えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、再審法の速やかな改正を求める決議


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刑事事件の再審(以下「再審」という。)は、人権擁護の理念に基づいて、誤判により有罪の確定判決を受けたえん罪被害者を迅速に救済することを目的とする制度である。


しかし、日本においては、「開かずの扉」と言われるほど、再審が認められることがまれであり、えん罪被害者の救済は遅々として進んでいない。


その原因は、決して各事件固有の問題ではなく、現行の刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)が施行されて74年を経た今もなお、再審法(刑事訴訟法第4編再審)の規定が僅か19条しか存在しないという、現在の再審制度が抱える制度的・構造的問題にある。


再審開始決定を得た事件は、再審請求手続において開示された証拠が再審開始の結論に強い影響を与えたと認められる事件が多く、中には捜査機関が永らく証拠を隠蔽していたと疑われる事件も存在する。このことは、再審請求手続における証拠開示の制度化がいかに重要であるかを如実に示している。


しかし、再審請求手続における証拠開示については、いまだに明文の規定が存在しておらず、裁判所の広汎な裁量に委ねられているのが現実である。刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号。以下「改正刑訴法」という。)の制定過程において、再審請求手続における証拠開示の問題点が指摘され、法制化には至らなかったものの、改正刑訴法附則第9条第3項において、政府は改正刑訴法の公布後、必要に応じて速やかに再審請求手続における証拠の開示等について検討するものと規定され、この附則に基づいて、政府が行う検討に資するために、当連合会を含む関係機関による協議が行われていた。しかしながら、この協議は現在進んでおらず、その他政府による検討が進んでいる形跡もない。これは、立法不作為とも評価し得る状況にある。


再審請求人に対する手続保障を図り、えん罪被害者を迅速に救済するためにも、再審請求手続における証拠開示の制度化は、早急に実現しなければならない。


また、長い年月をかけて再審開始決定を得たとしても、開始決定に対する検察官の不服申立てによって、更に審理が長期化し、時には再審開始決定が取り消され、振出しに戻るという事態も繰り返されてきた。そのため、えん罪被害者の救済が遅延しており、極めて深刻な状況となっている。例えば、当連合会が支援する再審事件のうち、名張事件の元被告人は既に亡くなり、大崎事件の元被告人は96歳、袴田事件の元被告人は87歳と、相当な高齢になっている。


そもそも、職権主義的審理構造の下で、利益再審のみを認め、再審制度の目的を無辜の救済とした現行の再審請求手続においては、元被告人らによる再審請求に対し、検察官は、「公益の代表者」として裁判所が行う審理に協力する立場に過ぎない。そのような検察官に、再審開始決定に対する不服申立権を認める必要はなく、法改正によって早急に禁止されなければならない。検察官が確定判決の結果が妥当だと主張するのであれば、再審公判においてその旨主張する機会が保障されており、それで不都合はないからである。


以上の2点以外にも、冒頭で指摘したように再審法の規定が少なく、とりわけ、審理の在り方については、明文の規定が存在せず、裁判所の広汎な裁量に委ねられていることから、証拠開示以外の局面でも、時に「再審格差」と呼ばれるように、裁判所の訴訟指揮に大きな差が生じるという問題がある。


再審請求手続における再審請求人の手続保障を図るとともに、裁判所の公正かつ適正な判断を担保するためには、進行協議期日設定の義務化、事実取調べ請求権の保障、請求人の手続立会権・意見陳述権・証人尋問における尋問権の保障及び手続の公開、通常審や過去の再審請求に関与した裁判官の除斥及び忌避、国選弁護制度の導入等を始めとする再審請求手続における手続規定を整備する必要がある。


当連合会は、これまで数多くの再審事件の支援に取り組んでおり、近年では、足利事件、布川事件、東京電力女性社員殺害事件、東住吉事件、松橋事件、湖東事件で、それぞれ再審により無罪判決が確定している。


