今こそ核兵器の廃絶を求める宣言

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当連合会は、1950年の第1回定期総会における「平和宣言」をはじめとして、総会及び人権擁護大会において平和と人権の擁護、核兵器の廃絶に向け、宣言・決議をかさねてきた。2008年10月の第51回人権擁護大会(富山市)においては、「平和的生存権は、すべての基本的人権保障の基礎となる人権であり、戦争や暴力の応酬が絶えることのない今日の国際社会において、全世界の人々の平和に生きる権利を実現するための具体的規範とされるべき重要性を有する」ことを確認した。

 

核兵器の使用は、地球環境を破壊し、人間の生命・健康に深刻な被害を与えるものである。地球上に2万3千発以上も存在するとみられる核兵器は、人類の生存と繁栄に対する最大の現実的脅威であり、無差別大量殺戮の残虐兵器である核兵器の使用・威嚇が、国際法上違法であることは明らかである。

 

2009年4月、アメリカ合衆国のオバマ大統領は、核兵器を使用した唯一の国として行動する道義的責任に言及し、核兵器のない世界を追求することを世界に呼びかけた。同年9月、核軍縮・不拡散問題では国連史上初めて、国連安全保障理事会首脳会合において「核兵器のない世界に向けた条件を構築する決意」を盛り込んだ決議が採択された。また、2010年5月に開催されたNPT(核拡散防止条約)再検討会議において全会一致で採択された最終文書は、「すべての国が『核兵器のない世界』の達成を目標とし、その目標と完全に一致する政策を追求することを約束する」とした。今回の再検討会議は、「核兵器のない世界」に向けての重要な一歩である。

 

わが国は、原子爆弾の投下による被害を受けた唯一の被爆国であり、広島と長崎に投下された原子爆弾によって20万人以上もの人が亡くなり、今なお多くの被爆者が深刻な健康被害に苦しんでいる。核兵器廃絶への気運が盛り上がりつつある今こそ、わが国は世界の核兵器廃絶に向けて先頭に立って行動する責務がある。

 

われわれは、日本政府に対し、「非核三原則」を法制化すること、北東アジアを非核地帯とするための努力をすること、さらにわが国が先頭に立って核兵器禁止条約の締結を世界に呼びかけることを求めるものである。

 

当連合会は、核兵器が廃絶される日が一日も早く実現するよう、国内外に原爆被害の深刻さを訴えるとともに、法律家団体として、非核三原則を堅持するための法案を提案し、広く国民的議論を呼びかけるなど、今後ともたゆむことなく努力することを決意し、ここに宣言する。

 

2010年10月8日
日本弁護士連合会


 

提案理由

1.核兵器の脅威と当連合会の活動

当連合会は、1950年の第1回定期総会における「平和宣言」をはじめとして、総会及び人権擁護大会において、世界の恒久平和と人権の擁護、核兵器の廃絶に向けて議論し、宣言・決議をかさね、行動してきた。1969年10月に広島市で開催した第12回人権擁護大会においては、「われわれは、世界人権宣言および日本国憲法の精神にのっとり、世界のあらゆる国々に対し、平和と人権を脅かす核および生物、化学兵器の開発、製造貯蔵、実験、使用等の即時停止とその製造設備の完全廃棄を要求する。われわれは、わが国政府および国会に対しこの切実な人道上の要求を現実の外交、国政において具現し、あわせて、身近な犠牲者たる原爆被爆者等に対する医療、生活保障などについて、万全の措置をとるよう強く要望しその実現を期する。」と宣言した。また、1978年5月には「核兵器使用禁止条約案」を作成、公表している。

 

2008年10月、当連合会は、富山市で開催した第51回人権擁護大会においては、「平和的生存権および日本国憲法9条の今日的意義を確認する宣言」を採択し、その中で、「平和的生存権は、すべての基本的人権保障の基礎となる人権であり、戦争や暴力の応酬が絶えることのない今日の国際社会において、全世界の人々の平和に生きる権利を実現するための具体的規範とされるべき重要性を有する」ことを確認した。

 

残念ながら今日なお、核兵器の廃絶は実現していない。それどころか、核兵器は一時より減ったとはいえ今なお地球上に2万3千発以上が存在し、核兵器の拡散が国際社会の安全を脅かす現実的脅威となっている。また、日本を含む北東アジアにおいては、ロシア連邦、中華人民共和国という核兵器保有国が存在し、日本と大韓民国はアメリカ合衆国の“核の傘”の下にあり、近年では朝鮮民主主義人民共和国が核実験を繰り返すという状態が続いている。

