個人通報制度の導入と国内人権機関の設置を求める決議

国際社会は、二度にわたる世界大戦を経て、再びそのような惨劇を繰り返さず、恒久平和を実現するためには、各国における人権の確保が不可欠であること、また、歴史上まれに見る人権侵害が国内的には合法的に行われたことに鑑み、国内における人権問題を各国の自律に委ねるのではなく、国際的に人権保障を確保するシステムの構築が肝要であることを深く理解した。そして、1945年10月には国際連合が設立されるとともに、1948年12月には世界人権宣言が採択された。そして、世界人権宣言でうたわれた人権保障をより具体化する作業として、国際連合では現在に至るまで、20を超える国際人権条約が採択されてきた。


国際人権条約には、国際人権条約で保障された権利を侵害された者が、国内で裁判などの救済手続を尽くしてもなお権利が回復されない場合に、人権条約機関に直接救済の申立てができる手続である個人通報制度が付帯され、日本が批准している国際人権条約のうち、計8条約にも個人通報制度が付帯されているが、日本はいずれの個人通報制度も導入していない。


そのため、日本の裁判所はその判断が条約機関から批判されることがないことから国際人権条約に対する理解が不十分であり、その結果、法律よりも優位にあるはずの国際人権条約が、日本の裁判実務において、直接適用されることがなく、また、国内法の解釈においても、ほとんど判断の基準として採用されていないという事態が生じている。


また、世界では、当該国に居住する者であれば国籍の有無にかかわらず、侵害された人権の回復を求めていくことのできる国内人権機関が多くの国で設置され、1993年の国際連合総会においては、国内人権機関がその権限や構成、独立性等において具備すべき基本的な要素について示した、人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)が決議された。


現在、国際連合加盟国のうち、既に120か国以上において国内人権機関が設置されているが、日本では、国内人権機関そのものがいまだに設置されていない。


そこで、当連合会は、国に対し、以下のとおり求める。


1 個人通報制度を直ちに導入すること。
日本が批准している、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」、「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」、「子どもの権利に関する条約」、「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」、「拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約」、「強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約」及び「障害者の権利に関する条約」について、日本は、個人通報制度を定めた条約に付帯する選択議定書を批准すること、あるいは、条約本体に定める個人通報条項の受諾宣言を行うこと。


2 以下を内容とする国内人権機関を早急に設置すること。
(1) 委員及び事務局の任命及び解任手続等の人事権並びに予算等の財政につき、政府の統制に置かれず、人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機関)の地位(パリ原則)に関する原則を満たすよう法律で定めること。


(2) 設置される国内人権機関については、次の機能が付与された機関であること。

人権救済機能として、事実関係を調査する権限を有し(公的機関に対する調査権限を含む。)、調停、勧告等の救済措置を採ることができる機関であること。
政策提言機能として、人権の保護及び促進の観点から、国や地方自治体の立法機関・行政機関に対し、新たな立法についての意見や、現行法の改正及び行政施策の策定や変更についての提言を行う等、人権保障を制度的に進める措置を採ることができる機関であること。
人権教育機能として、学校や企業、裁判官・検察官・警察官・刑事拘禁施設職員等法の適用・法の執行に携わる者、弁護士等に対して、人権教育プログラムを行うことができる機関であること。
国際協力機能として、人権の保護及び促進を担う国際連合及び関連機関や、他国の国内人権機関と協力することができる機関であること。


現在、社会の深刻な問題となっている子どもの人権、女性差別、障がい者差別、外国人の人権及びヘイトスピーチなどの諸問題の解決を大きく前進させるために、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」及び「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」を批准して40周年を迎える今こそ、両制度の実現が求められている。


そのため、当連合会は、日本が個人通報制度を導入し、人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)にのっとった国内人権機関を設置して、もって国際水準の人権保障システムを完備するよう求めるとともに、当連合会もその実現のため引き続き全力を尽くす決意である。


そして、日本の裁判実務において、国際人権条約をはじめとする国際人権法が、実効性を有するものとなるためには、訴訟活動に従事する弁護士自身が裁判の中で国際人権法に基づいて訴訟活動を行うことが必要である。


