「公共施設」周辺の対策の完全実施を求める決議

本文

飛行場、鉄道、道路など「公共施設」の周辺住民は日夜、騒音・振動・排ガス等著しい公害に苦しんでいる。


国及び関係機関は、従来、民家防音工事、移転補償を中心とした周辺対策を実施し、さらに近時は、周辺住民に対して土地利用の制限や防音工事の義務を課するなどの施策を実施しようとしている。


しかし、これらの対策は内容が不充分で、かつ恩恵的に運用されてきたのみならず、新たに住民に各種の負担を強いるなど、公害防止の基本である発生源対策がますますなおざりにされるおそれがある。


国及び関係機関は、これら「公共施設」の周辺対策については、左記の原則に則って施策の改善を図るべきである。


  1. 常に発生源対策の重要性を確認し、強力に推進すること
  2. 完全賠償の原則に立脚した原因者負担主義を貫徹すること
  3. 被害住民の参加制度を確立し、その意見を反映させること

右決議する。


昭和56年9月26日
日本弁護士連合会


理由

1.飛行場、鉄道、道路などの「公共施設」の周辺住民は日夜、著しい騒音・振動・排ガス等の公害に苦しめられており、その被害は深刻である。即ち、飛行場については、昭和40年以降の急速な飛行機のジェット化と急激な発着便数増大により、きわめて高い騒音が広範囲に及ぶこととなり、その被害は、単なる生活環境の悪化にとどまらず、聴力障害、胃腸障害、頭痛等の身体的被害にまで及んでいる。ちなみに、主要16民間空港周辺だけで、WECPNL80以上の騒音区域内にある民家が昭和55年度現在、実に105、464戸もある。飛行場の中で、軍用基地周辺の住民の被害は、さらに深刻である。軍用目的による使用のために、飛行機自体の発生源対策は無視されるため、その騒音の程度はすさまじく、また飛行も不定期かつ不規則であり、深夜突然の離発着もめずらしいものではない。鉄道については、とりわけ新幹線沿線住民の被害が深刻である。新幹線公害の内容は、民家近くの高架上を超高速で通過する列車による騒音・振動・日照阻害・電波障害等であり、飛行場に比べて著しい振動被害が特徴的であり、住民の被害が身体的被害に及んでいることは飛行場と同じである。道路については、昭和40年以降爆発的に増加した自動車輸送及び自家用自動車の普及のため、特に、都市地域内を通過する幹線道路の自動車通行量は膨大なものとなり、沿道住民は、昼夜の別なしに、絶え間なく通行する自動車による著しい騒音・振動・排ガス等の公害に悩まされており、飛行場、新幹線に比べて、夜間の被害と著しい排ガス被害が特徴的である。このような道路公害により、都市地域での幹線道路周辺では、良好な市街地を形成することが不可能な状況になっているだけでなく、飛行場、新幹線の場合をうわまわる住民の身体的被害が発生している。以上のような飛行場、鉄道、道路などの「公共施設」による深刻な公害にもかかわらず、その対策は不充分であり、そのため各地の周辺住民から訴訟が提起されている現状である。


2.あらゆる公害対策の基本は、その発生源対策にある。このことは、公共施設にともなう公害についてもなんら変るところはない。


飛行場、鉄道、道路などの「公共施設」は、その公共的性格があるとされるゆえに、ややもすると周辺住民の被害が軽視され、被害救済が遅れがちである。しかし、「公共施設」がいかに社会一般の要求によるものであるとしても、その施設にともなう公害を一部周辺住民のみに負担させることは、許されるものではない。従って、「公共施設」にともなう公害に対する対策は、まず何よりも飛行機、列車、自動車自体の構造改良、便数及び走行規則、飛行場、道路、軌道の各構造改善、充分な緩衝施設帯設置等の発生源対策が講じられなければならない。これらの発生源対策を現時点における限度まで実施しても、なお周辺住民に被害が及ぶと考えられる場合に、発生源対策を補充するものとして、防音工事、移転補償などの周辺対策が存在意義を持つことになる。


