第48回定期総会・「組織的な犯罪に対処するための刑事法」に関する決議

現在、法制審議会刑事法部会は、法務大臣の諮問を受け「組織的な犯罪に対処するための刑事法整備要綱骨子」の策定を審議中である。


諮問の理由として、組織犯罪の多発、重大化および組織犯罪対策の国際的要請が挙げられているが、わが国の近年の犯罪情勢は、他の主要国と比較して、悪化しているとは言い難く、国際的要請があるとしても、わが国の状況に見合った対応が必要である。暴力団、悪徳商法等の組織犯罪に対処するには、一部企業とのかかわりなどの実態を解明し、総合的にその対策が打ち出されなければならない。また、法務大臣からの諮問事項は、わが国の刑事法制の根幹にも及びかねない内容をもつものであり、とりわけ「通信の傍受」は憲法上の問題を含め、社会的に大きな影響を及ぼすおそれのある課題である。


さらに、刑事法部会の審議中に、法務省刑事局から審議のための参考素材として示された「組織的な犯罪に対処するための刑事法整備要綱骨子に関する事務局参考試案」には、憲法上、刑事法制上見逃すことのできない重大な問題が含まれている。


その問題点は次のとおりである。


  1. 「一定の組織的な犯罪の刑の加重」は、構成要件に記載されている「団体」、「組織」等の定義が一義的でないうえ、その目的・性格に限定がないため、どのような団体、グループも含まれてしまうなど、構成要件が明確でない。また、個人と団体との係りから刑を加重する理由も明確でなく、個人責任の原則上問題がある。
  2. 「犯罪収益等による事業経営の支配等の処罰、没収・追徴の拡大、没収手続」には、前提犯罪に放火、窃盗等の組織犯罪と係りの深くない犯罪が多く含まれ、犯罪収益等を運用して事業経営への支配・干渉をすることを犯罪とするなど麻薬特例法以上に処罰範囲を拡大している。また、判決前の没収保全手続を認めている点で無罪推定の原則に抵触する。
  3. 「令状による通信の傍受」は、対象犯罪が組織犯罪に限られておらず、別件の傍受・逆探知を容認している。また、将来発生する犯罪へ捜査を広げ、令状に記載される通信内容の特定が不十分であり、補充の要件も緩やかである。さらに、事後救済措置にも問題があるなど憲法31条、35条の要件を満たしているとはいえない。そのうえ、令状請求権者及び令状発付裁判官の限定が不十分であり、無令状で通信傍受をした公務員への厳しい対応がなく、通信傍受の国会報告などの国民の監視システムが欠けている等問題が多い。
  4. 「証人等の保護」は、弁護人に証人等を保護するための安全配慮を一方的に求め、被告人、弁護人の尋問の制限を認めるものであり、刑事訴訟法の当事者主義構造に問題を生じ、弁護人の弁護権、被告人の防禦権・証人審問権の侵害になる。

参考試案には以上のような問題があり、当連合会は、このような問題点を有する「組織的な犯罪に対処するための刑事法」の立法化には反対する。


以上のとおり決議する。


1997(平成9)年5月23日
日本弁護士連合会


提案理由

1.昨年10月8日法務大臣は、「最近における組織的な犯罪の実情にかんがみ、早急に、この種の犯罪に対処するため刑事の実体法及び手続法を整備する必要があると思われるので、別紙の事項に関して、その整備要綱の骨子を示されたい」(諮問第42号)と法制審議会に諮問した。法制審議会は、これを受けて審議を法制審議会刑事法部会にゆだね、現在同部会において審議検討がなされている。部会での審議の過程で、法務省刑事局から審議のための参考素材として「組織的な犯罪に対処するための刑事法整備要綱骨子に関する事務局参考試案」(以下参考試案という)が提出されている。


組織的犯罪に係る今回の諮問事項等は、わが国の刑事法制の根幹に及びかねない内容をもつものであり、とりわけ「通信の傍受」は憲法上の問題を含め、社会的にも大きな影響を及ぼすものであるから、その是非、あり方については慎重な検討が強く求められる。