したがって、我々弁護士自らも国際人権法の研鑽に努めるとともに、当連合会は、今後国際人権法の研修などの組織的な取組を充実させていくことを、決意するものである。


以上のとおり決議する。

 

2019年(令和元年)10月4日

日本弁護士連合会

 

提案理由

第1 国際社会における人権保障システムの状況

1 国際社会における人権保障の潮流

国際社会は、二度にわたる世界大戦を経て、再びそのような惨劇を繰り返さず、恒久平和を実現するためには、各国における人権の確保が不可欠であること、また、歴史上まれに見る人権侵害が国内的には合法的に行われたことに鑑み、国内における人権問題を、各国の自律に委ねるのではなく、国際的に人権保障を確保するシステムの構築が肝要であることを深く理解した。そして、1945年10月には国際連合(以下「国連」という。)が設立されるとともに、1948年12月には世界人権宣言が採択された。そして、世界人権宣言でうたわれた人権保障をより具体化する作業として、国連では現在に至るまで、20を超える国際人権条約が採択されてきた。


2 人権保障システムの内容

このように、国際社会で重要な役割を担っている国際人権条約であるが、そこに認められている権利、自由が侵害された場合に、人権救済を図る手段となるのが、個人通報制度と国内人権機関である。


(1) 個人通報制度と日本の現状

個人通報制度とは、国際人権条約で保障された権利を侵害された者が、国内で裁判などの救済手続を尽くしてもなお権利が回復されない場合に、各人権条約機関(以下「条約機関」という。)に直接救済の申立てができる手続である。


日本が批准している国際人権条約のうち、個人通報制度を定めるものには、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(以下「自由権規約」という。)、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(以下「社会権規約」という。)、「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(以下「女性差別撤廃条約」という。)、「子どもの権利に関する条約」(以下「子どもの権利条約」という。)、「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」(以下「人種差別撤廃条約」という。)、「拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約」(以下「拷問等禁止条約」という。)、「強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約」(以下「強制失踪条約」という。)、「障害者の権利に関する条約」(以下「障害者権利条約」という。)の計8条約がある。


そして、自由権規約、社会権規約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約及び障害者権利条約については、本条約に付帯する選択議定書に個人通報制度が定められており、人種差別撤廃条約、拷問等禁止条約及び強制失踪条約については本条約の中に個人通報制度を定める条項があるが、日本は、いずれについても批准あるいは受諾宣言をしていない。


しかも、上記8条約のうち、現在自由権規約委員会や子どもの権利委員会など6条約の条約機関の委員には日本から委員が選出されており、それらの委員は、個人通報制度に加入している他国の個人通報の審査に当たり勧告を行っている。


世界を見渡すと、既に約150か国で、何らかの個人通報制度を導入しているが、とりわけ、経済先進国であるG7のうち、日本を除くすべての国が何らかの個人通報制度を導入しており、経済協力開発機構(OECD)加盟36か国のうち、ほとんどすべての国が何らかの個人通報制度を導入しているのである。


また、日本に対しては、各条約機関から何度も、個人通報制度を導入するように勧告がなされ、さらには、国連人権理事会においてなされる、国連加盟国すべての国の人権状況を国連憲章、世界人権宣言及び当該国が締結している国際人権条約に基づいて審査される枠組みである、普遍的・定期的審査(一般的に、この審査を「UPR」という。)においても多くの国から勧告がなされてきた(2017年11月に行われた日本に対するUPR第3回審査では、10か国という多数の国から、女性差別撤廃条約や障害者権利条約等について個人通報制度を導入するようにと勧告がなされ、かかる勧告に対し日本政府は、2018年3月に"Accept to follow up."(フォローアップすることを受け入れる。)と回答しているところである。)。


(2) 国内人権機関と日本の現状

国内人権機関とは、人権保障と促進のために設置される国家機関であり、当該国に居住する者であれば国籍の有無にかかわらず、侵害された人権の回復を求めていくことのできる公的機関である。


