第47回定期総会・破壊活動防止法による団体規制に反対する決議
- 政府は、オウム真理教に対し、破壊活動防止法(以下、「破防法」という。)を適用することとし、公安調査庁長官は、指定処分を求める事由の要旨を公示し、現在その手続が行われている。
- 破防法は、1952年(昭和27年)の制定当時から、憲法が保障する思想・信条の自由、集会・結社の自由及び言論の自由等の基本的人権を侵害するものとして、国民的規模で、広範な反対運動が行われた。当連合会も、同年3月の人権擁護委員会春季総会において破防法立法化に絶対反対の旨を決議している。
破防法は、法律そのものが違憲の疑いが強いものであるが、とりわけ、同法による団体規制は、それを適用し、団体の解散指定処分が一旦なされたならば、その構成員であった者は、「団体のためにする行為」の一切を禁止されるものであって、憲法の保障する上記の基本的人権を侵害することは明白であるといわねばならない。さらに刑罰の対象とされる「団体のためにする行為」という概念は、構成要件として極めて曖昧であり、憲法の求める罪刑法定主義に違反し、処罰の拡張をもたらしかねず、かつ、恣意的適用を許すおそれが大きい。
加えて団体の解散指定は基本的人権に対する重大な侵害をもたらすものでありながら、その手続きは司法機関(裁判所)ではなく行政機関によって行われ、また、団体の反対尋問権等の適正手続が保障されていない。
- もとより、われわれは、坂本弁護士一家救出に努力しつつも遂にこれを果たし得なかったという、極めて痛恨な思いを体験したのであり、オウム真理教関係者が惹起したとされる数々の反社会的行為に対していささかもこれを軽視あるいは宥恕するものではない。オウム真理教の信者が犯したとされるそれぞれの犯罪行為に対しては、適正手続に基づいた厳正な裁判がなされるべきことは当然である。また、これら犯罪行為等による被害者に対しては、当連合会もその被害回復にできうる限りの力を尽くす決意である。
しかし、他方、当連合会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を目指す立場から、民主主義社会の将来に大きな禍根を残すこととなりうる破防法の適用に対しては、決してこれを看過することはできない。
- よって、当連合会は政府に対し直ちに破防法の適用を撤回し、公安調査庁長官に対し、解散指定処分請求のための弁明手続を即時中止し、請求をしない旨の決定を速やかになすよう求めるものである。
当連合会は、今後とも憲法の下における破防法の問題について、さらに調査・研究を重ね、その成果を世論に提起し、必要な対策を講ずる所存である。
以上のとおり決議する。
1996年(平成8年)5月24日
日本弁護士連合会
提案理由
1. 政府は、1995年(平成7年)12月14日、オウム真理教に対し破壊活動防止法 (以下、「破防法」という。)に基づく団体解散指定を請求する方針を決定し、これを受けて、公安調査庁長官は、同年12月20日付告示1号をもって、破防法12条に基づき団体規制処分を求める事由の要旨を告示し、1996年(平成8年)1月18日から、同法14条に基づく弁明手続が開始され、現在までに数回の証拠調手続等が行われている。
2.破防法は、1952年(昭和27年)の制定当時から、憲法が保障する思想・信条の自由、集会・結社の自由及び言論の自由等の基本的人権を侵害するものとして、大規模で広範な反対運動が行われた。当連合会も、同年3月の人権擁護委員会春季総会において破防法立法化に絶対反対の旨の決議をしている。
このように破防法は、法律そのものが違憲の疑いが強いものであるが、とりわけ、破防法による団体規制は、「公共の安全の確保」という漠然たる概念のもとに団体の解散を指定しうるとし、一旦この指定処分が行われたならば、構成員らは「団体のためにする行為」の一切を禁止されるというものであり、まさに思想・信条の自由、集会・結社の自由及び言論等表現の自由を包括的に制限するものであって、極めて違憲の疑いが強いものである。そのため、広範な世論の反対により、破防法による団体規制は制定後44年を経た今日まで一度も適用されなかった。
3.破防法による団体規制の憲法上の具体的問題点は次のとおりである。
(1) 破防法は、「暴力主義的破壊活動」を行った団体に対して、将来「暴力主義的破壊活動」を行う「おそれ」があるとして、その団体活動を厳しく制限し(5条1項)、さらには団体を解散させることができるとしている(7条)。
しかし、「暴力主義的破壊活動」の定義自体極めて不明確且つ無限定であり、言論活動をも含むものとして規定されている(4条1項)。加えて、将来の「おそれ」という要件も極めて曖昧である。いやしくも表現の自由を制限するためには「明白かつ現在の危険」の存在が不可欠であるのに、破防法の定める要件は到底これを満たすものではなく、憲法21条の定める集会、結社、言論その他一切の表現の自由を侵害するおそれが極めて大きい。
