外国人に対する指紋押捺制度に関する決議

本文

在日外国人も日本国民と同じく、憲法上の基本的人権は保障される。


現行外国人登録法に定める外国人に対する指紋の押捺制度は、それが刑事罰による強制と相まって個人の尊厳と法の下の平等を定めた憲法13条、14条及び品位を傷つける取扱いの禁止を定めた国際人権規約B規約7条、法の前の平等、差別的取扱いの禁止を定めた同26条違反の疑いが強く、さらに、指紋押捺拒否者に対し、指紋押捺拒否の故をもって再入国不許可処分、登録証及び登録済証明書の不交付などの不利益処分を加える措置も、外国人の人権を侵害しているものと思料される。


よって、われわれは、日本国民が国際社会において名誉ある地位を占めるためにも関係当局に対し外国人に対する指紋押捺制度は廃止するべく、外国人登録法の改正につき速やかに適当な措置をとることを要望する。


右宣言する。


昭和60年10月19日
日本弁護士連合会


理由

1. 現行外国人登録法によると、16歳以上の外国人は、1年以上在留する場合(イ)「外国人登録証明書」(常時携帯)(ロ)「外国人登録原票」(市区町村保管)(ハ)「指紋原紙」(法務省保管)にそれぞれ左手ひとさし指の指紋を押捺することが義務づけられている(法14条)。


この指紋押捺義務に従わない場合(押捺拒否行為)には1年以下の懲役若しくは禁錮又は20万円以下の罰金に処せられることになっている(法18条1項8号)。


2. しかし、日本国民の場合は、戸籍上の登録や住民登録、印鑑証明、旅券や自動車免許証など同一性の確認が極めて重要なときさえも、指紋は一切必要としていない。


せいぜい写真で充分との制度をとっている。特に、最近の自動車運転免許証には写真の複写が用いられ、その上にビニールコーティングがなされ、写真の偽造変造は事実上不可能となるほど技術の進歩が反映されている。


ところで、今日のわが国の内外の社会情勢は昭和27年の立法当時とは比較にならないほど良好な状態にある。登録制度の対象となる外国人の大部分を占める在日韓国・朝鮮人や中国人は、もはや2世・3世の時代となり、日本国民とほとんど同じ実態をもち、平和に生活を営んでいる。


他方、わが国では、刑事訴訟法218条2項で「身体の拘束を受けている被疑者」に限って強制的指紋採取を認めていることから、指紋押捺の強制はその人間を犯罪者扱いするという強い屈辱感を与えている。


3. ところで、日本国憲法13条によって、プライバシーの権利(自己の情報を管理する権利)は基本的人権のひとつとして保護されている。また、この権利は在日外国人に対しても当然に適用される。


さらに、先般、わが国が加入した国際人権規約B規約7条では、「品位を傷つける取扱い」は禁止されている。


加えて、現代の人権保障は外国人内国人という区別をやめ、すべて「人間」として取扱おうとするところに特色がある。合理的な理由なく差別的な取扱いがあれば憲法14条及び国際人権規約B規約26条に反することになる。


4. 以上の指紋押捺をめぐる国内的現実や国際的人権法制をみるとき、今日において、外国人にのみ指紋押捺を強制することは、憲法及び国際人権規約に違反する疑いが強く、指紋押捺制度は早急に撤廃しなければならない。


右制度に反対して指紋押捺拒否をなした者に対して、刑罰、再入国不許可などの何らかの不利益も与えてはならない。


また、本年5月14日、法務省入国管理局長は都道府県知事に対して通達を発した。この通達によると、指紋を押捺しない者(「不押なつ意向表明者」)に対して新登録証の交付を3カ月間棚上げし、「交付予定期間指定書」を交付し、3カ月後に「信頼するに足りる証人」2名の「同一人性の確認」などがあれば登録証を交付すること、さらに、右「不押なつ意向表明者」に対して、登録済証明書(住民票に相当するもの)は交付しない、新登録証を交付ずみの「指紋押なつ拒否者」に対しては、その備考欄に「指紋不押なつ」と記載せよなどを骨子としている。しかしながら、これらは、押捺拒否者に対する明らかないやがらせであり、登録済証明書の不交付ないし「指紋不押なつ」の付記は、経済活動や身分関係などに大きな不利益をもたらすものである。


5. このため、当連合会は、本年6月21日の理事会において、外国人登録法における指紋押捺制度と外国人に対する人権侵害問題についての意見書を採択し、次の3点を提言した。


  1. 現行外国人登録法に定める外国人に対する指紋の押捺制度(法第14条)は、廃止すべく外国人登録法の改正につき、立法、行政機関が速やかに適当な措置をとること。
  2. 指紋押捺制度が廃止されるまで、指紋押捺拒否者に対し法務省並びに関係当局は告発、逮捕、起訴処分等の措置をとらないよう慎重に対処すること。
  3. 指紋押捺拒否者に対し、法務大臣は、指紋押捺拒否の故をもって再入国不許可処分等の不利益処分を加えることのないよう留意すること。

6. われわれは、今右提言に立ち、外国人登録法の改正を求め、人権擁護を使命とする立場から本決議の趣旨を実現すべく全力を尽すものである。