このような再審事件の動向が全国的に報道された結果、再審やえん罪被害に対する市民の関心は年々高まりを見せており、再審法改正を目指す市民団体が結成されたほか、全国の地方議会でも、2023年4月19日現在、127もの議会において、再審法改正を求める意見書や要望書が決議・提出されている。


そして、当連合会は、これまでも、現行制度の運用改善、再審法改正の必要性を繰り返し指摘し、2019年10月4日の人権擁護大会では「arrowえん罪被害者を一刻も早く救済するために再審法の速やかな改正を求める決議」を全会一致で採択したほか、2023年2月17日には「arrow刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」を新たに策定し、その後公表した。しかし、いまだに再審法改正は実現していない。


よって、当連合会は、えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、改めて国に対し、以下の事項を中心とする再審法の改正を速やかに行うよう求める。


1 再審請求手続における証拠開示の制度化


2 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止


3 再審請求手続における手続規定の整備


当連合会は、えん罪被害者の声に真摯に耳を傾け、引き続き再審支援活動を行うとともに、当連合会が目指す再審法改正の実現に向けて、全力を挙げて取り組む決意である。


以上のとおり決議する。


                  2023年(令和5年)6月16日
                   日本弁護士連合会

提案理由

第1 「国家による最大の人権侵害」であるえん罪被害と再審法の意義

えん罪は、犯人とされた者やその家族だけでなく、被害者やその関係者の人生をも狂わせる。紛れもなく、えん罪は、国家による最大の人権侵害の一つである。それゆえ、人権保障を最大の価値理念とする日本国憲法は、「無辜を罰せず」の趣旨の下、多数の刑事手続関連条項を設け(第31条から第40条まで)、刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)等の法律を充実させることによって、えん罪の発生を防止しようとしてきた。


しかし、それでもえん罪は発生する。そのことは、近時、次々と明らかとなった再審無罪の事例にも端的に現れている。10年、20年、時には人生の大半をかけて、自身の無実を主張するえん罪被害者が、日本にも多数存在しているのである。


そして、これまで当連合会が支援してきた、いわゆる「死刑再審4事件」(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)や、現在支援中の袴田事件の例をあえて引くまでもなく、時には死の淵に立たされるえん罪被害者を救済する「最終手段」こそ、再審である。そして、その手続を定めているのが刑事訴訟法第4編再審であり、これを「再審法」と呼んでいる。


第2 当連合会が支援する再審事件の躍進と市民の関心の高まり

1 再審事件に対する支援の始まりとその後の苦闘


当連合会は、1959年から一貫して、再審請求を積極的に支援してきた。新証拠の明白性の判断枠組みを示した最高裁白鳥決定(最高裁判所昭和50年5月20日決定・刑集第29巻第5号177頁)及び財田川決定(最高裁判所昭和51年10月12日決定・刑集第30巻第9号1673頁)はその成果でもある。両決定は、1970年代から1980年代までにかけて、大きなえん罪救済の流れを生み、「死刑再審4事件」の無罪判決へとつながった。


ところが、その後、白鳥・財田川両決定の趣旨を不当に狭める解釈がなされ、検察官が証拠開示に消極的な対応を取るようになるなど、えん罪救済という本来の再審制度の在り方に反する対応により、1990年代は、「再審冬の時代」となった。当連合会の支援事件で再審が開始されたのは、榎井村事件(1993年再審開始、1994年再審無罪判決)の僅か1件にとどまった。


2 近時の支援の成果


このような状況は、近年変わりつつあり、当連合会の不断の取組が再び実を結びつつある。その先駆けとなったのは、当連合会が支援した足利事件である。同事件は、2009年、DNA型再鑑定によってえん罪であることが客観的に明白となり、17年間服役した元被告人が再審開始前に釈放されたのである。


