第57回定期総会・引き続き未決拘禁制度の抜本的改革と代用監獄の廃止を求め、刑事司法の総合的改革に取り組む決議
約100年前に制定された監獄法の全面改正として、2005年(平成17年)に成立した「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」(以下「受刑者処遇法」という。)に続いて、その一部改正案の形で、いわゆる未決拘禁法案が国会に提出され、本年4月衆議院で可決された。
被疑者の身体拘束を捜査に利用する代用監獄制度は、捜査と拘禁の分離を求める国際人権基準に違反するものであり、国内外から厳しい批判に晒されてきた。国際人権(自由権)規約委員会は1993年(平成5年)、1998年(平成10年)の2度にわたり、代用監獄の廃止を勧告した。当連合会も、その廃止に向けて運動を強力に進めてきた。
しかし、「未決拘禁者の処遇等に関する有識者会議」は、さしあたり「今回」の法整備に際しては代用監獄の存続を前提とした提言をした。今回の立法は、それを受けたものであり、結局、代用監獄問題は先送りされようとしている。
確かに、未決拘禁法案では留置施設を「刑事施設に収容することに代えて」勾留される施設と規定して、その代替収容性を明確化している。受刑者処遇法により新設された刑事施設視察委員会と同様に、留置施設視察委員会も設置される。また、拘置所における弁護人の夜間・休日接見への道も開かれ、法案には明記されなかったが、弁護人との電話・ファックスによる外部交通も実施されることが予定されている。死刑確定者の処遇については、「心情の安定」を理由とする外部交通の相手方の制限が取り払われる。これらは、名古屋刑務所事件を契機とした行刑改革の流れが未決拘禁者等の処遇にも及んだものとして評価される。
しかしながら、未決拘禁制度の改革は、刑事訴訟法改正に連動する。代用監獄の問題は、日本の調書裁判、自白偏重主義と密接に結びついており、「人質司法」といわれる実態がその背後にある。
一方、2009年(平成21年)に実施を控えた裁判員裁判では、調書裁判から公判中心の口頭主義、直接主義への転換が迫られている。自白偏重の捜査・裁判の在り方も見直しが求められている。また、代用監獄の廃止・漸減は、今日の過剰拘禁対策の中で検討される必要がある。
代用監獄問題は先送りされようとしているが、その解決は、遠い将来の課題ではない。既に法務省内に、刑事訴訟法改正も視野に入れた過剰拘禁対策のプロジェクトが発足し、また、「更生保護のあり方を考える有識者会議」による提言も近々まとめられる見込みである。刑事司法のトータルな改革に向けた検討が、開始されているのである。
この動きをさらに進め、関係当局は、「次なる課題として、刑事司法制度全体が大きな変革の時代を迎えていることなどを踏まえて…取調べを含む捜査の在り方について検討するとともに、代用刑事施設制度の在り方についても、刑事手続全体との関連の中で検討すべき」との附帯決議(本年4月14日衆議院法務委員会)を受けて、刑事手続全体の総合的改革に取り組み、その中で代用監獄の廃止・漸減に向けた方策を示すべきである。
いまや、裁判員制度の開始を見据えて、以下の点を含む刑事手続全体の総合的改革に取り組むことが焦眉の課題である。
- 未決勾留の代替制度の導入を含む過剰拘禁対策
- 取調べの可視化
- 取調べの時間制限など取調べ規制を含む捜査の在り方の見直し
- 勾留・保釈要件の見直し、起訴前保釈制度の導入など「人質司法」の見直し
当連合会は、引き続き、代用監獄の廃止を求め、未決拘禁制度の抜本的改革を含む刑事司法手続の総合的改革に取り組む決意を表明するものである。
以上のとおり決議する。
2006年(平成18年)5月26日
日本弁護士連合会
(提案理由)
1.監獄法の改正
当連合会は、未決・既決を通じ、刑事被拘禁者の処遇を国際準則に適ったものにするため、長年にわたってその改革に取り組んできた。約100年前に制定された監獄法の全面改正として、まず、2005年(平成17年)5月18日、「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」(以下「受刑者処遇法」という。)が成立した。これによって、受刑者処遇については、当連合会の目指す改革の一部が、不十分な点を残しながらも実現するところとなった。
