を行う独立の行政機関である「子どもの権利オンブズマン」(仮称)を設置するなどして子どもの権利の確立とその侵害の監視・救済に積極的に取り組むことを求めるものである。


以上の理由によりこの決議を提案する。