有毒物の予防排除に関する件(第一決議)

工場・鉱山等の廃液、排煙、自動車等の排気ガス、農薬、洗剤、食品加工剤添加物等に含有又は混入されている有毒物が国民の保健衛生上恐るべき危害を与えつつあることは誠に憂慮にたえないところである。


政府ならびに関係当局は、人権の尊重と健康で文化的生活を保障する憲法の理念に照し、これら有毒物については勿論その累積あるいは相乗作用による場合をも検討し、速やかにその危害の予防および排除につき、適切な措置を講ずるべきである。


特に、スモン病等について、その原因の究明と予防ならびに罹病者の保護・救済に万全を期すべきである。


右決議する。


(昭和44年10月18日、於広島市、第12回人権擁護大会)


理由

  1. 工場・鉱山等の廃液が河川・湖沼・港湾、沿岸水などの水質を汚濁し魚貝類を死滅せしめるのみならず、さらに、国民の飲料水源を得ることを困難にさせるなど流域に甚大なる公害を蒙らしていることは既に公知の事実である。そのため、最近においても、諏訪湖、多摩川、木曽川などで魚類の被害が続発している。
  2. 自動車等の排気ガス及び工場等の排煙による大気汚染は国民の生命と健康をむしばみ喘息、気管支炎などの患者を増大せしめ、自体は極めて深刻な状況になっている。
    現在までの立法措置並びに対策だけでは、大気汚染の防止は生ぬるく、このままでは、被害はますます増大し、深刻な結果をまねくことであろう。そのため、大気汚染は国民の生命と健康にとって一日も放置できない自体に立致っていることを重視しなければならない。
  3. 農薬についても昨年秋ライスオイル中毒事件で問題となったが、農薬の使用量は、昭和25年の20億円から昭和43年600億円と18年間の30倍という急増を示し農作物の増産に大いなる役割を果たしたが、一方農薬の付着した食品を食べる酷人の健康への影響も大きな問題となってきた。農薬には鉛・ヒ素・有機塩素など人体に有毒な薬品が使用されており、たとえ微量でも体内に蓄積されると内臓や神経を侵され遂には恐るべき死の結果を招来する真に危険なるものである。米国においては、最近DDT・ディルドリンおよびヘプタクロールの三種類の殺虫剤の使用を大幅に制限する措置を執るに至ったことは注目すべきことである。
  4. 洗剤についても、京都で開催された日本先天異常学界の総会において多年研究の結果に基づき「食品や野菜を洗剤で洗ったら水洗いをする必要がある」と注目すべき警告が発表されている。
  5. 野放しだった生鮮食品の着色・漂白料の全面禁止が来年から実施されることになったとはいえ、現在消費者が知らず知らずの間に食べさせられている食品加工剤添加物の数は新聞の報道によれば1日70種にも及んでいるというのである。而も保存料、発色剤・乳化剤・強化剤等は何等の制限なく大手をふってまかり通っている状態である。特に最近急増した輸入食品(昭和43年度1年間に13万4300件、1300トンが輸入されている)の中には極めて有害なものがフリーパスで国内に持込まれ国民の口に入っているのである。しかもこれら有毒物も単にその薬剤だけについての許容量として一定の基準量が定められているとしても、反覆使用する場合その蓄積された毒性の強さ、また数種の薬剤の有毒物が相互に相乗作用を起こした場合恐るべき毒性についてはなんら検討されていないのが現状である。
  6. 目下「現代の奇病」と言われ全国的に多発している「亜急性脊髄視神経病」即ちスモン病と称せられる病気については何が原因であるか不明であり、従って、その予防方法もなければ治療方法も見つかっていない。全国の患者数は2万人以上とも言われている。昭和35年前後頃から発生しオリンピックのころ埼玉県戸田市附近に集団発生し、北海道釧路市附近にも多発し、現在では殆ど全国的に発生しているが、特に群馬県前橋市附近、岡山県西部地区、広島県東部地区に猛威をふるっている。罹病者の中には不治の病として前途を悲観し自殺する者まで出ている。歩行ができなくなり次いで失明し、生きながら地獄の苦しみにさいなまれ、ただ死を待つばかりである。
    倉敷中央病院の研究によると農薬・洗剤・食品加工・添加剤等に含有する有毒物の相乗作用によって毒性が強められ、それが原因の一つになっているのではなかろうかとのこと、70種にのぼる食品添加物の接種を余儀なくされている国民にとっては、その相乗的害毒こそが問題となるのである。
    よって政府は今後も手をゆるめることなく食品行政の規制を強化すると共に有毒食品添加物の排除のため、監視・摘発の機構を整備し、以て国民の食生活の安全を確保すべきである。
    われら法曹は右の恐るべき現状を直視して一日も早くこれに対する適切な施策が樹立実行せられることにより国民のけん公にして平穏な生活に対し、しのびよる危険が未然に防止されると共にこれら罹病者に対する適切な救済措置を講じられるよう念願して本要望に及ぶ次第である。

注(1) 提案会
第一東京弁護士会、大阪弁護士会、神戸弁護士会


注(2) 要望先
総理大臣、通産・運輸・農林・厚生の各大臣、衆・参両院公害対策委員会委員長、各党公害対策委員会委員長