緊急全国会員集会・固定資産税評価額の改定にともなう貼用印紙額の負担増加に関する決議

平成6年3月3日


日本弁護士連合会会館講堂
緊急全国会員集会
決議


固定資産税評価額の改定にともなう貼用印紙額の負担増加に関する決議

「国民の裁判を受ける権利」を実質的に保障するため、民事訴訟を国民が利用しやすいものに改善することは、今日の司法における最大にして、緊急の課題である。民事訴訟を利用する手数料としての貼用印紙の額は、その負担の過重により国民の民事訴訟の利用を抑制するものであってはならず、この観点から、民事訴訟法改正論議の中でも現行の貼用印紙額を低額化する方向での検討が行われているところである。


ところが、平成6年度から固定資産税評価額が増額改定されたことにともない、最高裁判所民事局長通知などにより、これを基準として算定されている不動産訴訟の貼用印紙額が従前の3倍から4倍という大幅な増額となる事態に直面している。


このような大幅な貼用印紙額の増額は、前記のような低額化の方向に逆行するだけでなく、民事訴訟を利用しようとする国民の負担を一挙に増大させるものであって、とうてい容認できない。


われわれは、最高裁判所および法務省に対し、登録免許税について当面の暫定的な措置として予定されているような軽減措置の採用をも含む適切な措置をとり、不動産訴訟の提起に際しての国民の負担が大幅に増大することのないよう求めるとともに、みずからその実現のため国民とともに総力をあげる決意を表明するものである。


1994年(平成6年)3月3日
日本弁護士連合会


提案理由

1. 今日、司法を国民に開かれた利用しやすく、分かりやすいものに改革することは国民の声であり、重大な課題となっている。とくに民事訴訟については、国民の裁判を受ける権利を実質的に保障して、利用しやすく、分かりやすい制度にするとともに、適正かつ迅速に国民の権利を実現し、手続においても、内容においても、国民の納得の得られる制度に改善することは、緊急の課題でもある。このため、すでに法制審議会においては民事訴訟法改正が検討されており、裁判所と弁護士会の協議による民事訴訟の運用改善や当連合会における司法改革の一環としての民事訴訟改革の取組みなどが始まっていることは周知のとおりである。


2.貼用印紙制度の根拠は明確でないが、「民事訴訟費用等に関する法律」(以下民事訴訟費用法という)は民事訴訟の利用負担金・手数料として、これを定めている。


しかし、貼用印紙制度については、その根拠事態が明確でないこと、事件の種類、訴額によっては不当に提訴を抑制する結果を招いていること、高い印紙をとることは濫訴の防止にさほど効果はないと思われることなどの理由から、廃止もしくは大幅な低額化を図るべきである(平成4年7月、当連合会『民事訴訟手続に関する検討事項』に対する意見書参照)。


3. 固定資産評価の増額改定

固定資産評価について、平成4年1月22日付自治固第3号自治省事務次官通達(「固定資産評価基準の取扱について」)は、平成6年度の評価替えにあたって、宅地の評価は、地価公示価格、都道府県地価調査価格または鑑定評価価格を活用することとし、当分の間これらの価格の7割を目途に評価するよう指導している。


これによると平成6年度の固定資産税評価額は概ね平成5年度の評価額の3倍ないし4倍をこえる額に改定されることになると試算されている。


この評価額の改定により、固定資産税の評価額を基準にして算出している貼用印紙額はこの増額に比例して大幅に増加することとなる。


4. 貼用印紙額の増額

民事訴訟費用等に関する法律(以下「民事訴訟費用法」という。)第4条1項は、手数料の額の算出の基礎とされる訴訟の目的の価額は、民事訴訟法第22条第1項及び第23条の規定により算定すると定め、同法第22条第1項は訴訟の目的の価額は「訴えをもって主張する利益」によってこれを定めるとしている。そして「訴えをもって主張する利益」については、昭和31年12月12日民事甲第412号高等裁判所長官、地方裁判所長あて最高裁判所民事局長通知により「目的たる物の価格」は固定資産税の課税標準のあるものについてはその価格とされ、これを基準に所有権確認等はその全額、所有権にもとづく明渡はその2分の1等と定められた。その後昭和39年6月18日民二第389号高等裁判所長官、地方裁判所長あて同局長通知により、「目的たる物の価格」は固定資産税の評価額によるものとされ現在にいたっている。従って、固定資産税の評価額の改定はそのまま貼用印紙額の増額に連動することになる。


なお、昭和31年の民事局長通知の前書によると、内容の決定にあっては、民事局は各庁に意見を求め、日本弁護士連合会の事前了承もえた上、「従来各裁判所における受付事務の取扱が分かれていた実状にかんがみ、参考資料として作成したもので、訴訟物の価額に争いがあるとき等の基準となるものではない。」とされている。