国内人権機関の在り方については、1993年の国連総会において、人権の促進及び擁護のための国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(以下「パリ原則」という。)が決議され、その任命手続、権限、構成及び財政等のあらゆる面において政府から独立して職務を行うべきことが求められている。


そして国内人権機関には、パリ原則によって、次の権限が付与されるものとされている。

人権救済機能として、人権侵害の被害者は、国内人権機関に対して人権救済の申立てを行うと、国内人権機関は事実関係を調査の上(公的機関に対しても調査を行うことができる。)、調停、勧告等の救済措置を採る。
政策提言機能として、国内人権機関は、人権の保護及び促進の観点から、国や地方自治体の立法、行政機関に対して、法案に対する意見、法律の改廃・立法や政策の提言等、人権保障を制度的に進める措置を採る。
人権教育機能として、国内人権機関は、学校や企業、裁判官・検察官・警察官・刑事拘禁施設職員等法の適用・法の執行に携わる者、弁護士等に対して、人権教育プログラムを行う。
国際協力機能として、国内人権機関は、人権の保護及び促進を担う国連及び関連機関や、他国の国内人権機関と協力する。


このような国内人権機関について、世界では既に120か国以上の国で設置されているが、日本では、いまだに設置されていない。


この点、当連合会は、1998年に自由権規約委員会が日本に対し「人権侵害の申立てに対する調査のための独立した仕組みを設立することを強く勧告する。」との総括所見を出して以降、国内人権機関の設置を求める活動を行ってきたが、2008年11月には「日弁連の提案する国内人権機関の制度要綱」を定め、また2014年2月には「国内人権機関の創設を求める意見書」を出すなどしているところである。


ところで、日本では、2012年に人権委員会設置法案が閣議決定され、国会に提出されたが、その直後に衆議院が解散され、同法案は審議に入る前に廃案となった。


同法案については、当連合会も一定の評価をし、同法案の議決とそれに基づく人権委員会の設置に期待をしていた。


ところが、上記のとおり同法案は廃案となり、その後現在に至るまで、同法案の再度の閣議決定や国会提出等はなされていない。


日本に対しては、各条約機関から何度も、パリ原則に準拠した国内人権機関を設置するようにとの勧告がなされるとともに、UPRにおいても多くの国から勧告がなされている。とりわけ2017年11月に行われた日本に対するUPR第3回審査では、31か国にも及ぶ多数の国から、パリ原則にのっとった国内人権機関を設置するようにとの勧告がなされている(なお、かかる勧告に対し日本政府は、2018年3月に"Accept to follow up."(フォローアップすることを受け入れる。)と回答しており、かかる観点からも、日本には積極的な措置が求められる。)。


以上のような勧告に加えて、日本も批准している障害者権利条約第33条第2項では、パリ原則にのっとった条約の実施を促進し、保護し、監視する枠組み、すなわち、障害者権利条約に関する国内モニタリングシステムの設置を締結国に求めているが、日本はいまだに同条約の求める機関の設置もしていない。


(3) 以上のように、日本では、人権保障システムとして極めて重要な役割を果たす個人通報制度と国内人権機関のいずれも存在せず、全く未整備の状況にあるのである。


 

 

第2 人権保障システムが実現した場合の効果

1 個人通報制度が導入された場合

(1) まず、個人通報制度が導入されると、日本の管轄下にある者が日本の裁判所への提訴等の国内法的手続をとったものの権利が救済されない場合において、当該被侵害権利が国際人権条約に定める権利であると主張するとき、同国際人権条約の条約機関に対し、権利救済を求めて個人通報をすることができる。


そして、通報を受け取った条約機関は、国内の救済手続を尽くしているかなどの受理可能性を審査し、これらを充足していると判断された事件について内容の審査を行い、条約機関としての最終的な見解(勧告)を示すのである。


