子どもの権利条約批准10周年にあたり、同条約の原則及び規定に基づく立法・施策を求める決議

わが国は、本年、子どもの権利条約(以下、「権利条約」という)批准から10周年を迎えた。国や地方自治体においては、権利条約に規定された権利や原則の実現に向けての取り組みの強化が求められるところであるが、実際には、これに逆行する動きが強まっている。


この間、厳罰化を図る「改正」少年法が成立・施行され、日本国憲法の精神に則り、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとして定められた教育基本法について、与党・文部科学省を中心に「改正」に向けた議論が進められている。また、政府の青少年育成推進本部が「青少年育成施策大綱」を発表し、この大綱を青少年の健全育成政策の基本と位置付ける「青少年健全育成基本法案」が与党提案で先の通常国会に提出された。


しかし、これらの子どもに関わる基本法の制定や「改正」に向けた動き、あるいは基本的政策の策定においては、日本国憲法や権利条約に規定された諸権利や子どもの最善の利益等の原則が考慮されず、また、その策定過程に子どもが参加していない等の問題点が存在している。当連合会は、意見書や会長声明等で、これらの問題点を指摘してきたところである。


本年1月、国連子どもの権利委員会は、日本政府が提出した権利条約に基づく第2回政府報告書の審査を行い、日本の子どもの権利状況を踏まえ、最終見解(以下、「本最終見解」という)を発表した。本最終見解は、子どものためのあらゆる立法や施策を、子どもに対する恩恵や保護ではなく、子どもの権利を保障し、充足するという観点から検討すること(子どもの権利基盤型アプローチ)、これらの検討を、市民、NGO、子どもの参加のもとで行うことの必要性を勧告している。


また、本最終見解は、権利条約が裁判所により直接適用されていないこと、「改正」少年法での検察官送致年齢の引下げ及び観護措置期間の延長が権利条約の精神に則ったものではないことに懸念を表明している。


本最終見解を踏まえ、当連合会は、政府・国会・最高裁判所に対し、子どもの権利に関する以下の施策を求める。


  1. 政府及び国会は、教育基本法の「改正」の要否の検討や青少年の育成に関する基本法の制定、その他子どもに関わる全ての立法、政策の策定において、権利条約に基づく子どもの権利基盤型アプローチの実現を図ること。
  2. 政府は、「青少年育成施策大綱」を子どもの権利基盤型アプローチに従い権利条約に規定された全ての権利を確保するものとすべく、市民、NGO、子どもの参加のもとで見直すこと。
  3. 政府及び国会は、2006年に予定されている「改正」少年法の見直しにおいて、検察官送致制度や観護措置期間等について、権利条約の規定及び精神に合致するように改正すること。
  4. 最高裁判所は、裁判官に対する権利条約及び少年司法に関する国際準則についての研修を強化し、研修にあたっては、 国連人権高等弁務官事務所作成の裁判官等のための人権マニュアル等の国際人権教材を積極的に活用すること。
  5. 政府は、本最終見解の出版や広報活動を行い、広く国民に普及するよう努めること。

当連合会としても、本最終見解の普及と実施に向けて、全力を尽くす決意である。


以上のとおり決議する。


2004年(平成16年)10月8日
日本弁護士連合会


提案理由

1 子どもの権利条約(以下、「権利条約」という)は、1994年4月に批准され、同年5月に発効した。本年は、権利条約批准10周年にあたる。


国や地方自治体においては、権利条約に規定された権利や原則の実現に向けて取り組みの強化が求められるところであるが、実際には、これと逆行する動きが強まっている。


本年1月、国連子どもの権利委員会は、権利条約に基づく第2回日本政府報告書の審査を行い、日本の子どもの権利状況を踏まえ、同月30日、最終見解(以下、「本最終見解」という)を発表した。本最終見解は、わが国の子どもの権利の状況に対して極めて重要な示唆を与えるものであって、政府・国会・最高裁判所は、これを真摯に受け止めるべきである。


2 2000年11月に成立し、2001年4月から施行されている「改正」少年法では、検察官送致最低年齢を16歳から14歳に引き下げ、16歳以上で死の結果を生じさせる故意の罪を犯した少年について原則として検察官送致とするなど厳罰化を目的とするものであった。また、適正な事実認定手続の整備が行われないまま観護措置期間の上限も4週間から8週間に延長されている。


