エネルギーの選択と環境保全に関する決議

本文

当連合会は、原子力の開発利用について、昭和51年、第19回人権擁護大会において、安全性と地域環境保全の見地から根本的な再検討を行うべきことを決議した。


しかしながら、国及び企業は、その後も根本的な処置を十分に講じないまま、従前にも増して原子力開発を強力に推進している。その結果、原子力施設の事故や故障があいつぎ、また、使用済核燃料の再処理、放射性廃棄物・廃炉の処理、処分などの問題がいまだに解決されず、かつ、労働者被曝も増大しており、さらにプルトニウムの軍事利用の危険とあいまって、現在及び将来の国民の生存と環境をおびやかすおそれがあり、きわめて憂慮すべき状態となっている。


原子力がエネルギー資源として選択・推進された過程をみると、過大な需要予測のもとに、他のエネルギー資源との適正な比較評価がされず、しかも国民の意思を反映する民主的手続もとられていない。このような不適正な政策決定のしくみこそが、前に述べた憂慮すべき状態をもたらした根本的な原因である。


よって、前記決議に従い、国及び企業に、現在稼動中の原子力施設の運転及び原子力施設建設の中止を含む根本的な再検討を、すみやかに行うべきこと、ならびに現在すすめられている放射線作業従事者の被曝規制緩和のための法令改訂作業を凍結することを求める。


加えて、国に対し、「長期エネルギー需給見通し」にはじまる各施策の決定について、現在及び将来にわたる安全性の確保ならびに十分な情報公開と国民的討議を保障する適正な法制度を確立することを求める。


右宣言する。


昭和58年10月29日
日本弁護士連合会


理由

1.当連合会は、昭和51年10月9日仙台市で開催された第19回人権擁護大会において、原子力の開発利用が人類破滅の危険性を内包し、原子力施設から日常的に放射される放射線及びその運転により生ずる放射性廃棄物ならびに多量の温排水は、地域環境破壊の危険を増大させているところから、国及び企業は、原子力の危険性を直視し、原子力基本法における民主、自主、公開の原則を徹底し、完全且つ充分な環境影響事前調査を実施してその資料を公開し、住民参加による住民の安全と環境保全の途を講ずべきである。そのため、国及び企業は、現に稼働中の原子力施設の運転及び原子力施設建設の中止を含む根本的な再検討を可及的すみやかに行うべきであると決議した。


2.原子力発電所などの原子力施設の危険性は、核燃料を使用する原子炉の運転に伴い、核分裂生成物(死の灰)と、プルトニウムなどの超ウラン元素を含むアクチノイドという放射性生成物を作り出し、原子力施設の内部及び周辺の物質を放射化させることに起因している。


放射線は水銀・カドミウム・PCBなど、いわゆる化学的毒物とはまったく異質なものである。放射線は五感の作用では感知できないうえ、微量であっても生物の細胞に影響し、人間の身体の細胞や遺伝子を破壊、変質させ、現在及び後世代の人類に白血病、癌等の身体的障害をひき起す性質をもっており、一定値以下なら無害という線量は存在せず、また無害化することもできず、さらにプルトニウムのように毒性の著しく高いものも存在する。


核燃料の使用は、核原料の採堀→核燃料の生産→核燃料の使用、原子炉の運転→発電 →使用済み核燃料の処理、処分→廃炉の処理、処分という流れをとり、使用済み核燃料の再処理を行うときは、さらに発電→使用済み核燃料の再処理→核燃料(プルトニウム、ウラン)の生産、高レベル放射性廃棄物の処理、処分→廃止原子力施設の処理、処分という流れをとり、核燃料サイクルという形でプルトニウム、ウランが循環する。放射線による危険は、この流れのすべての場面において、平常時、事故時を問わず存在している。この流れの中には猛毒であるうえ、半減期が約24000年であるプルトニウム等が存在し、使用済み核燃料、高レベル放射性廃棄物の処理、処分まで含めた半永久的な期間にわたってその危険が存在している。


3.第19回人権擁護大会の後、昭和53年に原子力安全委員会が設置され、原子炉の安全性に関し、主務大臣は原子炉設置許可に先立ち、同委員会の意見を聴き十分に尊重するものとされ、同54年には電源開発調整審議会の開催に先立つ第1次公開ヒアリングと、主務大臣のなす原子炉設置許可に先立つ第2次公開ヒアリングが実施されるようになった。しかしながら、原子力安全委員会は、開発主体である主務大臣のなした安全審査を書類審査するだけで、自ら主体的に直接安全審査をするのではなく、また放射性廃棄物、廃炉の処理、処分など核燃料の流れすべてについて審査するものではなく審査そのものが不十分である。また公開ヒアリングは原子力発電所に対する地元の理解と協力を得、立地の円滑な推進を図るための手続とされており、行政の意思決定の過程に住民意思を反映させるための制度とはなっていない。このように両制度とも原子力の危険性を直視し、原子力の開発利用に関し、根本的再検討を加えたものとは言い難い。


4.国は、従来わが国のエネルギーが石油に依存し過ぎていたとして石油代替エネルギーの開発利用を推進し、中でも原子力の開発利用をその中核を占めるものとして重視し、原子力発電設備は昭和50年度末で660万Kwであったものが、同57年度末には1734万Kwに増大している。そのうえ国の計画によると同65年度における1次エネルギー需要(石油換算約4.5億kl)の約半分を石油代替エネルギーで供給し、その中で原子力は3500万Kw(石油換算供給数量約5100万kl、構成比11.1%)、同70年度には5000万Kw(石油換算供給数量約7800万kl、構成比15.7%)を供給するものとして計画されている。