(2) 個人通報制度に基づいてなされる条約機関からの勧告に強制力はないが、国内の裁判所は、判決が確定したときにも、その後に条約機関に通報されることが予想されることから、判決の際に条約機関の解釈や先例を検討することとならざるを得ない。それにより、国際的に確立した解釈であっても、これにほとんど関心が示されない裁判実務の現状が改善され、国際人権法が実効性のある裁判規範として機能することが期待される。そのことは、ひいては、国内の人権保障の水準が国際人権法の基準に平準化されることを意味する。また、個別の通報事例において条約機関から何らかの勧告がなされれば、日本国内において勧告内容につきメディア等で大きく取り扱われる可能性があり、結果として国内の裁判所は、勧告内容を意識した判決を下すようになると予想される。さらに、立法機関及び行政機関もこうした状況を踏まえて、現状の改善に取り組むことが期待される。


なお、上記のように裁判実務の現状が改善される前提として、弁護士自身も、裁判の中で国際人権法に基づいた主張を展開できるよう、国際人権条約をはじめとする国際人権法の研鑽に努めなければならないのは言うまでもない。


(3) さらには、個別の通報事例における勧告から、当該国の法制度の改正がなされることも少なくない。


例えば、オランダの失業保険制度では、結婚している女性の場合は、失業保険を受給するためには家族の生計の担い手であること等を証明しなければならないとされていた。男性の場合にはそのような証明は不要であり、これは男女の役割分担という固定観念に基づく法制度であった。自由権規約委員会はこれを平等原則違反であると判断し、オランダ政府は委員会の勧告に従って法律を改正し、不平等な取扱いを改めた。


また、フランス軍に勤務していたセネガル人が、セネガル独立とともにフランス国籍を離れたことを理由に軍人年金をフランス人よりも低額に据え置かれた事例について、自由権規約委員会は、国籍の相違に基づく不平等な取扱いは平等原則に違反するとして是正を勧告したところ、フランスは段階的に不平等な取扱いを是正した。


そのほか、モーリシャス人女性の外国人夫には入国・在留に厳しい制約が課されていたが、モーリシャス男性の外国人妻にはそのような制約はなかった。モーリシャス政府は、外国人男性に対しては治安上の理由から入国・在留を制限する必要があること、自由権規約は外国人の入国・在留を保障するものではないから、上記制約は自由権規約違反には当たらないと主張したが、自由権規約委員会は、上記制約はモーリシャス人女性に対する関係で差別的な取扱いであり、自由権規約違反であると判断したため、モーリシャスはこれに従い法律を改正した。


これらの事例は何千件もの先例のほんの一部にしか過ぎないが、ここに見られるように、多くの諸外国では個人通報制度を通じて国際人権基準に則した人権状況の改善に努めているのであって、日本はこうした潮流から立ち後れているといっても過言ではない。日本も早急に個人通報制度を導入することにより、自国の人権状況の改善に努めるとともに、具体的事案の審議に加わることによって国際人権法の解釈の発展・深化に寄与し、もって世界に範を示すべきである。


また上記の各事例は、男女差別や国籍による差別に対する条約機関の国際的な解釈法理を示すものであるが、そこに示された法理と日本の裁判所の解釈とには乖離があり、日本の現状には改善の余地と必要性が存することを明らかに示すものでもある。


(4) 以上のように、個人通報制度が導入されると、通報を通じた個別の権利救済のみならず、日本の裁判実務においても、国際人権法が実効性のある裁判規範として機能する可能性が広がるとともに、行政においても条約機関の見解を踏まえた運営がなされる可能性が出てくる。また、個人通報制度があることにより国際社会における日本のプレゼンスを高めることにもつながるのである。



2 国内人権機関が設置された場合

(1) 現在、日本において人権が侵害された場合に採り得る手段として、従来は司法に最後の砦としての役割が期待されてきた。しかし、司法による救済には、裁判費用や時間がかかる、公開法廷での立証により二次的人権侵害を受けるおそれがある、事後的救済である、個別事案の解決であるという性質上、人権侵害の構造的解決やその抜本的解決を期待することが困難である等の限界がある。