当連合会は、2000年7月14日の「少年司法改革に向けての提言」において、少年法の基本理念を護り発展させ、憲法及び権利条約等の国際人権法に適合するものに改革するための提言を行い、2000年11月28日の「少年法『改正』法成立に対する会長声明」では、原則検察官送致などの「刑罰化」「厳罰化」の弊害、中学生を刑事処分に付することの是非等について審議が十分なされないまま、少年法「改正」がなされたことの問題性を指摘し、憲法や権利条約の視点から、少年司法の改革を目指すことを表明している。


ところが、2001年4月から2004年3月までの「改正」少年法の3年間の運用実績によれば、16歳未満の検察官送致事件が3人(但し、交通関係事件は他に2人)あり、原則検察官送致対象事件の検察官送致率は、たとえば殺人については53.5%、傷害致死は53.4%、強盗致死は60.0%であり、「改正」少年法施行前10年間の平均送致率がそれぞれ24.8%、9.1%、41.5%であったのと対比して大幅に増加している。また、4週間を超える観護措置は155人と報告されている(最高裁判所事務総局家庭局「改正少年法の運用の概況」平成13年4月1日~平成16年3月31日)。


3 文部科学大臣の諮問を受けた中央教育審議会は2003年3月に「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」を答申した。教育基本法の「改正」論議が進められ、「改正」法案が来年の通常国会にも提出される見込みであると報道されている。


当連合会は、中央教育審議会の中間報告に対して、2002年12月6日に「『新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について(中間報告)』に対する意見」を発表し、さらに、2003年3月20日に「中央教育審議会『答申』に対する会長声明」を発して、この答申が提唱する「改正」の内容が、憲法や権利条約等に抵触するおそれがあり、政府や国会等においては、慎重に検討することを求めたところであるが、「改正」の方向性・視点は、国家にとって有用な人材をどのように育成するか、「国を愛する心」の涵養をいかにして行うか、という点に主に置かれており、子どもの成長発達権、とりわけその中核をなす子どもの内面形成の自由への配慮や、教育への権利を基本に据えて検討しようとする姿勢は一切伺えない。


4 2003年12月、政府の青少年育成推進本部は「青少年育成施策大綱」(以下、「育成大綱」という)を策定した。育成大綱は、「『児童の権利に関する条約』等に示されている青少年の人権の尊重及び擁護の促進の観点も踏まえ」との一文をおいてはいるが、その内容において、子どもの権利の視点に立脚したとは到底言えないものである。


与党は、本年3月、参議院に「青少年健全育成基本法案」(以下、「基本法案」という)を提出した。本年の通常国会では廃案となったが、今後も再提出される可能性が高い。基本法案は、育成大綱を「この法律の規定により定められた大綱とみなす」(附則第2条経過措置)として、その法的根拠を与えるものであるが、その前文及び第1条において「次代を担う青少年を健全に育成していくことは、我が国社会の将来の発展にとって不可欠の礎である」と述べて、子どもの成長を国家社会の発展に寄与するものと位置付けるのみで、子どもの成長発達権の保障という視点が積極的にうたわれていない。また、権利条約の重要原則である子どもの最善の利益の確保や子どもの意見の尊重等に関する規定は一切存在しない内容となっている。


当連合会は、2004年5月8日に「『青少年健全育成基本法案』に対する意見書~子どもの成長発達権保障の観点で修正を求める~」を発表して、基本法案において、子どもの成長発達権・子どもの最善の利益を基本理念として明示し、権利条約の重要原則を反映した修正を求めたところである。


5 本年1月、国連子どもの権利委員会は、権利条約に基づく第2回日本政府報告書の審査を行い、日本の子どもの権利状況を踏まえ、同月30日、最終見解を発表した。


なお、日本政府は、権利条約44条に基づき、権利条約批准2年後の1996年5月に第1回政府報告書を提出し、1998年5月に国連子どもの権利委員会で第1回政府報告書審査が行われ、同年6月、第1回政府報告書審査に基づく最終見解(以下、「第1回最終見解」という)が出された。


