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スペシャル対談

フリーアナウンサーの長野智子さんと
小林元治日本弁護士連合会会長(2023年当時)。
これまでの経験の中で感じてきた、
えん罪について、証拠開示について、
今後の再審法改正について語り合いました(2023年5月収録)。

PROFILE

  • 長野智子さん

    長野智子さん

    (株)フジテレビジョンにアナウンサーとして入社後、フリーに。
    テレビ朝日「ザ・スクープ」「サンデーステーション」などのキャスターを務めたほか、数多くのえん罪事件の取材にも10年以上関わり、関連した著書も手掛ける。

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  • 小林元治会長

    小林元治
    2022年度・2023年度日弁連会長

    1981年弁護士登録(司法修習第33期)。2016年東京弁護士会会長・日本弁護士連合会副会長を経て、2022年度・2023年度日本弁護士連合会会長。これまで、司法制度改革の推進、特に、経済的資力の乏しい国民への法律扶助改革と法テラスの創設に尽力してきた。
    日弁連会長(2022年度・2023年度)として、再審法改正を重要課題に掲げ、精力的に活動。

人権と人生を奪ってしまう
えん罪を通して再審法改正を考える

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現在フリーアナウンサーの長野智子さんは、テレビ局のアナウンサー時代に、ある報道番組を担当したことがきっかけでえん罪事件に関心を持つようになりました。どう考えても無罪なのに再審を認めない裁判所、いったん出た判決を覆すことに消極的な裁判官……この国の司法制度には、大きな問題が内在していると長野さんは考えています。今回は、現在もえん罪事件の不条理さを報道人として発信し続けている長野さんと、在るべき再審法の改正に向けて取り組んでいる小林元治日弁連会長(2022年度・2023年度)による対談です。えん罪が起きるメカニズムや要因、えん罪を防ぐ再審法の改正内容などについて語っていただきました(2023年5月に対談)。

えん罪事件に関心をもつきっかけは
報道・検証番組

- はじめに、長野さんがえん罪事件に関心を持つきっかけとなった事柄についてお話しいただけますか?

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長野智子さん
(以下、長野)

テレビ朝日で放映されていた「ザ・スクープ」という報道・検証番組を担当したことがきっかけです。その番組は鳥越俊太郎さんがキャスターで、警察や検察の問題点に切り込むような放送内容の番組でした。私が関わった当初はちょうど、桶川ストーカー事件が話題となっていた時期でしたね。ザ・スクープはこのようなテーマを多く扱っていた番組でしたが、あるとき「御殿場事件」を扱うことになりました。

いまだに再審がはじまらない御殿場事件

※御殿場事件(御殿場少女強姦未遂事件)
2001年、静岡県御殿場市で身に覚えのない罪(集団強姦未遂)で10人の少年が次々に逮捕された。少年全員が犯行を否認し、被害者の女性の証言には矛盾する点が多く、犯行の行われた日について双方の主張が食い違うなど、さまざまな問題があったが、判決は一審二審とも有罪。最高裁でも訴えが棄却され、最終的に4人が懲役1年6カ月の実刑判決、1人が懲役2年6カ月・執行猶予4年の有罪判決となった。有罪となった少年(元少年)たちは、出所した現在でも無罪を主張し続けている。

これは結局再審が始まらず、そのままとなっている事件です。当時は番組で何度も取材を行いましたが、えん罪どころか事件そのものがなかったと私は考えています。この事件では、裁判中に被害者(少女)が犯行日が違っていたと言い出しました。彼女の証言に明らかな矛盾点が見つかったからです。犯行日が変わったことでさらに天候を含めてありえない矛盾点が噴出したにもかかわらず、裁判所は訴因変更をした上でそのまま裁判を続け有罪判決を出した。これは番組で追及すべきだと思いました。この事件をきっかけとして司法の問題を意識するようになり、えん罪事件に関心を持つようになりました。

陽の当たらない人たちにこそ法的支援を

- 小林会長は、法テラスの創設をはじめとして、陽の当たらない方たちに法的支援を届けることをライフワークとしています。また現在は日弁連の会長として再審法の改正に取り組んでいますが、これらとえん罪事件の間には深い関係があるのでしょうか?

