第55回定期総会・弁護士任官を全会挙げて強力に進める決議

弁護士任官の推進は、裁判官制度改革において、裁判官の給源の多様化・多元化を図り、法曹一元制度の実現を目指すうえで最も重要な課題の一つであり、その成否は弁護士ならびに弁護士会の努力に大きくかかっている。


日本弁護士連合会は、今次の司法改革がはじまって以降、2002年(平成14年)5月、第53回定期総会において「新たな段階を迎えた弁護士任官を全会挙げて推進する決議」を採択し、同年11月にそれまでの実践的な活動と結びつけながら第19回司法シンポジウムを開催するなど、この取組みを強化し、その結果、32名という多数の任官希望者を確保する成果を挙げた。


しかしながらその後は、2003年、2004年と、任官者は10名前後にとどまり、弁護士任官の大きな波を作り出すに至っていない。


これは2002年の成果の後の一時的な落ち込み、あるいはこの時期に就任要請が集中した法科大学院教員との給源の競合などがマイナス要因と考えられるが、下級裁判所裁判官指名諮問委員会による弁護士任官希望者の情報収集、適格性審査のあり方とも関係しているとの指摘もある。


当連合会は、このような任官障害を除去していくことが緊急の課題であることを認識しつつ、現在、非常勤裁判官への希望者は多数に上っている状況に鑑みるとき、会員の通常任官希望意欲をさらに顕在化させ、1人でも多くの任官者を輩出するよう、1人ひとりの会員及び弁護士会とともに全会挙げて弁護士任官を強力に推進することを改めて決意する。


以上のとおり決議する。


2004年(平成16年)5月28日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1. 司法制度改革における弁護士任官の重要性

今次の司法制度改革において、裁判官制度改革は最も重要な課題の1つである。2001年(平成13年)6月12日に発表された司法制度改革審議会意見書は、司法制度の中核を担う裁判官制度の改革に関連して、国民が求める多様で豊かな知識、経験を備えた判事を確保するため、判事の給源の多様性、多元性の実質化をはかることが必要であることを明らかにした。そして、原則としてすべての判事補に裁判官の職務以外の多様な法律専門家としての経験を積ませることを制度的に担保する仕組みを整備すべきであること、特例判事補制度を計画的かつ段階的に解消すべきであること、そのためにも判事を大幅に増員することが必要であること、この判事の増員に対応できるよう、弁護士任官を推進すべきであること、そのために、日本弁護士連合会と最高裁判所が恒常的な体制を整備して協議・連携することにより、継続的に実効性のある措置を講じていくべきであることを提言した。


当連合会と最高裁は、弁護士任官等に関する協議を重ね、2001年12月7日に以下の内容の「弁護士任官等に関する協議の取りまとめ」を発表した。


  1. 日弁連は、「任官推薦基準及び推薦手続」を策定し、各弁護士会連合会に設置される「弁護士任官適格者選考委員会」における選考を経た推薦手続を通じて、多様で豊かな知識・経験と人間性を備えた裁判官となりうる資質、能力を有する弁護士が、できる限り多く裁判官候補者として推薦されるよう努めるものとし、最高裁はこれを了承する。
  2. 最高裁は、上記手続を経て任官の申込がなされた場合には、日弁連を通じて提出された資料等を判断材料として、任官希望者の採否について総合的観点から検討するものとし、日弁連はこれを了承する。不採用の場合には、本人の求めに応じて書面によりその理由を開示する。
  3. 日弁連と最高裁は、弁護士任官推進のための環境整備の方策を推しすすめるとともに、判事補が裁判官の身分を離れて弁護士の職務経験を積む制度を実効あらしめるための方策を検討し、その実施に必要な制度の整備がなされるように努力する。
  4. 最高裁と日弁連は、弁護士任官の推進、判事補に弁護士の職務経験を積ませる制度及び恒常的協力体制の整備等について、今後とも継続して協議する。

2.弁護士任官推進のための当連合会の取組み

当連合会は1990年以来、弁護士会の関与する弁護士任官を積極的に推進してきたが、十分な成果を上げることができなかった。しかるに今次の司法改革において、新たに弁護士任官が重要改革課題として位置づけられたこともあり、新しい段階に入ることになった。


