第42回定期総会・製造物責任法の制定を求める決議

(製造物責任法の制定を求める決議)

製品の技術化が進み、大量生産・大量販売される今日、専門的知識や情報をもたない消費者には、市場に出された製品が安全であることを期待する権利があり、製品の欠陥によって被害がもたらされた場合、製品に内在する危険の公平な負担として、製造者は過失の有無にかかわらず被害者の蒙った損害を賠償すべきである。


ところでわが国の不法行為法のもとでは、被害者は製造者などの過失および因果関係の立証責任を負担しており、製造者や行政などの手元に製品や技術に関する情報が偏在し、かつ、その開示システムを欠いていること或いは、行政による安全確保ないし原因究明が十分でないこともあいまって、欠陥商品による被害の救済を得ることは著しく困難となっており、そのため被害の多くは潜在化していると言われている。


このような現状を克服し、欠陥製品による危険負担の公平を図るために、1991年3月15日、当連合会は、次の内容をもつ製造物責任法要綱を提案した。


  1. 製造者の無過失責任の原則を撤廃し、開発危険の抗弁を認めない。
  2. 欠陥とは、製品の通常予想される使用および製品についての説明・指示・警告において、消費者が期待する安全性を欠く状態をいう。
  3. 欠陥および因果関係の推定規定を設けるとともに、安全性に関する情報の開示義務を定める。
  4. 広く欠陥製品による被害救済のための法とし、流通関連業者にも連帯責任を負わせ、損害の種類や額を制限し或いは製造者などの責任を一定期間に制限する規定を設けない。
  5. 悪質な製造者に対し相当な付加金を課す。

われわれは、国に対し、すみやかに上記内容の製造物責任法の制定を求めるとともに、今後とも、欠陥製品による被害の予防と救済に努力するものである。


以上のとおり決議する。


1991年(平成3年)5月24日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1.今日わが国には、科学技術を駆使した製品が生活の場にあふれている。しかも大量生産、大量販売のもとでは製品に欠陥があった場合、誰しもが被害者になりうる状況におかれている。事実、わが国は、かつてサリドマイド、スモン、カネミ油症事件など世界的にも注目された大規模な製品事故を経験し、近年にも、石油ファンヒーターやカビ取り剤による死亡傷害事故、自動車の暴走事故やテレビなど家電製品による火災事故などが発生している。


サリドマイド、スモン、カネミ油症事件などは、1980年代に一応の被害救済がなされたが、それまでに長い年月を要した。これは、現行の不法為法に基づいて被害の救済を図らねばならなかったがためであり、製品についての知識や情報をもたない一般消費者が製造者などの過失や因果関係の存在を証明することは、今日さらに困難な状況に至っている。


2.わが国に製造物責任に関する訴訟が極めて少ないことなどから、行政省庁の一部や業界には、わが国には欠陥製品による被害が殆どないとか、現行法のもとで製造者などが自主的に十分に救済しているとして、製造物責任法の立法化の必要はないとの姿勢がいまだみられる。


しかし、われわれがこれまで2度にわたって実施した全国的な規模の欠陥製品110番や会員に対するアンケート調査さらに各地の消費者センターに寄せられた情報によれば、訴訟事件となるなどの顕在化した事件の背後に、救済されていない多くの製品事故が存すること、並びに、公的機関による安全確保のための指導、事故情報の収集、事故原因の究明が不十分であることが救済を困難にし、被害の潜在化をさらに助長していることが窺われる。


3.製造物責任の立法化をめぐるわが国の近年の動きに、1985年にEC閣僚理事会で採択された「欠陥製造物についての責任に関する加盟国の法律、規定および行政上の規定の調整のための閣僚理事会指令(いわゆる製造物責任についてのEC指令)」が少なからず影響をあたえていることは否めない。


しかし、EC指令は、1992年に予定されているEC市場の統合に際して、加盟国間の競争条件を調整する立場から政治的妥協がなされたものである。その結果、開発危険の抗弁を認め、被害者の立証責任を緩和せず、責任主体、損害賠償の範囲、責任期間を制限するものとなっており、EC指令並みの立法化では被害救済および被害防止の観点からは極めて不十分といわなければならない。


4.当連合会は、1989年9月松江市で開催された第32回日本弁護士連合会人権擁護大会において、「消費者は消費生活のすべての場面で、安全及び公正を求める権利が保障されるとともに、その実現に参加する権利を有する」ことを決議し、その一環として、当連合会は1991年3月15日、別紙のとおり製造物責任法要綱を取り纏めるに至った。その骨子は、決議の主文に掲げたとおりである。


われわれは、被害救済の実務を通じて、被害の実情および困難な救済の実態を熟知するものとして、国に対し、すみやかに上記内容の製造物責任法を制定することを求めるとともに、今後とも欠陥製品による被害の予防と救済に努力するものである。


別紙

製造物責任法要綱

日本弁護士連合会


第1章 総則

第1条 (目的)