続いて、「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律の一部を改正する法律案」(以下「本法案」という。)が本年4月衆議院で可決された。代用監獄問題を含む未決拘禁者の処遇問題及び死刑確定者の処遇に関する法改正であるが、その中で、代用監獄制度の帰趨がとりわけ注目されてきた。
2.前提としての代用監獄廃止の必要性
代用監獄は、捜査当局が被疑者の身体拘束・収容を自白強要の手段として利用する日本独特の制度となっている。警察の意に沿う被疑者には便宜を与え、否認している者には、いつ食事にありつけるか分からない、いつ房に戻って眠れるか分からないと不安にさせるなど、被疑者の身体拘束を捜査に利用する代用監獄制度は、捜査と拘禁の分離を求める国際人権基準に違反し、国内外から厳しい批判に晒されてきた。
1980年(昭和55年)、法制審議会は、「関係当局は、将来、できる限り被勾留者の収容の必要に応じることができるよう、刑事施設の増設及び収容能力の増強に努めて、被勾留者を刑事留置場に収容する例を漸次少なくすること。」(漸減条項)という答申を全会一致で採択した。これが代用監獄に関する論議の到達点であった。
これに対し、警察当局は、同年の通達により警察内部で捜査部局と拘禁部局が分離されたので代用監獄の弊害はなくなったと弁明している。しかしながら、それ以降も捜査が留置に優先する実態に変わりはなく、代用監獄での自白強要、人権侵害などの弊害事例は今なお数多く報告されている。代用監獄の弊害の本質は変わっていないのである。ちなみに、国際人権(自由権)規約委員会による2度にわたる代用監獄廃止の勧告(1993年(平成5年)、1998年(平成10年))は、いずれも1980年(昭和55年)以降のことである。
したがって、代用監獄問題を検討する前提として、関係者は、先の法制審議会答申の漸減条項を踏まえ、その後今日まで、代用監獄廃止の必要性には何ら変わりないことを共通の認識とすべきであった。
3.先送りされる代用監獄存廃問題
しかし、2005年(平成17年)12月に法務事務次官及び警察庁長官の私的諮問機関として設置された「未決拘禁者の処遇等に関する有識者会議」(以下「有識者会議」という。)においては、近代刑事司法や国際人権法上の原則すら共有されないまま、代用監獄制度の存廃について十分に議論する時間的余裕もなく、極めて不十分な議論しかなされなかった。
その結果、本年2月に取りまとめられた「未決拘禁者の処遇等に関する提言」(以下「提言」という。)では、さしあたり「今回」の法整備に際しては代用監獄を存続することを前提としつつ、「代用刑事施設制度は将来的には廃止すべきとする強い意見もあることや、刑事司法制度全体が大きな変革の時代を迎えていることなどを考えると、今後、刑事司法制度の在り方を検討する際には、取調べを含む捜査の在り方に加え、代用刑事施設制度の在り方についても、刑事手続全体との関連の中で、検討を怠ってはならないと考える。」とされた。
提言の取りまとめにあたっての有識者会議の最終回会議においては、「今回」の法整備における代用監獄存続に強く反対する委員に対して、現状では代用監獄やむなしとの意見の複数の委員からも、「この提言は代用監獄の永続化を認めたものではない。代用監獄存廃の問題は長い歴史的課題でもあり、この会議でそのいずれかに決着がつけられるものではないことは共通の認識である。」などの発言があり、それに対して異を唱える意見はなかった。その共通認識に基づき、提言は、「今回の未決拘禁者の処遇等に関する法整備に当たっては、代用刑事施設制度を存続させることを前提としつつ、そこにおいて起こり得る様々な問題を回避し、国際的に要求される水準を実質的に充たした被疑者の処遇がより確実に行われるような具体的な仕組みを考えるべきであり、これによって、捜査の適正な遂行と被疑者の人権の保障との調和を図ることが国民の負託に最もよく応えるものであると考える」という取りまとめとなったのである。