そして、その後も当連合会が支援する再審事件で大きな動きが見られた。例えば、2011年に布川事件、2012年に東京電力女性社員殺害事件、2016年に東住吉事件、2019年に松橋事件、そして2020年には湖東事件で、それぞれ再審によって無罪判決が確定した。また、2023年3月21日、死刑事件である袴田事件について、ようやく再審開始が確定した。さらに、不当にも検察官の特別抗告により再審開始確定には至らなかったが、同年2月27日には日野町事件につき再審開始を維持する即時抗告審決定が出されている。このほか、検察官の不服申立てによって後に取り消されたものの、2005年には名張事件、2011年には福井女子中学生殺人事件で、それぞれ再審開始決定が出されており、大崎事件では、2002年及び2017年の二度にわたって再審開始決定が出されている。


3 再審法改正への市民の関心の高まり


このような再審事件の動向は全国的に報道され、中学校、高校の社会科の教科書でも再審が取り上げられるなど、市民の再審やえん罪被害に対する問題意識、そして当連合会の再審支援活動に対する社会の関心は、年々高まりを見せている。2019年には「冤罪犠牲者の会」や「再審法改正をめざす市民の会」といった市民団体が結成され、全国の地方議会でも、2023年4月19日現在、127もの議会において、再審法改正を求める意見書や要望書が決議・提出されている状況にある。


第3 早急な改正が求められる再審法の問題点

1 制度的・構造的な問題を抱える再審法


肝心の再審法がえん罪被害者の救済のために必要十分な制度となっているかといえば、そうではない。


現行の再審法では、いわゆる「二重の危険」を禁止する憲法第39条により不利益再審が禁止され、再審は、人権擁護の理念に基づいて、誤判により有罪の確定判決を受けたえん罪被害者を迅速に救済することを目的とする制度となった。それにもかかわらず、日本においては、「開かずの扉」と言われるほどに、再審が認められることがまれであり、えん罪被害者の救済は遅々として進んでいない。


その原因は、決して各事件固有の問題ではなく、刑事訴訟法に再審に関する規定が僅か19条しか存在しないという制度上の問題である。再審請求手続に関する詳細な規定が存在しないために、個々の裁判体の裁量があまりにも大きく、進行協議の実施、証拠調べ(証人尋問、鑑定等)の実施、証拠開示に向けた訴訟指揮の在り方など、手続のあらゆる面で統一的な運用がなされておらず、時に「再審格差」と呼ばれるように、再審請求人にとって適正手続(憲法第31条)が保障されているとは言えない状況にある。


さらに、再審請求手続が肥大化し、再審開始の判断までに極めて長い年月を要する現状の下では、「迅速な裁判」(憲法第37条)という憲法上の要請が実現できているとは言い難い。現行の再審法は、その憲法適合性に重大な疑義が生じている。


その中でも、特に重要な課題として指摘すべきは、①再審請求手続において証拠開示規定が存在しないこと、②再審開始決定に対する検察官の不服申立てにより審理が極めて長期化していること、③再審請求手続における手続規定が整備されておらず、請求人の手続保障が十分になされていないことの3点である。


2 再審請求手続における証拠開示の制度化


(1) 通常審における証拠開示については、刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成16年法律第62号)において公判前整理手続における類型証拠開示や主張関連証拠開示の制度が新設され、さらに刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号。以下「改正刑訴法」という。)において証拠の一覧表の交付制度が新設されたことに見られるように、当連合会が提言している全面的証拠開示には及ばないものの、一定の制度的前進は見られている。


しかし、殊に再審請求手続における証拠開示については、これまで何らの規定も設けられておらず、再審請求手続における弁護人の証拠開示請求に対して、何も応答しない裁判所がある一方、検察官に対して証拠開示を口頭又は書面により勧告したり、さらには証拠の一覧表を提出するよう求めた裁判所もあるなど、個々の裁判体の判断によって様々であった。それゆえ、再審事件を担当する弁護人からは、全ての裁判所において一律に証拠開示が認められるよう、証拠開示の制度化が強く望まれてきた。


