野生生物との共生のための生物多様性保全法の制定を求める決議

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地球上では多様な生物種が大気・水・土壌といった環境に適応しながら森林、湖沼、湿地などの生態系を形成してきた。このような生態系の多様さ、生物の種、及び遺伝子のレベルでの多様さと、それらの相互関係を生物多様性という。生物多様性が維持されることは人類の生存にとって不可欠の基盤であり、われわれ人類はこの生物多様性から多くの恩恵を受け、その織りなす風景に親しみ、文化を築いてきた。しかし、人類の諸活動の拡大は環境を改変し、多くの種を絶滅に追いやり、生物多様性の危機を招いている。


当連合会は、1996年の第39回人権擁護大会で、実効性ある生息地等保護区の指定と野生生物保護施策の実施などの提言を行った。しかし、保護種や保護区の指定は遅れ、全国各地で開発等による生息地の破壊・分断が進み、野生生物の絶滅の脅威が増している。


加えて、里地里山などの二次的自然は、農業の近代化等による農村環境の改変や管理の不足から荒廃し、かつては身近だった生き物も絶滅を危惧されている。また、国内の都市部はもとより山岳域にまで外来種が勢力を拡大し、健全な生態系が撹乱されている。さらに、土地の改変や暖冬化などで、シカなどの野生動物が固有の生息域を追われ、個体数が増加した結果、一部の地域では食害によって森林の多様な植生が喪失している。これらの問題は保護種・保護区の指定だけでは解決しえない問題である。


ところが、既存の自然保護法制は、生物多様性の保全自体を目的としておらず、しかも対象地域、適用対象が限定されているため、これによっては様々な形をとって現れる生物多様性の危機を回避し、健全な生態系を持続させることは困難である。また、河川法、森林法なども、生物多様性に対する配慮に欠けており、開発行為による生態系破壊に対する歯止めにはなりえていない。さらにこれらの法制度は所管官庁を異にし、省庁ごとに別個の計画に基づいて執行されるため、森林、河川、農地など、それぞれが互いに関連しあいながら形成されている生態系を保全する上で支障を来たしている。


野生生物との共生を図り、生物多様性を守らなければならない。これらによりもたらされる恵沢を享受することは現在及び将来のすべての人の権利であり、これを後世の人々が末永く享受できるように保障していくことは国家の厳粛な責務でもある。
よって、当連合会は、国に対し、次の内容を持った生物多様性保全法(仮称)の制定を求める。


  1. 生物多様性の保全を国の政策において最も優先されるべき課題の一つとし、あらゆる施策において生物多様性の保全が配慮されること
  2. 生物多様性の保全を実効的に行うための基本原則として、予防原則、ミティゲーション、及び順応的管理を定めること
  3. 生物多様性の保全のための数値目標等を定める国家生物多様性保全計画を策定するとともに、都道府県においては地域生物多様性保全管理計画を策定すること
  4. 地域生物多様性保全管理計画においては、関係行政機関の連携を徹底させるとともに、計画の発案と策定、実施、モニタリングの各段階で住民参加を推進すること

以上のとおり決議する。


2006年(平成18年)10月6日
日本弁護士連合会


提案理由

1.生物多様性

生物は長い進化の過程で、異なる遺伝子を持つ多様な種を生みだし、大気、水、土壌などの非生物的要素とともに生態系を構成してきた。遺伝子、生物種、生態系それぞれの多様性を生物多様性と言い、多様な生物群は相互に深く関わり合い、繋がりあっている。われわれ人類も他の生物と同様に、森林や湖沼、海洋など様々な生態系からその恵みを受けるとともに、多様な自然と固有の風土の下で長い歴史を重ね、多様な文化をも育んできた。


しかしそれは、自然からの収奪であり自然の破壊の歴史でもある。20世紀最後の25年間に、人為的な影響から約100万種もの生物が絶滅したと言われており、21世紀になってもこの絶滅の勢いには歯止めがかかっていない。


われわれ人類は、食糧、水、木材、薬などの貴重な資源を生態系に依存し、豊かで快適な生活を追求し続けた。その結果、資源依存度は増し、野生生物の乱獲、開発による野生生物の生息・生育地の減少、環境汚染や気候変動といった人間の諸活動が原因となって、多くの野生生物の絶滅をもたらした。このまま生物多様性が失われていけば、近い将来、食糧不足や有用な遺伝子資源の喪失のみならず、伝染病や害虫の蔓延などが直接、人体に悪影響を及ぼし、人類の生存そのものも危ぶまれるのである。


