自由権規約選択議定書批准促進等要望決議

本文

わが国は、1979年6月、国際人権規約(経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約〔社会権規約〕等、市民的及び政治的権利に関する国際規約〔自由権規約〕)を批准したが、自由権規約の選択議定書は未だ批准していない。この議定書は、個人が国際機関である人権委員会に対し、人権侵害について通報する手続を定めたもので、人権を国際的に保障するための重要な条約である。


よって、政府が、早急にこの選択議定書の批准の手続をとることを要望する。


また、政府が、社会権規約の批准をするに当ってなした公の休日についての報酬、ストライキ権の保障、中高等教育の無償化の3点の留保と、消防職員についての解釈宣言を撤回することを併せて要望する。


右決議する。


昭和61年10月18日
日本弁護士連合会


理由

1. 国際人権規約は、1966年の第21回国連総会で採択され、1976年に発効した。


同規約は、「経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約、A規約)と「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約、B規約)および、後者についての「選択議定書」よりなっている。


社会権規約は、いわゆる社会的基本権について規定しているが、その権利の実現には、各締結国の経済的条件や立法的措置などの条件整備を必要とするため、締結国は、漸進的に権利の完全な実現にむけて行動すべきものとされている(社会権規約2条1項)。このため、右規約において定める権利の保障を締結国に実行せしめるための実施措置も締結国の国連事務総長への報告義務のみである(同規約16条以下)。


2. これに対し、自由権規約に定める権利については、締結国は、当然かつ即時に、かついかなる差別もなしにその領域内にある個人に対して保障しなければならないとされている。そして、その実施措置は、報告制度(自由権規約40条、42条)の外、受諾宣言をなすことによって生ずる国家間通報制度(同規約41条、42条)がおかれている。


これに加え、自由権規約に関する「選択議定書」において、権利侵害について、個人の不服申立制度としての人権委員会への通報制度が設けられている。


選択議定書を批准した場合には、締結国内で権利侵害をうけた個人が、国内の救済措置を尽しても救済をうけられない場合には、この通報制度によって、人権委員会に申立をなしうるのである。


人権委員会は、通報を検討し、関係締結国および個人に対し、意見を送付するものであり、この意見は、締結国を拘束する効力はないが、国際機関である人権委員会の意見は、権利状況に対する評価であり、関係締結国に与える政治的影響力はきわめて大きいと考えられている。


3. 当連合会は、昭和43年第11回人権擁護大会において、国際人権規約の早期批准を求める決議、昭和49年第17回人権擁護大会において、世界人権保障機構の早期実現と併せ、人権規約早期批准を求める宣言をなし、多くの団体、個人とともに批准促進の運動を展開した。これら運動の結果、政府もようやく1979年(昭和54年)一部留保つきで自由権規約、社会権規約の批准を行ったが、選択議定書は批准せず、また、人権侵害についての国家間通報制度を定める自由権規約41条の受諾宣言をなさなかったのは、完全批准を求める当連合会としてはきわめて遺憾である。


4. 選択議定書が1976年3月23日発効以後、1985年12月末までカナダ、コスタリカ、デンマーク、フィンランド、フランス、イタリア、オランダ、ノールウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、ウルグァイなどを含む36ヶ国がこれを批准、または加入している。そして、1985年6月末日まで、選択議定書による個人の人権委員会への通報は189件におよんでおり、この制度は、国際的な人権保障機構としての機能を果たしつつある。


人権委員会は、「高潔な人格を有し、かつ人権の分野において能力を認められた締結国の国民」で構成され、委員は、「個人の資格で、選挙され、及び職務を追行する」と自由権規約に定められ、国の利害を超えて人権の保障を実現する機構と位置づけられていることに特質があり、国際人権規約に定める権利の実現に果たす役割は大きい。


5. 基本的人権の尊重を主柱とする憲法をもつわが国が、国際的人権保障機構に積極的に参加することはきわめて意義あることであり、わが国の国際的評価を高めることになることは疑いえないことである。同時に、選択議定書を批准することによって、わが国領域内の人権侵害について、すべての人が国際機関である人権委員会に通報(申立)をする途が開かれ、わが国の人権状況が国際社会において問われることにもなり、このことによって国内の人権の擁護が前進することが期待しうるのである。


6. 安倍前外務大臣も、去る昭和60年9月19日の第102国会決算委員会において、選択議定書に基づく実績を評価し、わが国の批准を前向きに検討する旨言明している。


また、中曽根首相は、昭和61年1月31日の第102国会参議院本会議において、批准にむけて前向きに検討する旨言明した。


しかし、政府部内の各省庁に関係する事柄であり、批准実現まで、なお相当の期間を経過することも予想される。


そこで、選択議定書の批准促進について、当連合会が世論を喚起し、批准のための政府部内の作業を推進させ、1日も早く批准されることを求めていく必要がある。


7. さらに、社会権規約の批准に当って、政府は、「公の休日についての報酬」(A規約第7条(b))、「同盟罷業をする権利」(A規約第8条第1項(b))、「中高等教育の無償化の漸進的導入」(A規約第13条第2項(d)、(c))の3点について、「拘束されない権利」なるものがあるとして留保し、かつ消防職員を「警察構成員」と解する旨の解釈宣言をして消防職員の団結権について消極的態度をとった。


当連合会は、当初より国際人権規約の完全批准をもとめてきており、1983年(昭和58年)の世界人権宣言採択3周年に当っては、右留保を撤回すること、人権委員会に対する人権救済申立手続である自由権規約41条の宣言の受諾と選択議定書の批准を求める要請を政府に行ってきている。


国際人権規約が発効して満10年を経過した今日、国内における人権保障の実現のためにも、当連合会の右要望に応じた行動を政府に求めることはきわめて重要であり、かつ、時宜に適するものと考え本決議を提案する次第である。