地域の多様性を支える中小企業・小規模事業者の伴走支援に積極的に取り組む宣言
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日本の中小企業・小規模事業者は、企業数全体の99.7%を占める約357万者を数え、日本の従業者の68.8%に当たる約3,200万人を雇用している。また、中小企業・小規模事業者は、モノやサービスを提供し、日本経済のサプライチェーンにおいて不可欠の存在である。さらに、中小企業・小規模事業者は、地域において、従業員やその家族等の生活を支え、またこれらの人々によって支えられている。同時に、地域特有の農林水産物、鉱工業品、生産技術、観光資源等といった豊かな地域資源の担い手でもあり、これらを経営資源として利活用することで、日本の産業的・文化的多様性を支えている。特に、人口減少に伴い、地方の地域経済・社会の縮小が大きな課題となっており、地方の地域経済・社会を維持・発展させるためには、地域経済を牽引する成長力のある中小企業・小規模事業者が存在し、地域で暮らす人々の雇用が生み出されることが重要である。このような中小企業・小規模事業者の存在は、日本における様々な地域において、人々が命を紡ぎ、生活をし、地域経済・社会を維持・発展させていくために不可欠である。
しかしながら、今、世界と日本は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による経済危機の影響にとどまらず、これまでにない激しい経営環境の変化に直面している。企業も否応なくその変化に巻き込まれ、エネルギーや原材料価格等の世界的高騰、SDGs(持続可能な開発目標)や脱炭素・カーボンニュートラルを希求する社会的要請、そして日本に顕著な問題として、人口減少や低賃金等の複合的要因に伴う国内需要の縮小や人手不足といった激動の最中にある。特に、中小企業・小規模事業者は、大企業に比して資本力や人的体制が乏しいことなどによって、こうした経営環境の変化による影響を受けやすく、また、大企業との取引において適正な利益を確保し、働き手を確保するために必要な賃上げが難しいことが多く、持続的発展を実現するのは容易ではない。さらに、高齢化・人口減少に伴い、多くの中小企業・小規模事業者が後継者不足による廃業の危機を迎えている。
このように経営環境の変化が激しく、複雑さを増した不確実性の時代においては、中小企業・小規模事業者が直面する課題も様々であり、自ら「そもそも何が課題であるのか」という経営課題の設定を適切に行っていく必要がある。しかし、多岐にわたる経営課題を中小企業・小規模事業者のみで適切に設定することは容易ではなく、各支援専門家が中小企業・小規模事業者との「対話と傾聴」を通じて経営課題の設定、解決策の立案及び実行を支援すること、すなわち「経営力再構築伴走支援」を行うことが中小企業庁の施策として進められているところである。
そして、弁護士においても、既に顕在化した課題に対する解決策を提示するだけではなく、事実認定能力及び多角的分析力を活かし、中小企業・小規模事業者との対等な関係における「対話と傾聴」によって、中小企業・小規模事業者とその経営環境に対する理解を深め、中小企業・小規模事業者が直面する「経営課題の設定」とその解決に向けた意思決定及び実行のプロセスに伴走支援ができるよう、支援の在り方を深化させるべきである。この役割を果たすには、弁護士が、身近な相談相手として地域の中小企業・小規模事業者との信頼関係を醸成することが肝要であり、その手段として、個々の弁護士が各地域の様々なコミュニティに積極的に参加することが望ましい。
当連合会は、弁護士による中小企業・小規模事業者に対する伴走支援が中小企業・小規模事業者の持続的発展を支え、ひいては地域の多様性を守り育む意義があることを自覚し、弁護士会と連携し、以下のとおり、弁護士による伴走支援を推進することを宣言する。
1 伴走支援の在り方の弁護士への普及
当連合会は、弁護士による中小企業・小規模事業者支援の在り方を更に深化させるべく、弁護士による中小企業・小規模事業者の伴走支援の取組の在り方を取りまとめ、弁護士に普及するための研修等の施策を検討・推進し、弁護士の果たすべき中小企業・小規模事業者の伴走支援をサポートする。
