第57回定期総会・司法改革実行宣言 -司法アクセスの更なる拡充と公的弁護対応態勢確立のために-

当連合会は、1990年(平成2年)の第1次司法改革宣言以来、9次にわたる司法改革宣言をし、「市民の司法」を実現するための様々な改革を提言するとともに、実践を行ってきた。


「二割司法」といわれた行政優位の「小さな司法」を克服し、「大きな司法」を実現して、「法の支配」が社会のすみずみにまで及ぼされ、市民の期待に応える司法を実現することは、われわれ弁護士・弁護士会の市民に対する責務である。


司法改革の一連の立法等を通じて、われわれが提言してきた改革の重要な部分が制度化され、今や全国でそれを実行していくことが最大の課題となっている。


ことに、本年10月に業務を開始する日本司法支援センター(以下「司法支援センター」という。)の活動への対応は喫緊の課題である。司法支援センターの活動は、民事・刑事を問わず、あまねく全国において、法による紛争の解決に必要な情報やサービスの提供が受けられる社会を実現することを目指すものである。これまで、当連合会は司法アクセスの分野においては、日弁連ひまわり基金を設け、ひまわり基金公設事務所及び法律相談センターを設置し、さらに拡充を進めている。また、刑事弁護の分野においては、被疑者段階の弁護制度として、当番弁護士制度を全国で実施してきた。さらに、当連合会は財団法人法律扶助協会を立ち上げて、市民へのリーガルエイドの実施を支えてきた歴史がある。司法支援センターは、これら当連合会の活動実績を踏まえるもので、「市民の司法」を目指す司法改革課題の重要な部分を担うものであり、われわれはその制度設計に積極的に関わるとともに、多くの提案を行ってきた。


司法支援センターが設立されたこのような経緯に鑑みると、これを主体的に担うのはわれわれの責務であり、その活動を弁護士が全面的に支えることによってはじめて目的を実現することができる。


司法支援センターの業務開始に伴い、市民から弁護士に対して寄せられる様々な法的ニーズは、従前に比べて増加することが予想される。当連合会としては、各弁護士会とともに、このニーズに迅速かつ十分に応えていくための組織的体制を構築しなければならない。


また、司法支援センターの業務の一環として、被疑者段階を含めた新たな公的弁護制度がスタートする。被疑者国選弁護制度はわれわれの悲願であり、当番弁護士運動を通じて実現したものである。弁護の自主性・独立性を確保して、質の高い弁護を提供しなければならない。2009年(平成21年)には、年間約9万件にのぼる被疑者国選弁護を担うことになるものと予測され、われわれはこれに万全に対応できる態勢をすべての弁護士会で確立するため、取組を強化していく必要がある。


ここに、われわれは、これまでの司法改革の運動とその成果を踏まえたうえで、それぞれの地域の特性に応じて、民事・刑事を含めた各種の法的業務への対応に迅速かつ十分に対応する取組を一層強化することを決意するものである。


以上のとおり宣言する。


2006年(平成18年)5月26日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1.司法改革のこれまでの経緯

当連合会は、1990年(平成2年)5月、第41回定期総会において、「司法改革に関する宣言」を行ってから、昨年までに9次にわたる司法改革宣言を行ってきた。   
司法改革の原点である、第1回司法改革宣言においては、二割司法といわれる状況を脱却して、「国民の権利を十分に保障し、豊かな民主主義社会を発展させるためには、充実した司法の存在が不可欠であ」り、「今こそ国民主権の下でのあるべき司法、国民に身近な開かれた司法をめざして、わが国の司法を抜本的に改革するときである。」と高らかに宣言している。
以後、当連合会は、2005年(平成17年)までの16年間に9次にわたる司法改革宣言を行ってきたが、この間、司法を取り巻く状況は大きく変化してきた。特に1999年(平成11年)7月から2001年(平成13年)6月の間に開催された司法制度改革審議会においては、数々の大規模な制度改革が議論され、同審議会意見書及びその後の司法制度改革推進本部での議論を経て、法科大学院制度、裁判員制度、日本司法支援センターの設置、被疑者国選弁護制度、下級裁判所裁判官指名諮問委員会の創設などの様々な制度改革が実現している。
当連合会は、この間、一貫して「小さな司法から大きな司法への転換」「市民のための司法」という理念を掲げて改革を推進してきた。この司法制度改革の一連の立法等を通じて、われわれが提言してきた改革の重要な部分が制度化されたことは、当連合会の運動の一つの成果であるということができる。今やそれぞれの制度・本来の趣旨が実現されるよう留意しつつ全国でそれを実行していくことが、最大の課題となっている。


