パートタイム労働者の権利保障に関する決議

本文

わが国におけるパートタイム労働者は、近年の技術革新と産業構造の変化に伴い、著しく増加しつつあり、経済社会に欠くことのできない労働力となった。


ところが、わが国のパートタイムの労働者、とりわけその多くを占める女性パートタイム労働者は、「パートタイム労働」という雇用形態の差を理由に、正規雇用形態のフルタイム労働者に比較して、賃金その他の労働条件について不合理な差別を受け、雇用の調整弁としての役割を担わされており、その地位は極めて不安定である。


しかしながら、本来パートタイム労働者は、憲法と労働諸法規上の権利を有する労働者であって、労働時間が短いという特徴によって合理的とされる事項以外は、正規雇用形態のフルタイム労働者と比較して不当に差別されてはならない。


われわれは、パートタイム労働者の基本的人権擁護の立場から、次の提言をする。


  1. パートタイム労働者は、労働時間に比例して、同一又は類似の勤務を行う正規雇用形態のフルタイム労働者と同率の賃金(ボーナスも含む)、退職金、休業手当、解雇予告手当を支払われるとともに、昇給、教育訓練、福利厚生、母性保護、健康管理に関し、正規雇用形態のフルタイム労働者と均等な待遇を与えられること。そのため、パートタイム労働者に対する均等待遇の原則を明文化し、使用者による不合理な差別的取り扱いを禁止するために、法律の整備を行うこと。
  2. 期間の定めのある労働契約は、代替的、短期的、季節的な特別な業務の場合など業務の性質上期間を定めることにつき合理的な理由がある場合以外は許されないこと及び解雇に関して正規雇用形態のフルタイム労働者と差別して取り扱わない旨を法律上明文化して、パートタイム労働者の雇用の安定をはかる措置を講ずること。
  3. 使用者が正規雇用形態のフルタイム労働者の欠員を補充する時は、フルタイム労働に転換を希望するパートタイム労働者に対し、外部の応募者に優先する権利を与える制度を整備すること。
  4. 健康保険、厚生年金保険、雇用保険の諸制度について、パートタイム労働者の被保険者資格を拡大すること。
  5. 当面の処置として、給与所得控除額及び基礎控除額を相当額引き上げること。

右決議する。


平成元年(1989年)9月16日
日本弁護士連合会


理由

1. 近年技術革新と産業構造の変化にともなって、わが国におけるパートタイム労働者は、大幅に増加しつつあり約800万人にのぼっている。総務庁統計局「労働力調査」(昭和62年(1987年))によれば、週の就業時間が35時間未満の非農林業の短時間雇用者は、506万人、雇用者全体の11.6%に達し、これに正規雇用形態のフルタイム労働者と労働時間が同じかまたはほとんど同じである週の就業時間が35時間以上の労働者は、約300万人になるといわれている。


週35時間未満で働くパートタイム労働者のうち、女性は、72%を占め、女性雇用者全体に占める割合は、23.1%である。パートタイム労働者の圧倒的多数は女性である。また、女性パートタイム労働者の85.7%は、有配偶者であり、そのうち35歳以上54歳までの女性が69.9%を占めていて、女性パートタイム労働者は、主婦層を中心とした中高年齢者が多い。


ところで女性パートタイム労働者は、同一または同種の業務にたずさわる正規雇用形態のフルタイム労働者に比べて極めて不合理な差別を受け、低劣な労働条件の下で働いている。例えば賃金については、1時間あたりの所定内給与額は623円であり、手当等を含めた年収で比較すると、正規雇用形態のフルタイム女性労働者の約3分の1、正規雇用形態のフルタイム男性労働者の約5分の1にすぎない。また退職金については、パートタイム労働者に対し、制度の適用がある企業は約1割である。労働基準法上保障されている年次有給休暇、母性保護休暇、休憩時間等も、現実には「パートだから」という理由で取得できない職場も多い。さらに、職業訓練、福利厚生の処遇においても不合理な差別があり、健康保険、厚生年金保険、雇用保険の諸制度の適用においても、被保険者資格の制限がある。


