第45回定期総会・長期化大規模災害対策法等の立法措置を求める決議

(長期化大規模災害対策法等の立法措置を求める決議)

雲仙普賢岳噴火災害は、その災害発生から3年という歳月が経過しようとしている。しかし、雲仙普賢岳の噴火活動はいまだ終息する気配もなく、災害は長期化し、かつ、大規模化している。災害の長期化大規模化は、地域住民の生活手段を奪い、地域全体の社会経済を著しく疲弊させ、被害の将来的拡がりの予測を不可能にし、被災者の復興を妨げているが、その過程で、わが国の災害対策に関する法制度が一過性の災害に対するものでしかなく、長期化災害に対してはほとんど無力であることが明らかになった。


しかも、1993年(平成5年)7月の北海道南西沖地震は、わが国の災害対策に関する法制度が一過性の災害である地震・津波災害に対しても決して十分な配慮がなされていないことを露呈した。


当連合会は、1994年(平成6年)2月、それまでの1年余に及ぶ調査研究に基づき、国等にたいし、(1)警戒区域等設定に伴う損失補償制度の創設、(2)警戒区域等設定権限行使システムの再検討、(3)長期化大規模災害対策法の制定、(4)災害対策基金創設措置法の制定、(5)地震等被害住宅共済制度の創設などの立法提言を行った。


雲仙普賢岳噴火災害の被災者に対しては、現在まで、現行の法的救済措置等を弾力的に運用してその救済が行われているが、災害が予想以上に長期化するなかで、その被災の現状からすれば決して十分な対応とはなっていない。また、わが国は世界的にも有数の火山国であり、将来、他の地域で長期化大規模災害が発生する可能性もある。


このような現状をふまえ、われわれは、国に対し、前記立法の早期実現を求めるとともに、その実現にいたるまでの間、雲仙普賢岳噴火災害の被災者に対するより充実した救済策の実施を求めるものである。


以上のとおり決議する。


1994年(平成6年)5月27日
日本弁護士連合会


提案理由

1.当連合会は、1992年(平成4年)10月24日の九州弁護士会連合会第45回定期大会における「雲仙普賢岳噴火災害の救済を求める決議」をふまえ、司法制度調査会内に災害対策基本法等に関する小委員会を設置し、同小委員会において災害対策基本法等をはじめとする現行災害対策システムの再検討を行ない、島原市等の現地調査を実施してきた。


その現地調査の過程で、長期化大規模災害においては、(1)地域住民は長期間の避難を余儀なくされ生活手段を失うが、そのため地域の社会経済が著しく疲弊し被害の将来的拡がりが確定できない状況に陥ること、(2)長期間の被害と生活手段の喪失は、個々の被災者の自助努力による新たな生活再建を余儀なくさせるが、一方では、災害の長期化大規模化によって、個々の被災者の自助努力のための基礎的な経済的ベースが失われること、(3)被害の継続的拡大が復興目標を定めた被災者の個々の復興活動を不可能にし、復興目標の不確定な状況での復興活動が成功するかどうか定かではない状態に陥ること、(4)災害の長期化大規模化は被災地の荒廃を顕著にし、物理的にも精神的にも、被災地へ復帰しての自力復興を著しく困難とし、更に、(5)被害の拡大防止のために不可避な砂防事業による被災地の公共買収の買上条件等が被災者の自力復興の成否に密接に関連してくること、などが明らかになった。


また、現行の災害対策法制度を詳細に検討した結果、第1に、わが国の災害対策に関する法システムが一過性の災害に対するものでしかなく、警戒区域等の設定に基づく損失補償制度を有していないなど、長期化災害に対する法的対処が著しく不十分であること、第2に、わが国の災害対策に関する法システムが、1993年(平成5年)7月12日の北海道南西沖地震災害にみられるとおり、一過性の災害である地震・津波災害に対しても決して十分な配慮がなされているとは言い難いこと、第3に、雲仙普賢岳噴火災害の被災者に対しては現在まで現行の法的救済措置などを弾力的に運用して相当の救済措置がなされていることは認められるが、これらの救済措置の中には、法の弾力的運用という名の下に、法的根拠が必ずしも明確でないまま、応急措置的に実施されているのではないかと推測されるものがあること、などが明らかとなった。


2.雲仙普賢岳噴火災害について、政府は、「政省令、規則、基準等の新設、改正及び制度の弾力的運用等現行の諸制度、施策を最大限に活用し、総合的な21分野98項目からなる被災者等救済対策により、現行法制度の範囲内で、適切な対策が講じられている。」と言い続けてきたが、いまだに雲仙普賢岳の噴火活動は終息の気配をみせておらず、災害の長期化は深刻な状況にある。現行制度の範囲内での弾力的対処だけでは対応できないことは明らかである。