また、法務省人権擁護局に対する人権救済申立てという手段があるが、人権擁護局は法務省の一部局に過ぎず、政府からの独立性が保障されていないことから、公権力の行使による人権侵害への対応については申立ての相手方に対する調整・勧告等の措置はほとんどなされておらず、権利救済の実効性について疑義がある。


(2) それに対し、パリ原則にのっとった国内人権機関が設置されれば、人権救済の申立てに対し、国内人権機関は事実関係を調査の上(公的機関に対しても調査を行うことができる。)、調停、勧告等の救済措置を採ることができ、迅速な人権救済を図ることができる。


また、国内人権機関の有する政策提言機能により、国又は地方自治体による立法及び行政の在り方そのものについて、人権保障上疑義のある問題点に対し、国内人権機関はその是正をするように意見や提言を行うことができる。


この点、2001年に設立された大韓民国の国内人権機関(国家人権委員会)は、これまで差別禁止法制定、テロ防止法案、イラク戦争、入管法改正案など各分野について、多くの提言や意見を出している。


さらに、国内人権機関は、学校や企業、裁判官・検察官・警察官・刑事拘禁施設職員等、法の適用・法の執行に携わる者や弁護士等に対して、人権教育プログラムを行うことで、人権意識の向上に資することができる。この点、人権侵害が発生する一因として、人権に対する無理解があると考えられ、国内人権機関がプログラミングして行う人権教育は、まさしく人権侵害の予防的機能を果たすものとして期待できる。とりわけ、法執行に携わる者に対する人権教育の必要性は自明のことと思われる。


また、国内人権機関には人権の保護及び促進を担う国連及び関連機関や、他国の国内人権機関と協力することも求められるが、それら他の機関と協力することで、複数の国にまたがる人権侵害に対しても対処することが可能となる。この点、実際に東南アジア諸国連合では、移住労働者の送出国と受入国の国内人権機関が協力することで、移住労働者の人権侵害に対処している事例がある。

 


3 具体的事例に即して

以上のとおり、個人通報制度が導入され、また国内人権機関が設置されると、人権保障システムが極めて大きく拡充されるが、以下では、現に存在している人権諸問題に即して、個人通報制度と国内人権機関の有用性について述べる。
  

(1) 女性差別問題
女性差別問題については、歴史的な性差の意識に根を張る様々な人権侵害がなされてきた。現在でも、男女の役割論など社会通念上の差別、雇用形態や賃金格差等の労働場面における差別、社会進出における格差、配偶者等からの暴力、性犯罪、ストーカー行為、売買春、人身取引、セクシュアル・ハラスメント等の女性に対する暴力、リプロダクティブヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)の侵害、夫婦同氏の問題、家族従業者の税制における差別等、あらゆる場面に存在する深刻な問題である。


昨今では、大学医学部の入試において、女性受験者に対する差別的な取扱いがなされていたことは記憶にも新しいところである。


これらの女性差別問題については、自由権規約や女性差別撤廃条約の個人通報制度が導入されていれば、それぞれに違反するものとして、自由権規約委員会又は女性差別撤廃委員会に個人通報を行うことができ、また、国内人権機関が設置されていれば、国内人権機関は不当な取扱いの是正を求める勧告や提言を出すことが可能となるのである。
 

(2) 学校における子どもの問題
日本においては、学校において、いじめ問題、教師による体罰・暴言、校則の問題等、様々な子どもの人権に関わる問題が発生している。


とりわけ、いじめ問題については、1986年2月に発生したA事件(岩手県にて東京都の中学2年生の生徒が自死した事件。)、1994年11月に発生したB事件(愛知県にて中学2年生の生徒が自死した事件。)、2005年9月に発生したC事件(北海道にて小学6年生の児童が自死を図り、翌2006年1月に亡くなった事件。)等を契機として子ども達の間で発生するいじめ問題が度々社会問題として取り上げられてきたが、2011年10月に発生したD事件(滋賀県大津市にて中学2年生の生徒がいじめを苦に自死した事件。)をきっかけとして、いじめ問題が再び大きく取り上げられるようになった。