2.司法アクセス改善と刑事司法改革のための日弁連の活動

長い間、司法関連予算は極めて少なく(国家予算の0.4%)、市民が、容易かつ十分に司法上の救済ができる体制が整えられてきたとはいえなかった。
われわれは、法的サービスを求める市民が容易かつ十分に司法にアクセスできるようにするためにも、「市民のための司法」を掲げ、「小さな司法から大きな司法」への転換を求め、一方で、国が民事・刑事にわたる総合的な司法アクセス拡充のためにその予算を用いることを、司法改革の重要な課題として、長年にわたり求めてきた。他方でわれわれは次のとおり自ら実践してきた。
1952年(昭和27年)財団法人法律扶助協会を設立し、全国各地の弁護士会に置かれた各支部において、経済的資力が乏しい市民へのリーガルエイド(法律扶助)を人的・経済的に支援して実施してきた。当連合会のかかる長年にわたる活動の成果として、2000年(平成12年)10月1日から民事法律扶助法が施行され、法律に根拠をもった国費が投入され、事件数は大幅に増加し、市民のアクセス拡充が図られてきた。
また、当連合会は早くから弁護士過疎の問題に取り組んできた。弁護士会からの寄付、特別会費による日弁連ひまわり基金を設け、2000年(平成12年)6月には、島根県浜田市に最初の公設事務所である「石見ひまわり基金法律事務所」を設置している。その後、ひまわり基金法律事務所は全国に設置され、今日までに60カ所を超える事務所が開設されてきた。
1993年(平成5年)11月の第8回弁護士業務対策シンポジウムでは、「弁護士0~1マップ」(裁判所の支部はあるが、弁護士がいない〈0〉あるいは弁護士事務所は一つだけ〈1〉という地域の実態を明らかにした地図)を発表し、これを受けて1996年(平成8年)5月の第47回定期総会においては「弁護士過疎・偏在問題の解決のために全力をあげて取組むことを決意するとともに、当面の措置として5年以内に、いわゆる0~1地域を中心として緊急に対策を講ずべき弁護士過疎地域に法律相談センターを設置する」と宣言した。その後、全国に法律相談センターを設置する運動をすすめ、本年4月現在全国294カ所の法律相談センターを設置している。
さらに、刑事弁護の分野においては、1990年(平成2年)、大分県弁護士会と福岡県弁護士会において相次いで始められた当番弁護士制度が、その後わずか2年の間に全国で実施されるに至り、社会的に高い評価を受けている。2005年(平成17年)の当番弁護士受付件数は、6万6000件を超えており、財団法人法律扶助協会の事業による被疑者弁護士援助件数も約8300件にのぼっている。この当番弁護士運動は、捜査段階における自白調書が極めて重視され、幾多の重大な冤罪事件を生み、「絶望的」といわれて久しい刑事裁判の現状を打開し、被疑者の人権保障を実質化させることを通じて、直接主義・口頭主義によるあるべき刑事裁判の実現を目指したものであった。そして、それは身体を拘束された被疑者の固有の権利として、必然的に公的制度化を求めるものであった。
当連合会は、民事・刑事の両面で、上記のような活動を継続してきたが、ひまわり基金法律事務所は、弁護士会からの寄付及び特別会費を財源とするひまわり基金によるものであり、当番弁護士制度も、また会員の特別会費及び担当弁護士の献身的な活動により維持されてきた制度である。
当連合会が行ってきた諸活動は、広い意味での市民の裁判を受ける権利を保障するための活動であり、民事はもとより刑事についても本来国がその費用を負担して行うべき活動であった。