要するに、提言は、代用監獄を廃止すべきであるという「強い意見」があったことを踏まえ、代用監獄の存廃は刑事手続全体との関連で検討すべき課題として位置付けられ、今後とも代用監獄制度の存廃を含めた議論が必要であるとの認識を示したものである。
今回の立法は、この提言を受けてなされたものであるが、その内容は、結局、代用監獄の存廃問題につき今回の法整備で決着をつけず、先送りしようとするものである。
4.拘禁二法案との違い
しかしながら、本法案は、かつての拘禁二法案(刑事施設法案、留置施設法案)とは異なる点に留意する必要がある。
拘禁二法案は、1.警察が独自の拘禁法「留置施設法」をもつ、2.留置施設の食費などを法務省を経由せず警察予算から支出する(費用償還法の廃止)、3.国家公安委員会の任務と権限を規定する警察法第5条第2項に「留置施設に関すること」を加える、4.捜査を行う司法警察員による留置に固執し、設置根拠規定に「警察官が司法警察員として…留置する」との文言を入れる(留置施設法案第3条第2項)といった点をとらえて、警察の本来的な拘禁施設に格上げされる悪法と評価された。
これに対し、本法案では、1.警察単独立法を阻止し、未既決を通じた単独立法の形となり、2.費用償還法が維持され、3.警察法第5条第2項に「留置施設に関すること」を加えることを阻止し(警察法第21条に、長官官房の所掌事務としては入れられたが)、4.設置根拠規定には、「警察官が司法警察員として(留置する)」との文言を入れさせなかった(第14条)。
こうして本法案では、留置施設を「刑事施設に収容することに代えて」勾留される施設と規定(第14条及び15条)して、その代替収容性を明確化し、法務大臣が国家公安委員会に対し留置施設の運営状況について説明を求め、代替収容された被留置者の処遇について意見を述べることができる(第15条第2項)とし、「内閣総理大臣は…処遇の斉一を図るため、被勾留者である被留置者…の処遇に関し内閣府令を制定し、又は改廃するに当たっては、法務大臣と協議するものとする」(第240条)と規定し、警察留置場について法務行政の関与が認められた。
したがって、本法案において留置施設が本来的な拘禁施設に格上げされたとはいえず、その代用性は維持されたということができる。
また、受刑者処遇法により新設された刑事施設視察委員会と同様に、留置施設視察委員会が設置される(第20条以下)。この制度は警察留置場を第三者機関がチェックするという画期的なものであるから、真に第三者機関として機能するように、視察委員会の委員選任に当たっては、弁護士会推薦の弁護士委員が確実に選任されるよう求めるなど、実効的なものとしなければならない。
さらに、拘置所における弁護人の夜間・休日接見への道も開かれ、法案には明記されなかったが、弁護人との電話・ファックスによる外部交通も実施されることが予定されている。これらが全国的に実施されることが重要である。そして、防御権の内容として制度的に確立させる必要がある。
拘禁二法案とは異なるこれらの点は、本法案において、未決拘禁者等の処遇を改善するものとして積極的に評価できる。なお、本法案では、死刑確定者の処遇については、刑事施設法案と異なり、「心情の安定」を理由とする外部交通の相手方の制限が取り払われたが、この点も、従来より前進したものと評価できるであろう。
これらの改正点は、名古屋刑務所事件を契機として設置された行刑改革会議の提言(2003年(平成15年)12月)及びそれを受けた受刑者処遇法の制定という行刑改革の流れが未決拘禁者等の処遇にも及んだものとして位置付けることができる。
5.あくまでも代用監獄の廃止・漸減を求めて
代用監獄をはじめとする未決拘禁制度は、本来的に刑事訴訟法の一部といえ、未決拘禁制度の抜本的改革は、刑事訴訟法改正に連動する。
代用監獄の問題は、日本の調書裁判、自白偏重主義と密接に結びついており、また、被疑者の身体拘束を当然視し、否認していれば保釈を認めない「人質司法」といわれる実態がその背後にある。ここに風穴を開けない限り、代用監獄廃止の展望は開けないともいえる。
