少年事件処理要領に関する決議

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いま各地の家庭裁判所は、当連合会の少年法「改正」問題に関する総会決議(昭和59年5月26日)および「最高裁判所少年事件処理要領モデル試案に関する意見」(昭和61年2月)に耳を傾けることなく、右モデル試案に準拠した少年事件処理要領づくりを進めている。


少年の人権や附添人活動にかかわる重要な手続を、処理要領といった裁判所内部の申し合せとして作成することは、適正手続の見地から重大な疑義がある。そのうえ、その内容は、軽微事件を形式的な処理で切りすて、また付添人の記録謄写権などを制限しようとするなど、総じて少年事件を画一的に処理しようとするもので、少年の人権を軽視するものであり、教育・福祉的な個別処遇を基本理念とする少年法の運用を大きく歪めるものである。このような処理要領の作成は、結局において、少年法が「改正」されたと同様の事態をもたらすものというべく、到底容認することはできない。


われわれは、最高裁判所が右モデル試案を撤回することを改めて提言するとともに、各地の家庭裁判所が直ちに少年事件処理要領の作成作業を中止し、或いはすでに作成・施行されている少年事件処理要領を全面的に見直すことを求める。


ここに、われわれは、少年の人権擁護と健全育成のため、少年法の基本理念にもとづく少年事件手続の一層の充実を目指し、裁判所がわれわれと共に努力されるよう心から求めるものである。


右決議する。


昭和62年11月7日
日本弁護士連合会


理由

1. 少年事件手続における少年の健全育成は、少年が心を開き、納得のいく処遇を保障する適正な手続があってはじめて可能となる。


そうした保障がなければ、少年の健全育成は期待できないだけでなく、不適正な手続の下で必然的に発生する誤判を伴うという、二重の意味で人権侵害をもたらすのであり、その結果、少年事件手続は、「保護」の美名にかくれて、少年に施設収容を含む不利益を一方的に課すという、違法・違憲の手続にすぎなくなるのである。


2. 当連合会は、昭和59年5月26日の総会決議により、法務省が一貫して進めている少年法「改正」に反対し、家庭裁判所の少年事件の取扱いが形式的な処理に傾き処罰的色彩を強めていることを指摘した。


家庭裁判所における少年法の運用の変化として問題にすべき例は次のとおりである。


第一に、少年の健全育成にとって最も大切であり、かつ最も成果の上がる軽微な事件を、実質審理の対象から除外して形式的処理で切り捨てる体制が一層強まっている。


第二に、少年と心を通わせその力を引き出す上で決定的に重要な役割を担う家庭裁判所調査官について、現実に必要な人員の増員がなされないため「重大な」事件に集中するしかない状況の下で、研修や上命下服の体制の強化を通じて、事件の大きさに従って要領よく手抜き処理することが徹底されつつある。


第三に、裁判官の中に、少年の個別処遇よりも社会・公共の安全を重視する傾向が強まり、「非行を犯した少年は一人でも逃してはならない」という立場から、少年に不利益な証拠でも裁判官が積極的に収集して取調べる義務があるという考えが強調されている。さらには、少年審判に検察官を関与させる対審構造を導入すべしという論議も力を得てきている。


こうして、少年法運用の中核をなす審判手続においても、少年が失敗を糧にして成長発達を遂げる権利は名目化し、少年の人権を尊重し適正手続に従って個別処遇の実現を図るという運用は後退しつつある。


3. 最高裁判所は、昭和59年12月、少年事件担当裁判官協議会において、「少年事件処理要領モデル試案」を提示した。


その内容は、軽微事件の選別基準や簡易・画一的処理、調査官への規制を強める共同調査の導入などを取り入れ、できる限り全国的規模で事件処理の均質化を図ろうとしており、前項で指摘した問題ある運用を、さらに全国的に定着させようとするものである。


これに対し、当連合会は、昭和61年2月「モデル試案に関する意見書」を発表し、最高裁判所に対しては、右モデル試案を撤回するよう提言し、各家庭裁判所に対しては、本来の独自性を発揮した活動を期待し、各関係機関に対しては、家庭裁判所の人的整備の充実に努力すべきことを訴えた。


4. しかしながら、各地の家庭裁判所は、最高裁判所の右モデル試案をふまえ、当連合会の意見を無視して内密に「少年事件処理要領」作成作業を開始し、東京家庭裁判所本庁が本年1月1日から施行したのをはじめ、現在作成済みまたは作成中であることが確認された家庭裁判所は40庁を超えている。


しかも、各家庭裁判所は、作成済みの「処理要領」を弁護士会および国民に公表することさえ、拒否しているのである。


5. 「処理要領」は、(1)附添人の記録謄写権を従前の取扱いよりも制限し、(2)観護措置決定手続における附添人の立ち会いを拒否する可能性を残し、(3)同手続における少年への必要事項の告知の方法を簡略化し、(4)観護措置を継続する必要性の少ない事件について、その継続を予定していることを窺わせる規定を設け、(5)調査官の調査対象を裁判官の必要とする事件に限定して、特に軽微事件についての画一的処理を一層すすめ、(6)従前許されないとされて来た少年に不利益な証拠の積極的な収集を裁判官に委ねる規定を設けるなど、少年の人権や附添人の活動を脅かし、裁判官の事件処理を実質的に拘束する内容を含んでいる。このような定めが、最高裁判所規則制定諮問委員会などの審議も経ないで、国民の知らないうちに確立されることには、重大な疑問がある。


これは、多くの国民から批判され国会への上程ができないできた少年法「改正」が、国会の審議をさけたまま事実上実現されたと同様の事態をもたらすものである。


6. われわれは、人権と社会正義の実現の使命を負い、少年法「改正」について問題を国民に提起した者として、このような重大な問題が、密かに進行していることを声を大にして訴えるものである。そして最高裁判所がモデル試案を速やかに撤回することを改めて提言すると同時に、各地の家庭裁判所が直ちに少年事件処理要領の作成作業を中止し、或いはすでに作成施行されている少年事件処理要領を、少年法の本来の理念である健全育成と適正手続の実現にふさわしいものに全面的に見直すことを求める。


また、われわれは、第28回人権擁護大会で確約した相談窓口活動の一環として、現場での人権侵害を許さない弁護人・附添人活動を組織的に展開し、そこでの問題点を訴えることを通して「処理要領」作成作業の中止と制度の甦りを求める力を強め、これを支える国民の大きな世論を作り、子どもの成長発達に関心をいだき青少年問題に心を痛めている多くの国民とともに、あるべき少年事件手続の確立にむけてねばり強く働きかける所存である。


本決議はその第一歩としても重要な意義を有するものであることを訴え、決議を求める次第である。