特に、近年では、布川事件、東京電力女性社員殺害事件、東住吉事件、袴田事件、大崎事件、日野町事件等のように、再審請求手続における証拠開示請求により開示された証拠が再審開始決定の結論に強い影響を与えている事件が多く、松橋事件では、再審請求前の段階で開示された証拠が再審開始決定の決め手となっている。


しかし、前記のとおり、再審請求手続における証拠開示については明文の規定がないため、証拠開示が実現した事件であっても、開示に至るまでには相当な時間を要している場合が多い。例えば、袴田事件では、事件発生から40年以上も経過した第2次再審請求の段階で初めて、約600点にも上る証拠が新たに開示され、日野町事件でも、事件発生から30年近くが経過した第2次再審請求の段階で多くの証拠が開示されたが、証拠が開示されるまでに気の遠くなるほどの長い時間がかかっており、この間、日野町事件の元被告人であった阪原弘氏は、雪冤を果たすことなく亡くなっている。


さらに、湖東事件のように、元被告人に有利な証拠が検察官へ送致されず、再審公判段階になってその存在が判明した事例もあり、捜査機関が永らく証拠を隠蔽していたと疑われる事実も明らかとなってきた。


このように、証拠開示制度の不備がえん罪被害者の速やかな救済を阻害している実情があり、再審請求手続における証拠開示の制度化はますます重要な意味を持つに至っている。


(2) 当連合会は、2014年5月26日、人権擁護委員会内に「再審における証拠開示に関する特別部会」を設置し、個々の再審事件における、弁護団の精力的な活動によって獲得してきた証拠開示の成果や、法の不備による限界や課題について調査・分析し、そこからあるべき証拠開示法制に向けた提言を行うべく検討を重ねてきた。そして、2018年10月15日には、一般向けの書籍として「隠された証拠が冤罪を晴らす―再審における証拠開示の法制化に向けて」(現代人文社)を刊行し、さらに2019年5月10日、当連合会の意見として、再審における証拠開示の制度要綱案や再審における証拠開示に関する実例集を盛り込んだ「arrow再審における証拠開示の法制化を求める意見書」を公表した。


さらに、改正刑訴法の制定過程において、再審請求手続における証拠開示の問題点が指摘され、法制化には至らなかったものの、改正刑訴法附則第9条第3項において、政府は改正刑訴法の公布後、必要に応じて速やかに再審請求手続における証拠の開示について検討するものと規定された。そして、この附則に基づいて、政府が行う検討に資するために、2017年3月以降、当連合会を含む関係機関による協議が続けられていたが、2022年1月を最後にこの協議は進んでいない。また、法務省に設置され、同年7月以降開催されている「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」でも、再審請求手続における証拠開示についての協議はなされておらず、その他政府による検討が進んでいる形跡もない。このように、改正刑訴法の公布から既に7年が経過したにもかかわらず、今なお再審請求手続における証拠開示の制度化が実現しておらず、その目処も立っていないのであって、立法不作為とも評価し得る状態にある。当連合会は、改正刑訴法附則第9条第3項の趣旨に基づき、改めてその実現を強く求める。


(3) 海外の法制度を見ると、日本の再審法制の原型となったドイツでは、通常審段階において原則として捜査機関が収集した全ての証拠を閲覧することができる上、再審段階では、証拠として一件記録に綴られなかった「証跡記録」(当該事件の対象となっている所為とは関連するが、捜査機関が被疑者・被告人に関連しないと判断した記録)についても閲覧することが認められている。


また、日本の通常審と同じく当事者主義的訴訟構造を採る英米法圏においても、行き過ぎた当事者主義が招いた誤判・えん罪への反省から、証拠開示を含む様々な立法や制度改革が行われている。アメリカでは、検察官の手持ち証拠の事前・全面開示を義務付ける法律が制定されている州があり、イギリスでは、第三者機関であるCCRC(刑事事件再審委員会)に、裁判所、検察、警察、刑務所等のあらゆる公的機関から証拠を入手する権限を与えている。


