国際消費者問題に関する決議

本文

先進工業国の一部企業は、消費者被害を海外諸国にまで拡散させている。とりわけ、第三世界における消費者被害は、広範にわたり、消費者の人権侵害というべき深刻な事態を惹き起こしている。そして、日本の一部企業もその例外ではない。


経済大国といわれている日本は、消費者保護の面でも国際的にその責務を果たすべき時代に入っているにもかかわらず、消費者保護関連法制においても企業の活動姿勢においても、国際的消費者被害の問題に対応できていない。


そこで、以下のとおり提言する。


  1. 日本政府は、企業が海外諸国の消費者に対し危害、不利益を及ぼすことを予防し、また発生した被害の救済に努めるため、すみやかに次の措置を講ずるべきである。
    1. 国際連合が1985年に採択した「消費者保護ガイドライン」を遵守し、自国で禁止された有害な製品および技術を海外諸国へ輸出することなどを規制する立法措置を講ずること
    2. 製造者に対する無過失責任の採用、消費者の立証責任の緩和など、いわゆる製造物責任の立法化を図ること。
    3. 海外諸国の消費者からの苦情に対する総合的・統一的窓口を設置し、関係企業への指導監督を含めた苦情処理システムを確立すること。
  2. 企業は、国際社会における日本経済の責任ある地位を自覚し、右のような法規制をまつまでもなく、自国の安全基準を満たさない製品および技術を輸出するなど海外諸国の消費者の人権を侵害する企業活動をせず、自社製品による消費者被害につき、その回復のための実効ある措置を講ずるべきである。

右決議する。


1988年11月5日
日本弁護士連合会


理由

1. 近年、先進工業国の一部企業、特に多国籍企業による世界的規模の経済活動により、消費者被害は一国内にとどまらず世界的規模で発生する状況にある。これらの国際的消費者被害の中でも、とりわけ第三世界においては、医薬品、農薬、食品添加物などの科学物質に関する有害製品またはその製造技術によって、深刻かつ広範な消費者被害を惹き起こしている。特に先進工業国では、有害であるとして製造販売が禁止または規制されている製品やその技術を、消費者保護の法的整備が遅れている地域へ輸出し、また使用規制など製品についての情報を適切に提供しないなどにより、その地域の消費者に対する人権侵害ともいうべき事態を生じさせている。


2. このような状況を踏まえ、国際連合は、1985年「消費者保護ガイドライン」を採択し、一国で禁止、制限されている有害製品によって他の輸入国の消費者に不利益な影響を与えることがないよう各国政府に強く要求している。


また、世界保健機構(WHO)は、1981年に「母乳代用品の販売に関する国際基準」を採択し、表示の適正化や販売促進方法の規制を各国政府に要求した。


さらに、国際連合多国籍企業委員会は、現在、「国連多国籍企業行動基準案」を検討中である。


3. 今日、日本企業の海外進出もまた著しいものがあり、これに伴って、日本企業による消費者被害も第三世界の各国で発生している。


その中には、日本国内においては有害製品として販売、使用が既に禁止または制限されているにもかかわらず、海外諸国への製品または技術の輸出については法規制もないため、その後も輸出が継続されているという例がある。


例えば、日本国内では有害な農薬であるとして1971年に販売、使用が禁止されたBHCについて、その後もマレーシアの日系合弁企業に製造技術が輸出され、現地での製造販売がなされた事例がある。また、副作用のため日本国内向けの製造販売が中止された解熱鎮痛剤スルピリン入りの薬を、その後もタイやインドネシアの子会社で製造販売を継続した事例もある。


そのほかにも、乳児用粉ミルクを第三世界で販売する際、使用方法や衛生管理に関する表示について現地の実情を配慮せず、かえって誤解を招く販売促進活動を行ったため、多数の乳幼児の健康被害を及ぼした事例など、不適切な販売方法による被害も発生している。


ところが、我が国では右国連ガイドラインを実現する立法措置が未だに講じられていない。のみならず、薬事法は医薬品について承認・許可制を設け、農薬取締法は農薬について登録制を設けて、それぞれ製造、販売、輸入については規制を行っているが、輸出についてはいずれも適用除外の取扱いをしている(農薬取締法16条の3、薬事法80条および薬事法施行令15条)。その結果、国内では製造、販売、輸入が禁止されている、「異物が混入し、又は付着している医薬品。病原微生物により汚染され、又は汚染されているおそれがある医薬品」(薬事法56条5・6号)の輸出については、条文上何らの規制がなされないこととなっている。


また、日本政府は、「母乳代用品の販売に関する国際基準」の採択決議にさえ棄権し、日本企業は現在でも不適切な販売促進活動を展開している。


このような日本企業の活動に対しては、国際的な消費者被害監視機関などから厳しい非難の声が挙げられており、新たな貿易摩擦を招来しかねない。


4. よって、日本政府は、国内で禁止された有害製品およびその製造技術の輸出並びに海外諸国における不適切な販売促進活動などについて、国内における安全基準を尊重してこれらを規制する立法措置をすみやかに講ずるべきである。


5. 他方、製造物責任については、アメリカでは早くから消費者保護のために、いわゆる製造者の厳格責任が判例上確立しており、ヨーロッパでも1985年、製造者の無過失責任を柱とする「製造物責任に関するEC指令」が採択され、EC加盟国において3年以内に製造物責任法を整備すべく準備が進行している。これに対し、日本では、従来より各方面から製造者の無過失責任の採用、欠陥と因果関係の存在の推定など、消費者の立証責任の緩和、その他消費者被害の救済を目的とした、いわゆる製造物責任の立法化の強い要請が続いているにもかかわらず、未だにこれを制定する動きはない。このことは、日本国内の消費者の保護に欠けるだけでなく、右のような世界的趨勢の中で、日本から外国諸国へ輸出された製品による消費者被害について、被害救済面で著しい不均衡を生ずることになる。


6. 日本では、以上のとおり国際消費者被害に対する法整備が立ち遅れているだけでなく、海外諸国の消費者から日本製品に対する苦情を受け付け対処する総合的統一的窓口がまったくない。そのため、海外における深刻な消費者被害の情報が日本国内に適切に伝達されないまま、長年放置されてしまう結果となっている。現在日本には、外国政府や企業から貿易摩擦に関する苦情を受け付ける統一窓口として、市場開放問題苦情処理推進本部(OTO)が設置されているが、これとの対比でもいかに国際消費者保護がおろそかにされているかが明らかであろう。


日本政府は、海外諸国の消費者からの苦情を受け付ける総合的・統一的窓口を設置するとともに、関係企業への指導監督を含めた苦情処理システムをすみやかに確立すべきである。


7. このような措置が講ぜられるまで相当の期間を要するであろうが、その間にも新たな消費者被害が発生するおそれがある。そこで、企業は右措置をまつまでもなく、国際社会における日本企業の責任ある立場を自覚し、有害製品その他自国の安全基準を満たさない製品やその技術を輸出し、あるいは必要な情報の提供を怠るなど、海外諸国の消費者の人権を侵害するおそれのある企業活動を行わないようにすべきである。


また、自社製品による消費者被害が発生した場合は、損害の完全な補償などすみやかな被害救済の措置を採るとともに、被害の再発を防止するため必要に応じ、事故情報を伝えて注意を呼びかけ、同種製品を回収するなどの実効ある措置を講ずるべきである。


よって、本決議を提案する。