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小林元治
2022年度・2023年度 日弁連会長
(以下、小林)

私はえん罪事件や再審事件の弁護団として活動したことはありませんが、おっしゃるとおり、法テラス創設に尽力した想いと再審法改正への取り組みは深く関わっています。法テラスは経済的に余裕のない人たちに対して法的な支援を行う仕組みで、陽の当らないところにも隅々まで権利の救済や人権擁護を行き届かせることを目的としています。またご存じのように、以前から日弁連は再審の支援をしてきています。戦後、4つの死刑再審・無罪事件がありました。私は再審事件には関わってきていませんが、いつかこのような弁護士の使命である人権擁護に取り組みたいと考えていました。再審法の改正がされていないことがえん罪事件の解決を遠ざけているわけですから、えん罪で死刑になるような不幸なケースを繰り返さないためにも、再審法の改正には日弁連の会長として真摯に取り組みたいと思います。
1975年の最高裁の白鳥決定(※)をご存じでしょうか。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則を、再審制度にも適用するべきであるという判断(決定)です。これによって「開かずの門」といわれた再審の扉が開いたといっても過言ではないでしょう。

※白鳥決定
白鳥事件の再審請求に対する検察の特別抗告を棄却した際に、最高裁判所が示した判断の通称。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則は再審制度にも適用されるべきであり、確定判決の事実認定に合理的な疑いが生じれば再審を開始できるとした判断。

以前から再審には壁があるといわれてきました。「再審の壁」というのは法的な安定性、秩序を表したものです。つまり再審とは、法的安定性や法の秩序を害するものだという意見が裁判所や検察にあったのです。しかし過ちは過ちとして認識し、改めていく制度を作っていくことが必要です。それが最終的には裁判の信用を維持することにもつながるでしょう。

法とは誰のためにあるものなのか

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長野

おっしゃるとおりですね。私はその番組(ザ・スクープ)ですでに辞められた裁判官に取材する機会があったのですが、その方が言うには「いったん出た判決を覆すことは非常に難しい。覆したが最後、飛ばされる(左遷される)覚悟も必要だ」と聞きました。確定判決の権威の壁というのも、思った以上に高いのだなと感じました。

小林

そうですね、一審、二審、最高裁まで行った判決を覆すわけですからね。たしかに法の秩序を乱すものだという意見もあることでしょう。ですが、法とは誰のためにあるものなのか考えなくてはいけません。法は人権や市民を守るためにあるものです。法秩序や権威のためにあるわけではない。法の本質をもう一度考えて、えん罪に苦しむ人のために法を改正すべきだと思います。

裁判で無罪を主張すればいいだろうと思って
自白してしまう

- 長野さんは番組を通じてえん罪事件と関わり、実際にえん罪事件の当事者ともお話をしてこられたと思うのですが、その交流を通じてお考えになったこととはどのようなことでしょうか?

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長野

まず皆さんが異口同音におっしゃるのが、取調べの過酷さです。家族をどうにかしてしまうぞとか、娘の結婚をメチャクチャにするぞとか、脅迫まがいのひどい取調べを受けて、やっていないのに自白をしてしまうのです。また私は番組を通じて10以上のえん罪事件に関わりましたが、自白を強要される方の多くは、もともとヤンチャであったりとか気の弱い方であったりする場合が多いと感じました。御殿場事件の少年たちもそうでしたが、ヤンチャであった人たちはどうしても偏見の目で見られがちです。気の弱い方も警察の取調べが怖くて萎縮し、真実を言えなくなってしまうのです。