さらに、台湾においても、近時の法改正により、弁護士は、再審請求のために全ての記録及び証拠物を閲覧し、抄録、複写又は撮影することができるようになっており(再審請求権者も原則的に費用を予納して全ての記録等の謄本を取得できる。)、日本の再審法制における証拠開示規定の不存在は、比較法的観点からも極めて遅れをとっていると言わざるを得ない。


いずれにせよ、再審請求手続で開示された証拠がその後の開始決定において決定的な役割を有する事件が多数存在し、さらに、現に係属している多くの再審事件において一刻も早い証拠開示が求められている実情に鑑みれば、再審請求手続における証拠開示の制度化は、早急に実現しなければならない喫緊の課題である。


3 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止


(1) 再審開始決定に対する検察官の不服申立てが、えん罪被害者の迅速な救済を阻害するという問題は、かねてより指摘されてきた。それでも、1990年代までは、再審開始決定に対する即時抗告が棄却された場合、特別抗告までなされることはなく、そのまま再審開始決定が確定する事案が多かった。


しかし、近年では、布川事件、松橋事件、大崎事件、湖東事件及び日野町事件において、再審開始を認める即時抗告審決定に対して、検察官が最高裁判所へ特別抗告を行っている。その結果、特別抗告審の判断がなされるまで再審開始決定が確定せず、えん罪被害者の救済が遅延している。


殊に、大崎事件では、請求審の再審開始決定及びこれを支持した即時抗告審決定を最高裁判所が取り消し、再審請求を棄却するという事態も生じており(最高裁判所令和元年6月25日決定・集刑第326号1頁)、その弊害は顕著である。


そして、再審請求手続の長期化により、救済が遅延することで、えん罪被害者本人や再審請求人であるえん罪被害者の親族の高齢化が極めて深刻化している。


例えば、名張事件の再審請求人であった奥西勝氏は、1973年4月15日から再審請求を始め、第7次再審請求において、2005年4月5日、名古屋高等裁判所で再審開始決定がなされたものの、検察官の即時抗告に代わる異議申立てにより取り消され、雪冤を果たすことなく、第9次再審請求中の2015年10月4日に89歳で亡くなった。その後、奥西氏の遺志を受け継いだ妹によって、第10次再審請求が行われているものの、その妹も現在93歳となっている。


また、袴田事件の再審請求人であった袴田巖氏は、1981年4月20日に第1次再審請求を行い、現在は袴田氏の姉が第2次再審請求を行っている。2014年3月27日には静岡地方裁判所で再審開始決定がなされたが、検察官の即時抗告により取り消された。その後、再審請求人の特別抗告を受けて、最高裁判所は審理を東京高等裁判所へ差し戻し、2023年3月13日、東京高等裁判所は再審開始決定に対する検察官の即時抗告を棄却し、同月21日、これが確定した。しかし、再審開始決定からは約9年もの歳月が経過しており、袴田氏は現在87歳、同氏の姉も現在90歳となっている。


さらに、大崎事件の再審請求人である原口アヤ子氏は、1995年4月19日に第1次再審請求を行い、2002年3月26日に鹿児島地方裁判所で再審開始決定がなされたものの、その後、検察官の即時抗告により取り消された。その後の第3次再審請求では、2017年6月28日に鹿児島地方裁判所で二度目の再審開始決定がなされ、福岡高等裁判所宮崎支部もこれを支持したにもかかわらず、検察官の特別抗告により取り消された。現在、第4次再審請求を行っているが、原口氏は現在96歳となっている。


