拘禁二法案についての決議

本文

刑事施設法案・留置施設法案の二法案(いわゆる拘禁二法案)が再び第108回国会に提出され、現在、継続審査の扱いとなっている。


右二法案は、一旦廃案となった旧二法案に一定の修正が施されたものであるが、なお、以下のとおり極めて重要な問題が残されたままとなっている。


第一に、二法案は、代用監獄の将来廃止について何らその方向を示していないばかりか、かえってこれを永続・固定化するものである。これは、国際的趨勢に逆行するのみならず、代用監獄における虚偽の自白の強要によって死刑の判決をうけた免田、財田川、松山、島田の各再審冤罪事件等の教訓を無視するものである。


第二に、二法案は、被疑者、被告人と弁護人との接見交通について、「執務時間内」の接見を原則とし、それ以外は「管理運営上の支障」による制限を認めている。しかも接見制限を濫用した場合における、弁護人の不服申立等の救済手段も講じていない。これは、現行法のもとでさえ違法な接見指定制度の運用により不当な接見妨害が頻発している実情に照らすと、弁護人の弁護活動に、より一層の支障が生ずるおそれがある。


われわれは、被拘禁者の人権保障のため率先して現行監獄法の改正を求めてきたものであるが、今回の二法案の内容は、近代化、国際化、法律化の原則に照らして不十分であるうえ、右のように、人権擁護のうえから看過できない基本的な重大問題を有しており、二法案がこのまま成立することに強く反対するとともに、あるべき監獄法改正を目ざして全力を尽くすものである。


右決議する。


昭和62年11月7日
日本弁護士連合会


理由

1. 第108回国会に再提出された拘禁二法案は、前回提出のあった昭和57年当時から、日弁連が両法案反対の意思を明示し、全国弁護士会あげて反対運動を展開した結果、一旦廃案となったものである。


ところが、政府は、この間もたれた日弁連と法務省及び警察庁との意見交換会における日弁連側の具体的かつ真摯な意見の開陳にもかかわらず、その論議を尽くさないでこれを打ち切り、二法案に一部修正を行っただけで再び今次提出となったものである。


すなわち日弁連委員は、第1次22回、第2次4回に亘る法務省との「監獄法改正問題意見交換会」においては、留置施設法案の切り離し、代用監獄の廃止、接見交通権の制約条項の撤廃、のちにまとまった対策本部試案に基づく刑事施設法案の抜本的是正を主張し、また法制審議会の「監獄法改正の骨子となる要綱」から後退している同法案の問題点等を指摘した。警察庁との10回に亘る「留置施設をめぐる意見交換会」では、主として代用監獄の弊害とその廃止の必要性、接見交通の妨害の実態と留置施設法案の危険性、同法案の不要・不当な所以をのべた。


日弁連委員は、いずれもねばり強く、そして具体的事実に基づいた諸々の提案等を行ってきたのであるが、遺憾ながら多くの重要な論点が積み残されたままとなったのである。


2. 法務省は、刑事施設法案につき二度に亘り実質16項目の修正を行った。その要点は、法案を法制審要綱に近づけた修正、所持品検査の対象者から弁護人を除外したこと、弁護人との接見交通につき、広く罪証隠滅の防止上や施設の管理運営上の必要により制限できるかのような規定を、日時、場所、人数に限定して明示したこと、処遇に受刑者の意見をできるだけ取り入れるように改めたこと等である。


警察庁は、右刑事施設法案の修正に連動して留置施設法案に修正を加えるとともに、留置施設の設置と収容の根拠規定である同法案3条を修正し、被勾留者が取り調べのために代用監獄に留置されるかのごとき表現を改めた。


そして、両省庁とも、施設の運用と実際の処遇に関し、通達案を示すなどして二法案の不十分な点に対処したいと説明した。


これらの修正や運用についての提案は、評価すべき点も多い。また、これら修正の実現に献身された関係者の努力には敬意を表するのである。


3. しかし、二法案は、今次監獄法改正の最大の限目である代用監獄の廃止には一言も触れていない。われわれは、30年余に亘り代用監獄の廃止を要求してきた。昭和53年の刑事拘禁法要綱では5年内に、昭和59年の対策本部試案では10年内に、それぞれ廃止すべきことを提案している。この間、免田、財田川、松山の死刑再審事件などが、代用監獄の弊害とそこでの偽りの自白の恐ろしさをありありと示した。今、死刑囚として4人目の島田事件赤堀政夫氏の再審公判が進められている。


両省庁は、法制審要綱のいわゆる漸減条項の趣旨が国会審議で法案に盛り込まれることに異議はない旨説明しているが、仮にこれが実現しても、少なくとも代用監獄が暫定的存在であることが明記されないかぎり、その廃止には直接結びつかず、われわれの前記年来の主張にはほど遠いのである。


しかも留置場には、保護室が設置されることになり、戒具として新たに防声具や拘束台が導入されるのである。戒告のみとはいえ懲罰も公認される。これらは、「自白の強要と冤罪の温床」といわれる代用監獄の弊害を深刻化させる危険がある。


4. 接見交通の制限条項の修正も、なお接見妨害の危険性を除去するものではない。現実には刑事訴訟法39条3項の捜査のためを理由とする接見指定が濫用され、その弊害は目に余る。これに執務時間外を理由とする接見制限が加わればどうなるであろうか。現実にも、執務時間外を理由として接見が妨害されている実例が全国で報告されている。

二法案は、接見妨害の合法的口実となりかねないのである。通達などにより実際には休日や時間外でも接見が可能なように執務態勢を整える旨説明されても、一般指定の違法が判例で確認されているのに、一向に事態が改善されない現状を見るとき、救済手続きの欠如と相俟って、弁護活動に対する障害への危惧は解消されないのである。


5. 以上のほか、今次監獄法改正の理念とされ、われわれも支持した「近代化」、「国際化」、「法律化」の観点から見ると、今回提出の刑事施設法案は、なお、不十分の感をまぬがれない。のみならず、第三者に対する実力規制と武器の使用規定の新設や、死刑確定者の処遇が未決なみから受刑者なみに改められるなど現行法の改悪というべき点もある。


留置施設法案は前記修正によっても、代用監獄を恒久化し、被疑者・被告人の地位と権利を危うくする本質は、基本的に変わっていないというべきである。


6. よって、これら諸点については、人権擁護のうえから到底看過できず、日弁連として二法案がこのまま成立することには強く反対し、これまで率先して監獄法改正を提唱してきた立場から、国民とともに、引き続き真の監獄法改正を求める運動を進めていきたい。


ここに、本決議案を提案する次第である。