取調べでは極限まで追い込まれてしまう

長野

あるえん罪事件の被害者となったタクシーの運転手さんは、とても気が弱くて真実を語れず、裁判後、真犯人が逮捕されてえん罪事件であったことが判明しました。

小林

そうですね。ある方は逮捕されて7〜8時間後に、やってもいない犯行を認めました。ある日突然逮捕され、やってもいないことを「やっただろ!」と追及される。その拷問のような取調べが連日続き、精神的にまいって負けてしまうのです。極限まで追い込まれて、とにかく今の状況から逃げたくなる。とにかく今は嘘でもいいから自白して、裁判で本当のことを言おうと考えてしまうんですね。

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長野

視聴者の方もおっしゃるんです。「やってもいないことを認めるわけがないだろう」と。でもその背景をえん罪被害者本人から聞くと、取調べの過酷さがよくわかります。小林会長がおっしゃるように、皆さん「とにかく自白して取調べから逃れ、裁判で真実を明らかにしようと考えた」と言う。でも裁判になると、検察側が、例えば被告人が嘘の自白に至った証拠を隠してしまうのです。無罪になる可能性のある証拠を隠して、証拠として提出しない。この検察側の態度はかなり大きな問題ですよね? 「ザ・スクープ」ではさまざまなえん罪事件を取り上げましたが、時には視聴者から「えん罪の被害者に寄りすぎた番組になっていないか」とご指摘をいただくこともありました。ですからとてもお金がかかって予算的にも苦しかったのですが、公平さを証明するために番組内で実験も行っていましたね。

再審で証拠が出てきた袴田事件

小林

袴田事件では、再審が始まってから新たな証拠がドーンと出てきました。初めの公判で出ていれば無罪になっていたかもと思われる証拠です。証拠を採用するかどうかは裁判官の裁量ですが、まず法廷に出てこなければ話になりません。再審請求審(再審を開始するかどうかを決める手続)では、このような証拠がちゃんと出てくるようにしなければならないですね。前の判決をただトレースするだけで請求を棄却してしまう裁判官もいます。改正する再審法では、証拠をきちんと出すということも謳わねばならないですね。

証拠にもとづいた判断が大事

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小林

村山裁判官(※)という方がおられます。袴田事件の再審開始決定をされた裁判官です。その人によれば、偉い裁判官が決定したとかそんなことではなしに、まずちゃんと証拠を見ることが大事だと。証拠にもとづいて法を適用して結論を導きましょう、とね。本当にそうだと思います。

※村山浩昭元裁判官。
2014年、静岡地方裁判所で裁判長として、袴田事件の再審開始と袴田巖氏の釈放を決定した。2021年に退官。現在は弁護士。

袴田事件での有罪判決を生涯悔いた裁判官

長野

私は袴田事件で最初の有罪判決を出した、熊本裁判官(※)にずっと密着取材を行っていました。お話もずいぶん伺いましたが、彼は三人いる裁判官のうちの一人で、袴田事件の判決にあたって無罪と思っていましたが、他の二人を説得できず、結果として有罪判決を書きました。ただし異例のことではあるけれど、付言としてこの事件には疑わしき点が多々あり、後の裁判でそれが明らかになることを願う、と書いているんですね。しかし最終的には死刑判決となってしまった。熊本裁判官はその後裁判官を辞め、生涯この有罪判決を悔いながら亡くなりました。えん罪事件では当事者の人生も根こそぎ権力が奪うけれど、関わった人の人生をここまで壊滅的に破壊するのかと。だからこそ司法は、大変ではあるけれど正義であってほしいと思います。

※熊本典道元裁判官。
袴田事件第1審の担当判事(左陪席)。袴田事件で死刑判決を下したことを悔やみ半年後に退官。弁護士へ転身した。2020年に死去。

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過ちを放置することはもっとも大きな過ち

小林

だからこそ日弁連は再審法を改正しようとしています。証拠がきちんと出てくるように、再審を開始する決定が出たら再審を早く開始できるようにと法改正を訴えていくつもりです。裁判も人間がやることですから、過ちはあります。しかし過ちを放置することはもっと大きな過ちで、重大な人権侵害です。ですから過ちがあったときに是正する方法を作っておかねばなりません。これが再審法の改正です。人権問題に政府はちゃんと向き合ってほしいですね。マスメディアでも、現在再審についての十分な規定がないという状況が問題であることを広く国民に訴えていただきたい。そして検察や警察も引き返す勇気が必要です。