(2) 前記のとおり、そもそも再審制度は、えん罪被害者の人権を救済するための「最終手段」であり、無罪を訴える者の人権保障のために存在する制度である。しかし、長い年月をかけて再審開始決定を得たとしても、それに対して検察官による不服申立てを許容すれば、再審開始要件の高いハードルを一度越えた再審請求人に対して、更に重い防御の負担を課し、長い審理時間も要することになる。これでは再審の人権保障機能を到底果たすことはできず、憲法適合性にも疑義を生じかねない。


なお、英米法諸国では、通常審においても一般的に検察官の上訴を認めておらず、実体的真実主義を採用するドイツにおいても、1964年に再審開始決定に対する検察官抗告は明文で禁止されている。また、歴史的経緯から、日本と同様の再審法を有する韓国でも、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを制限すべきとの議論がなされている。


そもそも、職権主義的審理構造の下で、利益再審のみを認め、再審制度の目的を無辜の救済とした現行の再審請求手続においては、元被告人らによる再審請求に対し、検察官は「公益の代表者」として裁判所が行う審理に協力する立場に過ぎない。そのような検察官に、再審開始決定に対する不服申立権を認める必要はなく、法改正によって早急に禁止されなければならない。検察官が確定判決の結果が妥当だと主張するのであれば、再審公判においてその旨主張する機会が保障されており、それで不都合はないからである。


4 再審請求手続における手続規定の整備


現行の刑事訴訟法及び刑事訴訟規則(昭和23年12月1日最高裁判所規則第32号)において、再審請求の審理手続を定めた規定は、刑事訴訟法第445条、刑事訴訟規則第286条しか存在しない。このように、証拠開示以外の局面でも、再審請求手続における審理の在り方については明文の規定が存在せず、裁判所の広汎な裁量に委ねられている。


具体的には、新証拠の明白性を判断するための事実の取調べ、すなわち証人尋問等を行うか否かは、個々の事件を審理する裁判所の姿勢によって大きく異なる。また、審理手続については、実務上、裁判所、弁護人及び検察官による三者協議が活用されているが、三者協議の運用についても、各裁判所によって運用が異なる。さらに、手続の公開についての規定がないことから、三者協議及び事実取調べについては、ほぼ非公開で行われている。


そのため、三者協議を全く開催せず、審理の進行を行わない、弁護人が請求する事実取調べを全く行わず、事前の告知もないまま突如として再審請求棄却を決定するといった、不当な審理手続が横行している。


このような審理手続は、適正手続に反するばかりか、裁判所が適正な事実認定、新証拠の明白性判断を行う前提が欠如している。また、手続が非公開であることから、このような裁判所の不当な審理手続が市民や報道機関へ十分に伝わらず、批判に晒されることがないという問題が生じている。これらが「再審格差」を生じさせる大きな要因となっている。


また、大崎事件、日野町事件及び飯塚事件において、通常審に関与した裁判官や過去の再審請求に関与した裁判官が、当該事件の再審請求で担当裁判官として審理や決定に関与していたことが明らかとなった。このことは、裁判所の判断の公正・適正さに疑念を抱かせるものである。


加えて、再審請求は、決して容易なものではなく、弁護士による援助の必要性は通常審以上に高いと言えるものの、再審請求手続において国選弁護制度のない現状では、資力がないために弁護人を付けることができず、再審請求そのものを断念する者の存在を否定できない。


再審請求手続における再審請求人の手続保障を図るとともに、裁判所の公正かつ適正な判断を担保するためには、進行協議期日設定の義務化、事実取調べ請求権の保障、請求人の手続立会権・意見陳述権・証人尋問における尋問権の保障及び手続の公開、通常審や過去の再審請求に関与した裁判官の除斥及び忌避、国選弁護制度の導入等を始めとする再審請求手続における手続規定を早急に整備する必要がある。


