捜査と弁護権に関する決議

本文

捜査段階における刑事弁護の基本的な成立条件である被疑者・弁護人間の接見交通の自由確保は、身柄の被拘束者に対する憲法34条が保障する弁護人依頼権の実質をなすものである。


したがって、最高裁判所がすでに杉山事件判決において、捜査機関の行う日時等の指定は、「あくまで必要やむをえない例外的措置」であって、弁護人らからの接見の申出を受けた捜査機関は、「原則として何時でも接見の機会を与えなければならない」との判断を示したのは当然の事理を宣明したものである。


われわれが、かねて捜査関係当局に対して、違憲違法な「一般的指定制度」の廃止と、右の原則に遵った接見実務の改善を求め続けてきたのも、右のような司法の場における国民の人権に根ざす自らの職責を十全に果すためであった。


しかるに当局は、なお「一般的指定制度」を存続させ、捜査官の行う接見実務も一向に改められていない。ここ数年の著しい傾向は、何ら法制上の根拠をもたない指定書の持参要求が、却って全国的に拡がり、さらにこれに関する一部裁判官の対応と相俟って、弁護権侵害の度合を一層強くしてきている現状である。


よってわれわれは、重ねて当局に対して、右のような制度の撤廃と接見実務の改善を求め、さらに個別事件における捜査官の違法不当な接見実務の是正を求める闘いの継続強化をはかるとともに、会内の英知を結集して法務・検察当局との直接的な協議を通じて、あるべき捜査と弁護権の関係の適正化に全力を尽す決意である。


右決議する。


昭和62年11月7日
日本弁護士連合会


理由

1. およそ犯罪の嫌疑を受け、身柄を拘束されている被疑者が、弁護人又は弁護人となろうとする者と立会人なく接見し、その援助を受けることのできる権利は、憲法34条にもとづく弁護人選任権の実質的内容をなすものである。同時に弁護人にとってはその固有権の最も重要なものの一つである。


このような捜査段階における接見交通権の重要な機能は、弁護人が不安動揺の最中にある被疑者に対して、法律専門家として援助の手を差しのべ、その黙秘権を保護し、適正手続の監視を通じて誤った自白による誤起訴及び誤判を未然に防止することにある。


換言すれば、接見交通の自由確保は、まさに捜査段階における刑事弁護の基本的な成立条件であり、それはわれわれ弁護士の十全な職責遂行上、不可欠な前提でもある。


2. しかるにわが国の捜査機関は、現行刑事訴訟法の理念とはおよそ相容れない旧態依然たる糺問主義に立ち、被疑者の当事者的立場を認めようとはせず、ひたすらその自白ないし不利益供述を求める密室における取調べを捜査の中心におく誤りに陥ったまま今日に至っている。そのため捜査官らは右のような機能をもつ接見交通の制限抑圧に工夫を凝らし、例外であるべき指定権の行使を原則化するためのいわゆる「一般的指定制度」(面会切符制)に固執し、その廃止と接見実務の改善を求めるわが日弁連および各地方連合会、単位弁護士会などからの相次ぐ要望・決議にも一向に耳を傾けようとはしない。


それどころか、ここ数年間の著しい傾向は、刑訴法39条3項による捜査の必要上真にやむを得ない場合に限られている日時等の指定につき、画一的に指定書に依るとするばかりでなく、接見を申出る弁護人に対しては、具体的指定書の交付持参を接見の条件とし、さらに、接見時間についても僅か15分ないし20分という短時間に限定する実務上の運用を敢えてし、結局接見交通権を形骸化させ、ひいては捜査段階における弁護権を有名無実なものにしてきている。


3. このような違法不当な接見実務に対する事件担当の弁護士による正当な闘いは、近来における準抗告の申立件数の著しい増加傾向となり、さらに全国各地に提起されている国家賠償請求訴訟となり、これに対する裁判所の司法判断が求められている。


昭和61年の司法統計によれば、右準抗告申立事件の新受人員数は昭和57年度の155人に対して、昭和58年度には537人、昭和59年度223人、そして昭和60年度には534人となっており、右の著しい増加傾向は一目瞭然である。


他方、違法不当な接見制限ないし拒否・妨害による接見交通権侵害を理由とする国家賠償請求訴訟が、すでに上告審に係属中の浅井弁護士事件、若松弁護士事件の後を承けて札幌、福島、東京、名古屋、京都、岡山、福岡の各地裁に係属し、各所属会の多数会員の支持支援のもと、全国的規模の代理人団によって進められている。その勝訴に向けた着実な訴訟活動を期待するものである。


4. ところで、前述したような被疑者の人権とわれわれの弁護権とを侵害し続けてきている捜査機関側の違法不当な接見実務に対する裁判所の対応はどうであろうか。


概観する限り、昭和53年7月10日のいわゆる杉山事件に対する最高裁第1小法廷判決によって、あるべき接見交通の原理原則が明示されているにもかかわらず、下級審における一部裁判例の中には、およそ捜査と弁護権のあり方についての正しい認識にも深い洞察にも欠け、接見交通権保障の意義と現行の接見実務との間に存在する甚だいし乖離を無視ないし見逃して顧みない理由ずけを以て、弁護人からの準抗告を棄却して憚るところのないものが看られる。


その端的な事例が昭和57年11月以降の東京地裁刑事第14部の傾向であり、その決定理由が印刷されて例文化し、これと殆ど同文の棄却決定理由が、各地の裁判例となっているということは、裁判官の独立、司法の威信上の重大な問題にも繋がる憂うべき状況が現出しつつある。


もとより、このような本末転倒の裁判例に対し、前記の最高裁が明示した原理原則に立って、具体的事件における接見制限を違法不当とする申立認容の取消決定が、多くの良心的な裁判官によってなされていることも事実である。


5. このような接見交通権問題の現状に対し、われわれのあるべき対応は次のごときものでなければならないと考える。すなわち、先ず第一にこれまでの日弁連・地方連合会・単位会による捜査当局等への要望・決議あるいは最高裁への刑事訴訟規則の改正などの要請のすべてが、効を奏するところがなかったことへの反省をこめて、闘いと運動を再構築することである。


その最初の試みとしては、本問題の前進的な解決をめざす法務・検察当局との直接的な協議・交渉に日弁連の総意と英知を結集して取組むことである。


第二に、右協議・交渉にとっても重要な背景となることとして、違法不当な捜査官による接見制限ないし事実上の拒否・妨害に対しては、これに遭遇した弁護士が一人でも多く、当該被疑者の立場、被疑事件の特質等を配慮しつつ躊躇することなく準抗告を以てその是正を裁判所に迫ることである。


第三に、わが国における捜査と弁護権のあり方は、法制の上でも、また運用の実態においても、先進文明諸国に比して相当遅れており、かつすでに批准を経ている国際人権規約にも反していることに鑑み、むしろ積極的に当局に対して、例えば重大事件の被疑者の取調べには弁護人の立会を認め、さらに取調官に被疑者供述の録音を義務づけ、あるいは捜査段階にも一定の条件のもとで国選弁護人制度を導入するなど、刑事司法における国際水準への到達を求め、自らもこれらに関する調査研究に着手することである。


6. 結び
以上のような問題状況を踏まえ、われわれが弁護士の職責を十全に果すとともに、わが日弁連に対する国民の負託に応えんことを期して、本決議を提案する次第である。