3.日本司法支援センター設立の意義

一連の司法改革の一つとして、2004年(平成16年)に成立した総合法律支援法に基づき、本年4月に日本司法支援センター(以下「司法支援センター」という。)が設立され、10月から本格的に業務を開始する。
司法支援センターの主要な業務は、1.情報提供、2.民事法律扶助、3.国選弁護関連、4.司法過疎対策、5.犯罪被害者支援の5つである(同法第30条)。
司法支援センターは、国がようやく、その予算をもって総合的な市民の司法アクセス拡充のための制度を立ち上げたもので、同センターの活動は、民事・刑事を問わず、あまねく全国において、法による紛争の解決に必要な情報やサービスの提供が受けられる社会を実現することを目指すものである。
司法支援センターは、「市民の司法」を市民とともに目指して取り組んできた日弁連のこれまでの活動実績を踏まえ、司法改革課題の重要な部分を担うものであるということができる。われわれはこれまで司法支援センターの構想が明らかにされて以降ただちに対策本部を設置し、2003年(平成15年)2月21日の理事会で決定した当面の基本方針等に基づき、制度設計に当連合会の意見を反映させる努力をしてきた。
司法支援センターが設立されたこのような経緯に鑑みると、これを主体的に担うのはわれわれの責務であり、その活動を弁護士が全面的に支えることによってはじめて司法支援センターの設立目的を実現することができるというべきである。


4.民事刑事両分野における対応態勢

司法支援センターの設立と業務の開始は、日弁連・各弁護士会に対して、民事・刑事両分野での新たな、かつ重要な課題を提起している。民事関係については、司法支援センターにコールセンターが設置されることに伴い、法律扶助事件の増大が見込まれるとともに市民の司法解決を求める需要が顕在化し、司法支援センターの活動を通じて、今後、市民から弁護士・弁護士会に寄せられる法的ニーズは増加することが予想される。
社会のあらゆる分野から、弁護士に対して、様々な分野や態様の法的サービスの提供が求められるわけであり、われわれは、これに対して適時適材が応える組織的な体制を構築して、迅速かつ十分に対応する態勢を各弁護士会ごとに整える必要がある。
また国選弁護関連業務は、被疑者段階の国選弁護制度を、2006年、2009年(平成21年)と段階的に整備していくものである。2006年の第一段階では、「死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁固に当たる事件」についてまず実施されるが、2002年(平成14年)の統計数字で見れば、全国勾留件数約14万件のうちの約7400件がこれに当たる。2009年の第二段階においては、「死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁固にあたる事件」につき被疑者段階の国選弁護制度が開始するが、2002年のデータに基づいて推計すると、12万件の必要的弁護事件のうち約9万件が被疑者国選弁護事件になると想定されている。
被疑者段階の国選弁護と同時に、「弁護士会に対する私選弁護人選任の申し出」制度も実施されることを考え合わせると、被疑者段階からの国選弁護制度実施後、私選・国選を合わせた被疑者弁護制度の総数は現在に比べ飛躍的に増加することが予想される。
被疑者段階からの国選弁護制度は、日弁連・弁護士会が長年求めてきた国費による被疑者段階での国選弁護制度を当番弁護士運動を通じて実現したものである。この制度を求めてきた日弁連・弁護士会としては、弁護の自主性・独立性を確保して質の高い弁護を提供しなければならず、万全の体制でこれを担うべき社会的責務を有するものである。
特に、民事、刑事を含めて司法支援センターの業務を担う、スタッフ弁護士、ジュディケア弁護士を確保し充実させていくことは喫緊の課題である。


5.司法アクセスの拡充・刑事対応態勢への更なる取組に向けて

司法制度改革が目指した目的の一つは、法の支配が社会のすみずみにまで及ぼされ、それにより、市民の権利が十分に保障され、民主主義社会が豊かに発展することにある。そのためにわれわれは1990年(平成2年)以来、「市民のための司法」をスローガンとして掲げ、司法改革に邁進してきた。そもそも、法律事務を独占している弁護士が、市民の法的ニーズに対して十分な供給義務を果たすことは、われわれの社会的責務である。
われわれはこの意味での総合的な組織体制、人的体制の整備を含めて、全国的な対応態勢構築のために、早急に実務作業を進めていく必要がある。
以上により、われわれは、ここに、司法支援センターの設立を機に、それぞれの地域の特性に応じて、民事・刑事を含めた様々な市民の法的ニーズに迅速かつ十分に対応する取組を一層強化することを決意するものである。