2 弁護士による伴走支援の有用性の対外的な広報及び普及のための環境整備
当連合会は、弁護士会と連携し、中小企業・小規模事業者の伴走支援における弁護士の有用性を対外的に広報するための施策を企画・推進し、伴走支援が弁護士業務として社会に普及するための環境整備に努める。
3 各地域の中小企業・小規模事業者の支援機関との連携の更なる推進
当連合会は、それぞれの地域の実情に応じて、弁護士会及び弁護士が地域の中小企業・小規模事業者の支援機関のネットワークに積極的に参加し、関係行政機関、地方自治体、金融機関その他中小企業支援機関等と適切な連携・協力関係を増強できるよう、各地域における先進的な連携内容を弁護士会及び弁護士に情報提供すること並びに各地域における中小企業支援機関等と弁護士会及び弁護士の連携の場を設定するなどの取組を更に推進する。
2023年(令和5年)6月16日
日本弁護士連合会
提案理由
第1 はじめに
1 中小企業・小規模事業者の存在意義
日本の中小企業・小規模事業者は、2016年において企業数全体の99.7%を占める約357万者を数え、日本の従業者の68.8%に当たる約3,200万人を雇用している(中小企業庁ウェブサイト「中小企業・小規模事業者の数」)。また、地域におけるモノやサービスの提供者として、日本経済のサプライチェーンにおいて不可欠の存在である。さらに、中小企業・小規模事業者は、地域において、従業員やその家族等の生活を支え、またこれらの人々によって支えられている。同時に、地域特有の農林水産物、鉱工業品、生産技術、観光資源等といった豊かな地域資源の担い手でもあり、これらを経営資源として利活用することで、日本の産業的・文化的多様性を支えている。
ここでいう地域とは、必ずしも「地方」だけを意味しない。日本では、総人口のうち、50万人以上の大都市に住んでいる割合が73%に上り、米国(65%)、英国(56%)等の欧米各国を上回り、大都市に人口が集中しているとされている(OECD編著(中澤高志監訳)「地図でみる世界の地域格差 OECD地域指標2020年版-都市集中と地域発展の国際比較」131頁(明石書店、2021))。さらに、大都市の中でも東京への一極集中が起きている。こうした中、東京や大都市に存在する「地域」においても、中小企業・小規模事業者が地域資源の担い手であり、多様性を支える存在であることを、今一度確認する意味は大きい。
人口減少に伴い、とりわけ地方において地域経済・社会が縮小する中、これを維持・発展させるためには、地域経済を牽引する成長力のある中小企業・小規模事業者が存在し、地域で暮らす人々の雇用が生み出されることが重要である。このような中小企業・小規模事業者の存在は、日本における様々な地域において、人々が命を紡ぎ、生活をし、地域経済・社会を維持・発展させていくために不可欠である。
2 当連合会における中小企業・小規模事業者支援の取組
当連合会は、2006年、弁護士業務総合推進センター内に中小企業関連業務推進プロジェクトチームを設置し、中小企業・小規模事業者が弁護士へアクセスするための方策の検討等を目的とし、活動を開始した。そして、2年間の活動結果を基に、中小企業・小規模事業者の健全な発展と存続には弁護士の関与が不可欠であるとし、2008年に中小企業・小規模事業者と弁護士相互間のアクセス改善や、相談・紹介・相談窓口機能の強化など九つの提言(中小企業関連業務の推進に関する提言)を行っている。当連合会では、この提言を踏まえ、中小企業・小規模事業者の法的支援活動を拡充し、かつ、弁護士法の理念を深化させるために、2009年に「日弁連中小企業法律支援センター」を設立し、諸活動を鋭意展開して現在に至っている。具体的には、2010年度から中小企業・小規模事業者の経営者が日常の経営の悩みや心配事を気軽に弁護士に相談できるシステムとして「ひまわりほっとダイヤル」を開設し、2022年度までに累計約8万件の相談を実施した。また、2008年から毎年、全国一斉に「ひまわりほっと法律相談会」を開催しているほか、中小企業支援における弁護士の活用方法を中小企業支援機関等に周知し、弁護士会及び弁護士と各地域での中小企業支援機関等との連携を後押しするために、2010年から全国キャラバンを開始し、北海道から沖縄まで全国各地で全29回開催した。