第53回定期総会・新たな段階を迎えた弁護士任官を全会挙げて推進する決議

司法制度改革審議会意見書は、国民が求める多様で豊かな知識、経験を備えた判事を確保するため、判事の給源の多様性、多元性の実質化と、特例判事補制度の計画的、段階的解消のために、判事の増員に対応できる弁護士任官の推進が必要であると提言している。


当連合会は、各弁護士会連合会に「弁護士任官適格者選考委員会」を設置し、その選考を経て、多様で豊かな知識・経験と人間性を備えた多数の弁護士を裁判官任官候補者として推薦していくこととし、最高裁判所もこれを了承した。


こうして、弁護士任官は、審議会意見書が示した裁判官の給源の改革に大きな役割を担うにとどまらず、「弁護士任官適格者選考委員会」に市民委員が加わることにより、わが国で初めて国民的な基盤を有する選任過程を経た裁判官が生まれる制度的な素地を創りだした。そればかりでなく、このような弁護士任官者を多数輩出することは、裁判官の独立性を強めるうえでも極めて大きな意義をもつものとなり、総じて、弁護士任官は、法曹一元の実現に向けて新たな段階を迎えたものということができる。


われわれは、新たな段階を迎えた弁護士任官の意義と内容を十分に踏まえて、弁護士任官希望者がその準備のために在籍することができる公設事務所の設置や弁護士任官支援事務所の登録をすすめるなど、弁護士任官への障害を除去し、促進するための制度を一層整備する。同時に、すべての弁護士会連合会の「弁護士任官適格者選考委員会」において弁護士任官適格者の推薦を早期に行い、すべての弁護士会において、その会員数にふさわしい数の弁護士任官適格者を継続的に推薦する体制を整える。


このようにして、われわれは、全国で年間数十名の弁護士任官者を輩出する取り組みを全会挙げてすすめることを決意する。


以上のとおり、決議する。


2002年(平成14年)5月24日
日本弁護士連合会


提案理由

1. 司法制度改革審議会の意見書の成立と内容

2001年6月12日、司法制度改革審議会は2年間にわたる審議を終え、内閣に対して意見書を提出した。


意見書は、司法制度の中核を担う裁判官制度の改革に関連して、国民が求める多様で豊かな知識、経験を備えた判事を確保するため、裁判所法が定める判事の給源の多様性、多元性の実質化をはかることが必要であることを明らかにした。そして、そのために、原則としてすべての判事補に裁判官の職務以外の多様な法律専門家としての経験を積ませることを制度的に担保する仕組みを整備すべきであること、特例判事補制度を計画的かつ段階的に解消すべきであること、そのためにも判事を大幅に増員することが必要であること、この判事の増員に対応できるよう、弁護士任官を推進すべきであること、そのために、当連合会と最高裁判所が恒常的な体制を整備して協議・連携をすすめることにより継続的に実効性のある措置を講じていくべきであることを提言した。


2. 日本弁護士連合会と最高裁判所との間の弁護士任官等に関する協議とその取りまとめの成立

この意見書の提出に先立つ同年3月、司法制度改革審議会における最終盤の審議と並行して、当連合会は最高裁判所に対して弁護士任官等に関する協議を二者間で行うことを申し入れた。そして、同年4月から12月までの間に18回に及ぶ協議を重ねた結果、最高裁判所との間において弁護士任官等に関する協議の取りまとめに合意した。


この取りまとめは、要旨次の内容のものである。


  1. 日弁連は、「任官推薦基準及び推薦手続」を策定し、各弁護士会連合会に設置される「弁護士任官適格者選考委員会」における選考を経た推薦手続を通じて、多様で豊かな知識・経験と人間性を備えた裁判官となりうる資質、能力を有する弁護士が、できる限り多く裁判官候補者として推薦されるよう努めるものとし、最高裁はこれを了承する。
  2. 最高裁は、上記手続を経て任官の申込がなされた場合には、日弁連を通じて提出された資料等を判断材料として、任官希望者の採否について総合的観点から検討するものとし、日弁連はこれを了承する。不採用の場合には、本人の求めに応じて書面によりその理由を開示する。
  3. 日弁連と最高裁は、弁護士任官推進のための環境整備の方策を推しすすめるとともに、判事補が裁判官の身分を離れて弁護士の職務経験を積む制度を実効あらしめるための方策を検討し、その実施に必要な制度の整備がなされるように努力する。
  4. 最高裁と日弁連は、弁護士任官の推進、判事補に弁護士の職務経験を積ませる制度及び恒常的協力体制の整備等について、今後とも継続して協議する。

3. 司法制度改革実現に向けた取り組みと弁護士任官の新たな意義

政府は、司法制度改革審議会の意見書の趣旨に則って司法制度改革を推進するべく、司法制度改革推進法案を国会に提出して成立させ、同法に基づいて、昨年12月1日、司法制度改革推進本部を内閣に設置した。そして、同本部に顧問会議を設置するとともに、事務局と一体となって司法制度改革推進のための法令案の立案作業をすすめるための検討会を10のテーマにわたって設置し、司法制度改革の実現に向けた具体的な作業に着手した。


