全ての女性が貧困から解放され、性別により不利益を受けることなく働き生活できる労働条件、労働環境の整備を求める決議

日本国憲法は、性別による差別を禁止し、国民の健康で文化的な生活を営む権利及び人間らしく働くための労働条件を保障することを求めている。また、国が1985年に批准した女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(以下「女性差別撤廃条約」という。)は、「人間の奪い得ない権利」としての労働の権利を女性に保障し、女性に対する差別を撤廃するための全ての適当な措置を採ることを求めている。しかし、これまで国は、雇用の分野をはじめとして、広く男女の平等を実現するための法の制定、改正等を行っているが、いまだ十分ではない。

 

この30年間に、女性労働者は急増したものの、その多くがパート・派遣・契約社員等の非正規の職員・従業員(以下「非正規労働者」という。)であり、正規の職員・従業員(以下「正規労働者」という。)は微増にとどまる。また、正規・非正規を問わず女性労働者と男性労働者との間の賃金格差は大きいが、同性間でも、正規労働者と非正規労働者との賃金格差は著しい。女性労働者の半数近くが経済的自立の困難な年収200万円以下で、その大半は非正規労働者である。女性労働者の過半数を占めている女性非正規労働者は、性別による差別と雇用形態の違いによる差別という二重の差別を受けているのが実情であり、特に勤労世代の単身女性や母子世帯が深刻な貧困にあえいでいる。

 

女性非正規労働者の急増の原因の一つとして、「男は外で働き、女は家庭を守る。」といった性別役割分担の意識が現在でも社会的に強い影響力を持ち、多くの女性が家事・育児・介護等の家庭内労働を担っているという現実がある。そのため、女性にとって時間外労働が当然視される正規労働者として働くことが難しくなっており、多くの女性が結婚や出産、育児、介護等を契機に離職せざるを得ず、その後、再就職をするにしても、身分が不安定な上、低賃金の非正規労働者として働くしかない状況におかれているのである。

 

また、現行の税・社会保障制度は、主たる男性稼ぎ手とその妻子で構成された世帯(以下「標準モデル世帯」という。)をモデルに構築されているが、これは、結果的にその世帯に属する女性の就業抑制・調整につながっている上、主たる男性稼ぎ手の存在を前提とすることで性別役割分担の固定化を招き、かつ、単身女性や母子世帯を更に困窮させる要因になっている。

 

女性が直面する格差と貧困を克服するためには、雇用形態等の違いによって不当に格差をつけられず均等待遇を受けること、男女共に就労と家事・育児・介護等の家族的責任を両立しながら安定、継続して働けること、性別に基づく差別をなくすこと、性別役割分担及びそれに基づく不利益をなくすことなどが必要であり、当連合会は、特に以下の諸方策が実施されることを求める。

 

1 全ての女性が、人間らしい生活を営むに足る賃金を得るとともに、均等待遇を実現するため、国及び地方自治体は、いかなる雇用形態であれ、同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約(以下「ILO100号条約」という。)及び女性差別撤廃条約第11条1項(d)並びに経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「社会権規約」という。)第7条(a)(ⅰ)号を遵守し、
(1) 客観的な職務評価基準を整え、同一価値労働同一賃金の原則が確保される立法を含む措置を早急に構築すること。

 

(2) 雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「男女雇用機会均等法」という。)第6条の差別禁止事項に「賃金」を加えること。

 

(3) 男女雇用機会均等法第7条の「厚生労働省令で定めるもの」とした規定を改正し、女性に対する間接差別となる事項が、それに限定されるものではないことを明記すること。

 

(4) 全ての人が、その属する世帯の形態、性別にかかわらず、人間らしい生活を営むことができるように、「地域別最低賃金」を大幅に引き上げること。また、国及び地方自治体は、国や地方自治体が事業主と締結する契約(公契約)において、使用者となる事業主が使用する労働者の最低賃金を定め、これを遵守させる措置を採ること。

 

2 全ての女性が安定して働き続けることができるように、就労と家族的責任を両立し得る環境を整備するため、国は、家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する条約(以下「ILO156号条約」という。)及び男女労働者特に家族的責任を有する労働者の機会均等及び均等待遇に関する勧告(以下「ILO165号勧告」という。)を遵守し、
(1) 男女労働者の労働時間は1日8時間、週40時間を上限とすることが原則であって、これを超える時間外労働は例外的なものであることを改めて確認し、男女労働者が家事・育児・介護等の家族的責任を分担できるような措置を講じるとともに、時間外・休日・深夜労働について、法律によって、労使間協定によっても超えることができない労働時間の上限時間等を1日及び週単位で設定すること。

 

(2) 雇用形態にかかわらず、全ての女性労働者が安心して妊娠・出産し、そして、全ての男女労働者が家族的責任を分担する機会を確保できるように、そのために設けられた諸制度の利用を積極的に促進する措置を設け、かつ、事業主に対しては労働者が諸制度を利用することを制限しないよう指導・監督し、その違反に対しては制裁措置を採ること。

 

3 不当な格差を是正し、男女雇用機会均等法違反による不利益を受けた労働者を実効的に救済するため、国は、
(1) 男女雇用機会均等法等に、差別の存在に関する推定規定、違反した場合の法的効果、裁判所が命じることができる救済措置を明記すること。

 

(2) 救済制度として、独立した行政委員会を新設し、あわせて、行政委員会の発する是正命令違反に対し科料ないし罰金による制裁を強化すること。

 