このD事件をきっかけに、2013年6月には「いじめ防止対策推進法」を成立させるなど、いじめ問題に対して一定の対策が講じられてきたが、同法施行後も、いじめを原因として子どもが自死する事件が後を絶たず、重大事態の調査を行うため各地で第三者委員会が立ち上がり、いじめに関する調査を行っている状況にある。


しかしながら、第三者委員会は、教育委員会や当該学校の下に設置されることが大半で、人的・物的資源に限界があるほか、中立・公正さについて疑義が呈される場合もある。しかも、事後的・個別的に設置されるもので、子どもの権利に関する常設の第三者機関ではなく、また、事実関係の調査が主たる目的であり、権利の救済を目的とするものではない。
 

この点、個人通報制度を導入することにより、子どもの権利条約の上からも、いじめ問題に対する日本の対応の不十分性を、条約機関である子どもの権利委員会に通報することができる。
 

また、国内人権機関が設置されれば、いじめを受けたとする被害者は、個別のいじめ問題の救済を国内人権機関に求めることができるし、国内人権機関は、同機関の有する政策提言機能、人権に関する教育プログラムを通じて、いじめ問題に対する政府の対応の不十分性もまた問題提起できるのである。
 

そして、上記第三者委員会の対象となる事件以外の問題については、子どもの権利救済機関として、子どものためのオンブズパーソンが任命されている地方公共団体はあるものの、一部にしかない。国内人権機関が設置されれば、国内の子どもに平等に権利救済の機会が与えられることになる。


(3) ヘイトスピーチ問題
日本では、人種的憎悪を煽る言動、いわゆるヘイトスピーチに関し、2016年6月に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(以下「ヘイトスピーチ解消法」という。)が施行された。しかし、ヘイトスピーチ解消法には不特定多数に対するヘイトスピーチを違法とする規定がなく、そのため実効性に欠けるという点及びその適用範囲が日本に適法に居住する本邦外出身者又はその子孫に向けたヘイトスピーチに限定されている点などの問題点がある。実際にヘイトスピーチ解消法施行後も、ヘイトスピーチは減少する傾向にはなく、その対策が必要であることは明らかである。


この点、個人通報制度が導入されれば、ヘイトスピーチにより被害を受けた個人は、直接、日本の対策の不十分な点を、人種差別撤廃委員会等に通報をすることができる。


さらに、人種差別撤廃委員会は、ノルウェーに対してなされた通報事例等において、特定個人ではなく、ある民族全体に向けられたヘイトスピーチについて、民族団体からなされた通報の受理可能性を認めていることから、個人通報制度が導入されれば、現行法では民事刑事いずれの責任も追及困難な不特定多数の民族全体を標的にしたヘイトスピーチについても、人権救済の途を開くことが可能になる。


また、国内人権機関においては、個別の人権救済機能のみならず、政策提言などを通して人権保障を制度的に推し進める活動や、人権に関する教育プログラムを推進する活動も行うことが予定されている。


国内人権機関が設置されれば、上記、ヘイトスピーチ解消法の問題点を是正するよう、同法を改正することを国会に提言することもできるのである。
  

(4) 入管問題
2014年に入管被収容者3名が病死し、入管の医療体制の不備がクローズアップされたことは記憶に新しいところである。また2016年以降は、仮放免許可が厳格化され、各地の入管施設では被収容者が急増して、中には数年間にわたり継続収容されている者も少なくない。2018年春には、仮放免不許可を受け、前途を悲観して自死した被収容者もいた。
 

また、入管の問題点として、日本国内に配偶者や実子がいても、在留特別許可が付与されず、収容・送還される例は後を絶たない。日本人と長期間にわたり実体ある婚姻関係を継続していても、実子がいなければ在留特別許可を得るのは困難である。外国人同士の婚姻の場合には、実子(日本で生まれ育ち日本以外では生活困難)がいても収容・送還されている例が多数報告されている。
       