さらに、中小企業・小規模事業者が直面する個別の重要なテーマとして、創業・スタートアップ支援、事業再生・廃業支援、事業承継支援、海外展開・国際業務支援の4テーマを取り上げ、書籍やパンフレットの刊行、シンポジウムの開催、研修コンテンツの制作、全国での研修会の開催等を行ってきた。海外展開・国際業務支援に関しては、国際業務の経験豊かな弁護士を中小企業・小規模事業者に紹介する「日弁連中小企業国際業務支援弁護士紹介制度」を創設し、2023年3月末日時点で全国14の地域から弁護士を紹介できる体制を整えている。また、中小企業庁と共同コミュニケ(2007年、2010年、2011年、2013年、2015年、2021年)を取りまとめるなど、中小企業・小規模事業者が弁護士に容易にアクセスすることができるよう関係機関との連携を深めてきた。
これらの活動は、当連合会が、中小企業・小規模事業者を対象に2回実施した「中小企業の弁護士ニーズ全国調査」(1回目は2006年及び2007年、2回目は2016年に実施)の結果、課題として浮かび上がった「中小企業・小規模事業者の弁護士へのアクセス障害」(弁護士との接点の持ち方や弁護士が提供できる法的支援内容に対する企業の認知度の低さを含む。)を解消することを主たる目的としたものであった。
3 弁護士へのアクセス障害の解消から伴走支援へ
このような中小企業・小規模事業者の弁護士へのアクセス障害を解消することを主たる目的として、2017年5月26日の当連合会第68回定期総会では、「中小企業・小規模事業者に対する法的支援を更に積極的に推進する宣言」を決議した。
中小企業・小規模事業者の弁護士へのアクセス障害については、「ひまわりほっとダイヤル」及び「日弁連中小企業国際業務支援弁護士紹介制度」を始めとする相談・紹介制度の充実・増強並びに中小企業支援機関等との連携・協力関係の構築の増進・強化に努めてきたことにより、一定の改善がうかがわれる。ただし、訴訟・調停等の法的手続以外の相談・助言を始めとする紛争予防のための法的サービスが十分に行き渡っていないことや、弁護士が提供できる法的支援内容に対する認知度が依然として低いこと、費用面での弁護士利用に関するアクセス障害が大きいことなどの実情や課題も存在しており、今後も前述した諸活動を継続し、解消に努める必要がある。
本宣言は、このような活動に加え、中小企業・小規模事業者を取り巻く社会経済が後述のとおり激動している今、弁護士の中小企業・小規模事業者に対する支援の在り方をもう一歩先に進め、第2で述べる伴走支援を積極的に推進することを目的として、これに向けた当連合会の具体的な取組を強化することを宣言するものである。
第2 伴走支援の意義
1 中小企業庁の「経営力再構築伴走支援」
中小企業庁は、世界と日本が、エネルギー及び原材料価格等の世界的高騰、SDGs(持続可能な開発目標)や脱炭素・カーボンニュートラルを希求する社会的要請、そして特に日本に顕著な問題として、人口減少等の複合的要因に伴う国内需要の縮小等といった経営環境の激しい変化を挙げ、中小企業・小規模事業者がこうした経営環境の変化が激しい時代に適合するための支援モデルとして「経営力再構築伴走支援」を掲げている。
激動の最中にある現在、企業にとって、外部要因の変数が多く、近年の構造変化は不可逆的であり、現代は不確実性の時代と言うことができる。中小企業・小規模事業者もこれに適応するほかないが、中小企業・小規模事業者が歩むべき道は険しい。従前と異なり、関係行政機関や中小企業支援機関等が答えを持っているわけではなく、また、個々の中小企業・小規模事業者が各自で本質的課題を見いだし、解決方針を導き出すことは容易ではないためである。中小企業・小規模事業者が本質的課題を明らかにし、解決方針を導くためには、中小企業・小規模事業者が、支援専門家等との対等な関係における対話と傾聴を通じて経営課題を設定し、経営改善や成長のために実行していくべき方針を自分事として理解(腹落ち)することにより事業の潜在力を引き出す支援(自走化)、すなわち「経営力再構築伴走支援」を行うことが肝要とされている(中小企業庁 伴走支援の在り方検討会「中小企業伴走支援モデルの再構築について~新型コロナ・脱炭素・DXなど環境激変下における経営者の潜在力引き出しに向けて~」(2022年3月15日))。
2 弁護士による伴走支援