 

核兵器の存在は、依然として全世界の人々の平和的生存権を脅かす最大の要因である。

 

2.核兵器の使用・威嚇の違法性

無差別大量殺戮の残虐兵器である核兵器の使用・威嚇が、国際法上違法であることは明らかである。1996年7月、国際司法裁判所の勧告的意見は、核兵器の使用・威嚇が、一般的に国際法に違反すると述べている。また、わが国においても、東京地方裁判所1963年12月7日判決は、広島・長崎における原爆の無差別投下は国際法に違反するとしている(判時355号17頁。下田判決)。

 

3.核兵器の廃絶に向けた世界情勢

2009年4月、アメリカ合衆国のオバマ大統領は、核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として行動する道義的責任があることに言及したうえ、核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意を世界に宣言した。

 

また、ロシア連邦のメドベージェフ大統領は、ジュネーブ軍縮会議への書簡において同様に、「核兵器のない世界という目標に全面的に同意」していると言明した。このように、核兵器の廃絶をめざす動きは、国際政治の中で急速に広がっている。

 

同年7月にはイタリア共和国のラクイラにおける先進国首脳会議(G8)が「核兵器のない世界のための状況をつくる」ことで合意し、同年9月には、安全保障理事会が国連史上初めて核問題で首脳会合を開催し、「核兵器のない世界に向けた条件を構築する決意」を盛り込んだ決議1887号を採択した。これには日本政府も安全保障理事会の理事国として賛成している。

 

また、2010年5月に開催されたNPT(核拡散防止条約)再検討会議においては、NPTの3本柱である核軍縮、核不拡散、原子力の平和的利用などについて、将来に向けた64項目の具体的な行動計画を含む最終文書が全会一致で採択された。特に、最終文書が、「すべての国が『核兵器のない世界』の達成を目標とし、その目標と完全に一致する政策を追求することを約束する」としたこと、核兵器保有国に対して核軍縮の履行状況等について2014年の準備委員会に報告するよう求めたことは、「核兵器のない世界」に向けての重要な一歩である。

 

4.唯一の被爆国として

わが国は、原子爆弾の投下による被害を受けた唯一の被爆国であり、核兵器の使用が地球環境を破壊し、人間の生命・健康に深刻な被害を与えることを身をもって体験したところである。

 

広島と長崎に投下された原子爆弾によって、中国大陸・台湾、朝鮮半島、東南アジアの人々を含む20万人以上もの人が亡くなり、生き残った被爆者も、その後、永年にわたって原爆放射線の被害に苦しめられてきた。被爆後、長い年月の潜伏期を経て、ガンや白血病、肝機能障害、脳卒中や心疾患などの病気が発症し、今なお病気に苦しめられている被爆者が多数存在する。

 

1994年、原子爆弾被害者に対する援護に関する法律が制定されたが、厚生労働省は原爆症認定の要件を極めて狭く解釈し、原爆症の認定者数を極力絞り込んできた。そのため、全国各地で原爆症認定集団訴訟が提起されることとなったが、それらの訴訟で被爆者は連続して勝訴した。幸いにして、この原爆症認定集団訴訟はようやく解決の目途が立ったが、現在なお原爆被爆者に対する行政にはまだまだ改善すべき課題が少なくない。また、在外被爆者についても、海外からの被爆者健康手帳の申請などが多くの訴訟を経てようやく実現したものの、各国の被爆者の実状に合わせた医療費の支給などの課題は未だ実現していない。

 

わが国は、原爆被害者に対する救済を進めるとともに、唯一の被爆国として世界の核兵器廃絶に向けて先頭に立って行動すべきである。

 

5.非核三原則の法制化

日本政府は「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を堅持すると言明するものの、核兵器を積んだアメリカ合衆国の軍艦が日本に寄港していた可能性は否定できないと認めており、また、日米間の「核密約」疑惑は解明されておらず、有事の際にアメリカ合衆国の核兵器導入を許し、その核抑止力に依存する姿勢は変えていない。さらには、最近、非核三原則、ことに「持ち込ませず」の見直しを求める動きがある。