4 性別役割分担及びそれに基づく不利益を解消するため、国及び地方自治体は、男女共同参画社会基本法の定める理念を実現し、
(1) 税・社会保障制度において、女性による無償労働の提供を前提とした、主たる男性稼ぎ手とその妻子で構成された世帯を標準モデルとする制度設計を見直し、諸制度を多様な家族の形態に応じた制度に変革し、所得の再分配機能を強化すること。

 

(2) 性別役割分担の問題を解消するため、学校、職場、家庭、地域におけるジェンダー平等教育の制度を整えるとともに、その実施を支援すること。

 

5 国は、国及び地方自治体、並びに事業主が、これまでの性差別の結果を是正するため、積極的差別是正措置を行うことを法律で義務付け、その実効性を確保するための具体的な規定を策定すること。

 

当連合会は、全ての女性が貧困から解放され、性別により不利益を受けることなく働き、健康で文化的な、人間らしい豊かな生活を営むに足る労働条件、労働環境を享受できるように、上記諸課題の実現に向けて全力を尽くすことを決意する。

 

以上のとおり決議する。

 

2015年(平成27年)10月2日
日本弁護士連合会


提案理由

第1 はじめに

少子高齢化が進む中で、「最大の潜在力」として女性の労働力を活用しようという政策が表明されている。しかし、民間事業所で働く女性の43.7%が年収200万円以下の収入しかなく(国税庁「平成25年分民間給与実態統計調査」)、20歳から64歳までの勤労世代の単身女性の33.3%、つまり3人に1人が、65歳以上では44.6%、つまり2人に1人が相対的貧困(等価可処分所得が全人口の中央値の半分未満)の状態にある。また、母子世帯では母親の80%以上は就労しているにもかかわらず、その過半数が相対的貧困の状態にある(阿部彩(2014年)「相対的貧困率の動向:2006、2009、2012年」貧困統計ホームページ)。就労が女性の貧困を解消する役割を果たしていない現状を見れば、女性の労働条件・労働環境に問題があることは明白である。これらの問題の解決に真摯に取り組まないまま女性の就労を推し進めることは、女性に対する不当な扱いであるだけでなく、社会全体の雇用環境を悪化させて男女を問わず労働者全体を貧困に直面させることにつながりかねない。日本社会の貧困問題の更なる拡大を防止し、根本的な解決を図るためには、諸問題が集中する女性の労働問題に真摯に向き合うことが重要である。

 

第2 女性の貧困の深刻な状況

男女それぞれに年齢階層別の貧困率を推計してみると、ほとんどの年齢層で男性よりも女性の貧困率が高く、その差は高齢期になると更に拡大する傾向にある(上記阿部「貧困統計ホームページ」)。そして、就業している単身女性の貧困が深刻な状況にあることは前項に述べたとおりである。

 

どの年齢層においても、貧困であることは大きな問題であるが、勤労世代や母子世帯の貧困問題はその時期だけの限定的問題にとどまらないことから、特に重要な問題である。稼働収入は、将来、受給できる年金の種類や受給額、そして蓄えられる資産にも大きく影響する。つまり、定年退職した場合を含め、離職した際、それまでの稼働収入が少なければ、必然的に、より一層深刻な貧困に直面する可能性が高くなる。年金制度の改善により男性高齢者の貧困率が低下したにもかかわらず、高齢単身女性の相対的貧困率が4割を超える背景には、就労していた期間の女性の収入が低かったという事情が存在する。また、母子世帯については、その世帯に属する子どもに大きな影響が出る。母親の収入が低ければ、子どもに十分な学費をかけることが難しいため、子どもは進学をあきらめざるを得なくなり、そのため学歴や技術を身に付けることができず、ひいては、低収入となりがちである。母親の貧困は、次世代の子どもたちに受け継がれてしまいやすい。

 

このような勤労世代の女性の貧困化の原因の一つには、後述するとおり、低賃金である非正規雇用の女性が飛躍的に増加していることがあるが、性別役割分担を前提とした「標準モデル世帯」に属している女性についての貧困問題は顕在化しづらく、単身女性世帯、母子世帯等の「標準モデル世帯」に属していない女性において集中的に顕在化している。しかし、いまや女性の貧困問題は一部の女性の問題ではない。女性の生涯未婚率は2015年に13.6%に達すると推計されており(国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)(平成20年3月推計)」)、生涯において「標準モデル世帯」に属すことがない女性は増加している。また、「標準モデル世帯」に属している女性であっても、生計を維持するに足る自己の収入がなければ、主たる稼ぎ手である男性が病気や失業等で稼得能力を喪失した場合や、同人と死別・離別した場合には直ちに貧困に直面する可能性が高いところ、男性の完全失業率も離婚数も共に上昇傾向にあり、「標準モデル世帯」に属さなくなる可能性は、誰にとっても少なからず存在する。離婚率の上昇、晩婚化、少子化、高齢化等によって世帯構成は変化し続けており、「標準モデル世帯」が減少していく一方で、単身世帯・母子世帯は増加傾向にある。単身女性世帯・母子世帯に相対的貧困者が多いという実情からすれば、女性の貧困は現在でも極めて深刻な状況にある上、世帯構成の変化に伴って更に問題が拡大する気配を見せているのであり、その解決は喫緊の課題である。女性の貧困問題の拡大を防ぎ、根本的な解決を図るため、早急に、女性の貧困の実態を調査し、「標準モデル世帯」を前提とする枠組みを変えるとともに、女性が自己の生計を維持するに足る収入を確保できるように、女性の労働条件を整えなければならない。

