男女雇用均等法案に関する決議

本文

雇用の分野における男女平等の実現は、今日、最も重要な課題の一つである。


婦人差別撤廃条約の批准をひかえて、政府は国内法整備の重要な柱として「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を促進するための労働省関係法律の整備等に関する法律案」を第101回国会に上程し、右法案は次期国会で継続審議されることとなっている。


しかしながら、右法案は女性の労働権を基本的人権として確保するための措置を義務づけた前記条約の趣旨にもとる点が多く、このままでは条約批准のために必要な法案ということはできない。


よって、国会及び政府は、右法案に関して次の内容を含む抜本的修正を行うべきである。


  1. 募集・採用及び配置・昇進を含む雇用上のすべての男女差別を禁示すること。
  2. 差別に対し是正命令の出せる行政救済機関を設けること。
  3. 労働基準法の女子保護規定改訂部分を削除すること。

右宣言する。


昭和59年10月20日
日本弁護士連合会


理由

1. 本年5月に第101回国会に上程された「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を促進するための労働省関係法律の整備等に関する法律案」(以下法案という。)は、衆議院で可決されたものの会期切れのため審議未了となり、次期通常国会で継続審議の予定となっている。


右法案は、衆議院社会労働委員会の審議においても論議がかわされたとおり、来年批准が予定されている「婦人に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(以下条約という。)の趣旨にそった国内法整備の一環として上程されたものであり、右条約の精神にかなった実効性のあるものでなければならないのであるが、重大な部分でこれにもとるものである。その詳細は当連合会の本年6月15日付意見書で述べたとおりであるが、少なくとも後記の3点については政府案を抜本的に修正されるよう、国会及び政府に要望する。


2.(1) まず第一に、法案は、男女の均等な機会及び待遇のために講ずべき事業主の措置のうち、労働者の募集・採用及び配置・昇進については、男女差別禁止を明言するのではなく、女子に男子と均等な機会を与えるよう努力義務を課すにとどめている。


(2) この点について、政府は、終身雇用を前提とするわが国企業の雇用管理においては、募集・採用、配置・昇進で勤続年数が重要な要素として考慮されており、この男女差は無視できないので、当面は努力規定でスタートすることが適当と考えると説明している。


しかし、従来女性の平均勤続年数が男性と比べて短かったのは、女性自らの選択というより、むしろ企業が結婚・出産退職制や女子若年定年制を採用するなどして、女性を若いうちだけ使用するという労務政策をとっていたことに起因している。また、男性にはいろいろな仕事をさせるが、女性はいつまでたっても単純補助業務にしかつかせないという労務管理の結果、女性が勤労意欲を失ってしまうということもあった。更に、女性が働き続けたくとも、保育所、育児休業制度がなく、やむなく退職をした場合も多い。婦人差別撤廃条約は、まさにこのような現状を変革しようとするものであり、同条約批准のために制定される法案もその趣旨にそったものでなければならない。


(3) 条約は、すべての人間の奪い得ない権利としての労働の権利を保障し、雇用機会、職業選択、昇進、職業訓練、賃金、退職等における平等の権利を確保するための適当な措置をとることを締約国に義務づけている(第11条1項)。


女性の労働権を基本的人権ととらえるこのような条約の精神からみると、募集・採用や配置・昇進における男女差別は人権侵害であり、諸外国でもこれを違法として禁止している。


よって、法案には募集・採用から定年・退職に至るまで、雇用上のあらゆる場面における男女差別禁止の明文規定をおくことが必要である。


3.(1) (1)に法案は、女子労働者が差別された場合の救済手段として、自主的解決を基調とする行政指導と調停制度を設けているにすぎない。


しかも、行政指導の根拠たる法律の内容の主要部分が努力義務にすぎないので、その指導にも自ずから限界があることは明らかである。また、行政指導に従わなかった場合の制裁措置が何ら定められていない。


更に救済制度として設けられた調停も、開始の要件の一つに相手方の同意を要する等、非常に制限されたものとなっている。


(2) 条約は、婦人に対する差別を禁止する適当な立法その他の措置(適当な場合には制裁を含む。)をとること(第2条b)、権限のある国内裁判所及びその他の公的機関を通じていかなる差別行為からも婦人を効果的に保護すること(同条c)を締約国に義務づけており、何よりも男女差別禁止が単なるスローガンでなく実効性のあるものであることを求めている。


(3) 特にわが国においては、差別された女性達が救済されるまでに長期間の裁判を余儀なくされている実態からみても、差別からの救済を迅速にはかるための救済機関、少なくとも是正命令を出せる行政救済機関の設置が強く望まれる。


4. (1)更に法案は、男女の均等取扱いとひきかえに、労働基準法の女子保護規定(姙娠出産など母性保護の部分を除く。)の廃止ないし緩和を打ち出している。


これについて政府は男女同一の労働条件の確保をめざしているのであるから、母性保護を除く女子保護規定は逆差別であり、廃止するのが当然であると述べている。


これについて政府は男女同一の労働条件の確保をめざしているのであるから、母性保護を除く女子保護規定は逆差別であり、廃止するのが当然であると述べている。


(2) しかし条約は、男女の労働条件を同一にする方向を示していると同時に、男女双方が健康で安全に働きつづける権利を保障することをも要請しているのである。そして男女の労働条件に差のある国においてこれを同一にする場合、女性の労働条件を男性に合わせるか、男性の労働条件を女性に合わせるかは、右条約の精神にそって選択すればよいのである。


(3) ところでわが国の労働基準法は、制定当時から国際水準を下回るところが多く、しかも、労働者の最低条件を引上げるための改正は、今日までほとんどされることがなかったため、人間らしい労働条件をめざして改善を重ねてきた諸外国やILO条約等国際水準に比して大きく立ち遅れている。


男性の場合、三六協定さえ結べば残業、深夜業に法的制限がないため、諸外国に例をみない長時間労働となっており、健康破壊が進行している。女性の場合も、現行の女子保護規定のもとにおいてさえ、機械化された事務作業や秒単位の動作をくみ込んだオンライン作業等労働密度が高くなっており、最近では、VDT労働による新しい職業病が問題になってきている。更に、深夜業に従事する電話交換手や看護婦、助産婦等に姙娠・分娩異常が高率に発生していることは、労働基準法研究会第2小委員会専門委員報告の資料にも明らかである。


(4) このような状況のもとで現行の女子保護規定を廃止ないし緩和することは、女性労働者に過酷な労働条件を強いることになり、働き続けることさえ困難になることが予想される。特に家庭責任を負っている女性労働者は家庭と仕事の二者択一に悩み、結局パートタイマー等不安定雇用労働者の道を選び、かえって男女差別の拡大になりかねない。


男女が家庭責任を分担しあうことを提唱している条約の精神に照らしても、男女を含めた全体の労働条件をILO条約や先進諸国のレベルまで向上させることが先決であり、女性労働者の労働条件を引き下げる方法を選ぶべきではない。