2.暴力団による薬物・銃器犯罪の増加、オウム真理教事件、悪徳商法等の組織犯罪の多発、重大化および組織犯罪対策の国際的要請が組織犯罪立法の立法事実とされている。


ところが、犯罪情勢全般としては近年急速に悪化しているということはないというのが平成8年版犯罪白書の結論である。たしかに白書もいうとおり、オウム事件の発生、銃器犯罪の拡散と凶悪化、少年による覚せい剤事犯の大幅な増加など見逃し得ない犯罪情勢もあり、暴力団の寡占化、広域化が進行し、暴対法以降その活動は潜在化、広範化していることが指摘されている。


しかしオウム事件が今後のわが国の犯罪情勢をそのまま示すものではない。また暴力団をはじめとする組織犯罪は、刑罰の強化等の刑事法による対処ですむ問題ではない。近年問題となっている一部企業と暴力団の癒着などを検討し、実態を解明し、総合的に組織犯罪への対処を定め、その中での刑事司法のあるべき途を定めるべきでる。


国際的組織犯罪に対し国際的な協調が求められているが、政治・経済のあり方、犯罪情勢など国ごとに差があるから、そのとるべき対応策は一律ではあり得ない。1994年12月国連総会で承認された「国際的組織犯罪に対するナポリ政治宣言及び世界行動計画」も、その政治宣言の5で「我々は、組織犯罪の世界的関連を認めながら、その防止及び規制が、国及び地域によって異ならざるを得ず」として、各国の状況に見合った対応を認めている。


3.法制審刑事法部会で審議された参考試案には、多くの問題が含まれている。その項目ごとの主な問題点は次のとおりである。


(1) 組織的な犯罪に関する刑の加重等について(諮問事項、参考試案第一)
  1. 犯罪の構成要件は明確でなければならない。ところが、参考試案において刑が加重される罪の構成要件に記載されている「団体」「組織」「不正な権益」などは、概念があいまいであり、一義的でなく、構成要件として無限定であり、不明確である。団体には会社、労働組合、社団法人等も含まれてしまう。


  2. 参考試案の刑の加重規定は、法人等の団体の犯罪行為を認めそれを処罰するものではなく、あくまでも法人等の団体に係わっている個人の犯罪行為を処罰するものであるとされている。 団体と個人の係りをもって一般的に定型的に刑の加重事由とするには、個人が団体と係わっていたということだけではなく、その団体と個人の犯罪行為との結びつきが定型的に違法性を増大させる事由(例えば、暴力行為等処罰ニ関スル法律の「威力を示す」など)がなければならない。これは個人責任の原則からみて当然のことといわねばならないが、参考試案ではその点は明示されていない。


(2) 犯罪収益等による事業経営の支配等の処罰、没収・追徴の拡大、没収に関する手続(保全手続等)の問題点(諮問事項、参考試案第二、第三、第六)
  1. 当連合会は、かつて麻薬特例法立法化の際、刑事法の基本原則に係る重大な問題を含んでいることを指摘しつつ、人間性を破壊し社会の根幹に害悪を及ぼす麻薬汚染が持っている特殊性、国際条約(いわゆる麻薬新条約)批准の立場から「麻薬特例法に限る措置として」これを是認した。 参考試案は、前提犯罪を「財産上不正な利益を得る目的で犯した死刑若しくは無期若しくは長期5年以上の懲役に当たる罪若しくは別表4に掲げる罪」「売春防止法、銃刀法、サリン法の資金提供罪」とし、組織犯罪に限らず、単独の窃盗なども含まれるほどきわめて広い範囲に拡張している。その多くは麻薬・薬物のような特殊性をもっているものではない。


  2. 参考試案は、麻薬特例法より広く、犯罪収益の隠匿・収受だけでなく、犯罪収益等を運用して事業経営への支配・干渉をすることも犯罪としている。これは麻薬新条約が定めたマネーローンダリング本来の定義・目的を越えているものである。国際的には、アメリカのRICO法に似た規定があるが、その他の主要国の国内法では、そこまでは拡張されていない。