 

第3 女性の労働に関する法制度

憲法が性別による差別を禁止し(第14条1項)、また、全ての国民が健康で文化的な生活を営む権利を保障している(第25条1項)ことからすれば、国が最低賃金を含めた労働基準を定めるに当たっては、性別による差別のないことはもちろんのこと、男女労働者が家事・育児・介護等の家庭内労働に従事することが可能で、しかも、必要十分な休息をとることも考慮された人間らしい生活を営むことができるように配慮しなければならないことは明らかである。

 

加えて国は、1967年に男女の同一価値労働同一賃金原則を定めたILO100号条約を、1979年に同一価値労働に対する同一報酬のほか公正な賃金と女性に対し男性に劣らない労働条件の保障を定めた社会権規約を、そして1985年には女性差別撤廃条約を批准し、雇用の場において男女の均等待遇を保障することを国際社会に対し約束している。女性差別撤廃条約は、雇用の分野では「人間の奪い得ない権利」としての労働の権利を女性に保障し、国に対し、女性に対する差別を撤廃するための全ての適当な措置を採ることを求めている。そして、同年、国は、雇用における性差別全般を規制するため、1972年から施行されていた勤労婦人の福祉の増進と地位の向上を図ることを目的とする勤労婦人福祉法を、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」に改正した。同法は、1997年の全面改正により、男女別の取扱いを原則として禁止し、その名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」に変更された。2006年の再改正では、男女双方に対する差別の禁止、間接差別の禁止が盛り込まれた。また、1999年には、男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受し、かつ、共に責任を担うべき社会を形成することを目的とする男女共同参画社会基本法が施行された。

 

以上のとおり、日本の法制度は、男女労働者を性別により差別することを明確に禁止するとともに、男女労働者がそれぞれ社会の一員として共に責任を分担できる社会の実現を求めている。

 

第4 雇用の場における男女間格差

日本においては、前述のとおり、性別による差別は禁止されている。しかし、女性差別撤廃条約の批准、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女性労働者の福祉の増進に関する法律の制定から30年が経ってなお、雇用の場における男女の格差は解消されていない。

 

まず、日本における女性労働者のうち、管理的職業従事者(会社役員や企業の課長相当職以上や管理的公務員等)の割合は11.2%(総務省「平成25年労働力調査(基本集計)」)しかなく、他の先進諸国、例えばアメリカの43.4%、フランスの36.1%(独立行政法人労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2015」)等と比べるとその割合はかなり小さく、職場における女性の地位は、全体的に低いといえる。

 

賃金については、同じ正規労働者であっても、女性の所定内給与は男性の74.8%にとどまり、女性非正規労働者に至っては女性正規労働者の69.8%、男性非正規労働者の80.6%、男性正規労働者の52.2%でしかない(厚生労働省「平成26年賃金構造基本統計調査」)。つまり、女性非正規労働者は、性別による差別と雇用形態の違いによる差別という二重の差別を受けている。

 

しかし、身分が不安定な上、正規労働者に比べ賃金が低いという厳しい立場におかれるにもかかわらず、女性非正規労働者は、1985年から2014年までの間に470万人から1332万人へ、女性の雇用者数(役員を除く)に占める割合にして32.1%から56.7%にまで増加している。この間に女性労働者総数は約888万人も増加しているが、そのうち正規労働者の増加はごく僅かで、非正規労働者は862万人も増加した(総務省「労働力調査特別調査」、「平成26年労働力調査」)。なお、非正規労働者が増加しているのは女性だけではなく、男性労働者に占める非正規労働者の割合も増加傾向にある。しかし、その割合は2014年において21.8%にとどまっており、しかも、この中には学生や定年退職後の再就職者等を相当数含んでいて、35歳から54歳では非正規労働者の割合は10%を下回っている。他方、女性労働者では、25歳から34歳では非正規労働者の割合が42.1%とかろうじて50%を下回るが、その他の年齢層では50%を上回っており、全体としてみれば女性労働者の過半数が非正規労働者である(総務省「平成26年労働力調査」)。そして、前述したとおり、同じ非正規労働者であっても、女性の所定内給与は男性の80.6%でしかない。これらの事情からは、1985年以降も雇用の場における男女間格差は解消しておらず、むしろより多くの女性が低賃金で、しかも身分が不安定な労働者として働くようになった結果、問題はより一層深刻になったとすらいえる。

 

このような雇用の場における男女間の格差、女性非正規労働者の増加の原因は複合的なものであるが、事業主側が女性非正規労働者を低賃金で雇用調整しやすい労働者として利用することを望み、それを後押しするかのような労働法制や税・社会保障制度等が採用されていることが原因の一つであることは否めない。そこで、このような格差の是正のためには、不安定かつ低賃金の非正規労働者の増大に歯止めをかけるとともに、男女雇用機会均等法等をより充実させ、かつ、実効的な救済制度等を確立すること、雇用形態にかかわらず同一価値労働同一賃金の原則を確保する立法を含む実効的な措置を採ること、最低賃金を増額する措置を採ること、「標準モデル世帯」をモデルに構築された税・社会保障制度を再構築することなどが必要である。

 

第5 性別役割分担の問題

1 性別役割分担の意識

低賃金にもかかわらず女性労働者の雇用形態に非正規の割合が多い理由の一つに、性別役割分担の問題がある。

 