当連合会は、弁護士任官をさらに推進するため2001年5月8日、理事会において「法曹一元の実現に向けて弁護士任官を全会挙げて推進する決議」を採択し、弁護士会は裁判官制度改革の担い手であることの自覚を持ち、キャリア裁判官に代わる弁護士出身の裁判官任官という弁護士任官の今日的意義を共通の認識として、この課題に全会挙げて一斉に取り組むことの決意を明らかにした。


さらに2002年5月24日、第53回定期総会において、新たな段階を迎えた弁護士任官の意義と内容を十分に踏まえて、弁護士任官希望者がその準備のために在籍することができる公設事務所の設置や弁護士任官支援事務所の登録をすすめるなど、弁護士任官への障害を除去し、推進するための制度を一層整備し、市民委員が参加する「弁護士任官適格者選考委員会」において弁護士任官適格者の推薦を早期に行い、その会員数にふさわしい数の弁護士任官適格者を継続的に推薦する体制を整え、全国で年間数十名の弁護士任官者を輩出する取組みを全会挙げてすすめることを決意する決議を行った。


その後、「弁護士任官適格者選考委員会」を各弁護士会連合会に設置する取組みがすすめられ、2002年7月には8ブロック全ての弁護士会連合会と東京三弁護士会に設置された。また、東京三弁護士会や大阪弁護士会等においては、弁護士任官推進の機能を発揮できる公設事務所が設置された。この他、多くの既存の法律事務所が弁護士任官支援事務所として登録し、弁護士任官希望者を積極的に採用する等の任官推進協力活動を行っている。


また、弁護士任官者が任官準備の過程で生じる経済的負担が軽視しえないものであることを考慮して、これを支援する弁護士任官基金の制度が東京弁護士会、兵庫県弁護士会などで設置された。


さらに、弁護士任官者が退官して弁護士再登録する際に、司法研修所の終了証明書等の「弁護士となる資格を証明する書面」の提出を必要としないこととし、弁護士名簿の登録料を免除し、任官時に日弁連において弁護士記章を保管して再登録の際には従前の弁護士記章の交付と従前の登録番号による登録を求めることができるようにする等、弁護士任官を推進するうえで生じる様々な障害を除去するための会則改正等を行った。


3.第19回司法シンポジウム(2002年11月15日)に向けての取組みと成果

シンポジウムのタイトルは「裁判官制度改革の実践―弁護士任官と判事補の他の法律専門職経験を中心に―国民の目線で判断できる優れた裁判官を安定的に確保できる準備を整えました」というものであり、当連合会として国民に向け、国民の目線で判断できる優れた裁判官を安定的に推薦する手続・制度が整い、多くの実践が行われていることを発表し、また法律事務所に判事補を受け入れる良好な環境準備が整っていることを報告する場と位置づけた。


なお、この実践型シンポジウムに先駆けて、2002年3月20日大阪においてプレシンポジウムを開催した。その時点までの実践報告をもとに、市民の参加を得て各弁護士会連合会が設置した弁護士任官適格者選考委員会の推薦による初めての任官者、同委員会の市民委員、任官推進担当理事経験者、最高裁との協議員などがパネリストとしてこの実践を評価し、さらなる前進のための課題についても意見交換を行っている。


司法シンポジウム運営委員会においては、会員に新しい任官制度を紹介し任官の意思を問う全国一斉のアンケートの実施や、3回にわたって弁護士任官候補者発掘全国経験交流会を開催し、有意義な経験交流・意見交換を行い、具体的な発掘活動を促進した。


このような実践の成果として、シンポジウム開催日までに全国で32名の任官希望者を確保することができたのである。


4.弁護士任官等推進センターの活動と成果

当連合会は、第19回司法シンポジウムの成果を引き継ぎ、弁護士任官を推進する恒常的な組織として、2002年10月22日、弁護士任官等推進センターを設置した。


同委員会は、以下の5部会を設置した。


 第1部会 弁護士任官推進


 第2部会 非常勤裁判官任官推進


 第3部会 判事補の他職経験受け入れ推進


 第4部会 任官者支援


 第5部会 広報


2003年1月10日の第1回定例委員会開催以降今日まで、毎月1回程度の定例委員会の開催、3回の弁護士任官全国担当者会議、3回のブロック大会(広島・札幌・横浜)及び非常勤裁判官シンポジウムの開催と、精力的に活動を展開している。新しい弁護士任官制度の下、2002年度は5名(東京・兵庫県各2、静岡県1)、2003年度は10名(東京3、横浜・大阪・京都各2、名古屋1)、2004年度は4月任官6名(第二東京2、東京・横浜・埼玉・熊本県各1)及び内定者1名(広島)の通常任官者を送り出した。現在、2004年度10月任官の申入者は3名(東京・大阪・兵庫県各1)であり、3名全員が任官すれば2004年度の通常任官者の合計は10名ということになる。


