農薬の使用に関する決議

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殺虫剤・殺菌剤・除草剤等の農薬が、田畑ばかりでなくゴルフ場・河川敷・公園・家庭など、あらゆる所で多種大量に使用され、水源や大気等の環境を汚染し、使用者や周囲の住民の健康被害をも生じさせている。


これら農薬は、急性中毒のほか、少量ずつ被曝あるいは摂取することによって慢性中毒を惹き起こし、なかには発がん性や催奇形性を有するものもある。


しかるに、農薬の使用等についての取締規制は、対象を農作物用薬剤に限られている農薬取締法でも、安全性試験の原データが公開されず、使用基準も、毒性の周知方法も不明確・不十分である。また、家庭園芸用殺菌剤のなかには全く法的規制を受けないものもある。さらに、食品衛生法の残留農薬基準は、わずか26農薬・53作物について定められているにすぎず、輸入農作物はもちろん国産物にしても十分に対処しえず、検査体制も整っていない。


われわれは、まわりを取り巻くすべての有害化学物質についての統一的・総合的な法規制が必要であると考えているが、さしあたりは農薬の使用を削減するため、農薬に依存しない農法を推進させるとともに、次の措置を講ずることを求める。


  1. 輸入農作物を含むすべての農作物について、全農薬の「残留農薬基準」を設け、その検査体制を整備・充実させ、無農薬ないしは減農薬の表示の真正を担保する制度をつくること。
  2. 農薬取締法を改正し、農薬の安全性試験の原データ等の情報公開、農薬の登録に対する国民の異議申立、購入者に対して農薬の毒性を周知させるなどの各制度を設け、使用基準を見直すこと。
  3. 農薬の空中散布を禁止すること。
  4. ゴルフ場での農薬の使用を禁止する方向で、具体的方策を早急に検討すること。

以上のとおり決議する。


1990年(平成2年)9月28日
日本弁護士連合会


理由

1. われわれは今日、多種大量の有害化学物質に取り囲まれて生活している。


とりわけ、化学合成農薬は兵器用に開発された神経性毒ガスが、戦後農薬に転用されて以来、大量に生産・使用されるようになった。


農薬とは、その用途に従い、昆虫類の防除に用いられる殺虫剤、細菌やカビ類の防除に用いられる殺菌剤、雑草等の除草に用いられる除草剤、着花・着色・成長促進等に用いられる植物成育調整剤等に分類され、農薬取締法の規制を受けるものをいう。


2. これら農薬は、かって、自他殺に用いられ、また散布者の死亡が数百人に及んだパラチオンや催奇形性が問題になった除草剤2・4・5-Tなどは使用されなくなり、順次毒性の低いものに切り替えられてきた。しかし、厚生省の農薬中毒に関する報告によると、昭和61年度でも散布中の死亡者4名を含めて自他殺等死亡者は944名にもなる。


このような急性中毒のほか、水・大気・食料をとおして少量を継続摂取あるいは被曝することによる慢性中毒がある。さらに、低毒性といわれる農薬でも、有機りん系のものは、下痢・めまい・喉の痛み・手足のしびれ等のほか、精神神経症状や視力低下の障害を、また有機塩素系では、体内の脂肪に蓄積され肝臓障害等を惹き起こすといわれている。


このほか、催奇形性・遺伝毒性・発がん性を疑われるものもある。動物実験では、HCB(ヘキサクロルベンゼン)・キャプタンにはがんの発生が確認されている。また、わが国で登録されている農薬約430種(商品数にして約6300品目)のうち33種は、最近アメリカ環境保護庁で潜在的発がん性があると公表した55種に含まれている。


3. わが国の農業では、市場が求めている虫くいのない見てくれのよい農作物生産のため、また、防除基準や防除暦に従った画一的使用や農薬の危険についての周知不徹底のためなどから、他の国に比較して単位面積当たりの農薬の使用量がきわめて多い。


そして、田畑のみならず、ゴルフ場・河川敷・鉄道敷・街路・公園・校庭などでも殺菌剤・殺虫剤・除草剤等が安易かつ大量に使用されている。また、家庭でも蚊・ハエ・ゴキブリ・ダニ等の殺虫剤、家庭園芸用殺菌剤、衣類・家具等の防虫剤として、あるいは掃除機のゴミパックなどに農薬と同じ成分を有する化学物質が多種多量に使われている。