「男は仕事、女は家庭」といった性別を理由とする役割分担の意識の問題は、いまだに解消されていない。「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきか。」との質問に対し、賛否を回答する内閣府の世論調査では、「賛成」又は「どちらかといえば賛成」と回答した人は2002年には47.0%、2007年には44.8%と半数を下回っていたが、2012年には51.6%に上昇した。この調査によれば、過半数の人が「女性が家庭内労働を担うべき」だと考えているといえ、性別役割分担の意識が社会に根強く残っていることが明らかである。

 

2 性別役割分担の解消の重要性

このように、性別役割分担の意識は現在でも社会的に強い影響力を持ち、多くの家庭で女性が家事・育児・介護といった家庭内労働を担っているという現実がある。家庭内労働に従事する時間を確保するため、職場において長時間の労働をすることを選択できない女性は、結婚や出産をきっかけに離職せざるを得ない。実際、2013年に行われた調査によれば、6割を超える女性が第1子の出産をきっかけに離職している(国立社会保障・人口問題研究所「第5回全国家庭動向調査」)。ただし、就労継続の可否は労働時間の問題だけで決まるものではない。職場において、妊娠・出産に関する嫌がらせ、いわゆる「マタニティハラスメント」を受けて離職を決意せざるを得なくなる事例も多く報告されており、これも女性が就労を継続しにくい原因となっている。このようなマタニティハラスメントが生じ、これに起因する離職を防ぐことができない背景には、社会全体で子育てを支援し、男女が共に家族的責任を負担するという意識が低いことがある。

 

そもそも、離職の理由が何であれ、一旦離職すると、日本では新卒者以外が正規労働者として採用される機会が多いとはいえないため、正規労働者として再就職することは難しい。何より、家庭内労働の多くを負担する状況に変化がなければ、女性は、比較的時間に融通がきく非正規労働者として働く選択しかないところ、2013年に実施された「妻の仕事時間が増えても、夫の家事・育児時間は増えない」(公益財団法人家計経済研究所「消費生活に関するパネル調査」(第21回調査結果))との調査結果等からすれば、女性が、現在の日本社会において、時間外労働をすることを当然視する正規労働者として働くことは、極めて難しい。このような現状を変えるためには、男女労働者の労働時間は1日8時間、週40時間を上限とすることが原則であって、これを超える時間外労働は例外的なものであることを改めて確認する必要がある。2014年に正社員を希望しながら就職できず、非正規雇用を選択せざるを得なかった女性非正規労働者は13.6%(約171万人)とされているが(総務省「平成26年労働力調査」)、同調査にて「自分の都合のよい時間に働きたいから」と回答した26.3%(332万人)や「家事・育児・介護等と両立しやすいから」と回答した16.3%(206万人)は、時間を問題にして正規か非正規かを選択している。このように回答する女性非正規労働者の相当数は、正規労働者としての就労を希望しているものの、長時間労働を回避するため、非正規労働を選択していると推測される。女性の就業を推し進めるのであれば、まずはこのような女性が安心して働けるように、労働条件、労働環境の整備を行うべきである。また、男性に対し、単に家庭内労働の分担を求めるだけではなく、正規労働者の多くを占める男性の働き方を変え、家庭内労働を分担し合えるように労働条件を整え、同時に、「男は外で働き、女は家を守る。」という意識そのものも変え、性別役割分担を解消しなければならない。

 

3 家庭内労働やケアワークへの低い評価

さらに、性別役割分担の影響として「家庭内労働は女が家庭において無償で行う労働」という意識が生じ、これが家庭内労働の価値が不当に低く評価される一因となり、家庭内労働の延長線上にある保育・介護労働等のケアワークが、女性に適した、さほど専門性の高くない職業であるかのごとくみなされ、他の職種と比べ低賃金となっていることも看過できないことである。確かに、これらケアワークの従事者は女性が多く、男性は少ないが、それは仕事の価値や専門性の問題ではなく、男性が主たる稼ぎ手になることが当然視されている社会では、これらの仕事は低賃金であるがゆえに男性には従事しにくい職業となっているからである。そして、就業者の性別が偏った結果、ケアを受けたり、その様子を見たりする子どもたちにも、ケアワークは「女性の仕事」という認識が形成され、性別役割分担の意識がより助長される懸念がある。このような事態を避けるためにも、ケアワークを適正に評価し、男女労働者が適正な賃金を得て就労できるようにしなくてはならない。なお、国は外国人女性を家庭内労働者、ケアワーカーとして受け入れ、また、保育の基準を緩和することでこれまで家庭内労働を担ってきた女性の負担を軽減し、就労を促す一助にしようと考えているようであるが、家庭内労働やケアワークに対する正当な評価をしないまま上記の政策を推し進めれば、家庭内労働やケアワークの価値への更なる不当な評価や、保育や介護の質の低下を招くことにつながりかねない。このような政策では、結局のところ、経済力のある家庭の女性が担ってきた家庭内労働を経済力の弱い女性が担うことになるだけで、性別役割分担の解消につながるものではない。女性の就業率を向上させるのであれば、性別役割分担の問題の解消のための取組と働き方の抜本的な改革を行うべきである。

 