3.飛行場、鉄道、道路の周辺対策は、これまで防音工事、移転補償などを中心として実施されてきたが、その内容は、右の三者によりかなり異なっている。即ち、飛行場の場合、基地については昭和41年7月より、民間空港については同42年8月より、各々学校、病院等の公共施設の防音工事及び移転補償を内容とする周辺対策が法律に基づき始められたが、その後の住民運動の高まりや、昭和49年2月の大阪国際空港第1審判決を契機として、同年3月「公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律」の大改正、及び同年6月「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」の制定がなされ、WECPNL80以上(一部は75ホン)騒音値によって三つの区域に分け、民家防音工事、移転補償、土地の買上げ及び緩衝緑地帯造成等の対策を実施するようになった。しかしながら、基地と民間空港を比べると防音工事は、民間空港の場合二室ないし五室までの実施が決められているのに対し、基地の場合、一世帯一室を原則とするとか、基地の不定期かつ不規則な飛行を考慮に入れない騒音コンターの決め方などの差があり、基地の場合、民間空港の場合と比べても、はなはだ不充分なものとなっている。新幹線は、昭和39年10月東海道新幹線が全線営業を開始し、それから10年近く経過した後の昭和49年3月、名古屋新幹線訴訟が提起されたが、その直後の同年6月になって、漸く国鉄は、障害防止にかかるいわゆる第一次処理要綱を作成し、騒音値が85ホン以上の住居について、一室ないし四室までの防音工事や防音の効果がない建物の移転補償を中心とした周辺対策を実施するようになった。その後、同51年12月いわゆる第二次処理要綱を作成し、防音工事の対象騒音レベルを80ホンにするとともに、振動値70デシベル以上の建物についての防振工事、及び振動値74デシベル以上の建物についての移転補償をつけ加えた。以上に対し、道路については、長く対策らしいことがほとんどなされていなかったが、各地の住民運動の高まりや、阪神高速道路及び国道43号線沿道住民からの訴訟提起の動きの中で、昭和51年7月にいたり、局長通達による緊急的措置として、高速自動車国道並びに日本道路公団、首都高速道路公団及び阪神高速道路公団の管理する自動車専用道路について、夜間の騒音値が中央値で65ホン以上の住居について、防音工事、移転助成、跡地買取りなどを実施することができるようになったのである。しかし、以上の各周辺対策は、前記のとおり、その内容が各々不統一であって不平等であるだけでなく、例えば、防音工事の室数、維持費負担、移転補償のいずれをとってみてもわかるように、内容もはなはだ不充分である。さらに、各周辺対策は、周辺住民に権利を認めた形になっていないだけでなく、実施手続は、周辺住民の意見を反映する仕組みにもなっておらず、あくまで、関係機関が恩恵的に行う制度にしかなっていないのである。


4.これまで実施されてきた前記各周辺対策に対し、飛行場について昭和53年4月制定された「特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法」(以下騒特法と略称する)、道路について同55年5月制定された「幹線道路の沿道の整備に関する法律」(以下沿道法と略称する)の二つの法律により、新しい方向をもった周辺対策が実施されようとしている。即ち、騒特法は、飛行場周辺地域の中に、障害防止地区と特別地区を指定し、防音地区内の新築建物については住民の負担による防音工事を義務付け、特別地区内については建物の新築を禁止し、そのいずれも罰則によって強制しようとするものである。また、沿道法は、道路交通騒音の著しい一定の幹線道路を沿道整備道路として指定し、その沿道の新築建築物の防音構造の義務付けや用途制限を課し、もって沿道建物を遮音構造化しようとするものである。しかしながら、騒特法、沿道法のいずれも、周辺住民に対する規制という形によって周辺整備を実現しようとするものであるため、公害対策の基本である発生源対策がますますなおざりにされる危険がある。また、両法とも、周辺住民に重大な負担をかけるものであるにもかかわらず、それに対する充分な補償規定を欠き、手続上も、周辺住民の意見の反映できる保障規定を欠いていることは、きわめて問題といわなければならない。


5.日弁連公害対策委員会では、一昨年来、被害の大きい飛行場、新幹線、道路の実態調査を行い、周辺住民の被害の実情、実施されている公害対策、周辺対策の現状をつぶさに検証するとともに、周辺対策のあり方について研究し、今回のシンポジウムにおいても、その問題点について検討した。


右の成果にたって、「公共施設」の周辺対策について、左記の原則に則り実施されるよう提言する。


第一に、公害対策の基本は、何よりも発生源対策であり、周辺対策は、発生源対策が現時点における限度まで実施してもなお周辺住民に被害が及ぶと考えられる場合に、補充的に実施されるべき方策である。しかしながら、現実に実施されている発生源対策は、例えば、便数規制や夜間規制をとってみても、決して充分な努力がなされているとは言い難い。従って、公害対策の実施にあたっては、常に発生源対策の重要性を確認し、強力に推進すべきである。


第二に、公害によって被害を被っている周辺住民が、何らの不利益や損失を被ることのないように、完全な賠償がなされるべきであり、すべて公害発生の原因者の負担と責任においてなされなければならない。従って、周辺対策は、周辺被害住民に対し住民が何らの損失を被ることなく、公害発生前と同一の生活環境が保障されるものでなくてはならない。例えば、住宅の防音工事は当然全室防音が原則であり、空調設備の維持費や設備の損耗に対する更新費用も当然負担すべきである。また移転補償にあたっては、土地の買取り額は公害のない同種地域の価額が基準とされるべきであるし、休業補償や営業上の損失補償もなされるべきであり、住民の希望に対し、代替地や代替住宅も確保すべきである。


第三に、周辺対策の手続として、周辺被害住民の参加制度を確立し、被害住民が実質的に意見を出し、また、その意見を反映できる方策が講じられるべきである。周辺対策は、本来発生させてはならない公害により被害を被っている住民に対する救済の制度であり、周辺被害住民が周辺対策を求める権利を有しているものと考えなくてはならない。


従って、周辺対策の手続は、周辺住民の権利が充分守られ、住民の意向が周辺対策の実施に際し、実質的に反映される方策が確保されるべきである。例えば、騒音地域の線引き、防音工事の範囲や方法、移転跡地の利用計画や周辺整備計画の策定等について、被害住民が直接意見を出したり、意見を反映できる機構を設置する等の方策が講じられるべきである。また、周辺対策の実施や周辺整備計画の立案段階において、当然アセスメントの実施が必要となるが、その手続は、まず全ての資料、情報を住民に公開した上で、被害住民の意見が反映できる方策を確保したものでなければならず、また計画策定後事情の変更があった場合には、被害住民に変更計画の作成を求める権利を認めるべきである。