「国民の裁判を受ける権利」の保障に関する宣言

本文

憲法が規定する「国民の裁判を受ける権利」は、それが実効的に機能することによってはじめて基本的人権の保障が確立される。


近時、人権侵害や法的紛争の発生の多様化に伴い、裁判所に救済を求める事例が増加している。にもかかわらず、その救済が阻害されている主な原因の一つは経済的負担の過重である。


われわれは、「国民の裁判を受ける権利」の充実と発展を期するため、国会、内閣および裁判所に対し、法律扶助制度の改善をはじめとして、訴訟救助制度の適切な運用ならびに国選弁護制度の拡充を強く要望するとともに、その実現に全力を尽すことを誓う。


右決議する。


昭和57年10月30日
日本弁護士連合会


理由

1.憲法第32条は、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と規定し、国民の裁判を受ける権利を保障している。


この権利は、憲法第76条により独立を保障され、第81条により違憲立法審査権を有する裁判所にすべての争訟の最終的判断を委ね、よって国民の基本的人権の保障を全うせんとするものである。この意味において、国民の裁判を受ける権利は、国民の基本的人権の実現にとって欠くことのできない権利であるといえる。


2.国民の裁判を受ける権利が、裁判費用の負担など経済的理由により阻害されるときは、これを実効的に保障しているとはいえない。


イギリス、アメリカ、フランス、スウェーデン等諸外国においては、法律扶助につき立法的措置をとり、かつ、財源に多額の国家資金を投じこれを保障している。


わが国においても、法律扶助、国選弁護、訴訟救助等の諸制度をもうけているが、いずれも、その内容および財源の点で、著しく不十分である。


(1) 裁判費用を支出できない者に対する経済的援助として、「財団法人法律扶助協会」による法律扶助事業と民事訴訟法に規定する訴訟救助とがある。


  1. まず、法律扶助についてはわが国では立法的措置はなされておらず、財団法人による運営に委ねられている。
    今日、「財団法人法律扶助協会」の年間取扱い件数は訴訟事件2 500件、相談等2万件以上に達し、その事業規模も増大して年間6億4000万円に達している。
    ところが、扶助の財源として、国は現在年間8000万円程度の事業資金の援助をするだけで運営資金の補助はしていない。したがって、扶助件数の増加に比例して運営資金の負担は増大し、扶助事業の運営は重大な危機に直面している。
    諸外国では、1970年以降法律扶助事業に対する国庫支出を飛躍的に増大させていることを注目すべきである。例えば、昨年アメリカ合衆国のリーガル・サービス・コーポレーションに対する拠出が約800億円、同西ドイツは約100億円、1972年から1975年当時の統計ではイギリスは約180億円、同スウェーデンは約57億円、同オーストラリアは約49億円、同フランスは約18億円をそれぞれ支出しており、わが国とは実に雲泥の差がある。 わが国においては、財源が乏しいためいきおい扶助の審査基準が厳しくなり、また、弁護士報酬が低額となり、弁護士の犠牲的奉仕のもとに法律扶助が行われているのが実情である。
    国民は、日常発生する法的紛争について、本人が自ら解決することは難しく、ことに、訴訟手続や法律相談および鑑定等については、専門の知識を有する弁護士に依頼してその解決をしなければならない。
    経済的理由によって弁護士を依頼し得ない国民は、その費用の負担等法的援助を受ける権利があり、国および地方公共団体は、これを具体的に保障する責務がある。国は、法律扶助を恩恵ではなく権利として確立する立法的措置を講ずるとともに、法律扶助の現状を直視して、その改善のため、財政支出を飛躍的に増額し、財源の確保をなすべきである。
  2. つぎに、訴訟救助については、あくまで裁判費用のみの立替えであって免除の制度は認められていないこと、救助の要件である「資力なき者」の判断は、裁判官の個別的裁量に委ねられているが、救助の必要性の認定に国民の生活の実情が反映していないなどの問題がある。ある種の公害事件において、救助の要件を緩和した例もあるが、これを他の事件にも適用して救助の範囲を拡充する必要がある。

(2) 刑事裁判においては、憲法第37条により被告人の弁護人依頼権と国選弁護人の保障を規定している。ところが、


  1. 被疑者や再審請求人に国選弁護人が付されないこと、
  2. 被告人に国選弁護人の選任の自由が認められていないこと、
  3. 弁護人の報酬がきわめて低廉であること、

など問題が多い。


国選弁護人報酬の額は「裁判所が相当と認めるところによる」とされているが、地裁事件で三開廷の基準報酬額は46 900円であり、弁護人が弁護のため費す時間が平均16時間である(東京弁護士会の調査結果)ことなどに照らすと、著しく低額であるといわざるを得ない。否認事件や複雑な事件など開廷数の多い事件については問題は一層深刻である。


さらに指摘すべきは、弁護費用については公判外の日当、旅費、記録謄写料など、弁護活動に不可欠な実費の支弁がなされていない点である。


国民が国選弁護人による有効、かつ、十分な弁護を受けられるためには、個々の弁護人の奉仕にのみ依存するものであってはならず、右のような制度上の欠陥を改善しなければならない。


現在、全刑事事件のうち、地裁では51.4%、簡裁では71%が国選弁護で占められており、刑事弁護における国選弁護の重要性はますます高まっており、報酬等の改善は緊急の課題である。


3.日弁連は、国選弁護、法律扶助の制度ならびに運用について、その改善を要望して久しいが、その結果は十分なものではなく、わが国の裁判費用等の援助の諸制度の現状はきわめて貧困であって、国民の裁判を受ける権利を経済的に阻害していることは明らかである。われわれは、このような実情を国会、内閣ならびに裁判所等の関係機関に訴えて、立法措置ならびに運用上の改善を要望するなどその実現に向って全力を尽すことを誓うものである。