第52回定期総会・市民の理解と支持のもとに弁護士自治を維持・発展させる決議
2001年(平成13年)5月25日
日本弁護士連合会
弁護士自治は、行政機関や裁判所などの国家権力による監督を排し、強制加入制を採る弁護士会自らが弁護士の資格付与及び弁護士に対する監督・懲戒を行うことによって、弁護士の職務の独立性を保障しようとするものである。これは、弁護士が市民の基本的人権を擁護し、社会正義を実現するという公共的使命を果たすため不可欠のものであり、そのための制度的な担保である。したがって、弁護士に対する綱紀・懲戒手続は、弁護士会の機関において弁護士自らの手によって行われなければならないのであり、我々は、綱紀委員会及び懲戒委員会の外部委員の過半数化や懲戒請求者に対する司法審査請求権の付与等には、弁護士自治の趣旨に反するものとして、強くこれに反対するものである。
しかしながら、弁護士自治は、市民の基本的人権を擁護し、社会正義を実現するためのものであるから、市民の理解と支持のうえに成り立つものであり、弁護士や弁護士会の活動に対する市民の意見や批判を一切認めないなどという独善的なものであってはならないことはいうまでもない。司法が市民にとって身近で開かれたものとなることが求められている今日、弁護士自治を維持・発展させるために、我々は、市民の意見や批判に対しては謙虚に耳を傾ける必要がある。自治には重い責任が伴うものであり、弁護士自治に対する市民の理解と支持をより強固にするための努力を怠ってはならない。
我々は、司法に対する国民的基盤の確立が喫緊の課題とされているこの時期に、綱紀・懲戒手続のより一層の迅速化、透明化、実効化を図るため真摯に努力するとともに、弁護士自治を否定する制度改悪に対しては強く反対し、市民の理解と支持のもとに弁護士自治を維持・発展させるための不断の努力を誓うものである。
以上のとおり決議する。
(提案理由)
1.弁護士自治は、弁護士に対する行政機関や裁判所などの国家権力の監督を排し、弁護士に弁護士会への加入を義務づけたうえ、弁護士の資格付与や登録あるいは弁護士に対する指導、監督、綱紀・懲戒を弁護士会が自ら行うことによって、弁護士の職務の独立性を保障しようとするものである。これは、弁護士が、市民の基本的人権を擁護し社会正義を実現するという崇高な公共的使命を果たすために不可欠なものであり、その制度的な担保である。国家権力により市民の基本的人権が侵害される場面において、弁護士がその使命と職責を全うするためには、国家権力と対峙することが必然的に生ずることから、弁護士に対する国家権力の監督を排することが市民の基本的人権の擁護と社会正義の実現につながるとの歴史的教訓に基づいて確立されたものである。弁護士会が、基本的人権擁護等の活動を活発に行い市民の信頼を得てきたのも、弁護士自治に裏打ちされたものであったといえよう。
当連合会の平成12年11月1日の臨時総会において、「弁護士自治の制度は、弁護士が権力に干渉されることなく、市民の人権を守り、国家権力の横暴に市民とともに対峙し、活動するという崇高な使命を保障するものである。弁護士の活動が市民の権利を十分に擁護し、日本国憲法が定める人間の尊厳、個人の尊重という理念を実現するためにも、弁護士自治の維持・発展に努め、その重要性を広く訴える。」旨の決議がされていることは記憶に新しい。
2.ところで、内閣の行政改革推進本部規制改革委員会は、平成12年12月12日に公表した「規制改革についての見解」の中で、弁護士会、司法書士会等の資格者団体の強制加入制は廃止すべきであるとするとともに、弁護士会の綱紀・懲戒手続については、懲戒権はできるだけ懲戒を受ける者から離れたところに置くべきであるとして、懲戒処分の内容を不服とする懲戒請求者に対する司法審査請求権の付与を提案し、委員構成については綱紀委員会・懲戒委員会とも外部委員の過半数化を主張している。