5. 固定資産税評価額の改定による貼用印紙額の増額の問題性

(1) 貼用印紙額の算定のために固定資産税の評価額が用いられているが、これは固定資産税の評価額を貼用印紙額の算定基準として借用しただけにすぎず、両制度は基本的に異なるものである。


いうまでもなく、固定資産税の評価額は、固定資産税を賦課するための課税標準を算定するための価格であり、徴税の目的で設定されたものである。したがってその水準は国又は自治体の徴税政策によって定められることになる。これに対し貼用印紙額は民事訴訟の利用者に対する手数料としての性格を有するものではあるが、その根拠は必ずしも明確でないのみならず、その水準をどの程度にするかも明確な基準がない。むしろ、今日では、国民の裁判を受ける権利を保障し国民の司法へのアクセスを容易にするために貼用印紙額の減額が求められているのが現状である。一昨年、民事訴訟費用法の改正により訴訟物の高額部分について貼用印紙額の減額がはかられたばかりであるし、法制審議会における民事訴訟法改正においても貼用印紙額の検討事項とされていることは周知のとおりでもある。


今回の固定資産税の評価額の改定は、評価の均衡化・適正化を図るものと説明されているが、固定資産税の増収を目的とするものであることは明らかである。このような大幅な税額の増加を一片の通達の変更で行うことができるかどうかについては、租税法律主義の建前からみて疑問がない訳ではない。それはさておき、今回の固定資産税評価額の改定は、いずれにしても固定資産税の徴税政策にもとづくものである。


ところが、この評価額の増額の結果として、たまたまこれを借用して評価額を算出している貼用印紙額が前記のとおり3倍から4倍に増額されることとなるものであって、このような大幅な貼用印紙額の増額は、前述したような制度の趣旨と矛盾し、逆行するものといわねばならない。


(2) 不動産訴訟において貼用印紙額決定のための「目的たる物の価格」を、固定資産税評価額により定めることにしたというのは、前述の民事局長通知の経過より明らかなように、国の司法制度のひとつとしての民事訴訟の設置目的に照らし、その利用の手数料としての貼用印紙額を決定するにあたり、不動産の価額として固定資産税評価額が適切であるとの政策的判断のもとになされたものと考えられる。つまり国民に民事訴訟を利用するための手数料を課すものとして、全国一律に基準として用いることができるものであるとともに、その負担が国民にとって過重にならず、適当と考えられるものとして、不動産については、固定資産税評価額が用いられたものと考えることができる。


このような政策的配慮によるものとするならば、今日不動産はバブル経済の影響で急激な高騰を来しており、税収増加の目的で固定資産税評価額を「時価」に近づけることが、仮に必要だったとしても、これをそのまま訴訟物の価額に反映させることには問題がある。とくに前述のとおり、国民の裁判を受ける権利を実質的に保障するため、貼用印紙額を諸外国にならい減額する方向にある今日においては、少なくとも現在以上の負担増加とならないように「目的たる物の価格」を定める必要がある。


6. もとより、国民の裁判を受ける権利を実質的に保障し、訴を提起しやすくするには、民事訴訟費用法の改正など立法的措置が必要であり、当連合会は民事訴訟費用の全面的見直し、低額化に向けた取組みを一層推進するものである。しかしながら、今回前記自治省事務次官通達による固定資産税評価額が大幅に増額されたことに伴い、たまたま「訴の目的の価額」の算定に固定資産税の評価額を算定の基準として用いたため、このままでは制度目的の異なる貼用印紙額が大幅な増額となる。伝えられるところによると、この評価替えによる固定資産税の負担を軽減するために、既に固定資産税については今後3年間は年間5%程度の負担増に抑制する軽減措置がとられ、また登記の登録免許税についても今後2年間は40%、その後の1年間は50%に軽減する措置がとられることになっているところであり(いずれも3年経過後の措置については白紙であるが、将来とも急激な増加が実施されるとは考え難い)、裁判における訴訟費用の負担だけが何らの措置もとられないとなると裁判所だけが国民に背をむけることになる。


このような国民の提訴の経済的負担が著しく増大する事態を防止するため、前述の登録免許税について当面の暫定的な措置として予定されているような軽減措置の採用も含む適切な措置を最高裁判所に対し求めるものである。


なお、本件は、法形式的には、最高裁判所の民事局長通知の変更で足りるものと考えるが、これを実現し、さらには抜本的な民事訴訟費用の見直しのために、国民の理解と共感を得て、国民的な運動を展開する必要がある。われわれは、その実現のために全力をあげる決意であることを表明する。