さらに、権利条約44条により、第1回政府報告書提出後は5年ごとに政府報告書の提出が義務付けられており、政府は、2001年11月に、第2回日本政府報告書を国連子どもの権利委員会に提出した。当連合会は、2003年5月、この政府報告書の問題点を指摘するとともに日本の子どもの権利の実情を明らかにする報告書を国連子どもの権利委員会に提出しているが、これらNGOの報告書等を踏まえた審査をへて、本最終見解が発表されたものである。


国連子どもの権利委員会は、本最終見解において、多数の具体的な勧告を行っているが、とりわけ次の点は、全ての立法や政策の実施に包括的に当てはまるものとして極めて重要である。


第1に、制定法の包括的な見直しを実施し、権利条約の原則及び条項並びにそこに示された権利基盤型アプローチ(rights-based approach)に一致するために必要なあらゆる措置をとることを勧告している(11項)。


この権利基盤型アプローチとは、子どものための立法や施策を、子どもに対する恩恵や保護ではなく、子どもの権利を保障し、充足するという観点から検討することを求めているものである。権利条約自体が、子どもを保護の客体ではなく、権利の主体と位置付け、締約国が、子どもの最善の利益を考慮し(3条)、この条約において認められた権利実現のため、全ての適当な立法措置、行政措置等を講ずること(4条)を求めており、権利基盤型アプローチは、権利条約に示されているものであるとされている(11項)。


第2に、本最終見解は、育成大綱が、権利基盤型で権利条約の全ての領域を取り扱うように、これを強化することを勧告している(13項(a))。


第3に、本最終見解は、「浮上する論点及び問題に効果的に対応することを確保するため、市民社会及び子どもと共同して、青少年育成施策大綱を継続的に見直すこと」(13項(b))、「権利条約及び委員会の最終見解の実施について市民社会と制度的に協力するよう勧告する」(19項)としており、市民、NGO、子どもが参加して、これらの作業を行うことを勧告している。


育成大綱の作成過程では、内閣府が開催した「青少年の育成に関する有識者懇談会」が開催されているものの、幅広く市民の声を聞いたとは言えず、同懇談会が作成した報告書と育成大綱の内容には大きな隔たりがある。また、子どもの意見を聞く機会は設けられていない。


その他の政策立案においても、市民、NGO、子どもの意見を聞く、「制度的」な協力関係は存在しないのであり、その点の積極的な取り組みが求められている。


第4に、本最終見解は、「条約が裁判所により直接適用できるにもかかわらず、実際上は適用されていないことを懸念する」(10項)としている。第1回最終見解では、裁判所の判決中で権利条約が適用されていないことに懸念が示され、次回定期報告において、適用事例についての詳細な報告が求められたが、第2回政府報告書では、「権利条約に違反する旨の判断を示した判例はない」とし、関連する判例として1例を挙げたに過ぎなかった。実際にも、子どもの権利に関わる事例において、権利条約を積極的に適用した例は極めて少ない。


第5に、本最終見解は、2001年4月から施行された「改正」少年法に関して、「特に、刑事訴追の最低年齢が16歳から14歳に引き下げられたこと、及び審判決定前の身体拘束が4週間から8週間に延長されたことが、権利条約及び少年司法に関する国際準則の原則及び条項の精神に基づくものではないことを懸念する」(53項)とし、検察官送致年齢の引き下げと、観護措置期間の上限の延長が、権利条約や「自由を奪われた少年の保護のための国連規則」等の国際準則の精神に反するとの懸念を表明している。


第6に、本最終見解は、政府に対し、第2回政府報告書及び文書回答並びに本最終見解を広く普及することを求めている(57項)。


6 上述したようなわが国における子どもの権利の状況に照らせば、本最終見解の指摘は極めて重要であり、これを踏まえ、当連合会としては、政府・国会・最高裁判所に対して、次のような施策を求めるものである。


(1)政府及び国会は、教育基本法の「改正」の要否の検討や青少年の育成に関する基本法の制定、その他子どもに関わる全ての立法、政策の策定において、権利条約に基づく子どもの権利基盤型アプローチの実現を図ること。