  3. 「事業経営への支配・干渉」の規制は、第三者の権利との関係が問題となる。出資、株式取得、犯罪収益の供与、貸付等は契約関係だが、正常な取引、不正常な取引を見分けるメルクマールは明らかでない。それらによって生じる収益を剥奪するということになると、民事上錯綜した問題が生じ、第三者に不測の事態を生じかねない。


  4. 付加刑である没収は、有罪判決確定後執行すべきであるのに、判決前に保全できるとしている麻薬特例法第5章は、現行刑法の原則を歪めるものであるが、参考試案も判決前の没収保全手続を認めている。 付加刑とはいえ没収はあくまでも刑であり、保安処分ではない。ところが、判決前の没収保全手続は、没収の言い渡しがなされる前に、有罪を前提として行われることになる。これは、無罪推定の原則に抵触する。


    また銀行預金に対する保全手続がなされた場合、銀行との取引が停止される可能性が高く、預金以外のものが保全されたときにも取引上の信用が失墜することは疑いない。


(3) 令状による通信の傍受(諮問事項、参考試案第四)

通信(郵便物、電信、電話等)の秘密の不可侵(憲法21条2項)は、(1)個人の生活の秘密、プライバシー保護(憲法13条)、(2)思想の自由、言論の自由(憲法21条1項) 等の観点から定められたものである。


盗聴は、通信の秘密を侵し、それにより、日常生活、活動が監視され、思想の自由、言論の自由、結社の自由、プライバシー等の基本的人権が侵害される。捜査上の盗聴も会話、通信内容を証拠としようとするものであるから、盗聴としての本質は変わらない。


盗聴は、憲法上の疑義があるものであり、捜査上の盗聴の立法化の議論に際しては、その本質、危険性及び憲法31条、35条の趣旨を踏まえ、具体的に、慎重に検討をすべきである。


以下参考試案の個別の項目について検討する。なお参考試案は、盗聴を「通信の傍受」と呼んでいるので以下それに従う。


  1. 参考試案は、対象犯罪を、「死刑又は無期懲役若しくは無期禁固の定めのある罪又は別表5に掲げる罪」として、広く認めている。そこには、詔書偽造、現住建造物放火、汽車転覆、強姦致死傷、強盗致死傷などがあり、その犯罪の性格から組織的に行なわれ易い犯罪といえないものも広く含まれている。


  2. 参考試案は「傍受令状により傍受をしているときに、その傍受に係る犯罪以外の犯罪を実行し又は実行することに係るものと明らかに認められる通信」の傍受、いわゆる別件の傍受を認めている。


    後に指摘するとおり参考試案は、将来発生する犯罪の傍受を認めているが、そのうえさらに別件の傍受を認めることは傍受の範囲を拡大し、令状主義に反するものとなる。


  3. 参考試案は「相手方の電話番号その他通信設備を特定する事項を探知するには、別に令状を必要としない」として、いわゆる逆探知を認めている。


    傍受されるべき通信と無関係の通信内容の通話者を知ることは許されない。


  4. 参考試案は、犯罪がまだ発生していない段階での通信傍受を認めている。現行刑事訴訟法は、犯罪が発生してから捜査が行なわれることを前提としている。将来の犯罪の発生を見越して、犯罪発生前の通信傍受を認めることは、現行法の捜査の概念を変更し、広げるものとなる。司法警察活動として将来の犯罪に関する通信の傍受を認めることは、行政警察活動と司法警察活動の区別を法的に不明確であいまいなものとし、警察権限の濫用につながりかねない危険性を増すものといわざるをえない。


  5. 対象がまだ存在していない「将来の通信」を傍受の対象とせざるをえない通信傍受の特性からして、「傍受すべき通信」をあらかじめ確定することはきわめて困難である。通常の捜索・差押においても、差し押さえるべき物を、流動的である捜査の段階で、その物の名称、形状、特質などだけから、客観的に特定することは困難なことが多い。「将来の通信」は、差押物以上にその内容の客観的特定が困難である。 裁判所が通信傍受を認めた検証令状には、被疑者氏名が「不詳」、罪名が「覚せい剤取締法違反」、検証すべき内容が「〇〇番に発着信される通話内容及び同室内の機器の状況(ただし、覚せい剤取引に関する通話内容に限定する)」とした例があるが、これと同様の記載では、傍受すべき通信が特定できたとはいえない。傍受すべき通信の内容そのものをできるかぎり他の通信の内容と区別できるよう記載するとともに、被疑事実を特定し、かつ、特別法違反事件では、罰条の記載がなければならない。傍受令状に罪名のみの記載を求め、被疑事実の記載を要するとしていない参考試案は、憲法35条の特定性の要請を満たしていない。