このような状況のなかで、弁護士任官は司法制度改革において新しい位置づけを与えられたといえる。すなわち、審議会意見書は、裁判官制度の改革の要点として給源、任命、人事の各制度の見直しを提言している。弁護士任官の推進は、この給源の改革として、従来判事の給源がもっぱら判事補であったことに対して、大きな役割を担うものであることはいうまでもないが、このたび最高裁判所との協議の取りまとめで示された「弁護士任官適格者選考委員会」に市民を代表する委員が含まれることにより、わが国で初めて国民的な基盤を有する選任過程を経た裁判官が生まれる制度的な素地が創りだされたことになる。また、このような国民的基盤を有する弁護士経験の豊富な裁判官が多数輩出されることは、審議会意見書の裁判官の人事制度の見直しの中で強調されている裁判官の独立性を強めるうえでも大きな意義を有することとなる。さらに、「弁護士任官適格者選考委員会」は、審議会意見書が裁判官の任命制度の改革として設置を提言した、「最高裁判所による下級裁判所裁判官の指名過程に国民の意思を反映させる機関」の設置にも大きな影響を与えうるものであることなどである。


4. 弁護士任官の推進とそのための制度整備に関する日本弁護士連合会の取り組み

当連合会は、このような新しい弁護士任官を推進するため、直ちに取り組みに着手した。


昨年5月8日、当連合会理事会は、「法曹一元の実現に向けて弁護士任官を全会挙げて推進する決議」を採択し、司法制度改革審議会が、その審議の方向として、すべての判事補に実のある経験を積むにふさわしい相当程度の期間、裁判官の身分を離れて弁護士等の法律専門職の経験を積ませること、特例判事補制度の段階的解消の方向を打ちだしたこと、裁判官任命手続では、国民の参加する委員会が適任者の選考を行い、最高裁判所に意見を提出するとしていること、人事評価の基準を公表し、本人に開示し不服申立を認めることとしていることなどを打ちだしており、これらはいずれも法曹一元の理念を実現する方向を示すものであって、弁護士会は裁判官制度改革の担い手であることの自覚を持ち、キャリア裁判官に代わる弁護士出身の裁判官任官という弁護士任官の今日的意義を共通の認識として、弁護士任官の課題に全会挙げて一斉に取り組むことの決意を明らかにした。


昨年5月24日、東京の弁護士会館講堂クレオで開催された「弁護士任官推進全国集会」には、東京弁護士会及び名古屋弁護士会出身の2名の弁護士任官裁判官を迎えて全国40弁護士会から約340名が参加し、大きな成功を収めた。この時の弁護士任官者の訴えに感銘を受けた兵庫県弁護士会会員が任官を決意し、すでに活動を開始していた近畿弁護士会連合会の「下級裁判所裁判官候補者調査評価に関する協議会」で推薦手続がすすめられ、当連合会を経由して最高裁判所に任官申込手続を行った結果、本年2月13日の最高裁判所裁判官会議において任官が内定し、4月1日、広島地方裁判所判事として任官している。


さらに、本年11月15日に予定している第19回司法シンポジウムを、従来の研究型から弁護士任官の推進と判事補の弁護士経験制度の実施に向けた取り組みをテーマとした実践型のシンポジウムと位置づけ、本シンポジウムまでに50名の弁護士任官者を輩出することを目標に掲げて準備活動を開始した。そして、本年3月20日大阪で開催されたプレシンポジウムを大きく成功させるなど、実際の弁護士任官の推進活動とそのための制度整備の取り組みや判事補の弁護士経験制度の実施に向けた取り組みをシンポジウムの開催に向けた準備活動と融合させ、着実に前進させている。


また、「弁護士任官適格者選考委員会」を各弁護士会連合会に設置する取り組みもすすめられ、現在までに、北海道、中部、近畿、中国地方、四国、九州の各弁護士会連合会と東京三弁護士会ですでに設置が決められ、残る東北及び関東の各弁護士会連合会でも着々と設置の準備がすすめられている。


こうした動きの中で、いわゆる公設事務所の設置がすすむにともなって、公設事務所が弁護士任官の支援事務所としての役割を果たせることが認識されはじめ、第二東京弁護士会が設置した「東京フロンティア基金法律事務所」において、弁護士任官希望者が入所在籍して活動していることをはじめとして、東京弁護士会や大阪弁護士会もすでに設置した公設事務所や近く設置する予定の公設事務所を弁護士任官推進の機能を発揮できるような制度として活用しようとしている。また、既存の事務所にも弁護士任官支援事務所として登録するよう呼びかけが行われており、弁護士任官の大きな推進力となることが期待されている。


さらに、弁護士任官者が任官準備の過程で生じる経済的負担が軽視しえないものであることを考慮して、これを支援する弁護士任官基金の制度が東京弁護士会、兵庫県弁護士会などで設置され、弁護士任官を推進するうえで生ずるさまざまな障害を除去するための取り組みも着々とすすめられている。


そして、本日、本総会において、当連合会の会則を改正し、弁護士任官者が退官して弁護士再登録する際における、司法研修所の終了証明書等の「弁護士となる資格を証明する書面」の提出を免除し、弁護士名簿の登録料が免除されうるように決議したところであるが、さらに、任官時に弁護士記章の保管を日弁連に求め、再登録の際には従前の弁護士記章の交付と従前の登録番号による登録を求めることができるようにするための関係規則等の改正を予定しているところである。


こうして、弁護士任官は、従来の個人対応型から弁護士会による推薦型へと変わり、法曹一の内実である裁判官の給源、任用、人事の改革にあらためて重要な意義を有する制度に生まれ変わったということができる。1991年から2001年末までに、東京、第一東京、第二東京、横浜、埼玉、群馬、大阪、京都、奈良、名古屋、福岡県の11弁護士会から計44名の会員が弁護士任官者となっているが、新たに本年2月、東京、静岡県、兵庫県の3会から計5名の任官が内定した。このような取り組みを加速し、弁護士任官を精力的かつ具体的に推進し、裁判官制度の改革に弁護士と弁護士会が大きく貢献することは、弁護士、弁護士会の国民に対する責務といえるものである。


よって、本決議案を本総会に提案するものである。