訪問販売法の改正を求める決議

本文

近年、悪質な訪問取引による消費者被害が急増している。巷間、悪徳商法と呼称される詐欺的で強引な商法のほとんどが訪問取引の手口を用いており、その被害は深刻で、経済的損失のみならず精神的被害も大きく、自殺や家庭の崩壊まで引き起している。


これら悪質な訪問取引を規制するのが訪問販売法であるが、同法は施行後10年余を経過し、現実の消費者被害の救済と防止にはそぐわなくなっている。


そこでわれわれは悪質な訪問取引被害を救済し、その防止を期すため、国に対し、早急に次の4点を含む訪問販売法の抜本的全面的な改正を行うよう要望する。


  1. 指定商品制の廃止
  2. 不当勧誘行為の規制強化
  3. 開業規制・勧誘員登録制の採用
  4. 被害者救済の充実

われわれは、悪質な訪問取引被害の深刻かつ広範な実情を踏まえ、引き続き消費者被害の救済と根絶にむけて努力を重ねる決意である。


右決議する。


昭和62年11月7日
日本弁護士連合会


理由

訪問取引の増大と消費者被害の急増

(1)  大量生産、大量販売、大量消費の社会構造の下で、近年「物あまり現象」ともいわれる消費需要の低迷化が進行しつつある。その中で訪問取引などのいわゆる特殊取引形態による売上げが毎年ほぼ2ケタ台の急上昇をとげ、狭義の訪問販売だけをみてもついに売上高2兆円を超えて、いまやアメリカを抜き世界第1位をほこるまでに発展するに至った。


(2)  これに伴い、各地の消費生活センターや弁護士会の相談窓口などへの苦情申立が急増し、消費者被害が深刻化しつつある。国民生活センターの統計によれば、各地の消費生活センター等で受付けた販売方法・契約等に関する苦情は、昭和55年に約5万1千件であったものが、昭和60年には約15万件にものぼり、全体の苦情受付件数に占める割合も26.4%から40.0%にはねあがっている(昭和59年度から統計の分類方法が変わっているが基本的傾向の把握に支障はない)。


(3)  その苦情内容をみると、セールスマンの勧誘が強引だったため、「購入に際しての意思決定が不十分だった。」という訪問取引特有の攻撃性に起因するものが、全体の過半数を占めている。中でも老人や家庭の主婦を中心に、生活資金を根こそぎ奪った豊田商事などの現物まがい商法や先物取引、大理石の壺の霊感商法などが1件当りの被害としては突出している。それのみならず、英会話教材、消化器、布団類、化粧品、健康食品など、さまざまな商品・役務が百万人余ともいわれるセールスマンによって全ての消費者に向けて訪問勧誘されている。


その勧誘方法も無差別な電話勧誘から始まって、キャッチセールス、アポイントメントセールス、ホームパーティー商法など、手口がさらに巧妙かつ強引になりつつあるのが実態である。


このように国民すべてが、これら訪問取引による勧誘の対象とされており、誰もがまさに、いつ、どのような形で深刻な被害に遭わないとも限らない状況を迎えているといってよいであろう。


訪問取引の特徴と現行訪問販売法の問題点

(1)  訪問取引については、買物の時間が節約できるとか商品・役務等についての十分な説明が得られるなどの利点が強調される反面、「A. 何ら準備がない状況で突然の勧誘を受けたり、事業者の勧誘行為が過度になったりすることなどから、消費者の購入意思形成が不十分なまま契約等が行われること、B. 事業者、特にセールスマンの言動、対応に起因して、契約内容についての消費者の理解と実態とが相違しがちであること、C. 店舗という固定的な信頼の基礎がないため、事業者の責任の追及が困難になりがちであること、D. 消費者の側においても店舗外取引という新しい形態の取引に関する知識、経験等が十分でないこと等の問題も含んでおり、これらが絡みあって現実には多くのトラブルが発生している。」と指摘されるように(経済企画庁国民生活局消費者行政1課編『無店舗販売と消費者』)、取引形態自体が、消費者との間でトラブルを必然的に発生させる要因をかかえている。


(2)  しかも、無店舗ということで財務力・信用力の低い業者や悪質セールスマンの参入が容易でかつ移動がはげしい。さらに高額の歩合給制度の導入や、実体は雇用でありながら委託販売などの形式をとるため、セールスマンが過度の販売競争をくりかえすこととなる。その結果、消費者は不必要あるいは過大な数量・金額の物品・役務等の契約を強いられ、経済的・物質的な損害に加え、市民として日常生活を平穏に営む権利が甚しく侵害される事態を迎えている。これを放置するならば、悪質訪問取引による消費者被害は、今後ますます深刻かつ広範なものとなることは疑いを容れない。


(3)  現行の「訪問販売等に関する法律」が昭和51年に制定されてから、すでに10年余が経過した。同法は、一方で「購入者等が受けることのある損害の防止を図ることにより、購入者等の利益を保護」することをかかげているが、あわせて「商品の流通を適正かつ円滑にし、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的」としている。そのため、商品指定制を採っているなどの根本的欠陥を有するほか、クーリング・オフの規定や書面交付義務、重要事項の開示義務など、消費者保護のための一定事項が盛り込まれたものの、前述のような訪問取引に伴う事業者の違法不当な勧誘を真に規制し、消費者の権利を擁護する規定内容とはなっていない。これらの欠陥が豊田商事事件や霊感商法、キャッチセールス、アポイントメントセールスに代表される悪質訪問取引による一般消費者被害の多発と深刻化をもたらしたといって過言ではない。


訪問販売法の抜本的全面改正を

(1)  そこで、悪質訪問取引による消費者被害を救済し、さらにその発生を防止するには、現行訪問販売法を抜本的全面的に改正する必要がある。


その要点は次の4点にある。


A. 指定商品制の廃止

現行法が政令で指定する商品にしか適用されないため、悪質業者は非指定商品や無指定の役務を取扱う方向へ次々と転進する。


指定商品制を廃止して、訪問勧誘による全ての有償契約に法律の適用を拡張する必要がある。


B. 不当勧誘行為の規制強化

詐欺的で強引な勧誘によって被害が多発している。現行法は氏名と訪問目的の明示を規定するだけにとどまっている。


違法不当な勧誘行為の類型化を図り、禁止事項を具体的に規定すべきである。


C. 開業規制と勧誘員登録制の採用

現行法は訪問販売を業として行うにあたって何らの許認可・登録を要しない。そのために悪質な事業者の参入が容易であるばかりか、消費者が被害を蒙った場合にその回復を求める相手方を特定しえない場合すら生じている。賃金業規制法の例を上げるまでもなく、事業者や勧誘員の実態を把握し、またその資質を確保し、さらに行政監督・指導を充実するために、開業規制と勧誘員登録制を採用することが必要である。


D. 被害者救済の充実

現行法はクーリング・オフ制度を規定しており、被害者救済に大きな威力を発揮しているが、その適用を受け得ない事案の解決は民法に委ねられている。新たに禁止される不当勧誘行為があった場合は、契約を取消すことができる旨の条項や損害賠償請求権等を規定し、被害者救済の充実を図るべきである。


もちろん改正すべき箇所は、これに止まるものでなく、現行法でも比較的整備されている書面規制部分についてもその改正強化が必要であり、まさに、抜本的かつ全面的な改正が求められていると言えよう。


(2)  われわれは国に対し、現行訪問販売法の抜本的全面改正を早急に行うよう強く要望し、引き続き全国各地で消費者被害の救済と根絶にむけて努力することを表明するものである。