男女雇用平等法制定平等法制定に関する決議

本文

雇用の分野における男女平等の実現は、現在、わが国において最も重要な課題の一つである。男女の平等は、日本国憲法、世界人権宣言、国際人権規約等でうたわれている。1975年の国際婦人年以降、「世界行動計画」、「婦人に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」では、雇用における性差別撤廃のための立法化を含む諸措置をとることを締約国に義務づけており、諸外国では次々と雇用における男女平等法が制定されている。


しかるに、わが国においては、募集・採用から定年・退職に至るまでさまざまな男女差別があるにもかかわらず、これらの差別を全面かつ直接に禁止する法規がない。


そこで、「国連婦人の10年」の最終年を目前にした今、われわれは政府に対し、女性の働く権利を実現するため、母性保障を前提としてあらゆる差別を禁止し、権利侵害に対する迅速な救済及び侵害者に対する制裁等の実効確保の措置を含む男女雇用平等法のすみやかな制定と「婦人差別撤廃条約」の批准を強く要望する。


右宣言する。


昭和58年10月29日
日本弁護士連合会


理由

1.雇用の分野における男女平等の実現は、男女平等実現の根幹である。このため、世界においてはこの分野における平等実現のためのさまざまな努力が行われている。


(1) 1975年(昭和50年)メキシコシティで開かれた国際婦人年世界会議で、「平和、発展、平等」をテーマに、世界133ヶ国の女性が集まり、「婦人の平等と開発と平和への婦人の寄与に関する」メキシコ宣言及び219項目からなる世界行動計画を採択した。この世界行動計画では、1975年から85年迄の10年間に国際婦人年の目的を達成するための国内的、国際的行動について勧告し、指針を示している。


この宣言においては、働く女性の権利について、「婦人の労働する権利、同一価値労働に対し同一賃金を受ける権利、職業上の昇進についての平等の条件と機会を持つ権利、および完全かつ満足すべき経済活動に対する婦人の他のすべての権利を、あらためて強く確認する。」(同条項7)と宣明した。さらに、世界行動計画90では、「政府は、婦人労働者に対する機会と待遇の平等、同一労働同一賃金の権利を保障することを明示的な目標とした政策及び行動計画を策定すべきである。……性又は婚姻上の地位を理由とする差別を撤廃する原則を定めた法律、諸原則を実施するための指針、提訴手続及び実施のための効果的な目標、機構等をこれらの政策や行動計画に盛込むべきである」としている。


(2) 同年行われたILO第60回総会では、「婦人労働者の機会及び待遇の均等」を議題として討議が行われ、「婦人労働者の機会及び待遇の均等に関する宣言」、「婦人労働者の機会及び待遇の均等を促進するための行動計画」、「雇用及び職業における婦人及び男子の同等の地位及び機会に関する決議」を採択した。


右行動計画「4雇用及び職業に関する機会及び待遇の均等の促進」の(1)では、「婦人労働者の機会の均等に関する立法と、その施行に当るための公的管理の下にある機関の設立を含め、婦人の機会均等を特に政府の活動を通じて促進すること。……」として、雇用における男女平等の立法化を指摘している。


(3) EC(欧州共同体)では、1975年に男女同一賃金の原則について、1年以内に必要な法令を発効させることとの協議会指令を発し、さらに翌76年には、男女均等待遇について、一定期間内に、雇用、職業訓練及びあらゆる労働条件について、性差別禁止の法令を設けるよう協議会指令を発している。


この指令に基づき、EC加盟諸国では、男女平等法制定にむけて取り組みが行われ、加盟国10ヶ国中8ヶ国が男女平等法を制定している(1983年5月現在)。


(4) OECD(経済協力開発機構)では、1974年経済における女性の役割の作業部会を発足させ、女性問題全般にわたる討議が行われ、特に雇用における男女平等については、同一労働同一賃金の確保のみならず、就業の機会の平等、女性の職業能力の向上が主要対策であると認識され、男女平等のための全般的討議が行われてきている。


(5)1979年12月、国連第34回総会で採択された「婦人に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(わが国でも本条約に賛成し、署名している。1983年3月3日現在、署名のみ44ヶ国、署名及び批准国44ヶ国、加入国3ヶ国)でも、次のように規定している。


第2条(b)において「婦人に対するすべての差別を禁止する適当な立法その他の措置(適当な場合には制裁を含む)をとること」と規定し、雇用の分野に関しては第11条において締約国に対して、「すべての人間の奪い得ない権利としての労働の権利」を保障し、雇用機会、職業選択、昇進、職業訓練、賃金、退職等における平等の権利を確保するための適当な措置をとることを義務づける(同条第1項)とともに、婚姻または母性を理由とする差別を禁止し、所得保障を伴う母性休暇の導入など母性を保護するための措置をとることを義務づけている(同条第2項)。


2.(1) ひるがえって、わが国をみる時、憲法において基本的人権の尊重(同法13条 )、法の下の平等(14条)がうたわれているが、雇用の分野における現状は、募集・採用から定年・退職に至るまで実にさまざまな差別が存在する。たとえば、女性の賃金は男性の53.3%(1981年)であり、昇進について「女子には昇進の機会がない」という企業は45.1%(1981年)もあり、企業の教育訓練について「女子にも受けさせるがその種類が男子と異なる」あるいは「女子には受けさせない」という企業が60%(1981年)にものぼっている。また、定年制について「男女別に定めている」企業が依然として19.4%(1982年)存在している。さらに、採用についてみると高卒の場合、男女ともに採用した企業は54.0%、男子のみ24.1%、女子のみ21.5%であるが、4年制大学卒の場合は男女とも採用した企業は24.1%にすぎず、男子のみ採用は70.9%、女子のみ採用は5.0%であり、4年制大学卒の女性に対する差別は著しい。しかも男女とも採用した企業の中でも「採用条件が男女異なる」とするものは、高卒の場合24.3%、4年制大卒の場合37.8%(以上1981年)に及ぶ(労働省婦人少年局編「昭和57年版婦人労働の実情」より)。