当連合会は、当面の通常任官者の目標を年間30名としており、この実績は満足のいく数字とは言えない。しかし、1992年以来2001年までの10年間の任官者総数は46名であり、1年の平均任官者数が4.6名であったことと比較すると、第19回司法シンポジウムの成果が着実に増加につながっていると言える。そしてこれら任官者は、裁判所の中でも、今や一定の層をなしつつある。


ところが、2005年4月任官の最高裁への申込締切は2004年7月1日であるが、現在のところ数名程度の申込が見込まれるのみである。また、2005年10月任官の申込締切は同年1月10日であるが、全国の会員アンケートによると数十名の会員において任官の意向は認められるものの、具体的に弁護士任官適格者選考委員会の選考審査を受ける意思表明までは得られておらず、このままでは2005年度の任官者は数名にとどまる可能性さえある。


このような弁護士任官推進運動の苦戦の原因としては、いくつかの理由が考えられる。


第一に、任官者発掘担当者における一応の達成感が挙げられる。2002年11月シンポジウムへ向けて各弁護士会は精力的な発掘活動を行い、全国で32名の任官希望者を確保することができた。この段階で各担当者は、任官者の給源となるべき働きかけを一通り終え、一段落したという思いがあると思われる。


第二に、全国のアンケート等によると、任官意思を表明する会員は数十名にのぼるが、そのうちの多くは弁護士経験年数3年までの若年弁護士である。最高裁との協議結果によると弁護士経験3年以上の判事補任官も可能であるが、弁護士経験10年以上の判事任官が望ましいとされている。従って、弁護士経験3年未満の任官希望者が直ちに任官できるとは必ずしも言えず、任官意思表明者の数の増加が任官者増につながらない。


第三の原因は、法科大学院の教官等との給源の競合である。2004年4月より全国で68の大学に法科大学院が開設された。実務家教員として700名近い弁護士が専任あるいは非常勤教員に採用されている。これらの実務家教員は、弁護士任官候補者とかなりの部分で重なっている。現実に、多くの弁護士会で既に任官意思を表明していた会員から、法科大学院の教員になることを理由に任官意思を撤回されたという報告がされている。


第四の原因は、下級裁判所裁判官指名諮問委員会及び地域委員会からの氏名公表・情報収集依頼等の影響があげられる。裁判官制度改革の重要課題である裁判官の指名過程の透明性を高め、国民の意思を反映させるため、国民的視野に立って多角的見地から意見を述べる機関として「下級裁判所裁判官指名諮問委員会」と、そのための情報を収集し指名諮問委員会に意見を述べる機関として各高裁ブロックに「地域委員会」が設置された。指名諮問委員会及び地域委員会からは、各弁護士会に対し、任官希望者の氏名を公表して広く情報を求めたいとの意向が示された。当連合会は、任官候補者の氏名が公表された上で不採用となった場合に任官候補者にもたらされる悪影響と、氏名公表をしても実質的な情報収集につながらないことを主張した結果、現在、氏名公表はされていない。しかし地域委員会からは任官候補者に対し、過去3年間の事件リストと相手方代理人、さらには雇用弁護士、共同経営弁護士、共同活動弁護士、雇用事務員、依頼人等の氏名・連絡先等の関係者リストの提出を求められるようになり、任官希望者に対し、多大な負担感と、任官への萎縮効果を与えている。


第五に、指名諮問委員会において、2004年度4月任官の候補者11名のうち4名を不適格者とする答申が出たことの影響が原因として考えられる。この中には、弁護士経験5年未満で短期任官を希望した者と、弁護士経験5年を超えて通常の任官を希望した者が含まれるが、この結果が任官希望者に与える萎縮効果は小さくなく、また任官推進運動の担当者や関連委員会の活動にも消極的な影響が少なからず認められる。