中小企業・小規模事業者との対話と傾聴の要諦は、データや事実に基づいて多角的に物事を分析する力である。専門的な知識・経験だけでは、中小企業・小規模事業者との間で対等な関係を築くことはできず、対話と傾聴、ひいては信頼関係の醸成もおぼつかない。
弁護士は、中小企業・小規模事業者の本質的課題を見いだすために必要となる事実認定力及び多角的分析力を日々の業務を通じて磨いている。このような事実認定力及び多角的分析力をもって、中小企業・小規模事業者との対等な関係における対話と傾聴を通じ、依頼者(中小企業・小規模事業者)の正当な利益の実現を目指す弁護士業務の在り方は、正に伴走支援と言うことができる。
そして、弁護士が中小企業・小規模事業者の意思決定と実行のプロセスにおいて伴走支援をするためには、弁護士会が当連合会と協働して、各地域の様々な関係行政機関、地方自治体、金融機関その他中小企業支援機関等と適切な連携・協力関係を構築し、その中で個々の弁護士が各地域の様々なコミュニティに積極的に参加し、地域の一員として、中小企業・小規模事業者の身近な相談相手となることが肝要である。弁護士は、中小企業・小規模事業者のヒト・モノ・サービスに興味関心を持ち、対話するという身近なコミュニケーションから始め、中小企業・小規模事業者との対話と傾聴を通じて、その課題設定及び課題解決に向けた意思決定と実行を支援することが重要である。
第3 中小企業・小規模事業者の課題と弁護士が果たすべき役割
不確実性の時代において、地域の中小企業・小規模事業者が抱えるライフステージごとの課題と弁護士が果たすべき役割を整理すると、次のとおりである。
1 創業・スタートアップ
人口減少による国内需要の縮小及び後継者不足による廃業等に伴い、特に地方の地域における良質な雇用機会の縮小、首都圏・大都市との給与水準格差の固定、生活関連サービスの縮小等の流れが生じている。これらを押しとどめるには、既存企業に対する経営支援及び事業承継支援のみならず、新たな産業や地域経済・社会の担い手を創出することが必要である。創業及び新規事業の初期段階においては、売上確保に注力し、法的及び契約上のリスクに対する意識がおろそかになることが多いところ、事業の法的安定性を確保し、当該事業の持続的発展を実現するためには、弁護士が創業段階から積極的に関与することが重要である。
弁護士には、創業者の構想する事業内容、創業における想い(創業動機や意欲、事業アイデア)や創業者を取り巻く状況(創業の準備状況、支援者の有無)等を傾聴して信頼関係を構築した上で、自らの有する法律知識や分析力、紛争解決等の経験を活用し、ビジネスモデルの適法性や企業経営において問題となりやすい事項への対処方法、当該事業において特に留意すべき法的及び契約上の事項・リスクについて助言することなどが期待される*1。
2 事業継続・発展
事業の継続と発展においては、事業の法的安定性にとどまらず、事業活動を通じて適正な利益を確保することが不可欠である。とりわけ、近時のエネルギーや原材料価格等の世界的高騰において、地域の中小企業・小規模事業者が持続的に発展するためには、大企業を含む取引先との間において、物価高騰によるコスト上昇分の転嫁を含む適正な取引条件を実現することが重要である。
この点、中小企業庁は、パートナーシップ構築宣言の公表、下請となる中小企業・小規模事業者の訪問調査など、適正な取引条件の実現に向けた施策を講じているが、受注側事業者向けアンケートによれば、販売先との交渉の機会が設けられていると回答した企業のうち、価格転嫁ができなかったと回答した企業は約35%、交渉の機会すら設けられないと回答した企業のうち、その約64%が価格転嫁できなかったとしている(中小企業庁「2022年版中小企業白書・小規模企業白書概要」(2022年4月)(以下「白書概要」という。)65頁)。これでは日本のサプライチェーンを支える中小企業・小規模事業者にコスト負担が集中し、事業継続に必要な適正な利益の確保が不可能となる。