(2) 破防法は、5条1項や7条の処分の効力が生じた後は、当該団体の役職員・構成員が処分の趣旨に反する行為や当該団体のためにする行為及びそれらの脱法行為を行うことを禁止しているが(5条2項、8条、6条、9条)、「処分の趣旨に反する」「団体のためにする」など禁止される行為の内容自体曖昧かつ不明確で、憲法21条1項の定める表現の自由を侵害するおそれが極めて大きい。
(3) 破防法は、上記の禁止行為に対し、刑罰を科する(42条、43条)ものであるが、これらは治安維持法の「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為」罪と酷似しているのみならず、それ以上に非定型的で、無限定である。公安調査庁の作成にかかる禁止行為の範囲について指針の素案なるものが報道されているが、そもそも行政機関がそのような指針を作成しなければ運用しえない規定自体、憲法31条の趣旨からして刑罰法規として問題であり、違憲の疑いが強いと言わねばならない。
(4) 破防法は、5条1項及び7項の処分について、公安調査庁長官の請求により公安審査委員会が審査を行い決定する旨定めている(11条、22条)。しかし、団体活動の制限・禁止あるいは団体そのものの解散という、憲法21条で保障された国民主権・民主主義の根幹となる表現の自由の制限・禁止を専ら行政機関の解釈・運用に委ねること自体問題と言わなければならない。しかも、その手続は極めて簡略で制限的・職権的である。請求機関と処分機関の心証は断絶されず、公安審査委員会の処分は実質的に公安調査庁の調査の事後追認になるおそれが大きい。当該団体の弁明・証拠提出の機会は極めて限定され、その審理過程が広く市民に公開されその監視を受けることもない。事実の認定、法の解釈・運用など全ての面にわたって行政機関の恣意を排除し適正を担保するための手続的保障はないに等しく、憲法31条が定める適正手続の保障にも違反する疑いが強い。
(5) 本来、結社の自由をはじめ表現の自由を制限・禁止することに直結する団体の活動制限・解釈については、司法審査によるべきであり、裁判所において国民に公開された中で厳格な手続のもとに審理され判断が下されるべきである。
4. かかる破防法の違憲性は、去る1月30日に最高裁がオウム真理教の宗教法人法上の解散命令について、特別抗告審の決定理由中において示した憲法上の見解に照らしてみると一層明白となる。
すなわち、最高裁は、オウム真理教に対する宗教法人法上の解散命令について、「憲法の保障する・・・信教の自由の重要性に思いを致し、憲法がそのような規制を許容するものであるかどうかを慎重に吟味しなければならない」とその憲法判断に慎重な姿勢を示した上で、宗教法人法上の解散命令は、団体の法人格を失わせるのみで、信者の宗教上の行為を直接制限する法的効果を一切伴わないものであることを繰返し強調し、かつ、当該命令は「裁判所の司法審査によって発せられたものであるから、その手続の適正も担保されている」ことを大前提として、ようやく合憲判断を導いているのである。
5.破防法の団体規制は、このようにオウム真理教信者の問題を超えて、一般市民の集会、結社及び言論、出版その他表現の自由が大きな危機にさらされるという問題である。このような形で市民の言論活動への行政権力の介入を許すならば、憲法の求める自由な民主主義社会の根幹が崩され、市民が行政権力に対し口を閉ざす暗い抑圧の時代に扉を開くものといわねばならない。このような破防法を、オウム真理教に対してであれ適用するということは、断じて許されない。
6.もとより、われわれは、坂本弁護士一家救出に努力しつつも遂にこれを果たし得なかったという、極めて痛恨な思いを体験したのであり、オウム真理教の問題に対し、いささかもこれを軽視あるいは宥恕する立場に立つものではない。また、オウム真理教関係者がなしたとされる行為によって多数の死傷者が出ていることについては、当連合会もその被害回復にできうる限りの力を尽くす決意である。
しかし、他方我々は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を職責とするものとして、人権と民主主義の観点から将来に大きな禍根を残すこととなる行政権力の発動に対しては、これを看過することは出来ないのである。
7.既に、オウム真理教の幹部のほとんどが身柄拘束されていることに加え、オウム真理教に対しては、東京地方裁判所より宗教法人法に基づく解散命令が出され、財産の清算がなされており、その上更に、破産宣告がなされて清算処分の手続が進められている。この状況下において、憲法上の問題をあえて看過してまで破防法の適用を重ねて行わなければならない必要性も到底認められないのである。
当連合会は、昨年10月6日、破防法の適用に反対する会長声明を発表し、さらに同年12月14日には同趣旨の会長談話を出し、また各地の単位弁護士会も相次いで破防法の団体規制の適用に反対する会長声明や意見を表明している。
当連合会は、今後とも憲法の下における破防法の問題点について更に調査・研究を重ね、その成果を世論に提起し、必要な対策を講ずる所存である。
以上の理由から、本決議を提案するものである。