5.今後の課題の解決と障害の除去

一つは、短期任官制度のあり方である。これについては、当連合会と最高裁の間では「裁判官として少なくとも5年程度は勤務しうる者」と合意しており、判事補への短期任官は排除されていない。この制度は、任官者数を増大するためには最も有効な任官形態であり、今後も短期任官候補者を発掘し、指名諮問委員会や最高裁に対し多様な任官形態の一つとして理解を求め、運用を改善していくことが重要である。


第二の課題は、指名諮問委員会及び地域委員会に対する対応問題である。まず、地域委員会からの事件リスト及び関係者リストの提供要請については、裁判官人事の透明性を高めるという観点から、基本的に適否に関する情報を提供し協力すべきものである。具体的な運用については、これらの委員会と、氏名公表問題も含め、実質的な情報を有効に収集するため資料収集のあり方について協議していく必要がある。また、あわせて各弁護士会連合会の弁護士任官適格者選考委員会に関しては、そこでの資料収集や適格性判断の手続の在り方の検討、さらには指名諮問委員会の役割との関連においてこの委員会の意義・役割及び審査のあり方について検討し、必要な見直しを行う必要がある。


次に、指名諮問委員会の審議のあり方の問題である。4月任官者の審議は、再任者の審議とあわせて行われたが、審議は十分であったか疑問である。特に判断資料については、少なくとも、指名諮問委員会で面接を行うべきであったのではないかとの問題も残る。


このような点について、当連合会は、運用の改善を求めていくことが重要である。


6.まとめ

今後継続して毎年30名以上の通常任官者を確保していくには、これらの諸課題を解決していくことは勿論であるが、基本的には任官希望者が1人でも多く応募しやすい状況を作り、推進運動を積極的に展開していくことが必要である。


幸いなことに、全国各地で弁護士任官者を支援し育成するため、弁護士任官推進を目的とする公設事務所が設置されている。東京弁護士会では、東京パブリック法律事務所、北千住パブリック法律事務所の2事務所、第一東京弁護士会では渋谷シビック法律事務所、第二東京弁護士会では東京フロンティア法律事務所、大阪弁護士会では大阪フロンティア法律事務所と刑事こうせつ法律事務所の2事務所が開設されている。東京弁護士会ではさらに渋谷パブリック法律事務所を開設予定であり、横浜・岡山等の各弁護士会でも開設が予定されている。東京パブリック法律事務所は既に1名の任官者を送り出しているし、数年後には、各地の公設事務所から任官者が輩出される可能性は高い。


一方非常勤裁判官は、2004年1月に第1期30名が誕生し、2004年10月には第2期30名が採用される見込みである。最終的には100人を越える非常勤裁判官が誕生する予定であり、この制度は着実に充実・発展している。第2期の候補者の中には、通常任官に強い意欲を有する者も少なからず認められ、数年後にはこの中から通常任官者が誕生することが期待される。


このように、数年後には、毎年継続して相当数の通常任官者を輩出できる体制が整うことが見込まれるが、これまで述べてきたように、現在、任官推進運動にとって困難な課題や障害事由が存在し、任官推進運動は苦況に立ち至っている。


これを乗り切るためには、第19回司法シンポジウムに向けて行ってきた当連合会の運動を、もう一度初心に戻って取組むことが重要である。


われわれは、これまで何度も会員アンケートを行い、任官意欲のある人を見つけ、任官制度について説明し、勧誘するという地道な活動を行ってきた。これらの活動は推進運動の担当者1人だけの問題でなく、全会員が等しく運動に協力してこそ実るものである。つまりは、会員1人ひとりが、まず自分が任官すべきか、できるかを自ら問い、それができなければ身近に任官してもらいたい人がいないかを考え、適任者がいれば他薦のアンケートに回答して情報を任官推進担当者に提供することが重要である。全国の任官推進担当者は、このような情報をもとに、任官希望者と面談し、弁護士任官の重要性や意義及び任官手続等について十分に説明し理解を求めていくという発掘活動を、積極的かつ粘り強く行うことが重要である。


われわれは、裁判官制度改革において、裁判官の多様化・多元化を図り、着実な法曹一元を目指す上で、弁護士任官推進運動が極めて重要な課題であることを今一度確認し、安定して任官者を確保できることが見込まれる数年後に向けて現在の任官推進運動における諸課題を解決し、障害を除去し、克服し、任官者を1人でも多く輩出する取組みを、1人ひとりの弁護士と弁護士会が一致協力して強力にすすめることを決意し、本決議案を本総会に提案するものである。