4 社会保障制度改革の必要性

加えて、我が国の税・社会保障制度は、性別役割分担の意識を反映し、主たる男性稼ぎ手とその妻子で構成された世帯を標準モデルとして構築されており、その世帯に属する女性が優遇されているという問題がある。これは、結果的にその世帯に属する女性の就労抑制・調整につながり、性別役割分担の固定化を招いているだけでなく、「標準モデル世帯」に属さない個人に対しては不利に働き、単身女性や母子世帯の女性を経済的に困窮させる要因となっている。日本は税・社会保障制度による所得再分配効果が低く、低収入であっても、相当額の税金や社会保険料を負担しなければならないことが、低所得者の貧困化に一層の拍車をかけている。負担すべき税金や社会保険料の金額は、雇用形態や賃金によっても変動するものであるから、これは労働問題とも直結する問題といえる。

 

5 制度改革と意識改革の必要性

このように、性別役割分担の問題は、女性の継続的な就労を困難にしたり、非正規労働に就かざるを得ない状況を引き起こしたりするのみならず、保育や介護等の家事の周辺労働の賃金水準や、単身女性や母子世帯の就労機会、さらには、税・社会保障制度の構築にまで影響を及ぼし、女性の貧困化を招いている。

 

このような性別役割分担の問題を解消するためには、男女の働き方のほか、社会保障制度等を変えていく必要があることはもちろんであるが、あわせて、性別に基づく差別は許されるものではなく、全ての人が性別による不利益を受けることのない社会を実現すべきであることを、個々人が自覚することも極めて重要である。内閣府による調査では、第1子妊娠時に「出産後も就業継続したい」と考えていた女性は、おおむね小学生の頃、両親の意識として「女性は結婚・出産しても仕事を続けるべきだ」と感じていたと回答する割合が高く、実際に就労を継続している女性は更にその傾向が顕著だとの結果が出ている(内閣府「ワーク・ライフ・バランスに関する個人・企業調査(平成26年)」)。また、教員らで構成された「教員養成とジェンダー研究会」が実施した、小学校4年生、6年生、中学校2年生を対象にした調査では、ライフコースに対する一般論として「女性が働くことについてどう考えますか」との質問をし、その回答を分析し、「継続」、「再就職」、「中断」、「非就労」、「わからない」に分類したところ、全ての学年の女子で「再就職」と「中断」との回答の合計が過半数となり、「再就職」との回答は、学年が上がるにつれて増加していた。他方、「継続」との回答は、いずれの学年でも30%を下回っていたとの結果が出ている(眞鍋倫子「子どもたちの自己像と職業選択」(『学校教育の中のジェンダー-子どもと教師の調査から』)第2章、日本評論社)。これらの調査結果からすれば、子どもたちは、比較的早期から結婚や出産を機に離職するという意識、すなわち性別役割分担の意識を形成し始めるが、保護者等身近な大人が女性の就労継続を支持していれば、結婚や出産後も就労を継続することに積極的な方向に意識を形成していくことがうかがえる。そこで、学校、職場、家庭、地域において、性別役割分担の意識を解消し、男女が共に就労と家族的責任を平等に分担し合うことを目指すジェンダー平等教育を早期に開始し、かつ、継続的に行うことが望まれる。

 

第6 就労と家族的責任を両立しうる環境の整備

就労することと家事・育児・介護等の家族的責任を両立することは、健康で文化的な、人間らしい生活の重要な要素である。また、女性が妊娠・出産するに当たっては、相応の配慮が必要なことは当然である。なお、日本が1995年に批准したILO156号条約及びILO165号勧告は、家族的責任を有する男女労働者のための特別のニーズに応じた措置(特別措置)とともに、労働者の置かれている状況を全般的に改善することを目的とする措置(一般的措置)が必要だと述べ、一般的措置として、1日当たりの労働時間の漸進的短縮及び時間外労働の短縮(同勧告18項(a))が必要であることを規定している。

 

女性が安心して働き続けるためには、女性が妊娠・出産により不利益を受けず、また、男女が共に家族的責任を果たす環境が保障されなければならない。長時間労働が常態化している正規労働者の働き方では、家族的責任を果たせる環境にはない。

 

育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律は、育児・介護休業制度や短時間勤務の制度を設けているが、長時間労働が当然であるとの意識は、育児・介護休業や短時間労働制度の利用をためらわせ、同制度を利用せざるを得ない女性に対するマタニティハラスメントにつながるおそれがある。前述のとおり、現在でも6割を超える女性が第1子を出産後に離職していることは、育児休業を現実に利用することの難しさを表している。一方、男性労働者の育児休業・介護休業の取得率は2.03%しかなく(厚生労働省「平成25年度雇用均等調査基本調査」)、そのうち約75%は取得期間が1か月未満である(厚生労働省「平成24年度雇用均等調査基本調査」)。

 

したがって、家族的責任を果たすことが困難になるほどの長時間労働を法律で規制し、男性も家族的責任を分担することができる環境を整えるとともに、保育施設を充実させ、女性が育児・介護休業や短時間勤務を利用して、妊娠出産を経ても働き続けることができるような環境を整える必要がある。

 