一方、現在、刑事司法制度全体が大きな変革の時代を迎えている。裁判の長期化を防ぐ裁判迅速化法、公判前整理手続を導入する改正刑事訴訟法が既に施行され、2009年(平成21年)には、市民が刑事事件に参加する裁判員制度が始まる。こうした新しい制度が適正に運用されるためには、憲法が保障する公正な裁判の前提となる被疑者・被告人の防御権保障のための制度整備が不可欠である。例えば、全面的な証拠開示や、取調べの録画・録音(取調べの可視化)、取調べの時間制限、取調べへの弁護人の立会いなどの実現である。
また、充実した集中審理の実現には、被告人の身体拘束が解かれ弁護人との緊密な打ち合わせができることが極めて重要である。起訴前保釈制度の創設や権利保釈の除外事由の縮小をはじめ、保釈制度を抜本的に見直すことも焦眉の課題である。
間近に実施を控えた裁判員裁判では、調書裁判から公判中心の口頭主義、直接主義への転換が迫られる。自白偏重の捜査・裁判の在り方も早急に見直しが求められている。
また、今日の過剰収容問題は、代用監獄を現実に減らせない要因の一つであり、代用監獄の廃止・漸減は、過剰拘禁対策の中で検討される必要がある。本法案では代用監獄問題は先送りされようとしているが、その解決は、遠い将来の課題ではない。その過剰拘禁対策として、本年1月、法務省に、「刑事施設収容人員適正化プロジェクト」が発足した。そこでは未既決の身体拘束の諸問題が検討される。具体的には、犯罪者の中間処遇制度、在宅による再犯防止・社会復帰支援制度、仮釈放制度の運用、未決拘禁の代替制度、保釈制度の運用、起訴前保釈制度の導入等を検討対象としている。刑事訴訟法改正も視野に入れられている。さらには、2005年(平成17年)7月、法務省に「更生保護のあり方を考える有識者会議」が設置され、近々最終提言が取りまとめられる。刑務所を出た後の更生保護についても改革しようというものである。
被疑者の逮捕・勾留から裁判手続、受刑者処遇、そして出所後の更生保護に至るまで、刑事司法のトータルな改革に向けた検討が、今、既に開始されているのである。
関係当局は、本法案に対する本年4月14日の衆議院法務委員会附帯決議が「次なる課題として、刑事司法制度全体が大きな変革の時代を迎えていることなどを踏まえて…取調べを含む捜査の在り方について検討するとともに、代用刑事施設制度の在り方についても、刑事手続全体との関連の中で検討すべき」と述べていることを受けて、刑事手続全体の総合的改革に取り組み、その中で代用監獄の廃止・漸減に向けた方策を示すべきである。
当連合会は、とりわけ同附帯決議が1980年(昭和55年)法制審議会が答申した漸減条項の「実現に向けて、関係当局は更なる努力を怠らないこと」としていることを重視し、代用監獄の廃止・漸減をあくまでも求めるものである。
代用監獄の漸減に向けての具体的、現実的な対応策は既にある。まず、現在建設が進められている大規模独立留置場を拘置所とすることである。提言に記述された「大規模独立留置場は、独立した拘禁施設そのものであり、本来法務省が管理すべき未決拘禁施設にふさわしいので、これらの大規模独立留置場からまず法務省所管に移して代用監獄の漸減を実現していくべきであり、自治体の施設を国の施設に替え、もしくは借用するなど、その移行形態の工夫は十分可能であるとの意見」について、関係当局は早急に検討を開始すべきである。
6.未決拘禁制度の抜本的改革を含む刑事司法の総合的改革は焦眉の課題
間近に迫った裁判員制度の開始を見据えて、以下の点を含む刑事手続全体の総合的改革に取り組むことが焦眉の課題である。
- 未決勾留の代替制度の導入を含む過剰拘禁対策
- 取調べの可視化
- 取調べの時間制限など取調べ規制を含む捜査の在り方の見直し
- 勾留・保釈要件の見直し、起訴前保釈制度の導入など「人質司法」の見直し
今、取調べ受忍義務を前提とする実務の見直しも求められている。
当連合会は、引き続き、代用監獄の廃止を求め、未決拘禁制度の抜本的改革を含む刑事司法手続の総合的改革に取り組む決意である。そしてそのために総力を挙げることを、本決議をもって表明するものである。