わが国において権利条約批准後になされた立法や法改正において、子どもの権利が明示的に規定されたものはほとんどなく、子どもの最善の利益の確保を規定したものはない(児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律には、「児童の権利を擁護すること」との文言があり、児童虐待の防止等に関する法律では、「児童虐待が児童の人権を著しく侵害」するものとされている)。いまだに子どもの福祉や健全育成が目的とされており、子どもを保護の客体とのみ見るアプローチから脱却できていない。


権利基盤型のアプローチを求める勧告は、このようなわが国の現状に対する厳しい指摘であると受け止める必要がある。


特に、「教育基本法」や「青少年健全育成基本法案」は、その名称からも明らかなように子どもに関わる基本法であり、子どもに関する諸施策の基本を示すものである。従って、教育基本法「改正」の要否の検討や青少年の育成に関する基本法の制定にあたっては、権利条約に示された子どもの権利の視点に立って、当該法案がいかなる権利の実現を目的とするものか、その権利の充足のために十分な内容となっているか否かの観点から検討がなされる必要がある。また、青少年の育成に関する基本法には、子どもの権利の保障、最善の利益の確保、子どもの意見の尊重という基本原則が明記されるべきである。


(2)政府は、育成大綱を権利基盤型アプローチに従い権利条約に規定された全ての権利を確保するものとすべく、市民、NGO、子どもの参加のもとで見直すこと。


育成大綱についても、青少年の育成に関わる政策の基本的方針を規定したものであるから、権利条約に規定された全ての権利を確保するという観点から、同じく権利基盤型のアプローチをとり、また、市民、NGO、子どもが参加する手続をへて見直しがなされるべきである。


(3)政府及び国会は、2006年に予定されている「改正」少年法の見直しにおいて、検察官送致制度や観護措置期間等について、権利条約の規定及び精神に合致するように改正すること。


「改正」少年法は、「政府は、この法律の施行後5年を経過した場合において、この法律による改正後の規定の施行の状況について国会に報告するとともに、その状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その検討の結果に基づいて法制の整備その他の所要の措置を講ずるものとする」(附則第3条)とされており、2006年には、いわゆる「5年後見直し」が予定されているところである。その際には、政府及び国会は、本最終見解の懸念を十分に考慮し、特に検察官送致年齢の引き下げや原則検察官送致の規定、あるいは観護措置期間の延長について、社会復帰の権利や子どもに特別に適用される法律及び手続の設置の促進を求めた権利条約40条、拘禁又は抑留は、最後の解決手段として最も短い期間のみ用いることを求めた権利条約37条、「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)や「自由を奪われた少年の保護のための国連規則」等国際準則の規定及び精神に合致するような改正が求められるものである。


(4)最高裁判所は、裁判官に対する権利条約及び少年司法に関する国際準則についての研修を強化し、研修にあたっては、国連人権高等弁務官事務所作成の裁判官等のための人権マニュアル等の国際人権教材を積極的に活用すること。


わが国の裁判所においては、権利条約違反を主張しても、判決では権利条約に言及されなかったり、憲法を越える権利を保障するものではないとして、独自に権利条約違反について検討しないことがほとんどである。また、「改正」少年法の運用において、裁判官は、権利条約や「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルールズ)や「自由を奪われた少年の保護のための国連規則」等の少年司法に関する国際準則の正確な理解に基づいて判断することが求められるところである。


政府は、第2回政府報告書において、最高裁判所は、裁判官に対する権利条約の周知等を図っている旨を報告しているが、なお、その強化が求められる。


研修にあたっては、国連人権高等弁務官事務所がIBA (国際法曹協会)の協力を得て作成した、『裁判官、検察官及び弁護士のための人権マニュアル』(特に、子どもの権利に関する第10章)を活用することが強く望まれる。


(5)政府は、本最終見解の出版や広報活動を行い、広く国民に普及するよう努めること。


第1回最終見解においても同様の勧告がなされたが、政府は、外務省のホームページにこれを掲載しただけであり、それ以外の積極的な広報措置はとられなかった。本最終見解については、政府は、すでに外務省のホームページ及び平成16年版青少年白書に掲載しているが、これだけでは十分な広報措置といえないことは明らかであり、今後さらに積極的な広報措置をとるべきである。


7 当連合会としても、政府・国会や最高裁判所に対して、本最終見解の実施を働きかけていくとともに、積極的にその普及に努め、実施のための具体的な提案等を積極的に行っていく所存である。


以上