人も自然環境の一部であることを理解し、自然環境を制御するのではなく、自然との共生をはかることこそが、生物多様性の危機を回避する唯一の方法である。こうした認識の下に、1992年に開催された国連「環境と開発に関する国連会議」(地球サミット)において「持続可能な発展」の考え方のもとに行動計画(アジェンダ21)が採択された。そこには、21世紀に向けた地球環境保全の主要なテーマとして「生物多様性の保全」が盛り込まれ、生物多様性に関する条約も採択されて、わが国は1993年に同条約を署名・批准した。


2.野生生物の保護を求める決議からの10年間

当連合会は1996年に大分での第39回人権擁護大会において、種の保存法による生息地等保護区の指定と指定地の買取りを含めた実効性のある保護施策の実施等の提言を行なった。また、2002年の福島での第45回同大会では、開発の著しい湿地につき湿地保全・再生法の制定を提言した。


その間、国は、2002年に新生物多様性国家戦略を策定し、生物多様性を保全するために生息地の破壊・分断を防止するだけではなく、新たに里地里山の保全や外来種対策の重要性を指摘した。また1997年改正の河川法には河川管理の目的に環境の保全が加えられ、2001年成立の森林・林業基本法には自然環境の保全機能の発揮に関する文言が規定され、2002年改正の自然公園法や鳥獣保護法に国等の責務として生物多様性の確保が加えられた。しかし、後述する諸要因により、わが国の野生生物を取り巻く状況は悪化の一途をたどっている。


3.生息地の消滅と分断

わが国の国土は狭いながらも固有種を含め多くの野生生物が生息・生育しているが、近年、哺乳類や鳥類など生態系の頂点に位置する野生動物は確実に個体数が減少している。2002年3月に刊行された日本版レッドデータブック(哺乳類)には、日本に生息する哺乳類180の種または亜種のうちの26,7%にあたる48の種または亜種が掲載されており、その数は旧版レッドデータブックの掲載種の3.4倍に達している。特に、ヤンバルクイナやイリオモテヤマネコといった島嶼性動物はほとんどの地域で減少している。2002年7月に刊行されたレッドデータブック(鳥類)に掲載されている137の種または亜種のうち、58の種または亜種が島嶼性である。


個体数の減少には、複数の要因が絡み合っていることが多いが、野生生物に対する最大の脅威は、生息地の消滅や劣化、狭小化、分断による孤立化である。


沖縄本島のヤンバル地域はヤンバルクイナ、ノグチゲラなど固有種の宝庫であり、他にも多くの絶滅危惧種が生息している。しかし、県の鳥獣保護区に指定されているのは、ヤンバル地域のなかでも比較的自然がよく残っているとされる約37,000ヘクタールのうち7か所の計約2,231ヘクタール(約6.0%)に過ぎず、ほとんどの地域には保護の網がかかっていない。そのため過剰な林道敷設、皆伐による森林施業、ダム建設などによって生息地の破壊や分断化が進み、多くの種が絶滅の危機に瀕している。


種の保存を図るには、国内希少野生動植物種、天然記念物といった保護種の指定だけではなく、十分な面積を有する生息地の確保が不可欠である。自然環境保全法による原生自然環境保全地域、種の保存法による生息地等保護区、鳥獣保護法による特別保護地区の指定は、建築や伐採などが許可事項になるなど多くの行為規制を伴う。そこで、これら保護区の指定は、法律上の要件でないにもかかわらず、事実上、指定の前提として地権者(国有地の場合は所管官庁)の同意を得る取り扱いとなっており、また、買上げ予算の不足もあって、その指定は遅々として進んでいない。国有林における保護林制度も動植物の保護を目的の一つにしているが、林野庁の内部規程に基づく制度のため、恣意的運用の危険性も強い。


さらに、猛禽類、クマ類など行動範囲の広い動物の保護のためには広大な保護区域の設定が必要であり、保護区域を囲む緩衝地帯の設定や、それぞれの保護区域を有機的に結びつけて生態系としてのまとまりを保つことが必要である。たとえば、猛禽類のイヌワシの行動圏は20~60平方キロ、大型哺乳類のツキノワグマの行動圏も約100平方キロと推定されており、これほど大きな行動圏をもつ動物の個体群を安定的に維持しようとすれば、単に広い保護区を1つ作ってその枠内でのみ保護するという発想では現実的でない。採餌場所の創出、ねぐらの確保といった、動物の行動圏内全域での有機的一体的な保護計画が不可欠であろう。ところが、現在の各保護区域の設定は別個の法制度に基づいており、しかもそれを管理する環境省、林野庁の間で、その設定や管理において必ずしも有機的な連携がはかられているとは言えない。