この点、日本において個人通報制度を導入すれば、自由権規約違反を主張して、入管における劣悪な収容処遇や長期収容を自由権規約委員会に通報できる。
       

また、国内人権機関が設置されれば、不当な処遇あるいは長期収容を強いられている被収容者は、個別の救済を国内人権機関に求めることができるし、国内人権機関は、同機関の有する政策提言機能を通じて、入管問題に対する政府の対応の在り方について、問題提起もできるのである。
  

(5) 障がいのある人に関する問題
障害者差別解消法が成立したものの、事業者については合理的配慮が努力義務にとどまり、また、相談窓口としての自治体の対応が効果的ではない場合もある。そうであるにもかかわらず救済手続が予定されていない。また、精神障がいのある人の強制入院に関しては、精神医療審査会への退院請求があり得るが、審査会には独立性が保障されていない等の問題点があり、権利の救済手続として必ずしも十分ではない。
       

日本において個人通報制度を導入したときには、事業者が合理的配慮を怠ったことを理由に、差別がいまだ解消されていないとして条約機関に通報が可能となり、条約機関からの様々な勧告を得ることが可能となる。国内人権機関が設置されれば入院を強いられている精神障がいのある人は個別の救済を国内人権機関に求めることができるし、国内人権機関は同機関の有する政策提言機能を通じて、審査会の在り方について、問題提起もできる。
       

また、1949年から1996年にかけて、旧優生保護法の下で本人の同意なしに、約1万6500件にも上る優生手術が行われるという重大な人権侵害が発生している。さらに、2016年7月26日には、障がい者支援施設において、多数の入所していた障がい者等が殺傷される事件が起き、当該施設の元職員が犯人として逮捕された。元職員は、「障がい者は死ぬべきだ」と公言し、本件犯行に及んだと伝えられている。このように、過去のみならず今日に至るも、障がいのある人に対する差別思想や言動は、優生思想やそこから派生した社会保障費の財政負担に対する攻撃などとして根強く残存しているのであって、こうした状況を払拭し克服すべきことは、今日における最も重要な課題の一つである。
       

そして、障がいのある人に対する人権侵害においては、とりわけ国内人権機関を設置し、持続的に人権教育プログラムを実施していく必要が大きい。
  

(6) 以上は例示であり、その他日本に存在する人権諸問題、例えば、刑事拘禁施設における人権問題、代用監獄問題等に対しても、個人通報制度及び国内人権機関の果たす役割は極めて大きくかつ有効である。

 


第3 結語


1 以上のとおり、日本は人権保障システムの構築という観点において、世界の潮流から大きく立ち後れていると言える状況にある。
     

そのような中で、当連合会は、長年にわたり、基本的人権の擁護と社会正義実現を使命とする団体として、その活動を通じ、直面する様々な人権課題に正面から向き合い、解決に向けて尽力してきた。しかしながら、当連合会の人権擁護活動は、十分な調査権限を有しないこと、人的、財政的制約があること、解決手段が限定的であることなどによって、苦心を重ねてきた歴史ともいえる。
     

こうした歴史を踏まえ、当連合会は、様々な人権問題の解決にとって有効かつ必要な根本的手段になり得る、個人通報制度の導入と国内人権機関の設置を求めてきたが、最近では、2010年の第61回定期総会において、「わが国における人権保障システムの構築及び国際人権基準の国内実施を求める決議」を採択し、その中で、個人通報制度を導入すること、及びパリ原則に合致した真に政府から独立した国内人権機関を設置することを求めているところである。上記決議から約10年が経過しようとする今日においても未だに、個人通報制度の導入と国内人権機関の設置がなされておらず、自由権規約及び社会権規約を批准して40周年を迎える今こそ、改めて当連合会はこれらの実現を求めるものである。
 

2 日本の裁判実務において、国際人権条約をはじめとする国際人権法が、実効性を有するものとなるためには、訴訟活動に従事する弁護士自身が裁判の中で国際人権法に基づいて訴訟活動を行うことが必要である。
     

したがって、我々弁護士自らも国際人権法の研鑽に努めるとともに、当連合会は、今後国際人権法の研修などの組織的な取組を充実させていくことを、決意するものである。
 

3 当連合会は、以上のとおり、本決議を採択する。