第4 当連合会における再審法改正へ向けた取組

1 60年以上にわたる再審法改正に向けた取組


当連合会は、現行再審制度の運用改善、法改正の必要性等を指摘し、1962年には「刑事訴訟法第四編(再審)中改正要綱」を公表し、更に検討を重ねて1977年1月22日、「刑事再審に関する刑事訴訟法(第四編再審)ならびに刑事訴訟規則中一部改正意見書」(以下「1977年改正案」という。)を策定し、その後公表するとともに、その実現のために努力してきた。


その後、免田事件、財田川事件、松山事件及び島田事件のいわゆる死刑再審4事件の再審手続の進行に伴い、その身体拘束問題等が新たに法改正によって解決すべき課題として提起されるなどの状況の下で、当連合会は、1985年4月19日、1977年改正案につき、その一部を修正することとし、これを修正案(1985年修正案)としてまとめ、さらに、法改正の必要性等を裏付ける再審諸事件についての手続の進行、再審開始・棄却等の決定・判決が続出する状況の下、1991年3月28日には、「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」(1991年改正案)を策定し、その後公表した。


2 第62回人権擁護大会と再審法改正実現本部の設置


当連合会は、2019年10月3日、第62回人権擁護大会シンポジウム第3分科会「えん罪被害救済へ向けて~今こそ再審法の改正を~」を開催した。そして、シンポジウムでの成果を踏まえ、翌日の人権擁護大会では、「arrowえん罪被害者を一刻も早く救済するために再審法の速やかな改正を求める決議」が全会一致で採択され、当連合会は再審法改正に向けての決意を改めて世に示すこととなった。


これを受けて、当連合会は、2020年2月25日、人権擁護委員会内に設置された前記「再審における証拠開示に関する特別部会」を「再審法改正に関する特別部会」へ発展的に改組した。その後、2年余りの活動を経て、2022年6月16日には、当連合会理事会において「再審法改正実現本部」の設置が承認され、それ以降、再審法改正案の取りまとめや、市民向けの活動、立法要請等に鋭意取り組んでいる。


3 当連合会による2023年改正案


当連合会は、2023年2月17日、近年の再審諸事件において生じた各種の問題点を再検討した上で、以下を基本的視点とする「arrow刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」(2023年改正案)を新たに策定し、その後公表した。


① 白鳥・財田川決定の趣旨の明文化と再審請求の理由の拡大

② 裁判所の公正・適正な判断を担保する制度の整備

③ 再審請求人に対する手続保障を中心とする手続規定の整備

④ 再審における証拠開示制度の整備

⑤ 再審請求手続における検察官の役割の確認及び再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止

⑥ 刑の執行停止に関する規定の整備


4 再審法の全面的改正へ向けて


現行の刑事訴訟法が施行されてから74年もの間、社会の動向に伴って、被疑者国選弁護制度、裁判員制度、証拠開示制度及び取調べの録音・録画制度を始めとする諸制度が導入され、事件捜査、刑事弁護、公判審理の在り方が大きく進化してきたにもかかわらず、再審制度は何らの進化・改善もないまま現在まで取り残されてきた。


そもそも、日本でえん罪被害者の救済が遅々として進まない背景には、再審請求人が確定判決に合理的疑いを抱かせるに足りる新証拠を提示しても、それを正当に評価しようとせず、再審請求を退けようとする裁判所の基本的姿勢が存在する。このように、裁判所がいつまでも変わらないようであれば、再審法改正の実現に訴えるしかない。


再審がえん罪被害者の人権を救済する「最終手段」であることに鑑み、その制度保障をより確固としたものにするため、当連合会は、再審法の全面的改正に向けた取組を粘り強く継続し、その意思を表明し続ける必要がある。


第5 結語

以上を踏まえ、当連合会は、えん罪被害者の声に真摯に耳を傾け、引き続き再審支援活動を行うとともに、えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、改めて国に対し、①再審請求手続における証拠開示の制度化、②再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止、③再審請求手続における手続規定の整備を中心とする再審法の改正を速やかに行うよう求める。