4.ふる里の消失

里地里山では、人為による自然への伝統的な働きかけによって二次的な自然環境が形成され維持されてきた。しかし、薪炭林等の利用価値の低下による二次林の手入れ不足、農地改良による水路のコンクリート化、農薬、化学肥料の多使用等から農村地域特有の多様な生物の生息環境の質が低下し、身近な種の絶滅が危惧されるようになった。


こうした二次的な自然を保全し身近な生物の絶滅を防ぐためには、積極的に人の管理を加えていくとともに、水路を自然に近いものに復元したり、河畔林を設ける、耕作放棄地や収穫後の田んぼに冬期堪水するなど野生動物の生息環境を回復させた上で、分断された生息地を結んで、生物の移動を可能とする生息地のネットワークを形成していくことが必要である。


5.招かれざる客(外来種の問題)

近年、人や物の移動が飛躍的に活発化し、また外来生物を含め生物資源の利用が増大したため、国外あるいは地域外から意図的、非意図的に持ち込まれる、いわゆる外来種が増加した。これら外来種の一部は在来の近縁の種と交雑したり、他の種を捕食し、生息地を奪うなど、在来種への大きな圧迫となっている。


沖縄ではマングースがヤンバルにまで生息域を広げ、ヤンバルクイナや両生類などの固有種の生存を脅かしつつある。一方、琵琶湖をはじめとする国内の多くの淡水系においてはブラックバス等の外来種が在来種を捕食して、淡水生態系を撹乱している。


外来種はひとたび定着した場合には根絶することが極めて困難なため、侵入そのものの水際での防止、侵入した場合は初期段階での発見と駆除が効果的である。2004年に、ようやく外来生物法が制定されたが、同法は、水際での侵入防止策としても極めて不十分である。同法は国外から国内へ持ち込まれた外来種の中から政令指定種のみを飼養・輸入等の規制の対象とし、その中で必要なものについてのみを防除の対象としているが、政令指定が速やかに行なわれないために対策が後手に回りがちである。生物多様性保全の観点からは、予防原則に基づいて、国内の生態系に影響を与えないことが立証されない限り特定外来生物に指定して規制の対象とすることが急務である。


さらに国内種においても、もともとその生態系に存在していなかった種を人為的に放つことは外来種と同様な問題を引き起こす。異なった遺伝子を有する地域個体群相互の間の人為的移動も遺伝子の多様性を破壊するものである。しかし、国内種の人為的な移動については何ら対策が取られていない。


6.自然のバランスの崩壊

生態系の一つの構成要素の変化は、影響の程度の大小はあっても、他の様々な構成要素の変化を導く。生息地を失った野生動物は、固有の生息域から移動を余儀なくされ、その結果特定の種が異常に増殖し、さらなる生態系の歪みを生むことがある。


北海道の知床など東部地域ではエゾシカ、神奈川県丹沢、奈良県の大台ヶ原など特定の地域ではニホンジカが増殖し、農作物や森林への被害が深刻化している。開発等で生息地を追われ、森林地域に侵入したシカが下草を採食するため種組成が単純化するだけでなく、実生や樹皮までも食べるため森林が更新されず、森林生態系の退行を招いている。


そもそも、この問題は農林業における鳥獣害問題として捉え、農林産物の維持か動物の保護かという二者択一で解決できることではない。農林被害や森林の退行化の原因は多くの要素が複雑に絡んでいることから、これらの動物が森林に現れるようになった根本的な原因を的確に把握し、適切に生息環境を整備して誘導していく必要がある。さらには農林被害を未然に回避する技術や、被害の補償制度の創設も必要である。


7.新たなる取り組み

近年、各地で自然の修復・復元に向けた様々な試みがなされている。兵庫県豊岡市ではコウノトリの保護増殖事業が行なわれているが、昨年秋、人工飼育されたコウノトリが試験放鳥され、この春、雛が生まれた。わが国初の人里での野生復帰は、コウノトリを甦らせるために、県や地域住民、NGOなどが一丸となって、野生のコウノトリが生息していた里地里山を本来の健全な環境に再生しようという試みである。「コウノトリの郷公園」の前の水田では、無農薬栽培や有機農法によって小魚や昆虫を復活させ、川と水田を魚道で繋げるといった生息環境のネットワーク化が図られており、さらにその周辺地域の田園環境の復元が試みられようとしている。