また、使用方法にしても、田畑や山林に対しては、一時的に広範囲に散布する目的からヘリコプターによる空中散布が大規模に行われている。


4. ところで、農薬等の使用規制についてみると、農作物に対する農薬として使用が許されるには、農薬取締法によって、当該農薬の安全性の試験データを付けて登録されなければならない。しかし、わが国では、この毒性試験の原データは公開されず、またアメリカで実施されている登録に対する異議申立制度がないため、主権者である国民の立場から当該農薬に対する安全性のチェックができない。


また、使用については、対象作物・希釈倍数・散布時期・使用回数などの使用基準が定められてはいるものの、例えば、殺虫剤マラソンのように、ミカンには収穫14日前まで、リンゴには7日前までとしているのに、キューリ・トマトには収穫前日まで散布が認められるなど、安全性の点からは多くの問題がある。


さらに、環境汚染防止の観点からみると、登録されている農薬のうち3種のみが水質汚濁の危険があるとして指定されているにすぎず、大気汚染についての危険については全く考慮されていない。散布者や散布周辺住民の中毒被害防止のための定めはなく、そもそも農薬購入者に対しての農薬の毒性についての周知も不徹底である。


農作物に残留する農薬については、これまでの調査で国の定めた基準を超えて検出された例があり、輸入農作物では、防腐・防疫などの目的で収穫後に散布される農薬(ポストハーベスト農薬)が問題となっている、この残留農薬は食品衛生法によって規制されるが、同法に基づき残留基準が定められているのは26農薬・53作物にすぎず、検査体制も十分ではない。農薬と同じ内容の有害化学物質であっても、使用対象によってあるいは物質によって、農薬取締法・薬事法・家庭用品規制法・毒物及び劇物取締法等とバラバラの規制がなされているため、法の規制を受けないアリ・ヤスデ等の不快害虫用や家庭園芸用の殺虫剤などのいわゆる「はざま商品」が生まれている。


5. われわれは、農薬も含めて、われわれをとりまくすべての有害化学物質につき、統一的・総合的な法規制が必要であると考えているが、さしあたり人体に直接被害を及ぼし、また環境に重大な影響を与え、われわれの生存基盤である地球生態系の維持・保全を危うくする農薬の使用等について、農薬の使用を削減するため、農薬に依存しない農法を推進させる必要性を訴え、その具体的施策として次の措置を講じることを求める。


  1. まず、輸入農作物を含むすべての農作物について、全農薬の「残留農薬基準」を設定して、その検査体制を整備・充実させること。これによって、消費者の安定指向に添って販売されている無農薬・減農薬・有機栽培農作物が真実のものであるかどうかが担保されるとともに、摂取による直接被害の防止がはかられる。
  2. 次いで、農薬取締法を改正して、農薬登録に際して提出され毒性に関する安全試験の原データを公開させ、農薬の安全性についての民主的チェックを可能ならしめるとともに、登録についての国民の異議申立、購入者に対しての農薬毒性の周知徹底を制度化すること。また、残留農薬基準が達成されるように使用基準の見直しを行い、農薬依存の農法からの脱却を推進させる。
  3. 農薬の空中散布は、ヘリコプター等の器材や天候の都合に影響されやすく、また、スケジュール散布であるために、病害虫の発生に対応した散布が困難である。使用の効果が薄いのに、被害の及ぶ範囲が広いなど、多くの問題があるので、即時禁止すべきである。
  4. ゴルフ場の約半数は、飲料水源に影響する位置にあり、グリーンは保水力のない構造になっている。さらに、散布対象が農作物でないため、多量の農薬が使用される傾向にある。そのため、今日大きな社会問題になり、環境庁も急遽21農薬に限って、排出濃度規制をはかる暫定指導指針を出した。都道府県もこれを受けて、新設ゴルフ場での使用禁止から、その定めた濃度より厳しい上乗せ、定めのない農薬についての横出し等の規制を始めた。他方、「総合保養地域整備法」いわゆるリゾート法の推進に基づき、全国各地に新たにゴルフ場の建設が計画されようとしている。この状況を踏まえて、各地の地域特性に応じた、使用禁止の方向での実効性のある具体的方策を早急に検討すべきである。