第7 これまでの取組

当連合会は、これまで、国に対し、ILO156号条約及びILO165号勧告の批准を求めるとともに、母性保障の充実、男女労働者の労働時間短縮等の労働条件の向上に向けた措置等を求めた「家族的責任を有する男女労働者の平等実現に関する決議(1982年10月30日)」、パートタイム労働者の雇用の安定を図ることや正規雇用形態のフルタイム労働者と比較して不当に差別してはならないことを決議した「パートタイム労働者の権利保障に関する決議(1989年9月16日)」、正規雇用が原則であることを決議し、全ての人に人間らしい労働と生活を実現するための諸方策の実施を国・地方自治体・使用者らに求めた「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議(2008年10月3日)」、社会保障を人権として権利性を高め、あわせて、国に対しこれを担保する社会保障基本法の制定を求める「希望社会の実現のため、社会保障のグランドデザイン策定を求める決議(2011年10月7日)」等男女労働者の平等、保護、権利の確立、社会保障の充実を求める決議を採択し、また、人権のための行動宣言(2009年11月、2014年10月)の中でも、雇用の場における両性の平等と貧困問題への取組に力を尽くすことを宣言し、男女の差別禁止、均等待遇等を求め、「『雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律』の改正に向けた意見書(2013年11月22日)」を取りまとめるなどしてきた。

 

しかしながら、男女間の格差是正を含め、女性労働者の労働問題はいまだ解決には程遠い状況にある。そこで、諸方策の実施を求め、以下を提言する。

 

第8 提言

女性が貧困に陥る要因には労働問題があるだけではなく、税・社会保障制度等の問題が絡み合っており、総合的な分析、施策が必要であるが、女性が働くことで経済的に自立可能な収入を確保できるような労働条件、労働環境が整っていないという深刻な問題は、特に早急に取り組むべき課題である。

 

そこで、当連合会は、女性がおかれている格差と貧困を克服するため、雇用形態等の違いによって不当に格差を付けられない均等待遇の実現、男女共に家族的責任と両立しながら安定して働ける環境の整備、性別に基づく差別の解消、性別役割分担及びそれに基づく不利益の解消、男女労働者が共に家族的責任を負担する平等な社会の実現等を含む、男女労働者が健康で文化的な、人間らしい豊かな生活を営むに足る労働条件、労働環境の整備を求め、国及び地方自治体等に対し、以下の施策の実施を求める。

 

1 全ての女性が、人間らしい生活を営むに足る賃金を得るとともに、均等待遇を実現するため、国及び地方自治体は、いかなる雇用形態であれ、ILO100号条約及び女性差別撤廃条約第11条1項(d)並びに社会権規約第7条(a)(ⅰ)号を遵守し、以下の施策を実施すべきである。

(1) 客観的な職務評価基準を整え、同一価値労働同一賃金の原則が確保される立法を含む措置を早急に構築すること

 

憲法第14条は性別による差別を禁止し、労働基準法(以下「労基法」という。)第4条は男女同一賃金の原則を定めている。また、国は、1967年に同一価値労働についての男女労働者に対する同一報酬を定めたILO100号条約を批准しており、同じく国が批准している女性差別撤廃条約第11条1項(d)及び社会権規約第7条(a)(ⅰ)号は締約国の義務として同一価値労働同一賃金の原則を掲げている。それにもかかわらず、男女間の賃金格差はいまだ大きく、労基法第4条が規定する男女同一賃金の原則には同一価値労働同一賃金の原則が明記されていないため、同法の解釈も曖昧になり、我が国では同一価値労働同一賃金の原則はいまだ確立されているとはいえない。そのため、女性差別撤廃委員会や国際労働機関からは、同一価値労働同一賃金についての積極的な取組を繰り返し促されている。

 

国は、早急に客観的な職務評価基準を整え、雇用形態にかかわらず、同一価値労働同一賃金の原則を確保する立法を含む実効的な措置を早急に実施するとともに、以下に述べるとおり、改正すべきである。

 

(2) 男女雇用機会均等法第6条の差別禁止事項に「賃金」を加えること

男女雇用機会均等法は、雇用の分野での男女の均等な機会及び待遇の確保等を図ることを目的とし、性別によって差別されることなく母性を尊重されつつ充実した職業生活を営むことを基本的理念としている。しかし、同法では、募集・採用から退職・解雇までの各ステージでの性差別が禁止されているにもかかわらず、重要な点である賃金については、性差別の禁止対象とされていない。そのため、例えばコース別人事制度の下での男女賃金格差は、賃金に関する紛争として扱う場合は労基法第4条の問題とされ、男女雇用機会均等法の対象とならず、他方で、男女昇進差別に起因する紛争として扱う場合は男女雇用機会均等法の対象とされる。同じ紛争の類型であるのに扱い方によって処理機関が異なり、場合によっては結論が異なることもあり得る。これは法的な整合性にも問題がある。

 

また、裁判所は労基法第4条の「女性であることを理由とした差別的取扱い」であることについて、労働者である原告に厳格な立証を要求する傾向があるので、原告に過重な立証の負担がかかり、立証が困難となっている。

 

さらに、賃金を男女雇用機会均等法第6条の差別禁止事項の対象としなければ、男女雇用機会均等法第7条の間接差別の禁止の対象にもならず、間接差別を伴う賃金差別が救済されない。また、男女差別を専門的に取り扱う救済制度である都道府県労働局雇用均等室等の利用もできないことになる。このように現状では、労基法第4条の存在のみでは性による賃金差別を救済することが十分とはいえない。

 

そこで、不合理な男女賃金格差の救済のための実効性を確保するため、男女雇用機会均等法第6条の差別禁止事項に「賃金」を加えて、司法判断や行政指導等による救済の実効性を図るべきである。

 

なお、労基法第4条は、性による賃金差別を禁止している一般規定として重要であり、明示的に規定しておく必要がある。

 

(3) 男女雇用機会均等法第7条の「厚生労働省令で定めるもの」とした規定を改正し、女性に対する間接差別となる事項が、それに限定されるものではないことを明記するように改正すること

