下水道法制に関する決議

本文

現時、国および多くの地方自治体は、住民参加のないまま、しかも工場排水を受入れることは当然のことであるとして、専ら大規模化と普及率の向上をめざして下水道事業を推進している。しかしこのまま事業が実施されるときは、汚染者負担の原則が事実上ないがしろにされ、水質汚濁防止法が空洞化するおそれがあるばかりでなく、広範囲に亘る生態系の破壊・水資源の涸渇をもたらすことが懸念される。


下水道は、生態系とできる限り調和したものでなければならず、水の自然循環サイクルの一環として位置づけられなければならない。


国および地方自治体は、右の視点に立って、下水道事業を全面的に見直すとともに、国は次の諸点について下水道法の抜本的改正を行なうべきである。


  1. 有害物質を含む工場排水の下水道への流入を禁止すること
  2. 下水処理施設の規模を地域の特性に応じた適正なものとすること
  3. 住民参加の保障規定をおくこと

右決議する。


昭和55年11月8日
日本弁護士連合会


理由

国および地方自治体は、わが国の下水道普及率が、第三次下水道整備五ケ年計画の終了した昭和五十年度において22.8パーセントにすぎず、続く第四次五ケ年計画の終りを間近に控えた現在において、それが目標とした40パーセントにははるかに及ばないことが明らかとなったため、公共用水域の水質の保全という見地からも今後一層普及率の向上をめざして現行の下水道整備事業を積極的に推進していかなければならないとしている。


国および地方自治体によって現在整備促進が図られている下水道は家庭排水と並んで工場排水をも受け入れるものであり、下水終末処理場においてこれらが混合処理されている。ところで、わが国の下水終末処理場のほとんどは「活性汚泥法」と呼ばれる微生物による生物処理法を採っているが、この方法で処理できるのは有機物に限られ、無機物についてはこれを除去することができない。


下水道は、住民監視の目が全く届かない暗渠であるため、工場が基準値を超える有害物質を含む汚水を排出しても、これを監視することが極めて困難であり、規制の実もほとんどあげられない現状にあって、汚染者負担の原則は事実上ないがしろにされている。さらに、工場から排出された有害物質は下水終末処理場に達する過程で希釈され、処理場を経由してそのまま河川、海、湖沼へ適法にかつ多種多量のものが排出される結果、水質汚濁防止法を空洞化しているのが現状である。他方、下水処理から生ずる厖大な量の汚泥が有害物質を含むため、二次公害の発生のおそれから処分の困難をきたし、処理水の再利用を妨げる原因ともなっている。また、注目すべき動向として、国が第三次下水道整備五ケ年計画以降、スケールメリットを理由に、流域下水道についても重点的な整備促進を図り、地方自治体にあっても国の補助金率が高いことからこの施策を受入れ、積極的に大規模下水処理施設の建設に向っていることをあげることができる。この流域下水道は、長大な管渠を河川流域に沿って敷設し、流域の排水を全てそのなかに取り込もうとするため、河川から取水した上水等は河川に戻されずに下水道を流下することになり、必然的に河川水の減少ないし涸渇をもたらし、また広範囲に亘って生態系を破壊するおそれがあるものである。またスケールメリットについても近時は多大の疑問が投げかけられている。


右の大規模化ともからんで、下水終末処理場の建設については、ほとんどの地域で、建設予定地周辺の住民によって反対運動が展開されている。住民に事前に充分な理解を求める方策をとらないまま下水終末処理場を押しつけるという行政のやり方が問題を一層複雑にしている。下水道は地域住民の生活に密接な都市施設であり、その建設事業は極めて地域性を有する事柄でありながら、これに関し住民の参加は保障されていない。わずかに、都市計画決定に際し住民の関与の機会が認められているものの、それは制度上も、実際上も住民参加の実とは、ほど遠いものとはいわなければならない。 ところで、人間がいかに科学を進歩させたとはいえ、生態系に依存する生活は変わることなく、この生態系の仕組みを無視した人間の生存はあり得ない。下水道は、生態系における水循環を人工的に行なうものであり、生態系における水の自然循環サイクルの一環として位置づけられなければならない。


以上述べた問題点を踏まえ、現行の下水道事業は左の諸点において全面的に見直されるべきである。


第一に、現在の下水処理方式に適合しない有害物質を含む工場排水の下水道への流入は禁止されるべきであり、この工場排水については工場自らの責任で処理させる汚染者負担の原則を明確にすべきである。


第二に、下水処理施設をいたずらに大規模化することなく、生態系を配慮し、地域の特性に応じた適正規模のものによって地域内処理することとすべきである。


そして第三に、下水道事業は、計画の立案から事業の実施に至るまで、住民参加のもとに行われる必要がある。


国は、右の諸点について下水道法を抜本的に改正すべきである。


よって、右決議を提案する次第である。