  6. 検証令状による通信傍受に際しては「検証による方法以外に本件を明らかにする捜査手段がない」との補充性の要件が求められていたが、参考試案では「他に適当な方法がない」こととなっていて、補充性の要件が弱められている。


    近年、犯罪現象も電気通信機器を利用し、功妙化してきているといわれている。捜査上の「通信の傍受」の必要性、有用性として法務省もこの点を強調している。しかし「通信の傍受」は、ひそかに全生活を監視し、言論の自由、プライバシーの侵害の危険性をもつものだから、それ以外に捜査手段がないというほどの必要性がなければならない。


  7. 参考試案の事後的救済措置も不十分である。参考試案では、事後的に刑事手続に使用する傍受記録に記録されている通信当事者の一方のみに通知するだけである。通信傍受令状によって傍受した通信を記録した原本で判明しているすべての通信当事者に通知をし、それらの者が保管用の原本を聴取・閲覧・複製して、不服申し立ての手続をとれるようにしなければ、事後的救済措置として十分でない。


    また、当該事件と関連のある通信傍受の保管用原本等については、検察官の証拠請求の有無にかかわらず、被告人、弁護人には聴取・閲覧、複製物の作成が認められなければならない。


  8. 参考試案は、令状を発する裁判官を「地方裁判所の裁判官」に限っていない。ことの重大性および令状実務の現状から、令状を発する裁判官は地方裁判所の裁判官に限られなければならない。
  9. 令状請求権者は、検察官(一定の範囲に限る)、司法警察員(一定の範囲に限る)とされているが、盗聴という行為が憲法の趣旨にも触れかねない重大な行為なのだから、慎重を期して検察官に限るべきである。


  10. 参考試案は、通信傍受の一般禁止規定と令状なく通信傍受した場合の罰則を規定していない。


    通信傍受が通信の秘密、プライバシーを侵害し、憲法の基本的人権を犯すものであることからして、法律中に通信傍受禁止規定、違反した場合の処罰規定を設けなければならない。また捜査官による無令状傍受の処罰規定を設けても、検察官がその違反者を訴追するとは限らないので、公務員職権濫用罪等の規定と同じく準起訴手続(刑事訴訟法262条1項)の請求ができるようにしなければならない。


  11. 通信の傍受に関しては、傍受件数、傍受事件名、起訴件数、有罪数、費用等につき、裁判官、検察官、警察官の報告義務を定め、最高裁事務総局が国会に報告する制度を作り、通信傍受が国民の監視の下で行われるようにされなければならない。


  12. 参考試案には上記のほか、アメリカ合衆国の最小化の手続も満足していない該当性判断のための傍受、長期に及ぶ傍受期間、十全でない立会権、違法収集証拠排除の不十分性など多くの問題が含まれている。


(4) 証人等の保護(諮問事項、参考試案第五)
  1. 検察官に弁護人に対し配慮を求める権限を認める参考試案は、刑事訴訟法の当事者主義に反する。住居等の開示に際し、検察官が弁護人にそれを被告人等に知らせないよう求める権限を認めることは弁護人の弁護権の侵害となる。弁護人が検察官の求めに反する行動をとった場合に、懲戒問題が生じる可能性も否定することはできない。


  2. 憲法37条2項は、被告人に証人審問権を保障している。被告人に証人等の氏名、住居を知る機会を与えるとした刑事訴訟法299条1項はその具体的な保障の一つである。住居等の事項に関する尋問の制限は、証人審問権の侵害となる。


    参考試案には、上記のとおり多くの問題があり、当連合会は、このような問題点を有する「組織的な犯罪に対処するための刑事法」の立法化には反対する。

よって、本決議を提案するものである。