当連合会は、災害対策基本法をはじめとする現行の災害対策に関する法制度の改正並びに長期化大規模災害に対する新たな災害対策法が直ちに制定されなければ、長期化する雲仙普賢岳噴火災害の被災者に対する各種の救済措置は効果を挙げないまま終了し、また、新たな大規模災害が発生した場合の被害の救済も十分に行われないのではないか、と危惧する。


3.国民は雲仙普賢岳災害や北海道南西沖地震災害の被災地の人々に対し、莫大な義援金を拠出し、また、地球上の自然災害に対し、全世界の人々が多大な援助を行っている。この事実は、自然災害の被災者に対する援助が、単なる同情や憐憫の情の発現というよりも、相互扶助の精神に基づいた人間社会の形成の原理が根底にあることを裏付けている。


自然災害の被災者に対し、国が国民に対しまず十分に手を差し伸べないとすれば、国は何のために存在するのかということを問われることにもなりかねない。


自然災害に対して、相互扶助を前提とした法的救済システムを整備することは、国としての当然の責務であり、われわれ国民一人一人にかせられた課題でもある。


このような相互扶助の精神の理念のもとに、当連合会は、1994年(平成6年)2月18日、国に対し、災害対策基本法の改正と新規立法の創設を提言したが、その提言の趣旨は次のとおりである。


提言の1 損失補償制度の創設

警戒区域等設定に伴う住民等の財産的損失を補償するため、災害対策基本法を改正し、損失補償制度を創設すること。


提言の2 警戒区域等設定権限行使システムの再検討

警戒区域等設定に関する法システムを見直し、設定権限者を市町村長とすることを前提として、(1)警戒区域等設定・解除の判断に際し、制度(権限行使)に要求される迅速性及び科学性を阻害しない範囲で、住民等の意向を反映させることのできるシステムを検討し、(2)同設定・解除に関する市町村長の判断の正確性を補完するために、科学者・都道府県知事等適当な者で構成される第三者機関を設置して、当該第三者機関と権限者との関係を法的に明確にし、(3)災害が2つ以上の市町村または都道府県に跨がる場合の都道府県知事または国の役割を再検討して、都道府県知事または国の総合調整的な役割を法的に明確にすること。


提言の3 長期化大規模災害対策法の制定

長期化大規模災害による被害の迅速かつ適正な救済措置の実施のために、(1)公的資金に係る「既存の債務」について、災害が終息した後適当な時期まで、利息を免除し、かつ、元金の支払いを猶予すること、(2)各種災害対策資金の内容を充実させ、同資金の借り入れに際しては、連帯保証・担保物件の提供等を軽減するなど特別の措置を講じ、原則として利息免除の上、少なくとも災害継続中に返済を開始させないものとすること、(3)災害終息後の復興段階においては、最終手段として、既存債務及び災害継続中に借り入れた災害対策資金の元金を含む債務の減免ができるようにすること、(4)公租公課の減免要件を緩和し、現行の減免措置を尚一層広範に実施できるようにすること、(5)復興開始時(災害終息後)において、更に災害対策資金の十分な供与ができるものとし、その利息の利率及び返済条件等も被災者が十分に自力復興可能なものとすること、(6)防災施設用地の買収とその他の被災地の買収を区別することなく、国等の公的機関において、被災前の時価を規準とする価格によって被災土地等の買い上げを行なうものとすること、(7)長期化大規模災害においては、現行の集団移転法を修正適用し、当該集団移転の要件を緩和して、被災者の住宅団地等への移転が容易に実施できるようにすること、(8)被災地に代わる安全な土地の確保のために、既成の公的制限・公的規制が迅速かつ容易に排除できるシステムを法制化すること、などを内容とする長期化大規模災害対策法(仮称)を制定すること。


提言の4 災害対策基金創設措置法の制定

災害による被害の迅速かつ適正な救済及びこれに付随する事業の円滑な実施のために、国は災害対策基金を恒久的なものとして創設し(基本基金)、かつ、発生した大規模災害ごとに、当該都道府県等の地方公共団体に被災者救済のための災害対策基金(地方基金)を別に設置するために、災害対策基金創設措置法(仮称)を制定すること。


提言の5 地震等被害住宅共済制度の創設

大規模災害による被災者の住宅確保のために、民間損害保険会社の取り扱う地震等保険制度とは別に、地震・津波・噴火による住宅建物及び家財道具の被害を填補する強制加入を前提とした共済制度を創設すること。


4.当連合会は、雲仙普賢岳噴火災害を契機として、前記のとおりの立法提言を行なったが、雲仙普賢岳噴火災害が災害発生から3年を経過するにあたり、再度、国に対し、前記立法の早期実現を求めるものであり、その実現に至るまでの間、雲仙普賢岳噴火災害の被災者に対するより充実した救済策の実施を求めるものである。