適正な取引条件を実現するためには、取引先からの提案を期待するだけではなく、中小企業・小規模事業者から取引先に対して取引条件の適正化を積極的に働きかけること、すなわち交渉力の向上が不可欠である。この点、商品又はサービスがオリジナルの付加価値を有することは、適正価格が付けられる価格決定力を持つとされている。現に、ブランドの構築・維持に取り組んでいる企業の約55%が、自社のブランドが取引価格へ寄与していると考えている(白書概要36頁)。また、SDGs(持続可能な開発目標)や脱炭素・カーボンニュートラル等の新たな社会的要請に対応することも、付加価値創造につながる。大企業に比して組織が小規模で、経営者や現場の意思が迅速に実現されやすい中小企業・小規模事業者こそ、新たな社会的要請や消費者ニーズの変化に柔軟に対応できる潜在力を有している。
それゆえ、中小企業・小規模事業者が適正な利益を確保する上では、自社の商品又はサービスの付加価値を適切に認識し、取引先に対して、値上げの必要性や値上げ額の合理性を明示的に伝え、取引先との取引による双方の持続的発展の観点から取引条件の変更を促すことが重要となる。
弁護士には、中小企業・小規模事業者との対話と傾聴を通じて、事業への理解を深め、その内容を踏まえて、取引条件を変更することの必要性と合理性を整理し、取引先に伝達する文書や資料を整備するなど、中小企業・小規模事業者の契約締結交渉を支援することができ、また、その有する製品・サービスの付加価値を確保することに貢献することが期待される。
さらに、弁護士には、労務問題に精通する者として、職場環境の改善に向けた具体的な助言を行うことができるほか、中小企業・小規模事業者におけるガバナンス(従業員・顧客・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み)を向上させ、それを浸透させるためのサポートを行うことで、地域の中小企業・小規模事業者の事業基盤の安定化に寄与することが期待される。
3 国際化対応
人口減少に伴い国内需要が縮小する中で、国際取引は有力な販路となる。コロナ禍において注目された越境EC(インターネットを通じて商品やサービスを海外販売する電子商取引)について見ると、中小企業においても、2016年以降、これを利用している企業の割合は増加傾向にある(白書概要42頁)。他方で、国際取引においては、国内取引とは異なる特有の要素もあり、深刻なトラブルになってからの事後対応では紛争解決コスト等の点から救済が困難な場合もあることから、トラブルを未然に防ぐ予防法務の観点が特に重要である。
弁護士には、国際化対応について、当該中小企業・小規模事業者の販売戦略上の位置付けや、商品の強み・リスク等を傾聴し、それを踏まえた海外の顧客に対する販売スキームの選択に関する助言、適切な契約締結交渉のサポート、契約書の作成・審査、労働関連法制・個人情報保護法制等の現地の法制度に関する情報提供等を行うことが期待される。
4 事業承継・M&A
中小企業庁は2020年3月、円滑な事業引継ぎに向けて、「中小M&Aガイドライン-第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-」*2を策定し、2022年3月、中小企業・小規模事業者のM&Aを成功に導くために、「中小PMIガイドライン~中小M&Aを成功に導くために~」*3を策定している。こうした中、中小企業・小規模事業者のM&Aを仲介する会社や各県に設置された事業承継・引継ぎ支援センター等によって、中小企業のM&Aは近年増加傾向にあり、後継者不在率も下がっている(白書概要24頁)。しかし、日本の高齢化に伴い、中小企業・小規模事業者は、70代の経営者でも後継者不在率が40%に上る(中小企業庁ウェブサイト「データで見る事業承継」)などの現状にあり、多くが後継者不足による廃業に至る危機を迎えている。事業承継・M&Aは、引き続き社会的な重要課題である。
そして、近時、中小企業の事業承継・M&Aの課題として、安心できる取引を確保するための取組が不足していることや、支援機関の質の確保等が挙げられている(中小企業庁「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ~中小M&A推進計画~」(2021年4月28日)22頁)。弁護士には、中小企業・小規模事業者が事業承継・M&Aの目的の明確化や事業承継・M&Aに当たり課題となる事業運営上の問題等を対話と傾聴を通して言語化し、それを踏まえた適切な事業承継・M&Aスキームの選定に関する助言、契約締結交渉のサポート、契約書の作成・審査、契約内容の実行支援等、取引の局所的関与ではなく手続全般を伴走支援することにより、事業承継・M&A後の円滑な承継支援等を行うことが期待される。