男女雇用機会均等法が、間接差別を限定的にしか禁止していないことやコース別雇用管理によって、女性の多くは、長時間労働や転勤を伴う基幹的労働、昇格・昇進の機会から排除されている実態がある。そこで、立法の仕方として不適切な間接差別の限定列挙を廃止し、事実上、女性に対する差別につながる事項を広く性差別として認め、これらが禁止されるようにすべきである。

 

(4) 全ての人が、その属する世帯の形態、性別にかかわらず、人間らしい生活を営むことができるように、「地域別最低賃金」を大幅に引き上げ、また、国及び地方自治体は、国や地方自治体が事業主と締結する契約(公契約)において、使用者となる事業主が使用する労働者の最低賃金を定め、これを遵守させる措置を採ること

平成26年度地域別最低賃金の全国平均は時給780円であるが、1か月176時間労働として計算すると、その月収は約13万7000円である。実際には、労働者には、年金保険料、健康保険料、医療費の負担や就労することに伴う出費もあることからすれば、日常生活費に充てることができる金額は生活保護において支給される額を下回る。そこで、地域別最低賃金を労働者が人間らしい生活をするに足る金額まで大幅に引き上げるべきである。

 

また、国や地方自治体は、事業主と契約するに当たっては、事業主の下で現に働く労働者の適正な賃金を確保するため、その最低賃金を定めた上、事業主に遵守させるべきである。

 

2 全ての女性が安定して働き続けることができるように、就労と家族的責任を両立し得る環境を整備するため、国は、ILO156号条約及びILO165号勧告を遵守し、以下の施策を実施すべきである。

(1) 男女労働者の労働時間は1日8時間、週40時間を上限とすることが原則であって、これを超える時間外労働は例外的なものであることを改めて確認し、男女労働者が家族的責任を分担できるような措置を講じるとともに、時間外・休日・深夜労働について、1日及び週単位で法律による上限規制を行うこと

労基法により所定の労働時間は1日8時間、1週間に40時間が上限とされているが、労使間の協定によりこれを超えて労働すること(時間外労働)が認められている(労基法第36条)。しかしながら、同協定がある場合でも、時間外労働はあくまで例外的なものである。それにもかかわらず、正規労働者においては、同協定の存在をもって、時間外労働をすることが当然であるかのような扱いがなされている。長時間の労働は従業員の健康を損なうおそれがあるほか、家族的責任の分担を困難にするだけでなく、女性の就労継続の大きな障害となり、短時間労働等非正規労働を選択せざるを得なくしている。さらには、事業主が、長時間労働が困難な女性の昇進、昇格を事実上回避するなど、女性労働者の差別にもつながっている。そこで、時間外労働が例外的なものであることを改めて確認するとともに、やむを得ず時間外労働をせざるを得ない場合であっても、例えば、EUが労働指令で定めるように終業から次の勤務開始までの休息時間を最低連続11時間とする、週当たり48時間を最長労働時間とするなど、法律によって、労使間の協定によっても超えることができない1日及び週単位の労働時間の上限時間等を設定すべきである。

 

(2) 雇用形態にかかわらず、全ての女性労働者が安心して妊娠・出産し、そして、全ての男女労働者が家事・育児・介護等の家族的責任を分担する機会を確保できる法制度の利用を積極的に促進する措置を設け、かつ、事業主に対しては従業員が諸制度を利用することを制限しないよう指導・監督し、その違反に対しては制裁措置を採ること

国は、女性労働者の過半数が非正規であることを踏まえ、雇用形態にかかわらず産前産後休業や育児休業が取れる制度を構築するとともに、制度の利用を積極的に推進する措置を設けるべきである。また、男性労働者が育児休業を取ることを推進し、2013年においてわずか2.03%の男性労働者の育児休業取得率(厚生労働省「平成25年度雇用均等基本調査」)を大幅に上昇させるとともに、その取得期間を伸張させる仕組みを整えるべきである。さらに、全ての労働者が、必要に応じて介護休業を取得できるよう制度を充実させるべきである。そして、これらの制度の実効性を確保するため、休業を取得しようとすること又は休業休暇を取得したことに対する不当な処遇があった場合、国は、事業主に対し、制裁措置を採るべきである。

 

3 不当な格差を是正し、男女雇用機会均等法違反による不利益を受けた労働者を実効的に救済するため、国は、以下の施策を実施すべきである。

(1) 男女雇用機会均等法等に差別の存在に関する推定規定、違反した場合の法的効果、裁判所が命じることができる救済措置を明記すること

賃金差別について裁判を提起する場合に、人事査定資料等差別に関する資料を入手することや事業主の差別意思やそれに基づく男女格差との因果関係等の証明は極めて困難である。男女雇用機会均等法等に基づく性差別禁止の実効性を確保するため、統計上男女に格差が生じている事実を証明したときには、性を理由とする差別的取扱いがあったものと推定し、事業主側にその格差の合理性を立証する責任を負わせるべきである。

 

また、差別が認定されたとしても有効な回復措置がなく損害賠償しか認められないのでは、救済としては不十分であるし、差別そのものは残存してしまう。男女雇用機会均等法で予定されている救済は厚生労働大臣による勧告等(第29条1項)と勧告に従わない場合の企業名の公表(第30条)にとどまる。そこで、差別是正の実効性担保のために、差別的取扱いが認定された場合には、効果的な回復措置を採ることができるよう、違反した場合の法的効果を定めるとともに、裁判所が命じることができる救済措置を明記すべきである。例えば、裁判所の認定により違反した行為が私法上も無効となることを明記した規定の創設や、裁判所が差別是正措置として積極的に採用、昇進、昇格、昇給等の具体的是正措置を命じることができる制度の創設等が考えられる。

