臨時総会・「弁護人抜き裁判」特例法案に関する決議

(決議)

刑事裁判における弁護人の活動は、適正な手続きによる公平な裁判を確保するため、必要・不可欠であり、被告人が専門的知識と資格を有する弁護人の弁護をうける権利は、いついかなる場合においても保障されなければならない。


政府が今国会に上程した「刑事事件の公判の開廷についての暫定的特例を定める法律案」は、憲法が保障する被告人の弁護人依頼権を侵し、民主主義社会において確立している刑事裁判制度の根幹を揺るがすものである。


われわれは、国民の基本的人権をまもり抜く立場からこの法律案に対して強く反対する。


さらにわれわれは、裁判所の強権的な訴訟指揮の傾向に対し反省を求めるとともに、憲法のもとにおける刑事弁護の正しいあり方について不断の努力を尽すことを表明する。


右決議する。


1978年(昭和53年)5月9日
臨時総会


提案理由

1.憲法第37条第3項は「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。」と明記して弁護人依頼権を保障している。


刑事裁判における弁護人制度が、公平・適正な裁判手続を確保し、国民の人権を保障するために不可欠なものであることは、民主主義社会においては、疑問の余地のない普遍の原理とされている。およそ、弁護人抜きの刑事裁判は、民主主義社会における裁判の名に値しない。この意味において専門的知識と資格を有する弁護人による弁護をうける権利は、いついかなる場合であっても、またいかなる被告人からであっても、奪うことの絶対に許されない憲法上の権利である。


今国会に上程されたいわゆる弁護人抜き特例法案は、刑事被告人が憲法上有する権利のうちでも最も基本的なものとされる弁護人依頼権を被告人の意に反して剥奪するものである。


法務省は、被告人の弁護人依頼権は放棄できるとの前提に立って、特例法案は弁護人依頼権の放棄と認められる場合を定めたものであると言うが、弁護人依頼権を放棄し得るとの立場をとるにしても、この権利は公正な裁判のため必要不可欠とされている基本的人権であるから、その放棄は少なくとも被告人の明示の意思によることを要する。米国連邦最高裁判所が、弁護人依頼権については、被告人が権利の内容を知悉した上で、放棄に伴う利害得失を考量し、なおかつ弁護人依頼の意思がない場合に限り、瑕疵のない明示の意思表示によりはじめて放棄することができるものとし、放棄の擬制を断じて認めないとしているのは、まことに理由があるのである。


2.この立法措置の必要性の根拠として法務省が主張している一部刑事事件の「異常事態」の原因は、裁判所が実質的な弁護活動を無視して、無理な期日指定などの訴訟指揮を強行したことによるものが多い。


そして、これらの事態も、現に訴訟関係人及び弁護士会などの努力によりそれぞれ解決されており、今日、立法による解決を必要とするような状況はみられない。


にもかかわらず政府が、ハイジャック防止対策を口実として、あくまでも特例法案の成立をはかろうとしている背景には、裁判所の職権のみを強化し、裁判所・検察官の都合だけを考慮して、被告人・弁護人の防禦権・弁護権を制約し、侵害する「訴訟促進」方策があることを看過することができない。法案は、このような方策を具体化したものにほかならない。


当連合会は、かねてより、かかる「訴訟促進」方策に反対するとともに、具体的な刑事事件において裁判の進行に重大な支障が生じた場合については、関係弁護士会の従来の地道な努力の成果に立脚しつつ、訴訟関係人の協力と法曹三者の真剣な協議によってねばり強く解決に当たるべきものであること主張し、提案してきた。


今後も右のような基本姿勢を堅持しつつ刑事訴訟手続の進行における裁判所・検察官の不当な措置については、つねに、これを的確に批判し、是正していくことがますます重要であると考える。


3.われわれは、民主主義憲法下にふさわしい法廷慣行の確立に努力し、かつ弁護士間において知識・経験を交流し相互批判を強めることが必要であると考える。また、法廷における弁護活動のあり方について、憲法・刑事訴訟法・弁護士法の精神に照し間然するところのないよう研鑽と自戒を怠ってはならない。そして、憲法のもとにおける刑事弁護の正しいあり方について不断の努力を尽し、さらに弁護士自治の実質をたえず高めていく決意である。


日本弁護士連合会は、国民の基本的人権を守り抜く立場から、当初より一貫してこの法案に強く反対してきた。


ここに、総会を開き、全弁護士の総意を結集して、右反対の意思を宣明する次第である。