公害の無過失賠償責任制度に関する件(第二決議)
公害による被害は、ますます拡大し、その悲惨さはいちだんと深刻化し、国民の存在は危殆に瀕している。
われわれは被害者救済の理念に立脚し、無過失責任制度の確立が何よりも急務であることをくりかえし指摘してきたが、現在、政府が企図している関係法案は、一定の有害物質等の排出による健康被害に係る大気汚染と水質汚濁にのみ、その適用を限定しようとするものであって、実効ある救済を期することができない。
よって政府は、すべての事業活動に伴って発生する公害について無過失賠償責任を法制化すると同時に因果関係の推定、排斥・時効期間の延長、複合公害の場合の共同責任の強化、迅速かつ完全な履行確保の方法等についても必要な規定の整備を行い、綜合的かつ実効性のある被害者救済の制度を樹立すべきである。
右決議する。
1971年(昭和46年)10月23日
第14回人権擁護大会、於神戸市
理由
公害による被害の賠償について可及的速やかに、かつ出来るだけ広く無過失賠償責任の制度を法制化すべきであうことは、われわれの年来の主張であり、かつ宣言または決議により繰返し、その実現を要求してきたところである。
公害による被害救済について、最近多くの判例が、厳格な責任主義の立場を緩和し、解釈論により広く加害者の過失を肯定して被害の救済に努力して来た。しかしながら、近時の公害の態様は益々複雑深刻化し、被害者の救済は一日も放置することを許さないものとなりつつある。被害救済を迅速確実にするため、判例の努力をこえて所謂無過失賠償責任の制度をすみやかに法制化すべし、との世論は大きく高まりつつあるのもこのためである。
政府は被害者救済制度の一環としてその根幹をなす無過失賠償責任制度の法制化を公約しながら、ついにその立法化を怠り今日に至ったが、漸く世論におされ次の国会にこの関係法案を提出しようとしている。最近の環境庁長官等の言明によると、政府も大気汚染防止法、水質汚濁防止等の一部改正して、無過失賠償責任制度の法制化の法案を次の通常国会に提案するということである。
而して右法案の内容として伝えられるところは、対象としての公害は大気汚染防止法、水質汚濁防止法等により、規制の対象とされている有害物質によるものにのみ適用を限定し、かつこれらによる健康被害にのみこれを限定して適用しようとするもののようである。
しかしながら今日のごとき被害の多用化とその深刻さを思えば、大気汚染・水質汚濁による公害と、他の公害とによる被害を区別し、更に健康被害にのみ限定しようとする実質的理由は乏しいといわねばならない。また法律により、すでに有害物質として規制の対象とした物質の排出にのみ限定するならば無過失賠償の制度の採用による被害救済のメリットを著しく減少するといわねばならない。
のみならず、公害の被害者救済の実効を阻んでいる法律上の問題点は、ただ単に過失責任主義をとることのみに尽きるものではない。被害者のための実効ある救済の実現のためには、実定法として解決を図るべき問題点は余りにも多い。特に公害の被害と加害行為との間の因果関係の立証は極めて困難な場合が多く、現在進行中の公害訴訟における原告側の困難の第一は、この問題であるといって過言ではない。先頃行われたイタイイタイ病第一次訴訟の判決が、3年有余という比較的早期になされたのは、鉱業法第109条の無過失責任の規定によることが大であって、公害訴訟において無過失責任制度を採用することのいかに必要であるかを再確認せしめたものである。また公害の被害が長期に亘る加害行為により長時間を経て顕在化するという特質を考えれば、除斥または時効期間をさらに長期間に定める等について相当の考慮を払わねばならないし、各種の有害物質による多数加害者による複合公害の場合の共同責任の強化についても、単に民法第719条の規定のみ依拠しえない問題等を指摘されねばなるまい。また更に迅速確実な賠償の履行を求めるためには、国または地方公共団体による、立替支払の方法あるいは公害賠償保険制度等の確立も、被害者救済の実を挙げる上で考慮せられなければならない問題である。
政府が真に公害被害の救済の急務なることを自覚するならば前述の如き限定的な無過失責任制度のみに限局することなく、右に述べた諸点等について総合的な検討を行い、真に実効性のある被害者救済の制度を樹立すべきであり、そのためには提案しようとする法律案をすみやかに公表して、広く国民の批判に耳を傾け被害者保護の万全を期すべきであると信ずる。
注(1) 提案会
日弁連公害対策委員会、東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会、大阪弁護士会
注(2) 要望先
厚生大臣、環境庁長官、通商産業大臣、経済企画庁長官、内閣法制局長官、衆・参両院公害対策委員会委員長、各党党首、各党公害対策委員会委員長