また、霞ヶ浦では、生活排水の流入増加と、全周コンクリート護岸されたことにより湖の水質悪化を招いたが、NPO法人アサザ基金が主体となって湖の再生に挑んでいる。湖周辺の170校余りの小学校で環境教育の一環としてビオトープを作り、絶滅危惧種のアサザを育て、それを湖に植栽したり、間伐材などを使って粗朶を作り、それを波除けにして岸辺に葦原を定着させるという、自然工法によって湖畔から生態系を回復させようというプロジェクトである。


国も、2002年に自然再生推進法を制定し、湿原への土砂流入による乾燥化が問題となっている釧路湿原など、全国各地で同法に基づく自然再生推進事業が始められつつある。


しかし、釧路湿原自然再生全体構想においては、流域や関連する生態系の保全・再生が考慮されているものの、各対象地域における事業実施計画は、各実施主体により個別的に細分化されて策定・実施されているため、全体構想に基づく統一的な事業の実施がなされていない点に疑問が投げかけられている。また、釧路湿原の自然再生事業に合わせて、耕作が放棄され湿原に戻りつつある農地を、暗渠の設置などによって排水能力を高め再農地化しようとしているが、その結果、湿原内に流入する土砂の増加が予想されるため、さらにその対策として沈砂池、遊砂地を設置するといった公共事業が自然再生の名のもとになされている。


本来自然再生とは、生態系の修復、復元を総称し、生態系の保全のための手段である。したがって、豊岡やNPO法人アサザ基金のように、土木工事に頼らず、一つ一つ生態系を繋げ、甦らせていくような試みが、全国各地で実施できるような制度づくりが求められよう。


8.結論と提言

わが国の自然保護法制は、狩猟法から発展してきた「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」(鳥獣保護法)、風景地の保護と利用を目的とする「自然公園法」、「絶滅のおそれのある野生動植物種の保存に関する法律」(種の保存法)等がランダムに制定されてきた。これらの法律は、立法目的も、対象地域、適用対象もまちまちで、生態系及び生物多様性そのものを保全することを目的としてないため、これらの法制度のもとでは、生物多様性の保全のための統一的、総合的な管理は不可能である。また、これらの法律はいずれも保護種、保護区の指定を野生生物保護施策の重要な柱としているが、前述したように生物多様性を脅かす問題は地域ごとに様々な形をとって現れているのであり、これらの問題点に対処するには、保護種、保護区の指定のみでは全く不十分である。


また、森林法、河川法などは、生物多様性に対する配慮に欠けるため、開発行為による生態系破壊に対する歯止めにはなりえない。また、これらの法律は所管官庁を異にしており、森林や河川など対象ごとに細分化され、それらの相互の連携がはかられていないため、それぞれが互いに関連しあいながら形成されている生態系・生物多様性を保全する上で支障を来たしている。これらの自然資源の管理に関わる官庁の広範な裁量権を限定するとともに、生物多様性の保護という統一的な目的のもとに行政組織の縦割りの枠を超えた諸官庁の連携を図るシステムの構築が不可欠である。


そのためには、生物多様性の保全を国家の重要な課題として位置付け、総合的な施策の遂行を可能とする法制度が必要である。


野生生物との共生を図り、生物多様性がもたらす恵沢を享受することは現在及び将来のすべての人の権利である。当連合会は1986年の第29回人権擁護大会において、人類は自然の一員であり、その生存基盤である自然を保全し、その恵みを受ける権利「自然享有権」を現在及び将来の世代が有することを宣言した。自然享有権を後世の人々が末永く享受できるように保障していくことは、現在のすべての人の責務であるとともに、国家の厳粛な責務である。


