警察官のピストル誤殺事件決議(臨時決議)

最近警察官のピストル誤殺傷事件が頻発することは、人権擁護の見地より頗る遺憾である。


当局は、速かに関係法令の改正、警察官の教育、違法警察官の処分等の措置を講じ、かかる不祥事の根絶を期せられたい。


1950年(昭和25年)4月15日
理事会


理由

事例一、(第一東京弁護士会報告)

昭和23年11月24日午前4時30分頃岡山県後月郡井原町に於て産婆(報告者弁護士実母)が産家よりの出迎の者の自転車の荷物台に乗って往診せんとした処巡邏中の巡査2名に誰何せられた。同人は同行者と雑談していた為巡査の声が聞えなかったので止まらなかった処突然威嚇発砲を受け驚いて「産婆です、産婆です」と連呼したがこの時既に第2弾が発射せられ、右手首貫通下腹部盲貫銃創をうけた。本件犯行の巡査は依願免官となったが過失と認められ不起訴となり現在再び復職している。


事例二、(函館弁護士会報告)

昭和23年11月23日函館市日魯鉄工場附近道路上にてA外1名が馬鈴薯を入れた篭を持って蹲っていた処巡邏中の警察官が薯泥棒と直感して誰何すると両名はその篭を放置して逃走したので、同巡査は逮捕困難と考えて右Aの足部を目懸けて所携のピストルを発射したところその弾丸は同人の左腹部に命中した為死亡した。この為発射警察官は退職したが、起訴猶予処分となった。


事例三、(法務府人権擁護局調査事件より)

(イ)浅草射殺事件(昭和23年秋)

27才の農村青年が在京の姉をたずねて之を探し得ず、浅草の「そばや」の好意で一夜をあかし翌朝上野発1番で帰省せんと早朝上野駅に向かう途中一警察官の不審尋問にあった。偶々姉への土産に2升程の白米を持っていた事と、一番列車に間に合いたいと焦慮する態度とを怪まれて警官よりピストルを突付けられたので益々青年は慌て驚いて両手を開いて之を制する挙動に出た処を発砲され掌を射抜かれ肩に命中して即死したる事件。


(ロ)徳島射殺事件(昭和24年2月11日頃)

強窃盗容疑者数名指名手配中、捜査警察官のある一隊が市内某所Bという家に容疑者が居るというので踏込んだが不在であったのでもう1軒のB某宅であろうと一隊が乗込んだ処偶々18才の少年が留守番を頼まれて居て驚いて裏口から逃げ出したので一警官が追跡し少年が土手に駈上る処を1発した威嚇射撃が胸から背中に貫通即死したる事件。


(ハ)静岡射殺事件(昭和25年1月19日頃)

浜松警察署刑事(25才)が強盗未遂犯人を追跡ピストル5発を威嚇発射の上逮捕したが発射弾4発が臀部等に命中して居り出血多量で間もなく死亡したる事件。


(ニ)今治傷害事件(昭和24年11月頃)

警察官某が今治市室屋町3丁目の喫茶店に酒気を帯びて立寄り(警察の宴会の帰途)女給の求めによりピストル操法を示すため弾丸を抜出し発射操作をしたところ1発が残って居たため女給に命中傷害を与えたる事件。


(ホ)松山射殺事件(昭和24年5月頃)

松山警察署員が窃盗(自転車泥棒)容疑者を追跡市内坂道を上る容疑者の頭上僅か上部を不注意に威嚇射撃をしたため右大腸半球貫通銃創を与え即死せしめたる事件。


(関係法令の改正要望)

以上事例の如く、最近頻々として警察官のピストル誤殺傷事件が発生しているが、かかる不詳事件を根絶するためピストル使用根拠法令を左の通り改正すべきものと信ずる。


  1. 職務執行法第7条本文中「必要であると認める相当な理由のある場合」とあるを「必要であると客観的に認められる相当な理由のある場合」と訂正する。
  2. 同条第1号中「長期3年以上の懲役若しくは禁錮にあたる」とある法定刑の制限を引きあげる。
  3. 同条第1号及第2号末段の「警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合」とあるのを「客観的に相当と認められる理由ある場合」と訂正する。
  4. 同条第2号の最初に「前号所定の罪の容疑者に対して」の文言を挿入する
  5. 警察官けん銃使用及び取扱規程(昭和23年7月17日国家地方警察訓第9号昭和24年5月28日同第17号一部改正)第4条を前記職務執行法改正の趣旨に則ってと改正する。



(右改正要望の理由)

1.

職務執行法中「相当の理由云々」とある文言は客観的に相当なる場合を指すものであることは刑法理論に照して明瞭な所であるが、法文簡単なるため、警察官等の主観に於て相当と認めた場合と誤解する虞が生ずる。例えば昭和25年2月7日付国警本部長官発指示の末段に「それぞれの判断はすべて警察官に任されている」(新聞発表による)とあるが如きかかる誤解は人権保護の見地より看過出来ないものであるから前記の如く改正すべきである。


2.

職務執行法第7条第1号は死刑又は無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪に就て特定の場合ピストル発射の権限を認めているが、警察官に長期3年以上の法定刑をもピストル発射の権限を与えるとすれば住居侵入罪、業務上過失致死罪、名誉毀損罪等比較的軽微な犯罪に就て被害法益均衡上不当と認められる場合が存在し得るので、この法定刑の制限をひき上げることを相当と認める。


3.

職務執行法第7条第2号は犯罪の軽重を問わずピストル発射を許容しているが、これは軽犯罪の場合に於ける法益比較考量上不相当と認められるから前記の如く第1号所定の犯罪容疑の場合に限定するのを相当と認める。