 

(2) 救済制度として、独立した行政委員会を新設し、あわせて、行政委員会の発する是正命令に対する違反に対し科料ないし罰金による制裁を強化すること

男女雇用機会均等法が規定する調停制度は、現在、賃金差別の是正機関としてはほとんど機能していないため、実効性のある差別救済制度として、アメリカにおける雇用機会平等委員会のように、独立した、権限のある行政委員会によって、救済申立ての受理、調査・審問、斡旋・調停・仲裁の試み、差別的取扱いの判定、事業主に対する是正命令を行う制度を新設することが必要である。また、男女雇用機会均等法に違反した事業主に対する制裁規定が不可欠であるところ、上記是正命令に違反した事業主には、罰金もしくは科料の刑事罰を科すなどして制裁規定を強化すべきである。

 

4 性別役割分担に基づく不利益を解消するため、国及び地方自治体は、男女共同参画社会基本法の定める理念を実現するため、以下の施策を実施すべきである。

(1) 税・社会保障制度において、女性による無償労働の提供を前提とした、主たる男性稼ぎ手とその妻子で構成された世帯を標準モデルとする制度設計を見直し、諸制度を多様な家族の形態に応じたものに変革し、所得の再分配機能を強化すること

日本における社会保障制度の多くは、主たる男性稼ぎ手とその妻子で構成された世帯を標準モデルとし、世帯を単位として制度が設計されており、社会保障の直接の対象の多くは男性稼ぎ手である。その妻子は、被扶養者として付随的に保障されているに過ぎず、男性稼ぎ手と世帯を別にすることになれば、それまで受けられていた保障も失ってしまう。つまり、現在の社会保障制度そのものが「外で長時間働く夫」と、「家で家庭内労働を負担して夫を支える妻」という性別役割分担を固定化するように構築されているという問題がある。さらに、「標準モデル世帯」とは家族構成が異なる母子世帯や単身低所得世帯では、税・社会保障制度の優遇措置が乏しく、所得再分配効果がほとんどないという問題もある。そこで、多様な家族構成があることを踏まえ、社会保障制度を、個人を基礎にした制度に改める方向で整備することを検討するとともに、応能負担の原則を徹底して低所得者層の税金や社会保険料の負担を軽減したり、公的扶助を増額したりするなどして、税・社会保障制度による所得再分配機能を強化することが必要である。

 

(2) 性別役割分担の問題を解消するため、学校、職場、家庭、地域におけるジェンダー平等教育の制度を整えるとともに、その実施を支援すること

性別役割分担の問題を解消するためには、法による規制のみでなく、両性の平等を前提に、他者の性を尊重するという意識を全ての人が持ち続けることが大切である。そこで、国及び地方自治体は、全ての人が性別役割分担の問題を解消し、男女が就労と家族的責任を共に分担し合う社会を形成することの重要性を自覚できるように、学校等の教育機関だけでなく、職場等においても、教育の支援をすべきである。

 

5 国及び地方自治体、並びに事業主が、これまでの性差別の結果を是正するため、積極的差別是正措置を行うことを法律で義務付け、その実効性を確保するための具体的な規定を策定すべきである。

日本における女性労働者のうち、管理的職業従事者の割合は11.2%で、他の先進諸国と比べてかなり低いことは前述のとおりである。政府は、2020年までに女性管理職の割合を30%に増やす目標を掲げているが、管理的職業に就く前に積むことが望ましい経験等のあること、そして、その経験を得るために一定の役職に就く必要がある場合もあることも考えれば、何の対策も取らないままでは、今後5年間で女性管理職を約3倍にすることは容易ではない。積極的差別是正措置は、逆差別に当たるとの反対意見もあるが、男女雇用機会均等法の制定から30年が経過してもなお男女労働者間の格差が大きい日本において、雇用の場における男女の平等という目標を達成するには、昇進・昇格についての男女差別を禁止するだけでなく、事業主や、国、地方自治体が女性労働者の採用、昇進、研修などに目標を設けて取り組むなどの積極的差別是正措置が必要不可欠である。また、女性管理職の割合を増やすためには、その母体となる女性正規労働者の割合を増加させることも重要である。

これらの積極的差別是正措置の実効性を確保するためには、単に目標を掲げるだけではなく、法律による強制を図るクオータ制の導入、女性管理職増加のための施策等に対する助成金の交付、研修等の実施、特に女性の雇用が少ない分野や性別職域分離の状況の調査・分析、その結果を受けての目標設定、進展状況の定期的な確認、女性管理職数についての調査・公表等の実施を検討すべきである。

 

第9 結び

当連合会は、雇用の場における両性の平等を実現する取組とともに、貧困問題解決のため、生活保護問題、ワーキングプア問題、子どもの貧困問題等に取り組んできたが、女性の貧困については、それが性差別という基本的人権に対する侵害を含む問題であるとの視点から、その解決に向けて一層の取組が必要であることを改めて確認する。

 

そこで、当連合会は、女性の貧困問題の根絶のため、ジェンダー平等の視点を持ちつつ、女性に関する幅広い分野にわたる社会問題、特に労働問題の解決のために、国、地方自治体や関係機関等と協力し、全力を尽くすことを決意する。