これを受けて、内閣は、平成13年3月30日に閣議決定した「規制改革推進3ヵ年計画」において、弁護士の懲戒制度について、規制改革委員会の見解及び司法制度改革審議会の審議結果を踏まえ、早期に透明化、迅速化、実効化のための所要の改善措置を講ずることを当連合会に要請するものとしている。
また、最高裁判所は、司法制度改革審議会において、懲戒処分についての異議申出人が裁判所に訴えを提起できる制度を検討すべきだとする意見を述べている。
3.現在、綱紀委員会には参与員として、懲戒委員会には外部委員として、いずれも裁判官、検察官、学識経験者が加わっているが、いずれの委員会も弁護士の委員が過半数を占めている。もし、外部委員が半数以上を占めることになれば、弁護士自身の手によって綱紀保持と懲戒権の行使を行わせようとする弁護士自治の趣旨に反することになる。
また、弁護士会が行った懲戒処分に関する決定に対して、これを不服とする懲戒請求者に司法審査請求権は認められていない。これは、懲戒制度は懲戒請求者の個人的利益や満足のために設けられているものではなく、専ら公益的見地から認められたものであることによるものである(最判昭和38年10月28日民集17巻9号1229頁)。もし、弁護士会が行った懲戒処分の決定に不服のある懲戒請求者が裁判所に提訴することができるということになれば、事実上懲戒処分を裁判所に委ねることになり、これもまた弁護士自治の趣旨に反することとなる。
我々は、弁護士自治を否定するこれらの意見に、強く反対するものである。
4.しかしながら、弁護士自治は、市民の基本的人権を擁護し、社会正義を実現するためのものであるから、市民の理解と支持のもとに成り立つものであり、弁護士、弁護士会の活動に対する市民の意見や批判を一切認めないといった独善的なものでないことはいうまでもない。たとえば、監督や懲戒の問題についても、我々はこれまで、会員に対する倫理研修を義務化し、新規登録弁護士研修を制度化して倫理研修を実施し、市民からの苦情窓口を設置するなどの施策を行ってきたし、綱紀・懲戒手続についてもこれを厳正に運用するよう努力を重ねてきたところである。しかしながら、それがいまだ不十分であるという市民の批判には、謙虚に耳を傾けなければならない。
弁護士自治が弁護士の崇高な使命と職責を全うするために市民から負託されたものであり、市民の基本的人権擁護等のための制度であることからして、弁護士自治は、市民の理解と支持がなければ確立できないのである。弁護士と弁護士会の諸活動は、常に、市民の正当な批判に耐えうるものであり、ひろく市民の支持を得ることのできるものでなければならない。そのために、我々は、自らの力で、たえず弁護士自治のあり方を自覚し、磨き上げていかなければならない。自治には重い責任が伴うことは当然であり、弁護士自治に対する市民の理解と支持をより強固にするための努力を怠ってはならないのである。
5.司法制度改革のあり方として、司法制度改革審議会において人的基盤の拡充、制度的基盤の整備、国民的基盤の確立が提言され、裁判所、検察庁、弁護士・弁護士会のあり方を含めて、司法を一層身近で市民に開かれたものにすることが求められている今日、市民の理解と支持のもとに弁護士自治を維持・発展させるためにも、綱紀・懲戒手続の迅速化、透明化、実効化を求める意見については、これを謙虚に受け止め、その実現のための真摯な検討が必要である。当連合会は、現在、関係委員会等から推薦を得た委員で構成した弁護士会のあり方ワーキンググループを設置し、精力的にこの問題の検討に当たっているが、今後、速やかにこの問題に関する会内の討議を深め、市民の期待に応えていかなければならない。
我々は、ここに、弁護士自治を否定する制度改悪に対しては強く反対するとともに、市民の理解と支持のもとに弁護士自治を維持・発展させるための不断の努力を誓うものである。
よって、上記のとおり決議することを提案するものである。
以上