よって、当連合会は、国に対し、次の内容を明記した生物多様性保全法の制定を求める。


  1. 生物多様性の保全を国の政策において最も優先されるべき課題とし、あらゆる施策において生物多様性の保全が配慮されること。
    前述したように近年、いくつかの法律に生物多様性への配慮規定、環境への配慮規定が盛り込まれるようになったが、それらはいずれも当該法律の本来の目的の枠内での、生物多様性、環境への配慮の義務付けであって、ほとんど有効に機能していないのが現状である。
    そのため、生物多様性の保全を普遍的な優先事項として、戦略や行動計画を立て、資源管理に関係するすべての機関が協力しあうことが必要である。あらゆる施策において、生物多様性の保全を実効的に行なっていくために、法律でそれを最も優先される課題の一つとして明記し、配慮を義務付けなければならない。
    また、生物多様性が保全されることは人類の生存の不可欠の基盤であり、生物多様性の保全を求めることは私たちの権利であることも明記されるべきである。
    なお、ここでいう生物多様性の保全とは、遺伝子や特定の生物種、及び個体群などの保護、生物種の保護増殖事業から、生息域の保護・修復・復元・創出、そして生態系の保護・修復・復元などを指す。
  2. 生物多様性の保全を実効的に行うための基本原則及び手法として、予防原則、ミティゲーション、及び順応的管理を定めること。
    生物多様性を保全していくには、経験的、科学的に十分に確かめられていないことに関しては、できるだけ慎重に事を進めるという予防原則(慎重原則)を徹底する必要がある。生態系は、ある空間(地域)に生きるすべての生物とそれらにとっての環境の要素からなる複雑なシステムである。そして、このシステムの科学的解明は未だ不十分であって、生態系の要素や関係の改変に対して、生態系システムがどのように作用するかを科学的に予測することは極めて困難だからである。予防原則が外来種の導入や、バイオ技術によって誕生する遺伝子組み換え生物など未知の領域に対する生態系保全のための砦ともなり、生態系を無視して行なわれる開発行為に対する歯止めともなる。
    また、ミティゲーションの原則も盛り込まれるべきである。ミティゲーションとは、開発行為から生態系の消失を防止し、生物多様性の保全を強化するためには、人の活動に伴う影響を、回避(ある行為をしないことで影響を避ける)・最小化(その実施に当たり規模や程度を制限して影響を最小化する)・代償(破壊される環境の代償となる新たな環境を提供して代償措置を行う)という対応が必要であり、回避、最小化、代償の順に検討されねばならないという原則である。環境影響評価法もミティゲーション概念を明示している。また、環境アセスメントの対象とされていない小規模な事業も、生物多様性の保全の観点から、ミティゲーションの対象とすべきである。
    なお、わが国では本来的意味合いから離れ、代償措置のみがミティゲーションであると捉えられることも少なくないので注意を要する。代償措置はあくまでも回避、最小化を十分に検討した後の最後の手段であり、代償を開発の免罪符としてはならない。なぜなら、開発対象地と別個の場所において、同レベルの環境を代償として創出するのは至難のわざであるからである。わが国においても開発行為により消失した自然干潟の代償措置として人工干潟が造成されたケースがあるが、一般的に人工干潟は自然干潟の有する機能に及ばず、費用対効果の面でも割に合わないと評価されている。
    さらに、順応的管理(適応的管理)も必要である。これは、人為的な管理に対する生態系の反応を予測することには限界があることを前提として、当初の予測がはずれる事態が起こり得ることをあらかじめ管理システムに組み込み、常にモニタリングを行いながらその結果に合わせて対応を変えるというプロセスを踏んでいく手法である。不確実であっても生態系に対し一定の干渉を行なおうとする以上、科学的な監視と試行錯誤が不可欠となる。
  3. 生物多様性の保全のための数値目標等を定める国家生物多様性保全計画を策定するとともに、都道府県においては地域生物多様性保全管理計画を策定すること。
    環境基本法に基づく環境基本計画の中でも「生物多様性のための保全に関する取組」の項が設けられているが、これはあくまで抽象的な指針を示すのみで国の諸施策の中に十分に生かされていない。また、新生物多様性国家戦略も一般論として施策の方向性を示すのみであり、科学的な分析に基づく管理計画とはなっていない。そこで、国に対して、より具体的に森林、河川、湿地、海岸などの生態系ごとに保全のための到達目標を定めるとともに、保護区域の設定面積や環境保全型農業が実施される農地面積等の数値目標を取り入れた、国家生物多様性保全計画の策定義務を課し、これを国家の生物多様性保全のための実効性のある基本計画として位置づける必要がある。
