精神病院における人権保障に関する決議
本文
精神障害を理由として精神病院に収容される者の人権を保障することは、適正な精神医療の確立にとって欠くことのできない土台である。
この観点から、国と地方自治体及び医師をはじめとする精神医療関係者が、緊急に次の措置をとるよう要望する。
- 精神病院における入院患者に対し、検閲なく通信を行い、かつ、通信を受ける自由及び立会人なしに面会をする自由を具体的に保障する措置をとること。
- 入院を強制される者が、何時でも弁護士による援助を受けることができるように、そのための制度的な方策を検討すること。
- 入院中の行動制限は、医療上、真に必要な範囲に限られるべきであり、決して濫用されてはならないこと。
- 公正で自立性をもった第三者的審査機関の設置をはかり、患者、家族の第三者的審査機関に対する不服・救済の申立権を保障すること。
右宣言する。
昭和59年10月20日
日本弁護士連合会
理由
1.宇都宮病院問題は、精神障害を理由に精神病院に収容されている人間が、あたかも研究材料たるモルモットとして扱われ、無料雑役係として使役され、暴力によって精神病院に隷属せしめられるという悲惨な実態を明らかにした。
しかし、宇都宮病院は、決して特異な例外とはいい切れない。同様の体質をもつ精神病院(精神衛生法以外の法律により精神障害者を収容することのできる施設を含む。以下同じ。)は全国的にまだまだ存在することも知られている。
これらの明らかにされた実態は、日本の精神医療が相変らず抱えている根深い問題の再検討をわれわれに迫っている。
2.最も重大な問題の一つは、何故このような野蛮で悲惨な実態が長期間にわたって明らかにならなかったかということである。今日、日本において精神障害の治療は入院、しかも強制入院が原則であり、病棟の大部分は閉鎖され、入院期間は長期化の傾向にある。医療・保護の名目で患者の行動は病院管理者に白紙委任され、精神病院は治外法権化し、人権侵害は闇から闇に葬られている。鍵と鉄格子によって拘禁された患者は、通信・面会を制限されることによって、人権侵害を家族、友人、弁護士など外部に知らせ、訴える手段を奪われている。
恣意的強制入院、長期不当拘禁などの場合でも、知事に対する調査請求権は実効性がなく、人身保護規則第4条が人身保護法の予定する救済の道を極端に狭めているなど、人身保護法制は実際上機能していない。
3.当連合会は、栃木事件、新潟精神病院ツツガ虫病人体実験事件、毛呂病院事件、千本病院事件、昭和大学付属烏山病院事件などの個別救済申立事件での要望、勧告などによって、また「医師の人体実験に関する件」(昭和32年4月7日、人権委員会春季総会決議)、「精神病の診察には誠実、慎重を期待するの件」(昭和33年4月12日、人権委員会春季総会決議)、第14回人権擁護大会での「精神病院における患者の不当処遇の諸問題」を含む医療と人権に関する宣言・決議などを通じ、精神病院における人権侵害の絶滅を期して来たが、事態は一向に改善されていない。また、昭和57年2月20日当連合会全体理事会が採択した「精神医療の改善方策について」の意見書では、「患者の権利を保障することは、それ自体、本来的に不可欠の課題であるとともに、適正な精神医療の確立にとっても欠くことのできない土台として位置づけられるべきである。」とし、「患者の基本的人権は、いかなる場合にも最大限に尊重されるべきである。」との見解を公表し、更に第三者的審査機関の設置、右機関に対する患者・保護義務者からの不服申立の保障など精神医療改善のための具体的方策を提起してきた。
4.多くの問題の中でも通信・面会の自由は、特に重要であり、前述の当連合会意見書においても、患者の権利尊重にとって欠くことのできない前提であり基礎であるとして、その改善の必要性をはっきり指摘し、また精神医療専門家からも精神医療を改革する鍵といわれて久しいが、実効性ある具体的措置がとられてこなかったために、現実には保障されていない。
信書は検閲され、面会は医療上必要という口実のもとに制限、禁止され、電話による通信も秘密を守り得る場所に公衆電話が設置されていないなど、制限されるのが通常である。小遣銭などの金銭は病院に管理され、所持を禁じられることが多いから、その場合は切手や筆記用具を購入できず、公衆電話が置いてあってもこれを利用することはできない。
5.全ての被拘禁者には弁護士の援助を受ける機会が十分に与えられるべきことは、その人権保障のため極めて重要なことである。しかるに精神障害を理由とする強制収容については、長い間そのことが忘れられてきた。弁護士が患者に面会することさえ著しく困難なのが現状である。入院を強制される者が、いつでも弁護士による援助を受けることができるような制度的方策を速やかに検討する必要がある。その場合、経済的問題を抱えている者が少なくなく、また現実には金銭の所持・管理権を奪われていることが多いことにかんがみ、法的扶助の制度などを含めた財政的措置をも併せて検討されるべきである。
6.国連第30回総会が採択した障害者の権利宣言(1975年)、国際人権B規約(日本では1979年発効)、第7回世界精神医学会ウィーン総会が採択したハワイ宣言(1983年)、国連人権委員会・少数者の差別防止保護小委員会で検討中のダエス報告書(1983年)などは、これらの通信・面会の権利や弁護人依頼権、イギリスの精神衛生審査会のような公正で自立性をもった第三者的審査機関の審査を受ける権利など、精神障害を理由に拘禁される人々の基本的権利について規定しており、日本における諸制度・慣行についても、これらの基準・事例を参考として検討し直すことが不可欠である。
7.われわれは、ここに国及び地方自治体が本決議の各措置を緊急にとることを要望し、医師をはじめとする精神医療関係者も、それぞれの立場で事態の改善に努め、その責任を全うするよう強く求める。人権擁護を使命とするわれわれもその実現に努力する。