5 事業再生、廃業・清算
中小企業・小規模事業者の倒産の状況は、コロナ禍において、売上が減少した企業の資金繰りを支援するために実質無利子(利子ゼロ)・無担保(担保ゼロ)で行われた「ゼロゼロ融資」の影響もあり、金融機関の中小企業向けの貸出残高が増加している(白書概要10頁)。そして、中小企業・小規模事業者の休廃業・解散件数は、2021年で約4万4,000件と2000年以降で過去3番目の高水準であり(白書概要7頁)、2022年の企業倒産件数は6,799件に及ぶなど(帝国データバンク「全国企業倒産集計2022年報」)、倒産件数は増加基調にある。加えて、「ゼロゼロ融資」の返済が2023年夏頃から本格化することも合わせると、近い将来、事業継続が困難になり、倒産する企業が増加してくることが予測される。
こうした中、経済産業省は、経済環境の変化を踏まえた資金繰り支援を拡充するとともに、中小企業の収益力改善・事業再生・再チャレンジを促す総合的な支援策を更に加速させるため、財務省・金融庁とも連携の上、2022年3月、「中小企業活性化パッケージ」を公表し*4 、2022年9月にはこれを更に発展させた「中小企業活性化パッケージNEXT」を策定した。また、中小企業の事業再生等に関する研究会は、2022年3月、「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」を策定した*5 。他方、2013年12月に経営者保証に関するガイドライン研究会が策定した「経営者保証に関するガイドライン」*6を活用することで、経営者の再チャレンジも容易となる。
弁護士には、中小企業・小規模事業者の財務状況、収益力改善状況、経営を継続する意思や商品等の魅力・将来性、地域におけるその位置付け等を傾聴し、それを踏まえた事業再生スキームの選定の助言、金融機関との調整等の代理人業務、円滑な廃業支援、経営者保証に関するガイドライン等による経営者の債務整理・再チャレンジ支援を行うことが期待される。
6 顧問弁護士
顧問弁護士は、中小企業・小規模事業者に紛争等の困り事が生じた際の相談相手として従来から活用されてきたが、当該役割を更に深化させ、中小企業・小規模事業者の成長と発展に貢献する伴走者として、中小企業・小規模事業者に認識してもらうことが肝要である。中小企業・小規模事業者の成長と発展に貢献するからこそ、平時における弁護士への情報共有がより活性化し、その事業における法的リスク等が顕在化する前に、適切な課題設定と具体的な対策の検討・実行が可能になる。さらには、中小企業・小規模事業者のなりたい姿や目標を共有することによって、弁護士からの能動的な情報提供や企業価値向上に向けた提案を行うことも可能になる。
中小企業・小規模事業者との対話と傾聴を通して、その意思決定と実行のプロセスに伴走支援し、中小企業・小規模事業者の価値向上に貢献することは、継続的に関与するからこそ実現可能なものであり、顧問弁護士が提供するサービスに新しい付加価値を与えるものと言える。
7 弁護士へのサポート
以上の中小企業・小規模事業者の課題に対して弁護士が果たすべき役割は、個々の弁護士が一人で実現することは容易ではない。まずは、当連合会がこれらの課題を解決するために伴走支援の在り方を示し、弁護士会と協働の上、それぞれの地域の実情に応じて、弁護士が果たすべき役割の実践をサポートしていかなければならない。
第4 当連合会及び弁護士会が果たすべき役割
当連合会は、弁護士会と協働して、個々の弁護士が果たすべき役割を担うために、具体的に以下の取組を強化していく。
1 伴走支援の在り方の弁護士への普及
当連合会は、中小企業庁が進めている、経営環境の変化が激しい不確実性の時代に中小企業・小規模事業者が適合するための支援モデルである「伴走支援」の手法を取り入れ、弁護士による中小企業・小規模事業者支援の在り方を更に深化させる。
そして、弁護士が中小企業・小規模事業者の持続的発展に貢献するためには、創業・スタートアップから、事業継続・発展、国際化対応、事業承継・M&A、事業再生、廃業・清算まで、中小企業・小規模事業者の各ステージに応じた法的知識及びノウハウを習得するための弁護士の研修内容の更なる充実も必要である。
