第31回定期総会・環境アセスメント制度の確立を求める決議

(第2決議)

環境影響評価制度(環境アセスメント)は、公害の事前防止と環境全般についての保全と回復を目的とし、環境に影響を与える行為をしようとするものに対して、環境の価値を十分に配慮して「意思決定」をさせるための制度であり、開かれた情報のもとに広く国民がその「意思決定」の過程に参加することが手続上保障されたものでなければならない。


当連合会は、再三に亘ってこの制度のあるべき姿について提言し、その早期実現を要望してきた。


しかるに、今回、政府が策定した制度案は、環境及び対象事業の範囲、資料公開の方法、住民参加の範囲・方法、その他手続・内容において極めて不十分であり、環境影響評価制度の名に値しないばかりでなく、地方公共団体の条例制定権や環境自治行政権をも制約する虞れさえある。


政府は、かかる制度案を根本的に再検討し、当連合会の提言してきた趣旨にそう有効な環境影響評価制度を確立するため、早急に立法化を進めるよう強く要望する。


右決議する。


1980年(昭和55年)5月24日
日本弁護士連合会


(提案理由)

1.公害や環境破壊を事前に防止し、人間の良好な環境の保全と回復を目的とし、開発行為など環境に影響を及ぼす諸活動に関して環境保全のより良い「意思決定」をさせるための環境影響評価制度の必要性については、今日議論の余地はない。


1969年アメリカにおいて国家環境政策法(NEPA)が制定されて以来、オーストラリア、フランス、カナダ、スウェーデン等の諸外国においてもこの制度が法制化されてきていることは周知のとおりである。


わが国においても環境影響評価制度の確立の必要性は、従前より各方面で主張され、政府もその必要性を認め、昭和47年6月の閣議了解に基づき行政運用として一部の分野において実施してきた。


しかしながら、その範囲は大規模開発等ごく一部に限られ、評価項目も環境基準の定めがある項目等に限定され、公開の原則や住民参加手続を欠くなど極めて不十分なものであった。


このため、空港、新幹線、発電所、道路、し尿処理場等の公共施設の設置によって、各地の住民に対する被害が発生し、また、その建設をめぐって、住民による訴訟が多数提起されてきている。


このようなところから、国民各層の間で、良好な環境を享受したいとの要望や、環境に関する行政の「意思決定」過程に参加することを求める声はとみに高まり、今日、統一的で適正な環境影響評価制度の立法化に対する期待は極めて大きくなっている。


当連合会は、昭和50年12月20日に「環境影響事前評価制度の確立に関する意見書」を、昭和52年3月19日に「環境影響評価制度の立法化に対する意見書」を、昭和53年3月2 2日に「環境影響評価法案に関する意見書」を、昭和54年5月23日に「環境影響評価制度の立法化についての要望」をそれぞれ公表してきた。


環境庁は、昭和51年以来「環境影響評価法案(仮称)」を4回にわたって閣議に提出したが、産業界の強い反対や政府部内の不統一によっていずれも国会に提出されることがなかった。


政府は、ようやく本年3月28日、関係閣僚会議で「環境影響評価法案要綱」を決定し、今国会にこれを提出しようとしたが最終的には産業界及び自民党内部の反対のため5たび法案提出は見送られるところとなった。


2.ところで、環境影響評価制度は、基本的にどのような本質を有するべきか、あるいは、どのような体系をもつべきかについては、すでに当連合会が公表した前記意見書等の部分を引用することによって明らかにしておきたい。


すなわち、「自然の生態系は、人間生活の不可欠の構成要素であり、生命をはぐくむ母胎である。歴史的、文化的、社会的環境は、知的、社会的、精神的な人間の成長の機会を与えている。われわれと政府は、熱烈ではあるが冷静な精神と強烈ではあるが秩序だった体系的作業で、一層の思慮深い注意を払いながら良好な環境を創造しなければならない。


環境影響評価制度は、右のような意思決定に資するための制度であり、広く国民各層が右の決定過程に参加できることを基本とする。(中略)


さらに、環境影響評価制度は、良好な環境の創造を目ざす環境管理行政の一部分であるにすぎない。従って良好で快適な環境を創り出すためには、現在の環境行政全体を再検討し、有効で包括的な環境管理を目的とする総合的で体系的な環境施策が必要である。


中央公害対策審議会の答申の審議結果のまとめにみられる、環境保全全般に係る基本法の必要性があるとの意見や、地域環境管理システムの確立を推進すべきであるとの意見も右の趣旨に理解すべきである。


環境影響評価制度は、日本国土全体の環境を十分に把握した環境管理計画の策定を前提として実施されるべきである。また評価後の監視、モニタリング等による事後評価とそれに基づく計画、事業へのフィードバック等、体系的な管理システムとして、かつ国民をその過程に包含して行なわれるべきである。単なる環境評価のみでこと足りるとすることは、開発行為を追認する結果となるにすぎないのである。」(昭和54年5月23日要望書)


また「環境影響評価制度は、環境に影響を与える行為について国民が意見を表明し、その意見が十分に反映されることを不可欠の要素とする。(中略)従って、何人も自ら環境に対するコメントを為すだけの機会と機構が制度的に保障されていることが必要である。さらにこのような環境情報や計画主体の計画案等が情報公開の原則のもとに実質的に国民の知る権利として保障されていなければならない。」(昭和52年3月22日意見書)


3.しかるに、今回、政府が策定した制度案の内容は、これまでの環境庁の各種の法案や、中央公害対策審議会の答申内容と比べて、その手続及び内容において著しく後退している。


すなわち、保全されるべき環境は、典型7公害と重要な自然環境の一部に限定され、対象事業も大規模な公共事業に限定されている。また、実施時間も事業実施段階であり遅きに失し、調査・予測・評価の範囲及び手続も指針や基本的事項として定めることとし主務大臣・環境庁長官に白紙委任されており、実効性なきものとなっている。


さらには環境に関するより良い「意思決定」を実現するために不可欠な資料等の公開の方法、手続に対する配慮にも欠け、住民参加についても、参加住民の範囲が極めて限定され、参加の方法、内容等も極めて不十分である。


また、環境庁長官の意見も最終評価書作成後主務大臣に対し述べることとなっており、その本来の機能に適合していない。


加えて、地方公共団体が、地域の特色と住民の意見を反映した環境影響評価制度を実施することについても、上乗せ規定等積極的施策を行うことを事実上抑制するかのごとき定め方をしており、もしそうだとすると地方公共団体の条例制定権と自治行政権を侵害するものとして地方自治の本旨に反する疑いが濃い。


このことから、それはもはや環境影響評価法の名に値せず、また、環境影響評価制度の本来の趣旨ともかけ離れており、かえって開発事業等の免罪符として機能する虞れが強い。


4.そこで政府は右制度案を根本的に再検討し、環境影響評価制度のあり方について、当連合会がこれまで公にしてきた前記意見書や要望書の内容を十分参酌してそれを採り入れ、真に有効な環境影響評価制度の立法化を早期に実現することを要望して、本決議を提案する。