第61回定期総会・わが国における人権保障システムの構築及び国際人権基準の国内実施を求める決議

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当連合会は、わが国における人権保障システムの構築及び国際人権基準に照らして、最優先課題というべき以下4点をすみやかに実現するよう政府及び国会に対して強く求めるものである。

 

  1. 「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」に合致した真に政府から独立した国内人権機関を内閣府外局に設置すること。
  2. 国際人権(自由権)規約、女性差別撤廃条約、拷問等禁止条約、人種差別撤廃条約などにおける個人通報制度を導入すること。
  3. 誤判原因を究明するため、政府から独立した第三者機関を設立すること。
  4. 取調べの可視化(取調べの全過程の録画)を実行するなど、被疑者及び被告人の権利の充実のために刑事捜査制度を全面的に見直すこと。

 

以上のとおり決議する。

 

2010年(平成22年)5月28日
日本弁護士連合会


 

(提案理由)

1 はじめに

国際人権(自由権)規約などの人権条約では、批准国における国際人権基準実施のため、条約機関による批准国政府報告書審査制度を採用している。


しかしながら、日本政府の各条約機関に対する報告書の提出には大幅な遅延が見られる。また、各条約機関による総括所見でなされた勧告について、わが国が実施していないものが少なくない。さらに、日本の裁判所も人権条約の適用について消極的である。これらの理由により、わが国では国際人権基準の実施が極めて不十分である。


日本政府は、2008年の国際人権(自由権)規約委員会の総括所見をはじめとする各条約機関からの相次ぐ勧告を踏まえ、その勧告内容の実現に努めるとともに、パリ原則に準拠し、政府から独立した国内人権機関の設置、各人権条約に基づく個人通報制度の実現、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)・弁護人の立会い、起訴前保釈制度の導入、代用監獄の廃止、未決勾留の代替制度の創設などの刑事捜査制度の全面的転換などを通じて、わが国に国際人権保障システムを確立するべきである。


2 国内人権機関について

国内人権機関とは、人権侵害からの救済、人権基準に基づく立法や行政への提言及び人権教育の推進などを任務とする国家機関である。国連人権理事会、国際人権(自由権)規約委員会、国際人権(社会権)規約委員会、女性差別撤廃委員会、人種差別撤廃委員会、子どもの権利委員会などが、わが国に対しパリ原則に合致した国内人権機関の設置を求める勧告をしている。


パリ原則は、1993年に国連総会で採択され、国内人権機関に関し、権限と責任を通じての独立性、構成の多元性の保障、財政上の自立を通じた独立性、任命・解任手続を通じての独立性及び活動の方法について定めるものである。


2002年に提出され、廃案となった人権擁護法案の定める人権委員会は、(1)法務省の外局として法務大臣の所轄におかれ、政府からの独立性の点に問題がある、(2)公権力による人権侵害のうち、調査・救済対象が「差別と虐待」に限定され狭すぎるなどという欠陥があった。


当連合会は、パリ原則に合致した、政府から独立性を確保し、広く公権力による人権侵害一般を救済の対象とする国内人権機関の設置を求めてきた。そして2008年11月「日弁連の提案する国内人権機関の制度要綱」を作成公表し、設置に向けて積極的な活動を継続している。


3 個人通報制度について

個人通報制度とは、人権条約の人権保障条項に規定された人権が侵害され、国内で手段を尽くしても救済されない場合、被害者個人などがその人権条約委員会に通報し、その委員会の見解を求めて救済を図ろうとする制度である。


国際人権(自由権)規約、女性差別撤廃条約、人種差別撤廃条約及び拷問等禁止条約では、選択議定書の批准、あるいは当該条項の受諾宣言によって、この個人通報制度を実現することができる。わが国では裁判所が人権条約の適用について消極的であるため、特に個人通報制度の意義が大きい。世界では既に多くの国が個人通報制度を採用しており、OECD加盟30カ国やG8の8カ国など先進国とされる諸国の中で何らの個人通報制度も有していないのはわが国のみである。


わが国は、初代人権理事国となり、また岩沢雄司教授が国際人権(自由権)規約委員会委員長を務めているなど、人権の分野でも大きな役割が期待され、またそれを果たそうとしている。わが国の管轄内にいる個人が国際的な人権保障制度である個人通報制度を利用できないことは、その国際的地位からしても誠にふさわしくないと言わざるを得ない。


4 誤判原因の究明と取調べの可視化(取調べの全過程の録画)などについて

わが国では、免田事件、財田川事件、松山事件及び島田事件という戦後から1950年代までに発生した4件において、死刑判決確定ののち再審で無罪判決が出された。無実の者があやうく死刑に処せられるところであった。近年も志布志事件、氷見事件、足利事件、布川事件など深刻な誤判・誤起訴事件が多数発生している。これらの原因を、政府から独立した第三者機関を設立し、徹底的に解明するべきである。


重大な誤判の原因として、密室での取調べによって作成された自白調書の任意性、信用性が十分吟味されないまま裁判所によって採用されたことがつとに指摘されている。密室における自白強要を防止するためには取調べの可視化(取調べの全過程の録画)が必要不可欠であることは明らかである。裁判員制度が実施される中で、被疑者取調べの一部録画の問題性は益々顕著であり、全過程の録画の必要性を市民に対して強く訴えていく必要がある。


国際人権基準実施の観点から、取調べの全過程の録画はもとより、取調べへの弁護人の立会い、起訴前保釈制度の導入、代用監獄の廃止、未決勾留の代替制度の創設など、被疑者及び被告人の権利の充実のために刑事捜査手続の全面的な見直しが求められており、当連合会としても、取調べの可視化の実現と、これら諸改革を通じた人質司法の打破に向けた取組を強化していきたい。


5 まとめとして

2009年9月16日、千葉景子法務大臣は、就任後初の記者会見で民主党が国民に約束したマニフェストの実現に取り組むとし、その中でも、(1)国内人権機関の内閣府外局への設置、(2)国際人権(自由権)規約、女性差別撤廃条約などにおける個人通報制度の実現、(3)取調べの可視化(取調べの全過程の録画)の3点を最優先課題として掲げた。これらは、いずれも当連合会がかねてからその実現を強く求めてきたものであり、上記のとおり国際社会からも重ねてその実現を求められてきたものである。


当連合会は、わが国における人権保障システムの構築及び国際人権基準に照らして、最優先課題というべき決議の趣旨記載の4点について、そのすみやかな実施・実現を、政府及び国会に対し重ねて強く求めるものである。