2. パートタイム労働者の雇用期間について、「雇用期間の定めがある」企業は40.6%、企業規模が大きくなるに従って、その割合は高くなり、1,000人以上の企業では87.7%になっている。さらに「雇用期間の定めがある」企業についてその期間を見ると、「6ヶ月を超え12ヶ月以下」が41.8%、「4ヶ月を超え6ヶ月以下」が21.1%、「2ヶ月を超え4ヶ月以下」が18.3%、1年以上はわずか6.5%である。しかし、パートタイム労働者は、ほとんどが規則的恒常的業務に雇用されていて、短期の期間は、実際には反復更新が重ねられている。しかし、景気の変動に伴い、使用者は期間終了を理由とする雇い止めをして雇用調整を行い、パートタイム労働者の雇用上の地位を不安定な状態においている。そのために、パートタイム労働者は、自らの低劣な労働条件の改善を要求できない弱い立場に立たされているといえよう。


3. 昭和60年度の労働省調査によれば、パートタイム労働に就く動機としては「勤務時間帯や勤務日数を自分の都合に合わせられる」とする者が48.9%、「家事・育児等の事情で通常の労働者として勤務できない」とする者が、23.9%となっており、パートタイム労働は、職業と家事、育児との両立を可能とする就労形態となっている。しかしこの選択は、わが国の正規雇用形態のフルタイム労働者が国際的にみても極めて長い労働時間と少ない休暇の下で働いているため、現実に、家庭責任を負う女性が正規雇用形態のフルタイム労働者として働き続けることが困難なこと及び保育所、育児休業、看護休暇等、女性が働くための条件が未だ整備されていないこと等に起因している。その他にフルタイム労働者としての仕事がなかったため、止むをえずパートタイム労働に従事したものが11.9%をしめる。


一方、企業側がパートタイム労働者を雇う理由は、労働省の調査(昭和58年(1983年)1月)によれば、「仕事の内容がパートタイム労働者等で間に合うため」が63.1%、「人件費が割安となるため」が29.2%を占め、東京都の調査(昭和61年度)では、前者が72.5%、後者が38.7%、そして「雇用調整が容易であるため」が19.4%となっている。特に、企業側は家庭責任を負う中高年の女性パートタイム労働者としてのみ雇う傾向がある、パートタイム労働は本来自発的に選択された労働であることが望ましい。労働者がフルタイム労働とパートタイム労働を選択することができるよう、使用者は正規雇用形態のフルタイム労働者の欠員を補充する場合には、フルタイム労働へ転換を希望するパートタイム労働者に対し、外部の応募者に優先する権利が与えられる必要がある。


4. 憲法は、すべての国民に勤労の権利を保障し(第27条第1項)、賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は法律で定める(同条第2項)とし、法の下の平等を規定して、不合理な差別を禁止している(第14条)。


これをうけて労働基準法は、労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない(第1条第1項)とし、国籍、信条、社会的身分による使用者の労働者に対する差別的取り扱いを禁止している(第3条)。わが国においては、労働条件における均等待遇の原則は公序といえよう。しかし雇用形態による差別ないしはパートタイム労働に対する直接的な保護法規はない。


しかし国際的には、さまざまな形でパートタイム労働に対する保護法の整備が行われている。国際条約においては、1981年にILOにおいて「男女労働者、家庭的責任を有する労働者の機会均等及び平等待遇に関する条約(第156号)」及び同勧告(第165号)が採択されて、右勧告の中では、パートタイム労働者について「その労働条件(社会保障を含む)は、可能な限りそれぞれフルタイム労働者及び常用労働者の労働条件と同等であるべき」ものとされている。


さらに国連の「2,000年に向けての女性の地位向上のための将来戦略」では、「すべての職業における平等を確保するため、また、パートタイム労働の搾取的な傾向及びパートタイム、臨時、季節労働の女子化の傾向を排除するために、法令及び労働組合の活動に基づいた措置をとるべきである」と定めている。