よって、当連合会としては、弁護士による中小企業・小規模事業者の伴走支援の在り方を取りまとめ、弁護士に普及するための研修等の施策を検討・推進し、弁護士の果たすべき中小企業・小規模事業者の伴走支援をサポートする。
2 弁護士による伴走支援の有用性の対外的な広報及び普及のための環境整備
弁護士による中小企業・小規模事業者の伴走支援をあまねく広げ、浸透させるためには、伴走支援という弁護士業務がいかに中小企業・小規模事業者の持続的発展に寄与するのかを、中小企業・小規模事業者及び中小企業支援機関等において認識・理解されることが肝要である。そこで、当連合会は、弁護士会と連携し、中小企業・小規模事業者の伴走支援における弁護士の有用性を対外的に広報するための施策を企画・推進し、支援モデルの提示等、伴走支援が弁護士業務として社会に普及するための環境整備に努める。
3 各地域の中小企業・小規模事業者の支援機関との連携の更なる推進
弁護士による伴走支援は、弁護士が中小企業・小規模事業者との対等な関係における対話と傾聴を通じて中小企業・小規模事業者との信頼関係を醸成することが前提となって果たすことができるものである。そのために、弁護士は、地域のコミュニティに積極的に参加し、その一員として、中小企業・小規模事業者の身近な相談相手となることが肝要である。
当連合会では、弁護士会及び弁護士が、地域のコミュニティに参加し、各地域の中小企業支援機関等との連携を強化することを目的として、前述の「全国キャラバン」を連続開催し、また「ひまわりほっと法律相談会」において、中小企業支援機関等と共催するなど連携して、中小企業・小規模事業者向けのセミナーを実施する弁護士会の取組を後押ししてきた。
当連合会は、引き続き、それぞれの地域の実情に応じて、弁護士会及び弁護士が地域の中小企業・小規模事業者の支援機関のネットワークに積極的に参加し、関係行政機関、地方自治体、金融機関その他中小企業支援機関等と適切な連携・協力関係を増強できるよう、各地域における先進的な連携内容を弁護士会及び弁護士に情報提供すること、各地域における中小企業支援機関等と弁護士会及び弁護士の連携の場を設定するなどの取組を更に推進する。
第5 総括
当連合会は、中小企業・小規模事業者が、地域において、人々が命を紡ぎ、生活をし、社会を維持・発展させていくために不可欠な存在であり、弁護士による伴走支援が中小企業・小規模事業者の持続的発展、ひいては地域の多様性を支える意義があるとの認識に立ち、弁護士がその役割を果たすことができるよう、弁護士による伴走支援の推進を宣言する。
[脚注]
*1 創業・スタートアップにおける弁護士による伴走支援の在り方について、日弁連中小企業法律支援センター編「ゼロから始める 創業支援ハンドブック」(2023年3月)など参照
*2 特に売り手の安心な取引を図るために、M&A専門業者の報酬の適正化及びM&A仲介業者の構造的な利益相反の可能性による弊害への対処等について定めている。
*3 M&Aの成功とは買い手のM&Aの目的の達成であり、本ガイドラインでは、そのための買い手における様々なノウハウを取りまとめ、買い手の安心な取引を目指している。
*4 中小企業の収益力改善フェーズ、事業再生フェーズ及び再チャレンジフェーズは継ぎ目なくつながっており、再チャレンジフェーズの中には、経営者の個人破産回避のルールの明確化が指摘されている。
*5 目的は、中小企業者の「平時」、「有事」、「事業再生計画成立後のフォローアップ」、各々の段階において、中小企業者、金融機関それぞれが果たすべき役割を明確化し、中小企業者の事業再生等に関する基本的な考え方を示すこと及び新たな準則型私的整理手続を定めることにあるとされている。
*6 中小企業・小規模事業者の経営者による個人保証には、経営への規律付けや信用補完として資金調達の円滑化に寄与する面がある一方、経営者による思い切った事業展開や、保証後において経営が窮境に陥った場合における早期の事業再生を阻害する要因となっているなど、企業の活力を阻害する面があるとして、日本商工会議所と全国銀行協会が共同で設置した研究会が策定したガイドライン。2022年3月には、「廃業時における「経営者保証に関するガイドライン」の基本的考え方」が発表されている。