(2) このような差別の実態にもかかわらず、わが国にはこれらの差別を直接的に禁止する法規がない。即ち、雇用の分野における差別禁止規定としては、労働基準法4条の男女同一賃金の原則、地方公務員法13条及び国家公務員法27条の性差別禁止規定の他、職業安定法3条に職業紹介指導に関する性差別禁止規定、労働組合法5条2項4号に組合員の資格についての性差別禁止規定が存するのみである。


そのため、これまで、裁判において無効であると判断されている結婚退職制、差別定年制等の明白な男女差別についても、直接的差別禁止規定を欠く結果、憲法14条の趣旨にもとづき民法90条の公序に反するとの法的構成がなされているのである。しかも裁判所における民事的救済は、長期間を費すのが現状である。


3.以上のようなわが国の現状及び前述の国際的動向の中で、わが国においても雇用の分野における男女平等を実現するために、まず働く女性の基本的人権を保障し、母性の保護を前提として募集・採用から定年・退職に至る迄のあらゆる差別を禁止し、かつ差別を受けている者に対する迅速な救済手続、実効確保の措置等を含めてすみやかに法を制定する必要がある。


そのため、政党では、日本社会党が1978年5月に、日本共産党が1979年6月に、民社党が同年9月に、公明党が1983年5月に、それぞれ男女雇用平等法案または要綱を発表しており、また、各種婦人団体や婦人労働者からも平等法制定の強い要求がなされている。


このような国内事情の中で、政府側においても雇用平等法制定の動きがあらわれてきている。1978年11月、労働大臣の私的諮問機関として設置された労働基準法研究会第2小委員会から「婦人労働法制の課題と方向」と題する報告が発表された。この中では男女平等法の制定を提案しているが、同時に母性保護規定については男女平等を規定する場合、「保護規定について合理的理由のないものは解消しなければならない」とし、現行労働基準法に規定された母性保護規定の大幅な縮減を提言している。また、男女平等法の制定にあたっては、「男女平等のガイドライン」を策定することが提言されており、これに基づき、1979年12月、雇用における男女平等の判断基準の策定のための機関として、「男女平等問題専門家会議」が発足した。1982年5月、同会議は、「雇用における男女平等の判断基準の考え方について」と題する報告書を発表している。


右報告書に基づいて「婦人少年問題審議会」では雇用における男女平等について、さらに審議が継続されている。また、1982年6月、労働省婦人少年局に「男女平等法制定準備室」が設置され、男女平等法の立法化作業は政府レベルでも進展しつつある。四、しかしながら、前述のように労働基準法研究会の報告は、男女平等法制定の提言とともに、これとひきかえに現行労働基準法の母性保護規定の大幅な縮減を提言しており、男女平等問題専門家会議の報告書もこのような方向での平等法制定を示唆している。 


このような男女平等法の制定は、わが国の働く女性の実情からみると、さらに女性差別を拡大するものである。すなわち、わが国においては、男性をも含めた労働条件は国際的水準をはるかに下回っており、また、家庭責任の大半は女性の肩にかかっているのが現状である。そして、わが国の働く女性の母性破壊、健康破壊は諸外国に比しても顕著であり、働く女性を取り巻く労働環境は劣悪であるといっても過言ではない「労働基準法研究会報告書に対する意見書」―1980年11月、日本弁護士連合会―参照)。 


このわが国の働く女性の現状に鑑みるとき、現行労働基準法の母性保護を大幅に縮減するならば、働く女性の健康破壊は一段と深刻化し、平等はおろか、多くの女性は働き続けることさえ極めて困難となることは明らかであって、その結果男女不平等はさらに拡大することになりかねない。 


真の男女平等を実現するためには、男性をも含めた労働条件を向上させ、家庭責任を男女が共同で負担できるような労働・社会環境を整備することこそ必要である。五、日本弁護士連合会では、1975年の国際婦人年を契機に翌76年、「女性の権利に関する委員会」を設置し、その活動方針の一つとして「現行法制を検討し、その改廃ならびに男女差別禁止法等についての提言をすること」を掲げ、これに基づき種々の活動を行なってきている。雇用における男女平等については、1979年11月、第22回人権擁護大会において、「雇用における男女平等と労働条件の改善に関する決議」を行い、1980年11月、第23回人権擁護大会では「婦人差別撤廃条約の批准と関係法令の制定等に関する決議」の中で雇用における男女平等法の制定に関して提言を行い、同月「男女雇用平等法要綱試案」を発表した。さらに、1982年10月、第25回人権擁護大会では、働く女性の実質的平等を保障するために「家族的責任を有する男女労働者の機会均等及び平等実現に関する決議」を行った。


政府は、1985年迄に男女雇用平等法を制定することを発表しているが、現在に至るもまだ立法化の実現は見られない。


しかも、政府の意図している男女平等法は、あくまで現行労働基準法の母性保護規定の大幅縮減とひきかえの平等法であって、そのような平等法では到底真の男女平等が達成されえないことはこれ迄述べたとおりである。


そこで、われわれは、政府に対し、「国連婦人の10年」の最終年を目前にして重大な局面を迎えつつあるこの時期において、母性保護の縮減とひきかえではなく、働く女性の基本的人権を保障し、真の男女平等を実現させるため、雇用における有効な男女平等法をすみやかに制定することを強く要望する。