この法律は、製造物の欠陥によって生じた損害について製造者の特別の賠償責任を定め、その履行を確保する方策を講ずることにより、製造物の欠陥による被害の予防と救済をはかることを目的とする。


第2条 (定義)

この法律による用語の定義は次のとおりとする。


  1. 「製造物」とは、流通におかれたすべての物をいう。但し、なんらの加工もせずに販売される不動産を含まない。
    1. 「製造者」とは、業として製造物を製造または加工する者をいう。
    2. 次の各号に該当する者は、この法律においては製造物と看做す。
      1. 業として自然産物の採取、捕獲をする者
      2. 製造物またはその容器、包装等に、自己の商標・標章・商号その他自己を表示する名称を付して業として流通させる者
      3. 製造物の輸入業者
  2. 「欠陥」とは、製造物が、次にかかげる事情を考慮して、消費者が正当に期待しうべき安全性を備えていないため、生命、身体または財産に不合理な危険を生じさせる虞れのある状態をいう。
    1. 製造物の通常予想される使用
    2. 製造物についての説明、指示、警告その他の表示

第2章 損害賠償責任

第3条 (無過失責任)

製造者は、製造物の欠陥により生命、身体または財産に損害をうけた者に対し、その財産的および非財産的損害を賠償する責任を負う。


第4条 (連帯責任)

同一の製造物の同一の欠陥により生じた損害につき賠償責任を負う者が数人あるときは、各人は全額につき連帯して責任を負う。


第5条 (欠陥および因果関係の存在の推定)

製造物が通常予想される方法により使用されたにもかかわらず、損害が生じた場合において、その損害が通常生じうべき性質でないときには、その製造物に欠陥があり、かつその損害はその欠陥によって生じたものと推定する。


2. 製造物の欠陥は、製造者が当該製造物の流通においた当時既に存在していたものと推定する。但し、製造者が、当該欠陥が相当の使用期間経過後に生じたものであると証明したときは、この限りでない。


第6条 (開示)

この法律に基づく訴訟において、製造物の安全性に関する情報を所持するものは、正当な理由がある場合を除き、被害者の請求によりこれらを開示しなければならない。


2.製造者または製造者のために前項にかかげる情報を所持する者が、正当な理由なくしてその情報を開示しない場合には、裁判所は、当該製造物に欠陥があるものと認めることができる。


第7条 (過失相殺の特例)

被害者に重大な過失があったときは、裁判所は損害賠償の額を定めるにつきこれを斟酌することができる。


第8条 (付加金)

生命、身体または財産の安全性の確保または損害の拡大の防止について、製造者に故意または重大な過失があったときは、裁判所は被害者の請求により、製造者に対して、第3条による損害金のほかに、これの2倍を限度とする付加金の支払いを命ずることができる。


第9条 (責任主体の免責)

製造者は、製造物が、出荷が予定される以前に、製造者の意思に基づかずに流通におかれた場合で、流通におかれたことに過失がない場合は、その責任を免れるものとする。


2.構成部品の製造者については、その欠陥が構成部品の組み込まれた製造物の構造または完成品製造者のした指示にもっぱら起因する場合には、その責任を免れるものとする。原材料の製造者についても同様とする。


第10条 (消滅時効)

この法律による損害賠償請求権は、被害者またはその法定代理人が損害、欠陥および賠償義務者を知ったときより3年間これを行わないときは、時効によって消滅する。損害発生のときより20年間を経過したときも同様とする。


第11条 (特約による制限)

この法律に定める製造者の責任を予め制限または免除する特約は無効とする。但し、法人について生じた損害に対する責任についての特約は、主として私的使用の目的で利用される製造物に関するもの、または製造者の優越的地位を濫用して締結されたものを除き、この限りでない。


第12条 (製造者以外の責任)

この法律の規定は、第2条第2号にかかげる者以外の者で、次の者に準用する。但し、これらの者が欠陥を生じさせたのではなく、かつこれらの者が欠陥を知ることが期待できない場合を除く。


  1. 製造物の販売業者、賃貸業者、リース業者
  2. 製造物の梱包業者、運送業者、倉庫業者
  3. 製造物の修理業者、設置業者

第13条 (民法の適用)

この法律による損害賠償責任については、本章の規定によるほか、民法の規定による。


第3章 損害賠償措置及び保障事業

第14条 (損害賠償措置の強制)

政令で定める製造者のうち、政令で定める者は、その生産にかかる製造物の欠陥により、生命、身体または財産に生じる損害を賠償するための措置(以下、損害賠償措置という)を講じなければ、その製造物を流通においてはならない。


第15条 (損害賠償措置の種類)

損害賠償措置は、製造物責任保険契約、製造物責任保証契約または供託とし、その内容及び金額は別に定める。


第16条 (製造物損害賠償保障事業)

政府は製造物損害賠償保障事業(以下、保障事業という)を行う。


2. 保障事業の内容は別に法律で定める。