5.このような原子力の開発利用の推進は第19回人権擁護大会で指摘した核燃料の流れに沿った危険性の問題をより現実的なものとした。


まず、100万Kwの軽水炉型原子力発電所からは毎年25~30トンの使用済み核燃料が取り出されるが、政府はこれを、将来国内で再処理しプルトニウムを利用する方針のもとに核燃料サイクルの確立を急いでいる。その上、昭和65年には英仏の再処理工場から高レベル放射性廃棄物がわが国に返還され始める。このように原子力の開発の推進に伴い発生する高レベル放射性廃棄物は年々蓄積していくことになるが、その安全な処理、処分の方策は今なお実証すらされていない情況にある。また、原子力の開発利用に伴い、毎年著しく大量の低レベル放射性廃棄物が生み出されるが、その処理、処分の見通しも立っていない。原子炉の耐用年数は一般的には30年程度といわれ今後次々と耐用年数に達した原子炉が生じてくることになるが、廃炉の安全な処理、処分の方法も研究の緒についたばかりであり、全く確認されていない。


昭和54年3月、スリーマイル島において冷却材喪失事故が発生し、放射性物質が環境に放出された。  


これは起り得ないとされていた重大事故が、ささいなことから発生し得ることを示した。また、同年4月には、日本原子力発電株式会社敦賀発電所で事故が発生していたことが発見されたが、これもささいなことから発生したものであり、その原因を究明できない部分が残された。


原子力発電設備の増大は、施設の老朽化とあいまって労働者の総放射線被曝線量を増大させ、しかも下請労働者のそれが増大し、1人当りの被曝線量についても高線量者の数は下請労働者に多い。


このような事態にもかかわらず、放射線審議会基本部会は、本年4月、放射線作業従事者の放射線規制につき、現行の3ヶ月間3レムの許容放射線量を廃止して、年間許容放射線量を5レムとすること、1.5レムを越えるおそれのないものについては放射線測定を廃止し、健康診断を簡略にすることなどを内容とする報告をなした。これによると3ヶ月間で年間許容線量5レムの被曝を容認することになり、これは放射線の影響にはこれ以下なら無害な線量はないという原則に反するもので、被曝労働者の多数を占める下請労働者の人権を侵害することになる。


一方、核燃料サイクルの確立に伴うプルトニウムの利用は、プルトニウムが原爆材料であるため、軍事利用の危険とプルトニウム保全を理由とする管理社会による基本的人権と民主主義の危険が存在している。


6.国の原子力開発政策は、10年間の「長期エネルギー需給見通し」、「石油代替エネルギー供給目標」の閣議決定、「長期電力需給見通し」において原子力発電の供給目標値が定められ、これに基づき原子力委員会が「原子力開発利用長期計画」の中で、原子力発電の開発規模、核燃料サイクル、プルトニウム利用による新型炉の開発利用を定めすすめられている。これらの計画は数年毎に改訂され、しかも、そのたびに原子力発電の構成比は増大して、前記の如く昭和65年度において11.1%、同70年度15.7%とされている。このような政策の推進は、過大なエネルギー需要予測の設定と、社会的に与える悪影響を過小評価していることに基づいている。


現在のエネルギー需給状況は、むしろ、過剰の状態にあり、原子力の開発利用の強力な推進がなくとも、既存の経済や日常生活には大きな支障を生じないと指摘されている。さらに太陽エネルギーやローカルエネルギーの検討、省エネルギー政策も原子力開発政策に比較すると軽視されている。また、エネルギー政策そのものが、国会の議決もなく、法律上の根拠もなく決定され、これに基づいて開発計画がすすめられている。


そして、エネルギー政策決定において、情報公開と参加もないまま、エネルギー需要、各エネルギーの慎重な評価、とりわけ未解決の問題について十分な評価をすることなく原子力が選択されている。さらに電源立地促進対策交付金などが財政難にあえぐ地方自治体にとって誘惑となり、右の諸問題の検討が不十分なまま原子力発電所の誘致と一方的な安全の宣伝がなされている。


7.これらの点からみるとき、国及び企業の原子力の危険性に対する軽視とエネルギー政策決定から始まるエネルギー行政過程と企業の施策における原子力の選択は非民主的で不公正であると評せざるを得ない。


8.このような情況は、憲法の規定する平和主義、現在及び将来の国民の基本的人権の尊重、地方自治本旨の諸原則から極めて憂慮すべきものである。


よって、国及び企業は、前記決議に従い現在稼働中の原子力施設の運転及び原子力施設建設の中止を含む根本的な再検討をすみやかに行うべきである。


これに加えて、エネルギー政策の選択にあたっては、現在及び将来の国民の生存及びそれに必要な環境をおびやかすおそれのないよう、「長期エネルギー需給見通し」にはじまるエネルギー政策決定段階から完全な情報公開と参加によるエネルギー需要、各種エネルギーの慎重な評価を行い、選択すべきエネルギーの種類・量・地点を公正に決定するような立法措置とその実施についての根本的な再検討を行うべきである。