またECでは、昭和58年(1983年)1月に自発的パートタイム労働についてのEC指令案を検討中であるが、パートタイム労働者は「労働時間の差異によって合理的とされる事項以外は、フルタイム労働者とは均等な待遇を与えなければならない」と謳われている。


また、フランスの「パートタイムに関する1982年オルドナンス」、西ドイツの「就業促進法(1985年)」、イタリアの「雇用水準の維持及び向上のための緊急措置に関する法令(1985年)」など、パートタイム労働者に関して、賃金、解雇等労働条件に対する均等待遇の原則や有期雇用契約の制限に立脚した法的整備が具体的に進められている。


5. わが国においては、労働省が、不十分ながら昭和59年(1984年)には「パートタイム労働対策要綱」に基づきパートタイム労働者に対する保護の対策を進めてきた。昭和62年(1987年)10月労働省から委託を受け今後のパートタイム労働の動向に対応したパートタイム労働対策のあり方を検討してきた財団法人婦人少年協会の「女子パートタイム労働対策に関する研究会」は、「今後のパートタイム労働対策のあり方について」と題する報告をまとめ、パートタイム労働をより積極的に活用するための条件整備を求める方策として、「パートタイム労働者福祉法」(仮称)の立法提案を行った。これをうけ、労働省は昭和63年(1988年)6月労働大臣の私的諮問機関として「パートタイム労働問題専門化会議」を発足させ、右研究会報告をたたき台として、法案を検討していたが、同年12月に公表された「今後のパートタイム労働対策のあり方について(中間的整備)」では、法的整備の問題は「引き続き検討を行う」とされ、立法は先送りにされた。


労働省は、平成1年(1989年)6月告示第39号として「パートタイム労働者の処遇及び労働条件等について考慮すべき事項に関する指針」を制定したが、その規定は「努めるものとする」とするものが多く履行強制の法的効力はなく不充分である。


パートタイム労働者の地位向上は、すべての働く男女の「労働と生活の人間化」と深く結びあっており、適正なパートタイム労働の保護は、わが国にとって緊急に取り組むべき課題である。われわれは、パートタイム労働者と正規雇用形態のフルタイム労働者との格差を固定化して恩恵的にあたえられる「福祉法」ではなく、パートタイム労働者の基本的人権を確立する視点からの法改正こそが必要であると考える。即ち、


第1に、パートタイム労働者の不合理な差別を解消し、賃金その他の労働条件を引き上げるために、正規雇用形態のフルタイム労働者との均等な待遇を保障して、法律上雇用上の差別的取扱いを禁止する条項を明文化することが必要である。

第2に、パートタイム労働者の雇用の安定をはかるために、期間の定めのある労働契約は代替的、短期的、季節的な業務など業務上有期性が合理性をもつ場合に制限し、解雇についてもフルタイム労働者との正規雇用形態の差別的取扱いを禁止する条項を法律上明文化することが必要である。

第3に、パートタイム労働の自発性を確保するために、使用者が正規雇用形態のフルタイム労働者の欠員を補充する時は、フルタイム労働に転換を希望するパートタイム労働者に対し、外部の応募者に優先する権利を与える必要がある。

第4に、健康保険、厚生年金保険、雇用保険における適用上の差別をなくすこと、とりわけ被保険者資格の拡大をはかることが必要である。

第5に、女性パートタイム労働者の場合、給与所得控除額(現行57万円)と基礎控除額(現行35万円)の範囲を超えて働くと、夫の給与における配偶者の扶養手当てや家族手当てがカットされたり、所得税における配偶者控除が受けられなくなって、92万円を超えて働いた場合夫婦の総合所得において損失となる結果、自己の労働日数や労働時間を調整して働く実態がある。扶養手当てや家族手当ての支給又は所得税における配偶者控除制度が存在する限り、現状では給与所得控除と基礎控除の限度額がパートタイム労働の賃金や働き方を規制している。従って、当面の措置として、給与所得控除額及び基礎控除額を相当額に引き上げることが必要である。


よって、パートタイム労働者の権利保障のために、本決議を提案する次第である。