検察官手持証拠の事前開示に関する件(第三決議)

刑事裁判において検察官が手持証拠の事前開示を拒否する事例が頻発していることはまことに遺憾である。


このような検察官の態度は、被告人にかつ迅速な裁判をうける権利を保障する憲法第37条の精神に反し、人権の保障を全うしつつ事案の真相を明らかにすべき刑事訴訟法の理念にも背くものといわねばならない。


われわれは、検察官に対し、人権の保障を真実発見のため、一切の手持証拠を公判開始前に開示することを強く要求する。


右決議する。


(昭和43年10月16日、於長崎市、第11回人権擁護大会)


理由

普通の刑事事件では、検察官は、大ていその手持証拠を弁護人に見せているが、少しく事件が複雑になると、検察官の態度は一変し、手持証拠の開示を拒否することがおこる。その理由とするところは、刑訴299条で、証拠調べを請求する意思がないから開示する必要はないという形式論出ある。


しかし、公益の代表者たる検察官が、民事事件の原告代理人の如く、勝ち負けにこだわるような態度でよいのであろうか。


検察官がその手持証拠を事前に開示せねばならないことは、憲法の要請するところである。即ち、憲法第37条第1項は、被告人に「公平な裁判所の迅速な裁判」を受ける権利を保障しており、この権利は刑事裁判において、当事者対等主義を前提とするものであって、検察官が蒐集したすべての証拠を事前に被告人及び弁護人に開示することは、当事者の実質的平等と、裁判の迅速性を保障する一つの有力な手段としてまさに、憲法の命ずるところといわねばならない。


さらに、同条第2項は「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられる」とすることにより、被告人に、実質的かつ有効な反対訊問権を確保しているのであるから、証拠の事前開示はこの意味からも検察官に課せられた義務というべきである。そして検察官にかかる義務を認めることは、人権の保障と真実の究明を目的とする刑事訴訟法の理念の適うものである。しかるに、法文上証拠の事前開示義務を定めた直接の規定がないことを理由に、検察官には右義務がないとして、これを拒否する事案が頻発している。かかる検察官の論拠は、刑事訴訟法第299条、第300条が、検察官の事前開示義務を予定したものと解せられるべきことからしても正当でない。また、たとえ直接の明文を欠いているとしても、右義務は、憲法の要請に即して、人権の保障を全うするためのものであり、かつ現行刑事訴訟法の基本構造からして肯認しうるものであれば、法規上の根拠を有するものと考えられるわけである。


さらに、事前開示の義務がないとするならば、検察官は捜査段階で一切の証拠を蒐集しうるにもかかわらず、公判の段階では、被告人に有利な証拠を秘匿して、裁判所に対し、もっぱら被告人に不利な証拠だけの取調べを請求する可能性になるわけである。


いうまでもなく検察官は、公益の代表者として、真実を究明する職責上の義務を負うわけであって、被告人を有罪に帰せしめることのみを目的とするのではないのであるから、この点からも、証拠を事前に開示すべき義務があるというべきである。


われわれは、以上の諸点から、現在検察官のとっている態度は、憲法の趣旨に反するものであると断ぜぎるを得ず、人権の保障と真実究明のため、速やかに、すべての刑事事件につき、その公判段階において、全面的に証拠を事前開示することを強く要求するものである。


注(1) 提案会
大阪弁護士会


注(2) 要望先
法務大臣、検事総長