非核三原則を空洞化させることなく堅持し、非核政策の基本を確立するためには、非核三原則を一体として準憲法的規範性を有するものとする法制化に踏み切ることが必要である。どのような法制化をするべきか、その内容はさらに慎重に議論される必要があるが、核兵器の製造、保持を禁止するのみならず、いかにして持ち込ませないか、すなわち、日本領域内における核兵器を積載する船舶または航空機の航行をいかにして禁止するかを定め、それを遵守するために、どのようにして国、地方公共団体及び事業者に必要な措置を義務づけるかが問題である。非核証明書の提出を外国に求めることを日本政府に義務づけるなど、いくつかの方式が提案されているが、現実に実効性のある方法がとられなければならない。また、プルトニウムなど核兵器として用いることが可能な核物質をいかに規制、管理していくかも、困難ではあるが検討していかなければならない課題である。

 

さらに、非核三原則の遵守のみならず、他国の核兵器に依存する安全保障政策からの脱却についての十分な議論や検討も必要である。

 

6.北東アジアの非核地帯化

非核地帯条約とは、その地域内において、核兵器の製造、実験、配備、使用などを禁止し、核兵器保有国にこの地域での核兵器の使用禁止を求める条約である。現在、南米、南太平洋、東南アジア、アフリカ、中央アジアを対象とする5つの非核地帯条約がある。

 

国連安保理決議1887号は、非核地帯が「地球規模及び地域の平和と安全を強化し、核不拡散態勢を強化し、また核軍縮(に)貢献する」と述べている。同様の内容は2010年NPT再検討会議最終文書にも盛り込まれている。日本政府はこのいずれにも賛成している。

 

すでに、わが国においても、日本、大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国の領域を対象とする「モデル北東アジア非核地帯条約案」が提案されており、北東アジアの非核地帯化を支持する国内外の団体や国会議員も存在する。

 

非核地帯の拡充を求めることは、「核兵器のない世界」への着実な一歩となるものであり、日本政府は、北東アジアにおける核兵器の脅威をなくすために、北東アジア非核地帯実現のためイニシアティブを発揮すべきである。

 

7 核兵器禁止条約

人類の多年にわたる努力の結果、生物、化学兵器、対人地雷、クラスター爆弾のような無差別残虐兵器が、国際条約の締結により禁止・廃絶されてきた。これと同様に核兵器を禁止し、廃絶するためには、核兵器保有国、核兵器保有能力のある国を含む多国間において、核兵器の使用や使用の威嚇に止まらず、開発、実験、保有、配備、移譲などを全面的に禁止し、検証システムのもとで核兵器の廃絶の道筋を示す「核兵器禁止条約」(NWC)を実現しなければならない。1987年には米ソ間で、中距離核弾道ミサイル、地上発射核巡航ミサイルを廃棄する中距離核戦力全廃条約が締結され、実際に全廃された経験もある。

 

すでにコスタリカ共和国とマレーシアの政府が、条約案を国連に提起し(1997年に第1次案、2007年に改定版)、マレーシアは、毎年、国連総会に早期交渉開始の決議案を提出し、多数の国家の賛同を得ているが、核兵器保有国の多くが反対し、交渉は開始されていない。

 

ところで、前記NPT再検討会議の最終文書は、「確固たる検証システムによって裏打ちされた、核兵器禁止条約もしくは相互に補強しあう別々の条約の枠組みの合意を検討すべきであるとの国連事務総長の軍縮提案に留意する」として、NPT史上初めて「核兵器禁止条約」について言及している。ただし、いつまでに交渉を開始するのかというタイムスケジュールには触れていない。核兵器保有国の頑なな態度があったからだとされている。


「核兵器のない世界」の実現を、国際社会における政治的合意にとどめず、条約レベルでの法的枠組みとすることが求められており、日本政府は、前記マレーシア提出の決議案に対する「棄権」の態度をあらため、先頭に立って交渉の開始と条約の締結を呼びかけるべきである。

 

8 今こそ核兵器の廃絶を

われわれは、日本政府に対して、非核三原則を空洞化させることなく堅持するために、その法制化に踏み切ること、そして、北東アジアを非核地帯とするための努力をすること、さらに、わが国が核兵器の廃絶に向けて世界の先頭に立ち、核兵器の廃絶と、核兵器の使用・威嚇を禁止する条約の締結のために指導的役割を果たすべきことを求めるものである。

 

当連合会は、核兵器が廃絶される日が一日も早く実現するよう、被爆者の被害回復を求める取組みを支援するとともに、国内外に原爆被害の深刻さを訴え、法律家団体として、非核三原則の堅持に向けた法案を提案し、広く国民的議論を呼びかけ、シンポジウムを開催するなど、今後ともたゆむことなく努力することを決意し、ここに宣言する。

 

以上