- 小林会長は日弁連会長となってから再審法改正実現本部を立ち上げ、本部長になりました。この一年さまざまなことに取り組んで来たと思いますが、その手応えはいかがでしょうか? 

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小林

多くの関係者や国会議員の方にお会いしましたが、改正の手応えはあります。皆さん、異口同音に改正すべきだとおっしゃいます。ただし抵抗勢力があるのも事実です。ですが人間が過ちを犯したときにはきちんと是正する仕組みが必要であると、法務省や検察にも話をしていきたいと思っています。

長野

私は素人なのであまりにも謎なのですが、私が取材したえん罪事件では、はじめに捜査機関によってストーリーが作られて、それに合わせるように証拠が提出され裁判が進んでいくように思えました。ストーリーから外れる証拠は、すべて隠されてしまうというような。きちんとした事実に基づいた判決が当たり前ではなかった。

小林

気づいたとしても引き返せないのです。勇気がない。引き返す勇気がね。でも過ちがわかったら引き返す勇気が必要です。その勇気のなさが結果として、人の人生や命を奪ってしまうのですから。また組織の中に、客観的にプロセスを検証する監査的な組織を作ることも重要でしょう。検察でも起訴する段階で例えば起訴する刑事部と裁判を担当する公判部によるダブルチェックをすることの徹底や、判決が間違っていれば再審でチェックする仕組みを作ることが必要です。

最後に

- 最後にこの対談の内容を見ていただいている一般の市民の方向けに、メッセージをお願いします。

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長野

私は言葉を使う人間であるがゆえに、身に染みて感じたことがありました。テレビでえん罪事件を扱う番組を担当して感じたのは「えん罪」という言葉が一般の人にとってとても遠い言葉であるということです。一方「イノセンス・プロジェクト」(※)と言葉を言い換えると、多くの若い方がえん罪の防止・支援活動に参加してくれるようになりました。

※イノセンス・プロジェクト・ジャパンの旧名は「えん罪救済センター」。
刑事事件の「えん罪」の被害者を支援し救済すること、そして、えん罪事件の再検証を通じて公正・公平な司法を実現することを目指す民間団体。

このように見ると、えん罪は言葉の響きで関心が遠のいているだけで、内容をよく知れば多くの人に関心を持ってもらえることだと思えます。えん罪は決して遠い世界の出来事ではありません。自分がいつえん罪被害者になってもおかしくないのがえん罪事件です。あともう1つ、えん罪事件で重要なことは真犯人が野放しになっているということです。無罪の人の人生や命が奪われ、真犯人はなんら咎めを受けずに生活している。このようなことがあってはならないと思います。皆さんにも、ぜひ再審法の改正について応援してほしいと思います。

小林

長野さんのような方がえん罪事件を取り上げてくれて、えん罪で苦しむ人たちの生の声がメディアを通して発信されることはとても重要なことです。これからも続けていっていただければと思います。
私は法律家の立場で、また弁護士の立場、日弁連の会長として、えん罪防止の活動をこれからも続けていきたいと思います。お医者様は人の命を守りますが、私たちが守るのは人の尊厳です。この尊厳を守るためにも、えん罪は絶対防止せねばなりません。えん罪は国家権力が生み出す最大の犯罪です。日弁連は再審法改正の実現本部を立ち上げました。私たちはこれからも、法制度の改正に向けて世論の盛り上げや国会議員への働きかけを続けてまいります。

- 本日はありがとうございました。

スペシャル対談-01(周防正行×村木厚子)はこちらiconicon