    さらに、それぞれの地域特性に合ったきめ細かな地域生物多様性保全管理計画が必要である。これは地域全体の将来の土地利用のあり方も視野に入れた、地域における生物多様性の保全を目標とする具体的な計画である。そして、ここでは原生的自然など保護最優先の地域や、里地里山など伝統的に人が利用することによって管理がなされてきた地域といった、その地域特有の生態系をどのように保全するのかという基本的なデザインを描きながら計画を策定することになる。この計画は、生物多様性保全の分野に関しては、森林法による地域森林計画、自然公園法による公園計画などに優先し、これら諸計画は生物多様性の保全の観点から相互に調整し見直しを図られることになる。
    今日、人為的な改変によって連続していた野生生物の生息・生育域は分断化が急速に進んでいる。既存の保護区も先に述べた大型哺乳類の生息域という観点からは狭小であるが、人口密度の高いわが国においては、人為を排除した広い原生的保護地域を設定することはもはや困難である。そこで、計画策定においては既存の保護地域の周辺地域を緩衝地域とし、かつ保護地域どうしの連続性を確保することが必要になる。
    例えば、自然公園法による規制の厳しい特別保護地区、特別保護地域が野生動物の生息地となる場合、それを取り囲む普通地域は、現行制度上は森林施業が行なわれる普通地域となっていることが多いため、こうした地域を森林施業が一定限度制約される天然林施行区域(管理地区)として緩衝地帯としの役目を果たすようゾーニング(地域地種区分)し直すことになる。
    また、里地里山においては、河川、水路、ため池、水田、雑木林を一体として里地里山が保全されるべき区域に選定し、生物が河川、水路、ため池、水田相互の間を自由に行き来できるようにするだけでなく、里地里山相互間においても河畔林を設けるなど、野生生物が移動できるようなネットワーク化を計画に盛り込むのである。また里地里山は人の適切な利用と管理が持続されることで維持されるのであるから、これらの作業を担う保全区域内の農地所有者等に対する税制優遇措置、環境直接支払制度などの経済的な支援も考慮されるべきである。
    生物多様性の保全のためには、種や生息地の保護とともに、損なわれた生態系の修復や復元も含めて、地域の環境特性に応じた保全方法を確立し実行しなければならない。ところで、保全のための地域計画においては、どのような持続可能な環境の実現を目指すのかという具体的な目標設定が必要である。そのためには、生態系にとって指標となり要となる種や絶滅の危機に瀕している種の生存を目標に定めると、地域住民にとって理解しやすく、到達目標を作りやすい。例えば、動物では、高山帯ではライチョウ、奥山では食物連鎖の頂点にいるツキノワグマ、やんばるの森ではヤンバルクイナ、田園地帯ではコウノトリなどである。なぜなら、これらの種の生存が確保されるということは、その生息環境が健全で生物相が多様性に富んでいることを示すからである。
    なお、生態系としてまとまりのある地域が複数の都府県にまたがる場合には、地域計画策定の際、関係都府県の連携や、市町村による広域連合に基づく地域計画の策定も必要である。
  4. 地域生物多様性保全管理計画においては、関係行政機関の連携を徹底させるとともに、計画の発案と策定、実施、モニタリングの各段階で住民参加を推進すること。
    地域生物多様性保全管理計画の中で生物多様性の保全方法を確立するためには、人との関わりの中で守っていく方法、人と共存できるシステムを探ることが必要である。しかし、法制度上、森林は林野庁、鳥獣は環境省といった管理主体がばらばらでは、相互に繋がりを持ち、まとまりを持つ生態系に対し、適切な計画の策定やその実施ができない。そのため諸官庁の連携が不可欠である。さらに統一した施策とその実施のためには、国レベルでは環境省、地方レベルでは環境省の地方環境事務所と各都道府県の環境部局が統括することが必要である。
    また、地域には利害関係を有する主体が数多く存在するため、これら関係主体の理解なしには、具体的な作業が進まない。単に住民の意見を聞き置くだけでなく、計画策定段階、実施段階、及びモニタリングの作業において実質的に住民、環境NGOを参加させるべきである。きめ細かな管理を行なうにも多様な人々の協力が必要であり、住民の参加なくして達成は不可能である。NPO法人アサザ基金のような発案とその活動は地域づくりの原動力となるものであるから、住民からの自発的な地域保全計画の発案権も認めるべきである。既に、NGOの主導により地域の生物多様性の保全や自然再生事業が始まっている地域においては、行政としてNGOに対する経済的な支援など継続的な活動の基盤を保障することも重要である。
    このような地道な活動が地域において生物多様性の重要性に対するコンセンサスを生み、未来の保護管理の担い手の養成にもなり得ることはいうまでもない。
    生物多様性の保全に対する住民参加の実効性を担保するために、情報公開は当然として、さらにすべての住民が野生生物保護施策に対する異議を述べたり、生物多様性を損なうような違法な開発行為を差し止めることを可能とする行政争訟、訴訟制度を設けることも必要である。
    計画策定段階において実質的な住民参加を保障し、市民が訴訟において生物多様性を実現しうる道を開くことは「自然享有権」の具体化にほかならない。

以上